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29.裏切り者の末路

 人通りの無い路地裏が、真っ赤な夕日に染まっていく。


 必死に追いかける褐色の青年とエルフを背に、少女はぽつりと呟いた。


「お願いエーテルコア、わたしを連れてって」


 少女は黄のエーテルコアを目の前に掲げ、内に秘めるエーテルの記憶を解放する。

 エーテルが輝きを帯びると同時に、コアと少女は黄色い光に包まれる。しかし。


「……!? どうして!!」


 少女の身は、ナルギットの路地裏に縛られたままであった。

 本来であれば赤の国グラナートへと誘われ、転移の魔術が発動するはずなのだ。そうして忘却の通り魔は追手に捕まる事無く、人を攫い物を奪い赤の国の力となっていた。だからこそ彼女は自由を奪われたまま自由を与えられていた。そのはずであった。


 少女の動揺を、追手達は見逃さない。

 異変を察知したレンリとオームギは、咄嗟の連携で手がかりへと迫る。


「隙ありって訳!!」


 大鎌を振り被るエルフへ、暴風が背を押し加速させる。

 異音を聞き振り返るよりも前に、大鎌の斬撃が少女を横に薙ぎ払う。


 攻撃は直撃。衝撃を受けた少女は路地裏の奥へと吹き飛ばされた。

 しかし少女も反射的にツルで身を纏い、何とか身体への傷を回避する。


「ッッッ、次こそは……愛災(カラミティ・バインド)!!」


 靴裏をすり減らしながら、少女は再び扉を目指す。コアのエーテルを借りて動く樹海を作り、建物と建物の間を縦横無尽に飛び回る。

 斬撃で切られても再生し、暴風で抉られても再形成させる。不滅の防壁を身に纏い、少女は己の目的を守るためにツルを生み出し続ける。そして動く樹海は路地裏を飲み込み、空間ごと扉の前を陣取った。


「お願い応えてよエーテルコア! わたしには守るものがあるの、救わなきゃいけない人達が居るの!

 敵わないから諦めるなんてもうしたくないの! だからもう一度、わたしをもう一度連れてって……!!」



 少女は奪われたものを奪い返すために。囚われた家族や仲間、裏切り陥れてしまった人々を解放するために。敵わないと諦めた自分を、否定してくれた人のように。彼女は忘却の通り魔という存在を、裏切り陥れる────。



 ────だが。



 少女の身体は、コアより放たれる黄色の光に包まれる。人気の無い路地裏も、そこへ形成した樹海も、光の波に飲み込まれる。だというのに、扉は開かれず、少女は光を中で影を作るばかり。


「なん、で……」


 コアは応えてくれない。少女の知る方法では、赤の国へと繋がる事は無かった。

 その瞬間、少女は悟った。裏切り者の末路を。いいや、最初から信頼などされていなかった事を。


「コアを持って扉の前に立ち、グラナートを想えば行き来出来る。んふっ、ふふふ。そう聞いてたんだけどなぁ」


 赤の国グラナートが彼女へ伝えたのは二つだけ。

 一つは大罪武具『大食らいの少身物(グラットン・ダガー)』を用いて、来たる戦争の日に備える事。

 そしてもう一つが、エーテルコアを用いて各地から繋がる扉をくぐり、集めたものを納める事。それだけであった。


 答えなどない。期間など決まっていない。目標など定められていない。ただひたすらに、少女が皆を守り続けるには、辞める事など許されていなかったのだ。


 逃げればどうなるか。負ければどうなるか。裏切ればどうなるか。そんなものはとうの昔に分かっていたはずなのに、それでも少女は目の前へ現れた光へとすがってしまった。その結果が、ただ光を浴びるだけの空虚な末路だ。


 少女は力なく膝から崩れ落ちる。コアから放たれていた光も、込めた願いと同じように消える。

 路地裏に作られた樹海はエーテルを失うと共にブチブチと千切れ隙間を作り、少女を夕暮れの日へと晒していく。


 やはり願う事すら愚かだったのだろうか。少女のやりきれない感情が爆発しそうになった、その時だった。樹海のツルが力強く千切れる音と共に、隙間から、炎を纏った男の手が少女の腕を掴んだ。



「やっと捕まえたぞ、アイヴィ」



 少女は目を疑った。


 ツルの隙間をかき分け、赤髪の男が姿を現す。その顔を少女は、アイヴィは忘れる事など出来なかった。

 何度も裏切って信頼を断ったにも関わらず、それでも赤の国の手先である自分を否定し、胸の内にいた本心を肯定してくれた。シキという名の男を、アイヴィが忘れるはずなどなかった。


「んふっ、ふふふ。なんで、なんで君がいるのさ」


「ずっとお前を、追いかけていたからだ」


 シキから返って来る言葉なんて、アイヴィにとってはなんでも良かった。今目の前に彼がいる事実だけが、彼の示した答えなのだから。


 アイヴィの中には、相変わらず変わらない彼に安心する気持ちと、同時にまた巻き込んでしまった罪悪感が生まれる。だがそんなアイヴィの感情を、シキは包み込むように受け入れる。


 アイヴィの目の前には変わらない感情を持った彼と共に、以前とは比べものにならないほどエーテルの扱いに慣れた、ずっと成長した姿が映っていた。


 彼がいるなら、もしかすれば。


 アイヴィは腕を掴まれたまま、なんと言葉を続けたら良いものか悩み込んでしまう。

 彼と別れた後は、一人で方を付けようと思っていたのに。けれどそうと伝えてしまえば、彼は必ずまた付いて来ようとするだろう。でも今の彼なら、成長した彼であれば、もしかすれば。


 希望の炎が胸に灯ったその時、シキとアイヴィを中心に、真っ赤で暖かい光が夕暮れに染まった路地裏を染め直す。そしてそ光が全てを包み込んだその瞬間、その場にいた皆の姿が消え去った。

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