38.声に乗せて
オアシスの中にある、白い屋根の家にて。
白蛇の額に埋め込まれたコアを吸収したシキは、そのまま数日ほど眠っていた。
地下空間から脱出した一同はシキが目覚めるまでの間、彼の目覚めを待ちながらこれからの予定を相談していた。何も知らず眠っていたシキは、記憶の途切れた間何があったのかを問いかける。
「それであの後、私達はどうなった?」
「どうもこうもない。俺とハロエリとハルウェルがいなければ、お前達はそのまま生き埋めだったのだぞ」
「そうか……すまないそれは助かった。で、何故お前がここに居る?」
「悪いか?」
オームギの住む白い屋根の家の中には、家主の他に来訪者のシキとネオンとエリーゼ。そして敵対していたレンリと二羽の相棒達が同じ卓を囲んで話をしていた。
「俺と相棒達がお前達四人と、ついでに気絶していたラボンを連れて崩壊する地下空間から脱出したのだ」
「ほう、それでラボンとかいう奴はどうした? 姿が見えないようだが」
「操られていた間の記憶が無かったので、そのまま近くの町までレンリさんが送って行きました。あの様子では、ここでの出来事は思い出す事は無いでしょう」
「なるほど。それで、お前はそのまま戻って来たのか。ついでに逃げ出す事も出来ただろう」
「…………借りがあるのでな」
「借り?」
「ピーピピッピ!」
「ピーピピッピ?」
バツが悪そうなレンリの側を、赤のと青の二羽の鳥は元気にクルクル飛び回っていた。顔をそむける彼の側を、調理を終えたオームギが料理を運びながら横切る。
「はいお待たせ。オームギさん特製オアシスのサンドイッチにオアシスの野菜スープよ。とくと味わいなさい」
「キィー!」
「ん? そ、そいつは……!!」
料理を運ぶオームギの首元に、白く長い何かがスルスルと絡みついていた。
よくよく見るとそれは、サイズこそ違えどあの巨大な白蛇と瓜二つ。シキが大人しくさせた化け物は、膨大なエーテルを失って元の蛇の姿へと戻っていたのだ。
「あぁ、貴方がコアを取り除いてくれたおかげで大人しくなったわ。弱っていたけどまだ息はあったからそのまま連れて帰ったの。湖からエーテルを補給しているようだったし、水を与えてみたらこの通りよ」
「キィー」
「ピーピピッピ!」
「ピーピピッピ?」
「で、一緒に弱っていたこの子達にもオアシスの水を与えたらもうびっくり。病を抱えていたって言ってたから覚悟してたけど、水を飲んだら絡まっていた網でも取れたように元気になったって訳」
「ラボン……いや、ヴァーミリオンがこいつらのエーテルに細工をしていたようであったのだ。元々少しばかり特殊な風を起こせるくらいしか出来なかったこいつらに手を加え、俺と遜色のないほどの暴風を起こせるようにした訳だ。そして奴の管理下に置くため、一定時間ごとに体調が悪くなるようエーテルの流れを阻害していた。それがここの水によって浄化され、晴れてこいつらは元気な姿を取り戻した。それが事の顛末だ」
「だからレンリは私に頭が上がらないって訳、分かった?」
「…………そういう事だ」
「……あ、ああ。お前がここに居る理由は十分に分かった。その白蛇が居る理由もな」
一人と二羽と一匹が増えた事により、今まで以上に騒がしくなるオームギの家の中。シキの質問が長くなりそうと感じたオームギは、っかく用意した料理が台無しにされると感じ、無理やり話を中断させ食事を急かす。
「とにかく。これからの事は後で話しましょう。シキだって目覚めたばかりでまだ本調子ではないでしょ。そ・れ・に、さっさと食べないと料理が冷めちゃうでしょ!? いつの間にやら大所帯になっていたんだから、私沢山作ったのよ!?」
「…………!!」
ガタッ。っとオームギの一言を聞いたネオンは音を立て椅子から立ち上がる。
エルフの中でも特に料理に対しては造形の深いオームギ。姿をくらましてなお世界各地へ彼女の考案した料理が広まっている現状から、ネオンはいったいどんな料理を食べる事が出来るのかと期待に胸を躍らせていたのだ。
エルフと刺客と白蛇騒動から数日明け、シキの目覚めた今、再び彼ら彼女らの日常は動き出す。その一歩として、一同は砂漠の魔女が作った沢山の料理を堪能するのであった。
食事を取りながら、シキは二羽の鳥と言い争っている褐色の男の様子を見て彼の特殊な行動に疑問を感じていた。
「レンリと言ったな。気になっていたのだが、どうしてお前はそいつらの言葉が分かる? 私にはただの鳥のさえずりにしか聞こえないのだが」
「なに? どうしてって、こいつらが語り掛けて来るから言い返しているだけだ」
「そういえばこの子の言葉も分かっていたわよね。何か貴方だけが持つ魔術でも使っている訳?」
「キィー?」
「魔術……というよりも、俺の血筋は皆生き物の言葉が理解出来ていた。体質と言われればそうなのかも知れないが、俺には分かるんだよ」
「…………何が?」
「鳴き声に込められた、感情と言う名のエーテルが」
レンリの一言に、一同は思わず息を飲み込んだ。言葉というありふれた出来事にすら、生き物の言葉に関する記憶が刻まれていると、レンリはそう言い放ったのだ。
だが彼らにも思い当たる節は合った。敵対していた長毛の猫、ヴァーミリオンが持つ声による洗脳であった。
「声にエーテルを乗せる……。奴も、ヴァーミリオンもその術を使って私達の身動きを取れなくしていたな」
「ああ。奴の持つ大罪武具も原理は同じさ。俺達のように人同士ならエーテルに込められた感情を読み取るのは造作もない事だ。それはこいつらだって同じ事。その波長を読み解き受け入れる事で、俺は生き物の放つエーテルからこいつらの感情を読み取っている。ヴァーミリオンが使った術はそこへ絶対服従の命令を加えて、相手を包み込む事により制御を可能としていたのだろう」
「じゃ、じゃあ私もこの子の言葉が分かるようになるって訳!? この子に蓄積されていたエーテルの記憶も、聞き出そうと思えばいつか……」
「理論上は不可能ではない。ただ生き物の放つ特有の感情を読み解けるか……だが、賢人であるお前なら、時間を掛ければいずれは会得出来るかもしれんな」
「ほ、本当!? じゃ、じゃあさ教えてよ。その感情の読み解きってのをさ!!」
「教えるとか教えないというものではない。これは感覚の話なのだ。読み書きや訓練でどうこうなるものでは……」
「ちょっと、借りがあるんじゃなかったの!?」
「だから、教えるどうこうでは無いと言っているだろう!!」
賢人特有の探求心に加え、失われた仲間達の記憶という重要事項が重なり歯止めが効かなくなるオームギ。
そんな彼女にレンリがうんざりとしていると、シキは二人のやりとりからふと今まで解消出来ないでいた疑問を投げ掛けた。
「では……。言葉を話すには、エーテルが必要なのか?」
「何を当たり前の事を。それは大前提として俺は話をしていたのだが」
「そうですよシキさん。私達がこうやって話せているのも、当たり前のように言葉へエーテルが乗っているからであって……」
エリーゼが言葉を最後まで言いかけた時、一同はシキの言っていた言葉の意味を理解した。
言葉を話さない寡黙な少女。彼女の持つ能力は、身の回りにあるエーテルを吸収するというもの。エーテルの放出が出来ない彼女には、言葉を伝える一切の術が失われていたのだ。
「…………?」
一同から顔を向けられたネオンは、一瞬ピクりと止まると、そのままオームギの用意したサンドイッチを頬張った。




