09.転移の魔術
紫の国ダーダネラの民の一人である少女は語る。
赤の国グラナートとの因縁と、十年前に起きた事件の事を。
「私達ダーダネラの民は、ずっと他国から狙われていました」
「狙われていただと? 何故だ?」
「ダーダネラは小国ながらみな強力なエーテルを持っており、他国より長い寿命と高度な魔術、魔道具の扱いに長けた者が集まる事で生き長らえてきました。しかしこの世界は、それを良しとは思っていなかったのです」
世界より否定された者達の想いを伝えようとするたび、少女の喋る声が震える。胸元へと当てた手も、華奢な肩も。過去の記憶への恐怖と、内情を話してしまう恐怖。そして自身の行いがまた新たな不幸を産むかも知れないという恐怖が、何重にものしかかる。
それでも、視線だけは迷わずシキ達を見つめ続ける。
「せ、世界を先導するようにエーテルや魔術の研究を進めた結果、私達はダーダネラを快く思わない他国から恨まれるようになっていました。そ、そして誰かが言ったのです。『ダーダネラの民は魔物ではないか』と」
「その言葉は……!」
「わ、私達は心無い魔物などではありません……! わ、私達の持つ紫の肌は、強力なエーテルで変色したものであり、こ、この角だって膨大なエーテルが体外で結晶化したものなのです。だから、私達の本質は、何も違わないのです……」
胸がズキりと痛む。シキの中の鼓動が加速する。
脳裏に浮かんだ激しい怒りの記憶。身体の中ある紫のコアが、自分の事のようにシキへと脈動する。
コア本来の持ち主であったオーキッドの激情が、エーテルを通して伝わって来る。
ダーダネラの民との戦いの中で、シキは彼らの怒りと誇りを目の当たりにした。戦争を起こし世界を支配するなどという一方的なやり方に同意は出来ないが、それでも彼らの自分達の居場所を守りたいという願いに理解は出来た。だからシキは、もう目の前の彼女を否定などしない。
「お前達は魔物では無いのだろう。ならば世界から居場所を奪われる道理など、どこにも無いはずだ」
「……はい。で、ですがダーダネラの言葉を信じる者はおらず、国は孤立させられてしまったのです」
「私が祖母から聞いた話と違います。紫の国は大国協議の中で孤独の道を進み、次第に独立していったのだと教わりました」
「誰から聞いたって同じだろうな。俺の知る限りじゃどこへ行っても皆同じ認識だった。だからお前達がダーダネラを目指していると聞いて驚いたもんさ」
「…………一方的ね。エルフが滅んだ時から何にも変わっちゃいないって訳か」
皆が返答に戸惑っている横で、それまで大人しく話を聞いていたオームギが口を開く。エルフという種が滅んだ時も同じく、彼女らの力を恐れた者達が自らの優位性を奪われないために争いを起こしたのだ。
オームギの素性を知る者達は呆れる彼女に同情し、素性を知らぬアイヴィとダーダネラの少女は歴史を繰り返すグラナートの愚行に怒りを示していた。
しかしシキは少女の言葉に違和感を覚える。彼女らが歴史の通りに辿っていたなら、少女は今目の前に立っているはずがないのだから。
「だが、ならばおかしいではないか。わざわざ追い出した者達を、探し出してまでして襲う必要がどこにある?」
「わ、私達だけが使っていた魔術の存在を、知られたためです。あなた達もこの研究所へと入って来たなら、し、知っているはずです」
「知っているだと? それほど重要な魔術を私達が知っているはずなど……、まさか!!」
否定の言葉が、最後まで終わる事なくシキの口から途切れる。本来ダーダネラの者達だけが使う、グラナートが狙い続ける魔術。そして研究所へと入って来るための魔術など、二つとして知り得ない。そう、少女の語る魔術とは。
「あ、赤の国グラナートは、私達の研究した転移の魔術と、その扱い方を知りたがっているのです」
シキ達が辿り着いた転移の魔術。それはダーダネラの記憶から広まった、世界のあり方を変える魔術。
この世界には、未知の魔術が眠っている。




