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10.世界を構成するのは記憶だけ

 店内で話をするエリーゼを背に、店先でシキはネオンと共に待っていたはずであった。

 だが消えたネオンを探し立ち入ったとある場所で、シキは謎の少女に呼び止められる。


「時に。ここがどこだか分かるかい? お兄様」


「おにっ……はぁ? 私はこの国の人間ではない。迷子なら他を当たってくれ。ああそうだ、私は今迷子を捜しているのだった……!」


 断りと共に本来の目的を思い出したシキは、もう一度急ぎ足を踏み込む。だが意に反し身体は真っ直ぐへと進まず、シキは衣服の端を引っ張られ無理やり少女に捕まってしまう。


「見て分からないかい? ここは闘技場だよ。もっとも、過去の話だがね」


「……だろうな。壁には亀裂、床に至ってはほとんど剥がれて、既に畑にでも生まれ変わったか? こんなものを見せて、お前は何がしたいんだ」


 匂いに釣られ路地裏を歩くうちに、いつの間にやらシキは開けた空間へと足を踏み入れていた。無機質に切り取られた地面には、四角く加工され敷き詰められていたであろう石が転がっており、少女の言う通りここは闘技場として利用されていたようだ。


 しかしそんなものは過去の話。現在は既に荒れ果てており、賑わいはおろか、人の気配すら見当たらなかった。


「ここはね。つい数日前まで盛大な大会が開かれていたんだ。ルールは場外に足が着いた方の負けで、魔術や魔道具の使用は禁止。単純だろう?」


「何が単純だ。エーテルの使えない状態でこんな荒れ方をするものか。万が一あったとしても、たった数日でここまで朽ち果てる訳がないだろう。裏があるに決まっている」


「うん。ではどんな裏があったのかな。ちなみにその日、ルール違反は取られていなかったよ」


「なっ……。そんなもの決まっているさ。それはだな、それは……。ええい、私は急いでいるのだ。さっさと答えを教えろ!」


「なるほど答えが知りたいんだね。では賭けをしよう。向こうの二人、どっちが勝つと思う?」


 そう言うと白髪の少女はシキの衣服の端を掴んだまま、闘技場のあった場所を指差す。

 釣られてシキも振り向くと、荒れ果てた闘技場の真ん中に赤髪と青髪の少年が立っていた。少女よりも幼げな二人は向き合い、安っぽい木の剣で何やら闘技場での戦いの真似事をしているようであった。


「馬鹿な……正気か? 先ほどまで誰も居なかったはず……!」


「当たれば先ほどの答えを。外れたら……うん、1000ゼノ紙幣を一枚頂こうかな。ちょうどお腹が減っていたんだ」


「おい、つい先ほどまで口にしていたものを忘れたのか……?」


「あ、ルールを決めないと。先に足以外が地面に着くか、剣を手放した方の負けでどうかな」


 動揺するシキの様子など気にもせず、白髪の少女は一人勝手に話を進める。

 少女の言動に振り回されながらも、シキは彼女の誘いに対し疑問を口にした。一見してごく普通の少年達であったが、こうも少女の都合よく物事が動くのは何かが怪しい。


「一応聞くが、あの少年達はお前の知り合いでもなければ、会話すら交わした事も無い赤の他人で合っているな?」


「もちろんさ。偶然居合わせた彼らを、勝手に賭けの対象にしているだけだよ。他に気になる事は?」


「お前は私が来るより前にこの闘技場へ居たな。この地への仕掛けや、お前しか知らない仕組みは無いだろうな?」


「無いよ。他には?」


 少女に問われ、シキは少しの間考え込んだ。そして懐から一枚紙幣を取り出すと、二者択一に決を出す。


「……いいだろう。では私は赤髪の少年へ賭ける」


「ふむ。では僕は青髪の少年だね。ちなみに選んだ理由を聞いてもいいかな?」


「ふっ、理由など決まっている。私と同じ髪色をしているからだ」


「うん。なるほどなるほど。お兄様らしい素敵な理由だね。では結果を見てみようか」


 安直に決めた選択を、白髪の少女は物凄く納得したように受け入れる。賭けに乗ったのも一刻も早く話を終わらせ、探し人の元へと向かうために他ならなかった。


 当然シキは決着を見届ける予定もなく、適当に頃合いを見つけてこの場を去ろうと考えていた。

 雰囲気も味方したのか、賭けが始まると同時シキを掴んでいた少女の手がひらりと離れ、引っ張られていた衣服が元の形に戻る。


 少女の注意が逸れている間に消えるか、不可能であれば1000ゼノを犠牲に負けを認めるか。半端な別れではしつこく付きまとわれるのではないかと心配をしていた。……が、それは直後の出来事であった。



「えいっ」



 白髪の少女は、あろう事か戦っている最中の赤髪の少年へ近づき、後ろから木の剣を取り上げたのである。


 剣を取り上げられた赤髪の少年は反動で尻もちをつき、ぺたんと座り込んでいた。

 向かい合っていた青髪の少年も、突然の出来事にぽかんと口を開け立ち尽くす。


 そんな少年達を前に、白髪の少女は何一つ変な事は無いとでも言いたげに口を開く。


「この闘技場はね、もうすぐ修繕作業に入るんだ。怖いおじさん達がいっぱい来る前に、早くお家に帰りなさい」


 そう言って取り上げた木の剣を返すと、少年達は理解したのかそれとも気圧されたのか、すぐさま闘技場から離れていった。呆気に取られているのも束の間、白髪の少女はくるりと振り返ると、そのままシキの目の前まで戻り、一言。



「うん、僕の勝ちだね」



「いやいやいや思いっきり手を出したではないか!? こんなもの勝負になるか……ッ!!」



 余りの状況に、消える予定だったシキも口を挟まずにはいられなかった。勝ち負けの行方よりも無茶苦茶な状況に対して頭が理解を拒み、納得出来る答えを探さずにはいられなかったのだ。


「どうして? ルールはさっき伝えた通りで、聞かれたような違反もしていない。僕の勝ちじゃないか」


「手を出したのがおかしいと言っている!」


「手を出してはいけないなんてルールは決めてない。そうだろう?」


「なっ……!」


「目に見える景色や耳に入った言葉だけが、全てではないんだ」


 少女の言う通り、取り決めたルールに手出しを禁ずる文言は無い。たまたま闘技場に居合わせた少年二人の、どちらが勝つか。少女は意味深に語る事で、細工があるのは闘技場か少年達だとシキに思い込ませたに過ぎない。


 言葉を失ったシキの手から、勝者である少女は一枚の紙幣を抜き取る。そして嫌々ながら結果を受け入れたシキを横目に、少女はそのまま立ち去った。


 一歩、また一歩と遠くなる足音がぴたりと止まると、少女はふと背へと振り返る。


「ルール違反は取られなかったが、ルール違反をしていないとは言っていない。ただそれだけの話であり、それが答えだよ」


 突然聞こえた回答に、シキは通り過ぎた少女へと振り返り咄嗟に声をかける。


「どうして答えを教える?」


「先日の戦いで賭け事に興味を惹かれてね。でも僕は、平等の方が好きみたいだ」


「おい、答えになっていないぞ!」


「なっているさ。それ以上知りたいと言うのなら、その胸の内を示すといいよ。じゃあね」


「お、おい……!」


 意味深な言葉を残し、紙幣片手に立ち去る少女をシキは追いかけようとした。

 だが一歩踏み込んだ瞬間、シキの注意は別のものへと向けられる事となる。


「シキさん! やっと見つけた……もう、探しましたよ!」


 声が耳に入り横を振り向く。そこには、仲間達が立っていた。


「エリーゼ……? オームギ、レンリ、……ネオン!!」


「待っているって言ったのに、勝手に迷子にならないでください」


「いや違う、ネオンが消えたから私は探していたのだ……!」


「ネオンなら一人先に来て、私達と一緒に食事を眺めてたけど?」


「…………」


「なっ……本当に待たず先へと行く奴があるか!」


 突然消えたと思ったネオンは、シキがぽつりと呟いた言葉通り、先に行ったオームギやレンリとの合流へと向かっていたのだ。考え事へ夢中になっていたシキはネオンの様子に気が付かず、視界から消えた頃にやっと周囲へと意識が向いたのである。


「シキ、そういうお前こそこんな所で何をやっていた? 荒れた闘技場が店にでも見えたのか?」


「聞きたいのは私だ。そこの妙な小娘に声をかけられて、訳も分からぬ相手をさせられていたのだぞ!」


 声を張り上げながら、シキは目の前へ腕を伸ばし白髪の少女が向かった路地へと指を差す。一同の視線がシキの差す先へと向けられたが、皆の表情は疑問に包まれていた。


「妙な小娘なんて……居ませんけど……」


 その言葉を聞き、シキも同じ方角へと顔を向ける。見えた景色の先には、人っ子一人いない寂れた街並みだけであった。


「あの小娘め、貰うものを貰ったらすぐ消えたか……! 全くこの国は、稼ぐためには何でもしていいと思っている奴ばかりなのか……!!」


 結局シキの言い訳を聞き入れて貰える事もなく、一同のシキに対する評価がより一層、変わった奴と位が上がってしまうのであった。


 …………。


 ………………。


 ……………………。


「知りたいと思うなら、答えの方から近づいて来てくれるはずさ。平等なこの世界の中ならね」


 トボトボと歩く赤髪の男の遥か後ろから。白髪の少女は微笑みを向け、その場から消え去った。

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