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03.忘却と集結

 シキとアイヴィは苦戦を強いられていた。

 胸の内から溢れ出す炎も、身を守るために生まれる植物も、轟々と燃える魔物達とは相性が悪い。

 ただでさえ分が悪いにも関わらず、魔物化した職員達はヴァーミリオンの魔術により限界を超えていた。


「一撃一撃が重すぎる……!」


 攻撃をする際に必要な身を守るための加減を、忘れ去る。

 瀕死から回復するために必要なエーテルを、消費する。

 普段誰しもが無意識に行っているエーテルの制御を、魔物化する魔術のために使用させられる。


 人が生きるために必要な記憶でさえも、その魔術は消し去ろうとしていた。

 彼らは、生き残るための戦いをもうしていないのだ。


「耐え続けたら勝手に倒れると思う……けどっ!」


「それでは奴らの思う壺だッ!」


 戦えばエーテルは大幅に消費される。かといって耐えるだけでは時間を稼がれる。

 逃げ出そうにもここは退路などない洞穴だ。敵の合間を縫って潜り抜けるには十数体の魔物を避け、彼らの放つ無数の魔術から逃れなければならない。

 進めば進むほど炎に身を焦がれる危険があったとしても、彼らにはもう退路など存在しなかった。


「シキくん、真っ直ぐ突っ切るよ!」


「あぁ!」


 炎をまとい、ツルで身を包み、シキとアイヴィは無理やりにでも研究所へ乗り込もうとする。

 しかし、魔物達はさらなる魔術で行く手を阻む。


「なっ、炎の壁だと!!」


「魔物が結界魔術!? いや、元々使えた魔術の応用か……!」


 複数の魔物が同じ動きを取り、洞穴の一角へエーテルを集中させていた。

 前には視界を覆うほどの炎の壁。そして背には十数の制御の効かない魔物達。

 二人は振り返り、仕方なく魔物と戦う事を選んだ。その時だ。


氷結精製:(フリージングビルド:)氷の塊(アイスブロック)!!」


 氷塊が、二人へと襲い掛かった魔物達の動きを止める。

 そして唐突に、背後にあった炎の壁も消し去った。


「…………」


「ネオン! エリーゼも無事であったか!」


「シキさんこそ先に到着していましたか! ……じゃなくて、すぐに下がってください!」


 魔物達は、自由を奪う氷を一瞬にして砕く。

 勢いのまま振り上げた拳を、そのまま目の前の侵入者へと振り下ろす。


「させない、集団狩り(クラン・ベリー)ーっ!!」


砂乱の翼(サンドストーム)! シキ、油断するな!」


「オームギ、レンリ、お前達も居たか!」


 オームギとレンリによって、魔物達は有利だった体制を崩される。


 仲間達の到着により戦況は一転した。

 暴力的に動く魔物達をエリーゼの氷とアイヴィの植物が自由を奪い、シキの拳とオームギの鎌が有効打を与える。そして降りかかる魔術はレンリと二羽の鳥が風で逸らし、立ち塞がる炎の壁をネオンの手が穿つ。


 数の差があったとしても、互いの弱点を補えれば戦況は推し量れない。

 シキ達は強力な魔物達の拘束に成功したのであった。


「てっきりはぐれたものだと思っていたが、お前達どこに隠れていた?」


「違います。目を覚ました時にはもう、お二人が戦っておりました」


「私も気づいたらこの洞穴に居て、貴方達がピンチだったから助けに入ったって訳」


 別々の場所に飛ばされたと思っていたが、どうやらシキと仲間達とでは転移の時間に差があったようだ。

 仮に職員達と会わなければ仲間達を置いて行っていたのかと思うと、事がこれ以上大きくならず済んだと少し安堵の気持ちも零れていた。だが仲間の内の一人、レンリが血相を変えて声を荒げた。


「奴らまだ動こうとしているぞ! ヴァーミリオンの魔術を解除させろ!!」


「ネオン、奴らに触れるのだ!」


「…………!」


「動きは私の氷で止めておきます! さぁ早く!」


「ダメ、魔物化は仕組みが全然違うんだよ……!」


 ネオンのエーテルを吸収する体質を使って、暴走する魔物達止めようとする一行。

 しかしアイヴィはそれでは意味がないと制止する。


「仕組みが違うとはどういう事だアイヴィ!?」


「あれは与えられた魔物の記憶を、無理に再現しようとした結果なの! ヴァーミリオンの魔術はそれを強いているだけで、魔物化そのものは彼らの内側からのエーテルなんだよ。だからネオンちゃんが触れても、魔物化した彼らを止める事は出来ない……!」


「だったら、これを使えば解決って訳じゃない」


「オームギ、それは……!」


 悲観するアイヴィへ、オームギがある魔道具を投げ渡した。その名は。


大食らいの少身物(グラットン・ダガー)!! どうして君がこれを持っているの?」


「事情は省かせてもらうけど、私はシキ達の記憶の一部を消すという約束で協力していたの。結局ヴァーミリオンと戦わなきゃいけなくなったから、ここまで来ちゃったけどね」


「あぁそうだ。だがこの短剣を、どうしてアイヴィに?」


「別に? 正直あの魔物達を放置してこのまま乗り込んでも、私達がやる事に変わりはないわ。でもそれじゃあ、貴方達は戦いにくいんじゃないかって思っただけ。だったらその短剣を使って、解決してもらった方がいいでしょ?」


 そう言いながら、何を思ったのか視線を逸らすオームギ。本来身の保証のために持っていた魔道具を、彼女はあえてこの場で手放した。

 オームギの見せた覚悟を受け取ったシキは、短剣を握るアイヴィへ確認する。


「アイヴィ、出来るのか……?」


「流石に魔物の記憶を消すのは、時間がかかり過ぎるよ。でもここで起きた事の記憶を消せば、そしてその後すぐネオンちゃんが触れたら、魔物化させない事は出来る……!!」


 魔物化の魔術に関する記憶を奪い、魔物化を強いる魔術をかき消す。

 それぞれの持つ忘却が、今忘れ去られようとしている命を繋ぎ止める。


「決まりだな。私達は動きを止めておく。アイヴィ、ネオン、奴らを戻すぞ!」


「んふっ、当然!」


「…………!」


 時を経て持ち主の元へと返った『大食らいの少身物(グラットン・ダガー)』。その刃は、血を流す事なく記憶のみを消し去る。本来得るはずで無かった力と代償を、彼らは奪い取り戻す。

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