21.取引下手と嘘上手
謎の二人組に絡まれたレンリとオームギは、一旦離れた後再び戻り、二人組の後を着けていた。
なんて事のない商店街を歩きながら、やたらと言い合いをしている様子だけが遠目から分かった。
「奴ら、何の話をしている……?」
悪巧みをしているなら、止めなければならない。扉の開き方を教えているのなら、聞き耳を立てなければならない。他の仲間と合流しようとしているのなら、シキ達を探して……。
レンリが近づくか離れるか迷っていたその時、二人組は慌てた様子で横道へと逃げ込む。
気付かれたか!? と急いで追おうとしたが、目の前からは別の集団が迫って来た。
「待てテメェェェ!! 誰の許可を得てここで商売してんだあああ!!」
「だから今許可を貰いに来たんですってえええええ!!」
目の細い華奢な少年と一匹の猫を、大男数人が全力で追いかける。
明らかな武闘派集団に追われていたのは、何やら見覚えのある商人であった。
「あいつらは昨日の……! 何をやっている!?」
「レンリ、ひとまず助けましょ!」
「……チッ、砂乱の翼!!」
砂煙を起こす嵐が商人と猫を覆い隠し、一瞬にして武闘派集団の前から姿をくらます。
大男達は大慌てで、というよりは何かに怯えた様子で、必死に商人と猫を追い街の奥へと消えて行った。
建物の上から事の顛末を見送ったレンリ達は、そっと胸を撫でおろす。
それと同時に、疑念の目を商人と猫へ向けるのであった。
「ふぅ、助かりました。ありがとうございます」
「お前、何故追われていた?」
「商品需要がありそうなこの辺りで商売を始めるために認可を貰いに訪れたのですが、護衛らしき人達に勝手に商売を始めたのだと勘違いされてしまって……」
護衛と言うよりはならず者の様であったが。とレンリは思ったが、今はどうでもいい事だと口を閉じる。
すると次は、ルックの方からレンリ達に対して問いかけてきた。
「お二人は何をしていたので?」
「人を追っていた。たった今見失ったがな」
「あっ、すみませんでした……」
しゅんと落ち込むルックを見て、オームギはレンリを小突く。言い方は悪かったが、しかし敵を見失ったのも事実。レンリは顔を背け、そのまま二人組を追おうとした。だがオームギに手を引かれ、魔術が思うように発動出来ない。
「なんだ」
「レンリ、この子には聞かないの?」
「今更何を聞く必要がある? それよりも今すぐ追った方がいい」
「何か僕達が手伝える事はありませんか!? ご迷惑をおかけしたお詫びに力になります!」
レンリは街に住む野良の動物達に聞き込みを行っていたが、どうやらオームギは動物全てに聞き込みをしていると思ったらしい。オームギはルックの隣に居るカムカムを指差し、話を聞こうと提案しているようだった。
その様子を見て、出番があるのかも知れないとルックも前のめりに話に入る。
変に断って話がこじれるのは御免だと諦めをつけ、レンリは聞き込みと同じように質問を投げ掛けた。
様々な動物達から聞き出した情報と合わせ、追われていた彼らが分かるように直前の出来事を添えて。
「……お前達、ついさっきすれ違った奴らについて何か知らないか? 明るい髪色に一部紫が入った髪の女達だ。どんな情報でもいい」
「すみません、初めて見たと思います。どうして追っているのでしょうか?」
「私の大切なものを取り返すためよ」
「まさか泥棒ですか!? でしたらナルギットの商人組合か、ギルド連盟にすぐ連絡します!!」
「だったら連絡ついでに、ここから少し行った箇所の路地裏についても調査してくれ。方法は分からないが、そこが中継地点に使われているらしい」
駆け出しと言ってもルックはナルギット内で商売を行う、立派な商人の一人である。
彼の保持する手段を使って、最大限の手助けを行うと宣言した。
その言葉を聞き、レンリも敵に対し対策を打つ。
これ以上の被害が出ないよう扉とされる場所を警戒させ、ヴァーミリオンの行動を制限する。
一日が終われば、レンリとオームギは仲間と共にナルギットを去る。それ故に、国内での協力者の存在はレンリ達にとっても有益なのであった。
だがここで、妙な声が聞こえた。レンリにだけ分かる言葉で、その声は衝撃の事実を伝える。
「……ミャーウ」
「何、すれ違った奴らが違うとはどういう事だ?」
「レンリ、どうしたの?」
「毛玉が、俺達の追っている人物は別にいると言っている」
「えっ! カムカムの言葉が分かるのですか!?」
隣でそっぽを向いていた三毛猫のカムカムが、レンリに対し新たな情報を与えて来たのだ。
猫と喋る様子へ驚くルックを他所に、カムカムは続けて言葉を口にする。
「ミャーウ」
「……!! なるほど、ヴァーミリオンに操られていた時の俺を覚えていたのか」
カムカムは人を誘い込む魔術を使って、相棒のルックの商売を強引に成功へと導いていた。
需要の弱い場所でも良質な天然結晶を売りさばく事で、一人と一匹の生活は安定していたのだ。
だがそんな歪な商売の中で、カムカムの魔術が効かない相手が居た。
その中の一人が、ヴァーミリオンによって操られていたレンリである。
手癖のように使われてきた一匹の猫の魔術では、人を支配する事に特化したヴァーミリオンの魔術を上書きする事は出来なかったのだ。そしてその魔術は、赤のエーテルコアという膨大な力を得て発動されていたものである。
すなわちカムカムはヴァーミリオン達の他に、魔術の効かない赤のコアを持つ人物の記憶を持っていた。
「お前の魔術が効かない相手が他にいて、そいつが俺達の言う人物に似ているだと? 詳しく聞かせろ」
レンリはカムカムに対し、捜索の関わる最後の欠片を聞き出す。
それはレンリの経験した研究所内での出来事の一つと重なる、決定的な証拠であった。
「腰に短剣を携えていた軽装の女……奴か!? オームギ、すぐに例の路地裏に戻るぞ!!」
「ちょ、ちょっと説明くらいしない訳!?」
「時間が無い、移動しながら話す!」
「ミャウ!」
「……最後に言っておく、もう悪さするなよ!」
カムカムを指差しそう言うと、レンリはすぐさま風を起こす魔術を使いオームギと共に飛び去った。
立ち並ぶ建物の上を真っ直ぐに飛ぶ彼らを見て、ルックはただただ茫然と見送るだけしか出来なかった。
「行ってしまいました……。それにしてもカムカムは物覚えが良いのですねぇ。流石です」
「……ミャーウ」
カムカムが卑怯な手まで使って商売を手助けしていたのは、恩義みたいなものがあり生活を守るためだったのだろうと、レンリは後に思い返す。
気の合わないはずのレンリへ情報を伝えたのも、何も知らないながらに懸命なルックの行動を見た、カムカムの恩返しなのであっただろう。
屋根の上に取り残された一人と一匹はこの後どうやって降りたものかと、小一時間考え込むのであった。




