13.賭けと勝負と腕相撲
売りに出されたというエーテルコアを探して、シキ達は表にある露店通りを歩いていた。
何でも屋シャルトルーズからは満足な情報を得れず、結局それっぽいものを見つけては一つ一つ触れ、本物かどうか確認するしかなかったのだ。
「アレも違うコレも違う。全く、いくら探してもキリがないな。流石は大陸最大の商業大国と言ったところか」
「あからさまな偽物はすぐ気づけますが、結晶を似せて加工した贋作や元々価値のある品をコアと騙っている場合は、実際に触れてみるまで分かりませんね」
商業大国とはいえ、扱っている商品は店によって様々だ。
エーテル結晶一つとっても、装飾を目的とした形や色艶の良い物から実用性重視の採掘されたままの未加工品に、各地から集められた曰く付きの一品、さらには明らかに嘘と分かる岩石の様な大きさだけのものや、噂の流れるナルギットで売られていた。という冠だけ付けたどうって事ない物と千差万別である。
「売れれば何でも良いのだろう。一見すればただの膨大なエーテルの塊。まさか正誤を判断する者がいるとは思うまい」
「逆にコア以外の結晶や物体に、シキさんの記憶が眠っている可能性はあったりしないのでしょうか?」
「知らん。ネオンに聞いてもコアしか手がかりは掴めなかったしな」
「…………」
「ひとまずはコア、ですね」
そもそもとして、どうしてエーテルコアの中にシキの記憶が眠っているのか。その答えをシキは知らない。何度かネオンに対し記憶の取り戻し方を聞き出そうとした時もあったが、分かったのは彼女がコアを求めているという事だけ。そしてシキがコアに触れた際、偶然一部の記憶を取り戻した事がきっかけでコア探しという旅の目的が出来たのである。
故に、今はただコアを見つける事だけがシキの出来る過去探しなのであった。
「む、この緑の結晶、中々価値があると見た。どれ、これがコアであったりしないものか……」
「おっとォ待ちな!!」
雑多に並ぶ店の中から、一際色彩を放つ緑のエーテル結晶を見つけたシキ。もしやと思い伸ばした左腕を、右側から華奢ながら異様に筋肉質な腕に捕まれたのであった。
思わず腕の伸びた方へ振り向くと、腕の付け根まで肌の見える大胆なドレスが目に入った。さらに顔まで見上げると、そこには黒と緑の入り混ざった髪色に、右目へ眼帯をした女が立っていた。
「ん、なんだお前は?」
「その結晶はアタシが先に目を付けたんだよォ。悪いが譲ってもらおーかい」
片方だけの眼光は、口調とは一転して冷徹に釘を刺す。捕まれた左腕が微塵も動かないと感じたシキは、気圧される事無く眼帯の女へと正論をぶつける。
「先に手を伸ばしたのは私だ。購入するか選択する権利は、私が先に持っているのではないか」
「そー言って小細工するんじゃないだろうねぇ。だったらアタシが先に触れてみて、要らなかったら譲る、必要だったら相談の流れでも構わないよなぁ?」
「それを言ったらお前が小細工とやらをするのではないだろうな!? 先ほども言ったが先に手を伸ばしたのは私だ! 故に権利は私にある!!」
「ちょっとシキさん! こんな街中で言い争いしないでくださいよ」
「だったらその権利、どっちにあるか決めようじゃないか。おい誰かぁ!! 台になるもの持って来ぉい!!」
刺激されたのは頭か心か。眼帯の女はシキの腕を掴んだまま、何故か手首まで布のあるもう片方の腕を上げ、言い争いを見ていた観衆を煽る。そして投げ込まれた背丈の半分ほどの木箱を拾い上げ、女はシキとの間へ叩きつけるように設置した。
「力づくで分からせてやると言いたいが、ここは露店通りのド真ん中。だったら決まっているよなぁ!」
「…………何をするつもりだ?」
「当然、腕相撲で決めてやるよォ!!」
シキは一瞬、彼女が何を言い出したのか分からなかった。
だがシキが理解したかどうかなど関係なく、眼帯の女は右肘を台の上へと乗せ、その華奢で筋肉質な右腕に血管を浮かせながら、対戦相手の入場を待ちわびる。
そして二人を囲む観衆も手練れの冒険者同士の対決が始まると知るや否や、片手には紙幣を、もう片手には観戦用の食料や嗜好品を持ち、二人の戦いを待ちわびていた。
「おっ、勝負が始まるみてーだぞ!」
「さぁさぁ勝負と言ったら賭け。賭けと言ったら勝負。一口1000ゼノから受け付けるよ!!」
「あわわわわ……何だか大事になって来ました……。し、シキさん何やってるのですかー!!」
「訳の分からぬ理屈に屈する訳にはいかぬ! 私の拳が正しさというものを示してやろう!!」
完全に相手の挑発へ乗せられたシキは、右手の黒手袋を外し、無骨で大きな手を握り力を入れる。互いにニヤニヤと笑みを浮かべているのを見て、傍目で見ていたエリーゼは手に負えないと半ば落胆していた。
「あー……シキさんの面倒くさい我の強さが出ちゃってますよ……。もう、ネオンさんも何とか言ってやってくださいよ!」
「…………」
「もしかして君達、彼の仲間かな? ごめんねウチの連れが……こうなると彼女、勝ち負けが付くまで意地でも動じないんだよネ……」
応えるはずの無いネオンへ焦りをぶつけていると、耳の付いたフードを被った少女がスッと横から現れる。エリーゼよりほんの少し背の低いその少女は、フードを深く被っており目元は見えず、また両手にはフードに似たデザインの手袋をはめており、まるで顔が三つあるようにも見える奇妙な姿をしていた。
フードの少女は一見して不審者の様であったが、エリーゼは彼女の常識のある優しい口調と、自身と似た心境で溜め息を吐く姿を見て、不思議と仲間意識を抱いていた。
「お互い、苦労してますね……」
「全くさ……。アルパインー! 周りの物壊したら分かっているよネーーー!?」
「おーよスリービー! 一撃で終わらせるから、んな心配はいらないねェ!!」
「…………来いッッッ!!」
威勢の良い掛け声を上げ、右手を組み交わすシキと眼帯女アルパイン。そして妙に盛り上がる観衆達の中で、エリーゼと眼帯女の仲間スリービーは深く深く、それは湖のように深い溜め息を吐いているのであった。




