23.補色と捕食
コア探しを始めてから数時間。時刻は昼を過ぎて空の色が変わり始めた頃。
結晶売りの少年から助言を受け、シキ達は三度シャルトルーズの元へと訪れていた。
「これはこれは、何度もご来店頂きありがとうございます。それで、今回こそは何か買って行って頂けるので?」
「この国で行われている競売について、教えてほしい」
国有数の商人と聞きシキ達の頭に浮かんだのは、少し疲れを感じる小じわの入った男の笑顔。
紹介のあった客とのみ商売をしている、何でも屋ことシャルトルーズであった。
商品でなく情報も扱っている彼に聞けば、核心に迫る答えが返ってくると踏んでいた。
しかしながらシャルトルーズは困った顔で眉を歪ませ、片手を顎の下に当てると首を傾げる。
「はて、競売? それなら早朝の市場にでも行けばやっていると思うけど。飲食店でも開くのかい?」
「違います。単刀直入に聞きますがシャルトルーズさん。コアが売りに出された競売へ参加していましたよね?」
ひょうひょうとした様子で話をはぐらかすシャルトルーズに対し、再三の取引で彼の調子に慣れてきたエリーゼは素っ気なく質問を重ねる。エリーゼが口にしたのはシキの予想していた以上の、彼自身が競売へと参加していたという疑念であった。
「なんだ噂話の方か。僕が国有数の商人に見えるってのは嬉しい話だけどさ……」
「ではシャルトルーズさんは誰からコアが流れたと聞いたのでしょう? あなた以上に情報通の方がいるのなら、是非とも紹介して頂きたいです」
「うん。紹介するとして、お代は何が頂けるのかな? 国有数の商人は多少のお金じゃあ首を縦には振らないかもね」
商売人としてのスイッチが入ったエリーゼは、淡々と事実確認を取りながら交渉を進める。余計な一言でも挟めば辛辣な回答が返って来そうな勢いを前に、シキが気圧され気味に話を聞いていると、エリーゼは取引の条件として耳を疑うようなものを提示した。
「エーテルコアの情報では、いかがでしょうか」
「なっ、エリーゼどういうつもりだ? コアを探しているのに情報を渡すなど……」
「…………」
ネオンの視線が、ゆっくりとエリーゼに揺らぐ。
シキもネオンもエーテルコアを探して旅を続けていた。その事については同行しているエリーゼも十分理解の上だろう。だというのに、エリーゼはコアの情報を渡すと提案したのだ。
シキの記憶とコアの関連性はシャルトルーズにも伝えてある。だからといって同情で情報を渡すのであれば、今こうしてお代の相談などしていないはずだ。
一層シキにはエリーゼの考えが分からず、今はただ彼女が次にする言葉を待つのみであった。
「交換条件ですよ。同じコアの情報なら対等でしょう?」
「君の話通りなら、僕はもうコアの情報は持っているんだけど。既出の情報じゃ対等とは言えないんじゃないかな」
「いいえ、私が渡すのは緑のエーテルコアについて。です」
エリーゼが示したのは、紫の国ダーダネラの民から盗賊団に貸し出されたのち回収され消えた、シキ達も手に入っていない緑の色を司るコアである。そしてそのコアは、エリーゼの追っている敵と繋がる情報でもあった。
敢えて緑を選んだエリーゼを不思議に思っていると、彼女は不意に杖を揺らし先に取り付けられた結晶をシャルトルーズへと向ける。そして青いエーテルを輝かせ、その存在を今一度店主へと認識させる。
「では逆に伺いますが、どうしてコレが欲しいとは言わないのですか?」
「それは青のエーテルコア……。僕は構わないけど、君は良いのかい?」
「シャルトルーズさんは既に気付いていたはずですよ。張ってあった防犯魔術によって、結界内に入った私と杖のコアについては既知の通り。そして一瞬だけ入ったシキさんの持つコアについても分かっていた。だから二度目の来訪の際に店外へ出ず、結界を解除してまで招いたのではないですか?」
「そして黄のコアについては既に握っている。だから緑のコアという訳か……!!」
合点がゆき驚くシキに、エリーゼは小さく頷く。
目の前へコアがあるにも関わらず、シャルトルーズは対価として求めては来ない。だが裏腹にコアへの関心は高く、シキの記憶との関連性を知るや否や店内へ招き入れ、商品を使ってエーテルに眠る記憶を探ろうとしていた。
ではシャルトルーズが探しているコアは、この場に無く本人も知らない緑のコアであるとエリーゼは推察したのだ。
それだけではない。どうして黄のコアの対価として、コアの情報を選んだのか。
エリーゼは商売人として、最後にどうして彼がコアの情報を求めているのかを突き止めるのであった。
「最後にシャルトルーズさん。あなたは欲しい情報がある際、自分からその話題を持ちかける癖があります。言い伝えや行方不明者の件も、同じように探していた。そしてわざわざコアの噂を教えてくれたのも、実際は逆に聞き出そうとしたから。売り物である情報を無償で話すのは、対価として情報を得ているからではないですか」
「どうしてそう言い切れるのかな?」
「お客さんの要望に応えるのは、商売の基本。だからです」
「うん……参った参った。そうだよ、僕は競売に参加していた。買えなかったけどね」
シャルトルーズの回答にシキ達は驚く。エリーゼの推察が合っていた事に、シャルトルーズが競売へ参加していた事に、コアが手に入らなかったという結果に。
彼の求めるコアは緑だと思っていた、だからエリーゼはその情報を取引の材料として提示したのだ。
だが彼は黄のコアも手に入れようとしていた。であれば今この場にある他のコアも、彼にとって必要なものでは無いのだろうか。
驚きと困惑が入り混じる一同に、シャルトルーズは淡々と話を進める。取引は成立、であればまずは情報を伝えよう。シャルトルーズは黄のコアの買い手である男の名を口にするのであった。
「ジョンブリアンという男の店を訪ねると良い。コアを競り落としたのはそいつだ」
「……!! ありがとうございます! では私達からも緑のコアについて……」
見かけた場所や状況、所持している相手と所属する国について。そして一時的に奪い取った時、戦場へ現れた獣の存在を伝える。シャルトルーズは何かを確信したように頷くと、今度は黄のコアがあるとされる店の場所を教えてくれた。
互いに聞き逃しが無いか確認を終え、シキ達は足早に次の目的地へと消えていったのであった。
一人自分の店へと残ったシャルトルーズは、緊張から解放されたように軽くため息を吐く。そしてパサついた金髪を掻きながら、困惑と関心の混ざった独り言をボソリと呟くのであった。
「……コアの情報が欲しいなんて一言も言ってないけど。こうもピンポイントで当てられちゃあ、ねぇ」
シャルトルーズは聞き取った情報を書き起こしながら、エリーゼの推察について考える。癖なんて気づきもしなかったが、言われてみればエリーゼに対して聞かれても無い事を色々と教えていたようだ。
だが彼は別に、対価を得るために情報を教えていた訳では無い。行方不明者や言い伝えは共有しておいた方が互いのためであるし、黄のコアに関する噂だってこの国で商売をするものであれば、噂がそのまま売り上げに還元されると言っても過言ではない。
それにコアの持ち主についても、本音で言えば無償で話したって良かったのだ。
何故ならもう、伝えたところでコアを手に入れる事は出来ないのだから。
「でもごめんねエリーゼちゃん。その商品はもう、先約がいるんだよねぇ」
情報をまとめ終わったシャルトルーズは防犯魔術をかけ直すと、上機嫌に商品の手入れへと戻るのであった。




