17.思いは託された
溢れるほどの赤のエーテルと、マグマのように煮え滾る炎をまとったシキ。
意識して再現出来た魔術に驚きながらもその身に馴染む力を認識し、シキは改めて自分の記憶に刻まれた能力を解放する。
「これが……私の魔術。私の本当の戦い方だと言うのか?」
「んふふっ、シキくんの中にはエーテルコアが眠ってるんでしょ。だったら君の身体そのものが、魔道具のように扱えると感じたんだ。合ってたかなっ??」
未だに驚きを隠せないシキと、そんな彼へドヤ顔を披露するアイヴィ。そんな二人を少し離れた場所から見つめていたネオンが近づく。
エーテルコアの持つ無尽蔵のエーテル触れたシキは、力を制御出来ず暴走状態に入るか、意識を失って長いこと眠っている場合が多かった。だから普段の彼を知っているネオンはその手を伸ばそうとする。
しかしシキは、伸ばされた手をそのまま掴むのであった。
「…………!」
「大丈夫だネオン、このエーテルはもう私自身のものだ。だから心配はいらない、隠れていろ」
「…………」
「っと、シキくんにネオンちゃん。もう喋っていられない……来るよ!」
ネオンから伸ばされた手に対して、シキは力強く握り返す。それでも、シキの身体から溢れるエーテルをネオンは吸収しない。生き物の根幹に関わるエーテルまで、ネオンは消してしまわない。それこそが、シキがエーテルコアの力を物にしたという証拠であった。
シキとネオンが互いの心配と信頼をしていた時、アイヴィは二人に声をかける。
ここはまだ戦場の中で、敵はまだ一匹たりとも討伐していない。そして最も素早い一体が、荒らされた通路を縦横無尽に駆けシキ達へと奇襲を仕掛ける。
「いいシキくん? わたしの魔術よーく見ててね……っ☆ 愛災!!」
アイヴィは黒いツルを無数に発生させる。しかし今までのように身にまとうのではなく、ツルは荒れた通路を張り巡り、猛獣『スワンプ:レオ』の四肢を締め上げ捕える。
本来身体強化を目的とした強靭なツルは、猛獣の鋭い爪牙でもそう簡単には切り裂けない。捕獲に集中するアイヴィは、すぐさまシキに呼びかけ、新たな力を存分に発揮させる。
「さぁシキくん! 今こそ特訓の成果を見せる時だ!!」
「全く、私の師匠は教え方が荒いな……! 爪牙の猛獣よ、真っ赤に燃ゆる炎をその身に喰らうがいい……ッッッ!!」
シキは身体中に巡るマグマから赤のエーテルを流し、全身の炎を右の拳に集中させる。そして、身動きの取れない猛獣のど真ん中に叩き込む。
爆発のような業火が、魔物の身体を貫き爆ぜる。爪牙の猛獣は一瞬にして吹き飛び、スワンプの魔術本来の構成物である泥となって飛び散った。
これまでシキが行っていた、内側から湧くエーテルをそのまま攻撃に乗せて放つのではない、全身のエーテルと流れを認識して集中させる戦い方。アイヴィより真似た全身をツルの代わりに覆うマグマが、その身へ指導するようにエーテルの扱い方を実践して見せたのだ。
シキはこれまでのアイヴィが行っていた本当の戦い方を知り、抱いた事の無い高揚感を覚えていた。
しかし、敵はまだ残っている。
「シキくん前、前!!」
「あぁ……分かっているさ! 胴の猛獣よ、そこまでだッッッ!!」
次に襲って来たのは、屈強な胴体と筋肉を持つ猛獣『スワンプ:ブル』であった。猛獣は一心不乱に地面を蹴り、攻撃直後のシキを叩き潰そうと突進を仕掛ける。だがシキは、微塵も同様など見せない。
シキはアイヴィが直前に見せた『愛災』を脳裏に描きながら魔術を発動する。放たれた炎はマグマのように地面を燃え広がり、そして猛獣へと目掛け火柱を何本も放ったのだ。
いくつもの火柱が猛獣を覆うと再びマグマのように戻り、あろうことか屈強な魔物を拘束して見せる。
「アイヴィ! 任せたぞ!!」
「んふふ、応用満点!! わたしも負けてらんないよっ☆ 砕け、理想ごと。落重────ッッッ!!」
黒いツルに身を包んだアイヴィが、シキの後ろから飛び上がる。アイヴィは短剣『超重負荷の昇進物』に全身の負荷を上乗せし、大剣と化した剣を、シキのマグマによって身動きの取れない胴の猛獣の脳天へと叩き込んだ。
シキ達の倍の高さはある屈強な身体の僅かな弱点、それをアイヴィは的確に断ち魔物は泥となって崩れ落ちた。それだけではない。斬撃はシキのマグマすらいとも簡単に粉砕し、通路の奥へと放たれていたのだ。
黄色いエーテルの光を放つ斬撃が、通路の少し先で消え去る。両の腕が異様に発達した魔物『スワンプ:コング』は斬撃を消した勢いのままアイヴィに襲い掛かる。だがシキ達も相手のやり方はもう把握済みだ。
「最後はシキくん!!」
「応とも!!」
アイヴィの隙を突いてきた腕の魔物に対し、シキがその隙を埋めるように、拳へと全身のエーテルを集中させながら接近する。しかし、腕の魔物も一筋縄ではいかない。
アイヴィへと振り被ったように見せた右腕をそのまま地面に叩き込み、衝撃波と共に抉れた地面の砂や瓦礫が二人へと降り注いだ。
シキは咄嗟に目の前の衝撃を振り払い、アイヴィもまた黒いツルで身を固め衝撃を凌ぐ。それでもまだ、腕の魔物は猛攻を止めない。
「アイヴィッッッ!!」
シキの驚きが届くよりも先に、異様に発達した魔物の剛腕が黒いツルの塊をグチャリと潰してしまった。吹き飛ぶ短剣を見てシキは思わず絶句する。そんなシキを待たず、腕の魔物『スワンプ:コング』はギロリとシキに眼光を飛ばしていた。
魔物は次の一歩を踏み込む。来る。とシキは覚悟を決めた。その時であった。
「まだまだ終わってないんだけどー??」
吹き飛ぶ短剣が、しゅるりとシキと腕の魔物の間に割り込む。短剣の柄には細い緑のツルが巻き付いており、そのままクリーム色の髪をした少女の元へと戻っていく。そして、またしても短剣は大きさを変え、腕の魔物へと切りかかった。
魔物はアイヴィの存在に動揺などせず、そのまま標的をアイヴィに戻し、剣を振り被ったままの彼女を殴り飛ばそうとする。だが、大きくなっていた大剣が寸前で変化を起こし、魔物の腕をなぞるように刀身を短く戻していった。
入れ替わるように腕の魔物の背後へと飛び込むアイヴィの、着地の瞬間を狙うように、腕の魔物は切られた腕とは逆の剛腕を瞬時に叩き込んだ。しかしアイヴィはそこには居ない。
「ざんねん! 正解はーここでした☆」
「グオオオオオオオ!?」
「ま、忘れちゃうんだけどねぇ」
驚く腕の魔物が見たのは、ツルによって自身の身体にぶら下がるアイヴィの姿であった。
異様に発達した両腕の間へ潜り込むように、アイヴィはツルを巻き付け猛攻を避けていたのだ。それだけではない。アイヴィは左腕に握ったもう一つの短剣を振り被り、目の合った魔物へと切り付ける。そして魔物は、短剣『大食らいの少身物』よりエーテルを抉り取られ直前の記憶を忘却する────。
今まで戦っていた敵はどこに? いや、共に現れた他の魔物達はどこへ? 腕の魔物の思考が一瞬にして鈍る。その無防備な姿を、彼らが逃すはずがない。
「やっちゃえシキくん!!」
「これで終わりだああああああ!!」
無防備な魔物の背後へ、真っ赤に燃える炎をまとったシキが現れる。
全身のエーテルを集中させた拳が腕の魔物に直撃する。その直前。
「グオオオオオオオオゥゥゥゥゥ!!」
腕の魔物はもはや本能がままに、切り傷の入った右の剛腕を振り被りシキを叩きのめそうとする。それでも、シキは止まらない。認識し続ける事を止めない。そしてシキの魔術は、さらに進化を続ける。
全身のエーテルを集中させた拳へ、さらにシキの中に眠るエーテルコアが負荷をかけるように、爆発的な注力を見せた。
「うそっ、あれって……!!」
腕の魔物の視界から消えるように近くの影に身を潜めていたアイヴィ。彼女が見たのはシキの真っ赤に燃える拳。それより生まれ出る、赤い光の大剣であった。
それは直前にアイヴィの見せた、切り傷を入れた短剣の使い方。それを模倣し、反転させるように、シキは攻撃に合わせて刀身を伸ばし、エーテルそのものを剣へと変えていく。
そしてシキは赤い光の大剣を腕の魔物へと振り下ろす。赤い光は剛腕を貫き、入れられた切り傷をなぞり、そのまま身を真っ二つに切り裂く。
こうして三体の複製され産まれた魔物は、跡形も無く泥の山となり消え去ったのであった。
「どうだアイヴィ……。はぁ、はぁ、お前の戦いをしっかりと見て、学ばせてもらったぞ……!!」
「違うよシキくん。君の戦い方は、君だから出来る戦い方なんだよ……!」
そう、最後にシキの見せた赤い光の大剣は、アイヴィの示した戦いだけではない。きっとそれはシキが近くで見て記憶していた、武器を作り出す魔術とその使い手の影響に他ならないのだ。
戦いの終了を確認し、物陰からネオンが戻って来る。そう、三体の魔物を倒しただけでは、本来の目的を果たした事にはならない。ネオンを連れて元の部屋へと戻り、スワンプを解放し救出する。そうしなければ魔物は増え続けてしまうのだ。
シキ達は疲労の残る身体に気合を入れなおし、再びヴァーミリオンの部屋とされた場所へと戻ろうとした。しかし。
不意に地面が、激しく揺れた。
シキとアイヴィが何事かと確認しようとした。その時であった。
「エーテルコアよ、私の手にィィィィィ!!!!!!」
荒れた通路が音を立てて崩れ去る。
奈落の底からは赤い眼光を放つ巨大な竜が、シキを目掛けて腕を伸ばしていた。
「シキくん!!」
「…………!!」
「アイ、ヴィ……ネオンを連れて、そのまま行けえええええ!!」
崩落する通路から咄嗟に這い上がったアイヴィは、崩落に巻き込まれたネオンを掴み何とか助け出した。しかし竜の手がシキを掴み、暗闇の中へと消えていく。
今の声は間違いない。ヴァーミリオンが、この施設の主が、巨大な魔物を連れてシキを連れ去ったのだ。
「まずい……でも、このままじゃあどっちも!!」
いくら戦い方を覚えたシキでも、赤の国グラナートでも屈指の強さと卑劣さを誇るヴァーミリオンに敵う訳がない。
今すぐにでも助けに入って、それでもほんの僅かな可能性が生まれたなら。だけどそれでは、今他の場所で戦っている者達や、この施設残っている者達を助けるためには、シキの元へと行ってはならない。
アイヴィはどうすれば良いか分からなくなって、今にも取り乱しそうになっていた。
だがそこへ、彼女に助けられたネオンがアイヴィへと触れる。
「ネオン……ちゃん。ねぇ、どうしよう。どうしたら良いの!?」
「…………」
ネオンは何も語らない。でもその眼差しに迷いはない。
「そう、だよね。シキくんがそう言ったんだもんね! 分かった。……行こう、ネオンちゃん!!」
そんな彼女の瞳を見て、アイヴィもまた託された思いを今一度思い出す。
シキは危機的な状況であっても言ったのだ。ネオンを連れて、そのまま行けと。
ネオンもアイヴィも振り返らず、シキを信じて走り出す。




