14.義理と人情
三日目の早朝。
「ではアイヴィは……!」
目が覚めてからいの一番に、シキはアイヴィの様子を聞くためサラの部屋へと向かった。
「もちろん大丈夫さ……。今はゆっくり寝ているよ」
部屋から出てきたサラは、眠い目を擦りながら答える。
治療は無事成功。今はそのまま眠っているらしい。
「そうか……それは良かった」
昨夜は心配からあまり寝付けなかった。だがやっと安堵し、張り詰めた緊張から解放されたのだ。
思わず気が抜けると思ったが、それとは逆に胸が熱くなる。
「通り魔……」
ぼそりと呟く。同時に、拳にグッと力が入る。
「ネオン、今から出かけるぞ」
ここでジッとしている訳にはいかない。
溢れ出る感情が、何かしなければと駆り立てる。
「もう出かけるのか……? 朝食ぐらい食べたらどうだ。まだ早いが、ミコを呼んで作ってもらっても……」
「いやいい大丈夫だ。ミコだって夜通し働いて疲れてるはずだ。無理に起こすのも悪いだろう」
「それもそうか……って私はいいのか」
「すまない、気になって仕方なかったんだ。今からじっくりと眠ってくれ」
「そうするよ……ふぁ~う」
サラは大きくあくびをした。
彼女だって眠いのだから、あまり付き合わせるのも悪いだろう。シキ達は足早に出ていく事にした。
「ではサラ、そろそろ私達は行くぞ」
「あ~ごめん。すまないついで何だけど、帰りにペンを一つ買って来てくれるかな? ミコの分が無くって困ってるみたいなんだ」
「ああ、そうか……そうだな。了解した」
「センスは君に任せるよ。その方があの子も喜ぶだろうさ」
「そういうものか……」
「そういうもんさ。ほらお金」
そういうとサラは部屋の奥から1000ゼノの紙幣を引っ張り出し、シキへと手渡す。
「……ちなみに、あの羽ペンはいくらだった?」
「ここ三泊分くらいかな」
「……了解した」
15000ゼノの羽ペンから1000ゼノの安物か。
あまりの差に申し訳なさを覚える。
「別に気にしないでくれ、半分はインク買い忘れた私の責任でもあるんだからさ」
「ああ」
サラは気にするなというが、シキの気持ちがそれを許せないでいた。
手持ちの金を足そうにも、ミコから貰った2000ゼノがあるだけである。
「そうだな……」
ゼノが少ないならどうすればいいか。シキには、金を増やす策に心当たりがあった。
そしてそれは、通り魔を倒すため、己を鍛える手段と合致する。
「よし、では行ってくる。無理に起こして悪かったな、ゆっくり休んでくれ」
「ああ、おやすみ」
シキはネオンと共に、執念に燃えながら宿を出ていった。
「……強くなってくれよ。ミコのために」
宿に残ったサラは一人呟く。
再び大きなあくびをすると、自室へと戻っていった。
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「はあああああああ!!」
ヒュンッ!!
あわわ~ん……。
「ふぅ……、ひとまずこれぐらいにしておくか」
森の中。
シキは道中で手に入れた安物の短剣を片手に、ひたすら魔物を狩り続けていた。
額の汗を拭い、集まった魔物のドロップ物を確認する。
「スライミョン三十匹、クロバッキー二十五匹、そしてバブルスライミョンが十匹。うむ、これで30000ゼノは稼げただろう」
荷物から水を取り出しながら、魔物狩り中に感じた事を思い出す。
(アイヴィの手を止めた時や昨日走り回った時にも思ったが、かなり身体能力が高いな。それに適当に買った短剣でさえそれなりに扱えた。いったい、昔の私は何をしていたんだ……?)
シキは自分の事が分からない。
容姿や服装、身体能力を知っても、それがどこで何をしていたのかが分からないのだ。
「……そういえば」
この二日間、アイヴィや通り魔の存在など様々な事があり忘れていたが、あのサンドイッチ店でネオンはシキの問いに返事をしたはずだ。
「そうだネオン、お前記憶を取り戻す方法はあると答えたな。アイヴィが現れる前、お前は何を伝えようとしていたんだ……?」
後ろへ振り返り、狩りを待っていたネオンへと話しかける。しかし、ネオンの姿はそこに見当たらなかった。
「ネオン……? 全くどこへ行った。迷子になっても知らんぞ……ってんん!?」
みょーん。
みょーん。
「馬鹿、何をやっている!」
二匹のスライミョンが、ネオンを担いで立ち去ろうとしていた。
「はあ!! ふんっ!!」
みょーん……。
みょーん……。
シキは咄嗟に水を置き、魔物達を殴り飛ばし消滅させる。
ぴたっ……と、スライミョンから落ちたネオンは、音も立てずに着地する。
「何をやっているんだお前は……。あんな小物、自慢の怪力で振り払えばいいじゃないか」
ネオンは一度、シキを掴み走っていた事がある。
共に走り回った時も息切れ一つしていなかったなど、物理面でも謎が多い。
(それに今、魔物に触れても魔物は消滅しなかった。羽ペンや宝石と違い、生物に流れるエーテルには干渉しないのか……?)
目が覚めてからずっと行動を共にしていたが、彼女の存在は不明な点ばかりである。
共にいれば何か分かると思ったが、分かったのは一切喋らない事と、やたら大食いな事だけだ。
「……。記憶を取り戻す方法を話してくれないか?」
ネオンは少しの間沈黙する。その後、首を横に振った。
「だよなぁ。うーん。話せないなら、別の策を考えねばならんか」
といっても、すぐに案は出てこない。
話して伝える事は出来ない。紙に書いてもらおうとしたが、羽ペンが爆発してしまった。かといってジェスチャーで伝わるような内容でもないのだろう。もしそうなら、今ここで伝えられるはずだ。
あれこれ考えていると、ネオンがゆっくりと近づいてきた。
そして、シキの使っていた短剣を地面から拾い上げる。
「……! そうか、あの羽ペンはエーテルを経由するから使えなかったのか。よしネオン、それを使い教えてはくれないか!?」
シキの買った短剣は、エーテル加工の一切ない安物。言ってしまえばただの鉄の塊だ。これならネオンが使っても破壊されないだろう。
ネオンは手に取った短剣を見つめる。
戸惑ったように静止していたので、シキは刃で地面を引っかくジェスチャーを行い書き方を教えた。
短剣を使って地面に文章を書いてくれ……!
ネオンは短剣とシキの目を交互に見る。
ついに、ついに記憶を取り戻す方法が分かる……!!
ネオンは手に持った短剣を掲げ……、シキへと差し出した。
「……へ?」
思わず受け取ってしまったが、どういう事だ……?
不思議に思っていたのも束の間だった。
ぐう~~~~~。
腹の音が鳴った。
「…………」
シキのではない、ネオンの腹の音である。
「……そういう事ね」
朝食も取らず飛び出し、朝からずっと狩りをしていたのだ。
ネオンはじっと見つめ、無言の圧力をかけてくる。
シキはため息をつくと、彼女へ語り掛けた。
「一度街に戻るか」
こくこくっ、と待ってましたと言わんばかりにネオンは頷いた。
荷物をまとめシキ達は森を出る準備を進める。
すると、後方からシキを呼ぶ声が聞こえた。
「やぁやぁ頑張ってるかな。新米冒険者くんっ」
聞き覚えのある、飴を転がしたような甘ったるい声に思わず振り返る。
「アイヴィ……!! もう動いて平気なのか……!?」
「んふっ、おかげさまでね」
アイヴィはメッシュの入ったクリーム色の髪を揺らしながら微笑む。
その頭には、痛々しい包帯が巻いてあった。
「頭の傷は大丈夫なのか……?」
「あっこれ? んふっ、優しい優しいお医者さんが治してくれたから大丈夫だよ~」
にっこりと、屈託のない笑顔で心配はないと伝てきた。
「ならいいが……。しかしどうしてまたこんな所に。病み上がりなのだから、ゆっくり寝ていればいいものを」
「頑張っている君を応援しに来たんじゃないか! んふっ、もしかしてー。恥ずかしいの??」
「馬鹿を言うな。不調を押してまで来る必要があるのかと聞いている」
真剣な表情でシキは答える。
思いもよらず真面目に返され、ばつが悪そうにアイヴィは答えた。
「ちょっとからかっただけなのにぃ……。元気な姿を見せたかった。じゃダメ……かな?」
小首をかしげ、目をキラキラさせながらシキに語りかける。
やはりこいつは苦手なタイプだ……とシキは改めて感じさせられた。
「分かった分かった。それでいいから……。それに、私もお前に会ったら伝えたい事があったんだ」
「んー、なになに??」
シキはビシッと両手を揃え、腰を90度に曲げる。
「ウォールプレートを失くしてしまった。本当に申し訳ない……!!」
シキはアイヴィに貰った大剣を無くしていた。
綺麗なお辞儀に何事かと思ったが、アイヴィは徐々に内容を理解していく。
「あー……それで短剣使ってたんだねー。……でも、どうして無くしちゃったの?」
シキは失くした経緯を一つ一つ説明する。
「一昨日の夜、一緒に通り魔を追いかけていたな。あの時私は、倒れていた冒険者を運ぼうとした。だが大剣が邪魔になり担げなかったため、仕方なく置いていったのだ。しかし次の日確認したら、無くなっていた……という事だ」
彼の話を聞いて、アイヴィは思わず笑みをこぼす。
「んふっ、ふふふっ、そっか。わかった。問題なし! 気にしないでいいよっ」
「昨日も一日かけて探していたんだ。だが寄り道をした私が悪かったのだろう。本当にすまないと思って……え?」
少し話しただけでアイヴィは納得してしまった。
謝罪したい気持ちが空回りし、シキは自分が許せないままだ。
「しかしあんな高価なものを、それも一日で失くしたのだぞ? 流石にそれを許してもらうのは私の納得がいかん。ここに魔物のドロップ物がある。せめてもの詫びとして、料金分ぐらいは返させてくれ……」
「だーかーらー、問題なしって言ったでしょ。料金はこの前の狩りで貰ったし、失くした理由だって真っ当な事だし、問題はなにも無いの! 分かった?」
「だがなアイヴィ……」
「もー仕方がないなぁ。君にはわたしの手伝いをしてもらうってお願いをしたでしょ。でもそれはまだ終わってない。だから今はそれを全力でやってちょうだい、ね?」
「ああ……うむ、そうだな。まだお前との約束は果たしていない。それに私にも通り魔を捕える理由がある。全力を上げて力となろうではないか」
アイヴィに言い包められたシキは、決意を新たに彼女へと意志を示す。
シキを説得出来たアイヴィは、彼の顔を見ながらにっこりと笑顔で頷いた。
「うむ、それでよーし!」
やけに義理堅いところに本人は気づいていないのだと思うと、アイヴィは余計に笑ってしまいそうだった。
「そんな事よりさ、シキくん達もう帰る準備をしてたんだよね? 通り魔について新しい情報もあるし、ご飯をでも食べながら話しましょ。さぁ行こ行こ~っ」
アイヴィはシキの背中をぐいぐいと押し進める。
「どわっ!? おい急に押すなって、おい!!」
不意に背中を押され跳ね上がりつつも、力負けし一歩二歩と街へ足が進んでいく。
「…………」
そんな二人の後ろを、ネオンはひょこひょこと付いて行った。