10.藤の花言葉
事の経緯を全て話し伝えたダーダネラの少女は、改めて目の前に並ぶシキ達の顔を見渡す。
そして一拍置き、内に秘めた願いを口にする。
「こ、コアを取り戻そうと準備を進めていましたが、仲間達の話を聞いて、いつまでも待っている訳にはいきません。どうか、私も一緒に連れて行ってはくれませんか……?」
世界は常に目まぐるしく変化を続ける。たとえそれが取返しのつかない時間の進みだとしても、気付いた時にはもう遅い。だから異国の少女は、待つ事よりも進むべきだと決断する。
エリーゼは少女の気持ちに共感せざるを得なかった。自らも現状から進むために、シキ達と共に行く事を決めたのだから。しかしだからこそ、決断のきっかけとなった者達の仲間である彼女への警戒心を、未だに拭う事は出来ないでいた。
赤の国グラナートやヴァーミリオンへの敵意と、自分達への協力。捕まってから今に至るまでの状況に綻びは無いか。本当に彼女を信用していいのか、胸の内にある引っ掛かりを一つずつエリーゼは解いていく。
「コアを取り戻すと言いましたが、あなたは紫のコアの行方を知っているのでしょうか。私達は一度ヴァーミリオンらと戦いましたが、その時は誰も持っている様子はありませんでした」
「そ、それはもちろんです。私と兄を襲ったのは、ヴァーミリオン直属の手下でした。な、なので外へ報告せず、この研究所に隠し持っているのはもう調査済みです。この施設については、職員として潜伏していた十年で十分に熟知したつもりです!」
「なるほど。ではコアを取り戻す前に、転移の魔術を使って仲間を呼ぼうとは思わなかったのでしょうか。場所が分かっているのなら一度出て増援を連れて戻ったり、場所を伝えて外から来てもらうだけでも状況は大きく変わっていたはずです」
「て、転移の魔術を使うにはコアが必要不可欠なのです。そ、それに、聞いただけの場所へ転移する事は出来ません……!」
「なら知らない場所へ仲間を呼ぶなら? コアを持っていない者でも転移が出来ると、私達はもう知っていますよ」
「転移の魔術が移動させるのは人ではなく、空間のエーテルです。だ、だから行き先を知っている者が一人でも居たら、一緒に移動する事が……はっ!!」
「おい、エリーゼ」
「嘘を付いている、という線は無さそうですね。ダーダネラへは私も用がありますし、一緒に来てもらっても良いのではないでしょうか」
エリーゼの揺さぶりを受けた少女は、うっかり口を滑らせてしまい慌てて口元を手で覆う。
一方でエリーゼもばつが悪そうに目を逸らし、淡々と状況整理を済ませて自身の意見を皆に示す。
時折見せる彼女の性格の悪さは、いつだって不用意に顔を出してなどいない。状況を鑑みて話が進むように、あえて憎まれ口を叩いているのはシキも分かっている。だからシキは仲間として、彼女が敵を作り過ぎないように口添えをしておく。
「……こいつはこういう奴だ。あまり気にしないでくれ。内情に詳しい者が増えるのはありがたい。だが私からも一つ、聞いて良いか?」
「は、はい。何でしょうか……?」
「ヴァーミリオンの魔術をどうやって凌いでいた?」
確かにダーダネラの少女が言っている事は全て事実であるだろう。コアと共に捕まってからシキ達と出会うまで、彼女は彼女なりに抗い続けてきたはずだ。それは今ヴァーミリオンと対峙しているシキ達にも共感出来る。だが共感だけでは乗り越えられない強大な力を、宿敵は持っているはずだ。
ヴァーミリオンの洗脳魔術を前に、彼女はいったいどうやって身を潜めていたのだろうか。
「俺の知る限りでは、外から連れられた職員は必ず一度は奴の魔術を受けていた。お前も例外ではないだろう」
「例外なんて、身内のコア持ちぐらいじゃないかな。でもコアは転移の魔術を使うために戦闘員がほとんど持っているし、君のコアも取られちゃったんだよね?」
レンリとアイヴィが、それぞれヴァーミリオンと関わった視点から魔術の強大さを語る。コアの存在から数も量も常識を凌駕するその力に、並大抵の理屈では説明出来ない壁がそびえ立つ。
それを十年もの間凌いでいた何かがあるのであれば、それはシキ達にとっての切り札になり得るかも知れないのだ。
期待と疑いの目を向けられた少女は、途端に視線が泳いでしまう。
ただやましい事があるからではなく、理由はシキ達にあった。
「つ、連れて来られてすぐに、同じく捕まった方から魔道具を頂きました。それを身に着けていたらひとまずは安心だ、と」
魔道具と聞いて、シキ達の脳裏に直前の出来事が浮かぶ。身を潜めていたシキ達へ近づいて来た職員にネオンが触れ、彼女の真の姿を晒すとともに、何かを魔道具を壊してしまった事を。
「そ、その魔道具というのは、今の今まで身に着けていた物か?」
「は、はい……」
「……なるほど」
「…………?」
何とも言えない気まずい空気が流れる中で、寡黙な少女は一人首を傾げる。シキ達は自らの手によって、攻略の糸口を一つ潰してしまったのだった。
そして一層、ダーダネラの少女が共に来たいという理由に説得力が増す。敵地の中心で身を守る術を失い、そこへ差し込んだ光があれば、誰だってすがるだろう。
緊迫した状況から否が応でも納得しかけた一同の中で、ただ一人かつて賢人と呼ばれた者だけが未だに疑念を持ち続けていた。
「ねぇ聞きたいんだけど。今の時代には一日中使い続けて、十年以上無休で効果を発揮する魔道具なんてのがある訳?」
「魔道具の規模にもよりますが、個人で所有出来る物ではそれこそコアが無ければエーテルが枯渇して不可能かと」
「魔術雑貨屋の娘が言ってるなら信憑性については語る必要は無さそうね。ねぇ。貴方の魔道具、見せてくれないかしら?」
「は、はい。効力は切れてしまってますが、一応まだ原型は保っています。……どうぞ」
オームギは片手をスッと差し出すと、白い手袋をまとった手の平を向ける。
シキ達は最初オームギが未知の魔道具に対して好奇心を示しただけと思っていた。だが言葉を咀嚼していくうちに、オームギが魔道具を受け取った真意を理解する。
エリーゼが知らないような魔道具を、その場で出会っただけの人物が譲るだろうか。
魔道具を受け取る手に、ジワリと汗をかくのをオームギは感じた。もし怪しい素振りを見せたなら、すぐさまその身を捕えようと、逆の手に持った鎌の柄を強く握る。少女は戸惑いながらも首飾り型の魔道具を外すと、オームギの手の平の上に置く。
受け取ってから手を引くまでの間、ダーダネラの少女に怪しい動きはない。オームギはゆっくりと視線を少女から手元へと戻す。そしてそこへ置かれた物を見て、思わず声を漏らす。
「なっ、何でこの魔道具を持っているの!?」
「オームギ、どうした!?」
「一日中使い続けて、十年以上無休で効果を発揮する魔道具を私は知っているわ」
「本当ですか!? それはいったい……?」
「この首飾りはね。認識阻害の魔術が込められた、エルフの作った魔道具よ……!」
エルフの魔道具だと突き止めたオームギへ一同の視線が向けられる。だが彼女の存在を知る者は、エルフの魔術による認識阻害によって偽られた姿の、その先に居る本当の彼女を見つめていた。
尖った耳の先をピクりとビクつかせ、頬からは僅かな汗が滴り落ちる。しかし雫が横切った口元は、どこか嬉しそうにニヤニヤと笑っていたのだ。
「……いいわ。聞きたい事が山ほど出来たけど、ゆっくり話すには全てが終わった後にしようじゃない。私も一緒に来る事へ賛成するわ。貴方達も、もう異論なんて無いでしょ?」
オームギの呼びかけに、一同は改めて頷く。
この場に居る全員が同意した事により、少女の道筋に一筋の光が差し込む。
おどおどとしていた身体の震えが治まり、その声は希望に溢れる。
「私の名はウィスタリア。お伝えした通りダーダネラの民の一人です。よろしくお願いいたします……!」
シキ達はさらなる仲間を迎え入れ、立ちはだかる障壁へと楔を打ち込む。




