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09.言い伝え

 シキがネオンを探し、店先から離れた頃。

 店内のエリーゼとシャルトルーズは並べられた商品へ見向きもせず、真剣な表情で会話を進めていた。


「まず最初に、僕は君の家族についての情報は持っていない。率直で悪いんだけどね」


「そう、ですか……」


 行方不明になったエリーゼの兄。そしてその兄を探して姿を消した両親を、少女は今も探し続けていた。少女は淡い期待を持ちながらも、情報屋シャルトルーズに問いかける。しかし情報屋の売り物に彼女の求める記憶は入っていない。記憶にないものを、情報屋は売る事が出来ない。


 肩を下げ落胆するエリーゼを前に、シャルトルーズは淡々と言葉を投げかける。それは慰めでも何でもなく、この世界で起きている現実であった。


「実のところね、行方不明者の数は日に日に増えているんだ。君のお兄さんやご両親だけでなく、それこそこの国でも。ね」


「この国……ナルギットのような大国でもですか?」


「うん、僕の知り合いも何人か。でもおかしいよね。僕はちゃんと『またのご来店を』って挨拶をしていたんだけど」


「はぁ……確かに言い伝えとしては、挨拶もせず別れた相手とは二度と会えない。なんて言われていますが。それを言ったら私だって、両親に行ってらっしゃいと伝えました。なのに……」


「重要なのは言い伝えじゃなくて、今起きている事なんだ。歴史の中で消えた人物を調べるのは僕達ではなく研究家で、僕達の前から消えた人物を説明するのは、歴史なんかじゃない。だろう?」


「分かっていますよそんな事。言い伝えで言われているからって、はいそうですかと納得なんてしません。だから私は家を出て、今ここにいるんです」


 挨拶もせず別れた相手とは二度と会えない。いつからかこの世界で残されるようになった言い伝えであり、実際に歴史の中でも時折り姿をくらませ、消息を絶つ人物が現れていた。だからこそ人々は言い伝えを信じ、深追いをしない事で残された者達は自衛をしていた側面もある。


 だが魔術の発展した現代において、エーテルと記憶の繋がりが導き出されたこの世界では話は変わってくる。


「エリーゼちゃん、それは僕だって同じさ。だから僕は持ちうる情報網を使って、近年消えた人物の事を重点的に調べてみた。するといくつか分かった事があった。それを君にも共有したい」


 そう言うと、シャルトルーズは店内の椅子に腰かけ、両指を組んで取引用の机の上に肘を乗せる。シャルトルーズは組み合わせた手を額に当て、頭の中を整理しながら、一つ一つ導き出された情報を口にした。


「まず一つ、消えた僕の知り合いを調べた際に分かった事だ。彼らは揃って直前に取引で大損をしたり、借金を抱えていた。ここナルギットで消えた人間は、資産を失った人物が多いという共通点があったんだ」


「資産を……? それは夜逃げなどで、単にこの国を去ったのではないのですか?」


「その可能性も否定はしないよ。人知れず消えるために、残った資産や仕事道具なんかを全て放棄したならね」


「それは確かに少し変ですね」


「それにこの国には救済措置だって用意されている。破産しても手続きさえすれば、国営の魔道具開発や製造の一端として仕事を与えられるのさ。ナルギットは常に最先端の技術を保持するため、人員確保に余念がないからね」


 もちろん逃げ出したくなるような非道な業務はさせていないはずと、シャルトルーズは説明に念を押す。しかし現にこの国からも人は消えている。エリーゼの言う仮説は限りなく薄かった。


「次に一つ。他の行方不明者にも共通点は見えてきた。でもそれはナルギットとは違ったんだ。例えば近くの地域だと、医者を始めとした治癒や回復に強い人達が狙われていた。他にも特殊な魔術を扱える一族や、強力なエーテルを持つ子供なんかも、ね」


「子供……! ではシャルトルーズさんの知り合い探しが実れば、私の兄もそこに……」


「ゼロじゃないがそうとも言い切れないね。さっきも言ったように、消えた人物の場所や特徴である程度はグループ分け出来る。例えば僕の知り合いや医者達が消えたのはここ数年内の出来事だが、一族や子供達は少なくとも年単位でばらけている。これを聞いて、エリーゼちゃんはどう考えるかな?」


 情報を小出しにしながら、エリーゼの反応を伺うシャルトルーズ。あくまで彼は、情報屋としてエリーゼとの取引を進める。


 これまでの情報から、エリーゼも持ちうる知識をかき集め答えを探す。エリーゼの兄にシャルトルーズの知り合い、だけではない。共に行動をするシキから聞いた因縁ある人物や、オームギを狙う赤の刺客達。そして刺客の駒となっていた、動物の声を聞ける能力を持つレンリの存在。


 歴史の中で見え隠れする行方不明者と言い伝えに対し、エリーゼは現代の回答を見つ出す。



「人が消えた原因は、同一ではなく複数存在する。でしょうか?」



 エリーゼの回答を聞いたシャルトルーズは、少しだけ口角を上げ彼女の実力を認める。


「うん、そうだね。僕も歴史の人物までは分からないけど、少なくとも今あげた二つの事象、つまり僕の知り合いとエリーゼちゃんのお兄さんは、別々の理由によって消えたと、そう僕は仮定した」


「それがゼロじゃないが、そうとも言い切れない……ですか」


「そういう事さ。するとどうだろう。言い伝えなんて曖昧なもの、信じる気も起きないと思わないかい? だってさ、言い伝えを隠れ蓑に、人攫いを行っている連中がいるかもしれないんだよ? それならなおさら、言い伝えなんてものは疑ってかからないといけないじゃないか」


「言い伝えを隠れ蓑に……なるほど。であれば、私にも少し心当たりがあります……!」


「それは本当かい!? もしかすれば僕の情報がより鮮明に整理出来るかもしれない。知っている事を教えて貰ってもいいかな??」


「もちろんです! 私や、私の仲間が旅をする理由にも関係ありますので!」


 シャルトルーズの話を聞き、エリーゼはこれまでの旅で見聞きした情報を振り返る。


 エリーゼへ紫の国ダーダネラへ来いと言った敵の存在。だけではない。今追っている赤の国の刺客について、レンリは研究所の中で何を行っていると言っていたか。シキの持つ短剣は何であり、どういった経緯で手に入れた逸品だと話していたか。


 よく知る言い伝えから、なんとなく同じ出来事の線の上として捉えていた行方不明者達。だがシャルトルーズの仮説を聞いた今、エリーゼの記憶は細分化され、真実の輪郭を描き始める。

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