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 メイ・ツィツキ準教授が何処の馬の骨ともわからぬムアーテイ夫人なる人物を当代最高の魔道体と評価し、有史において彼女と並ぶ死霊術の使い手の記録は存在せず、まさしく生ける神代の至宝であると評したことは魔術復興学会の若手術士たちを震撼させた。


「ツィツキさん、頭がおかしくなっちゃったのかな」


 そもそも死霊術などという山師術をなぜ若手の期待の星ツィツキが論文にまとめてきたのかは、推して知るべしだ。と若手術士達は南部にて酷い精神衰弱にかかっているのであろうツィツキに憐憫の情を募らせた。

 あの跳ねっ返り娘も辺境の暑さと亜人には堪えたらしい、長老連中も人が悪い、口煩いというだけでよく自分の孫ほどの娘を蛮地に遣れるものだよ。などと、愚痴を小声でこぼす人々のなかで、ただ一人報告書を熱心に読み込む男がいた。その男の名はリー・ツィツキ、メー・ツィツキ準教授の兄であった。

 


「リー。考え直せよ、お前の足じゃあ南部にはいけんよ」


「今日は杖がいる。だが明日の俺がそうとは限らん」


 山嵐のような広い背中の男が杖をつきつき。リーと呼ばれた男の紺色の軍服と彼の指命に燃える大きなひとみはいくら左足を引き摺ろとも彼を傷病軍人らしからぬ雰囲気にしている。講堂を出た彼の周りには復興学会の若手学者が数名取りまく。


 ニューホープ大学の中庭を果敢に杖をつき進むリーの後ろを学会員用カーディガンを着込む三人、小男とのっぽと痩せぎすの女が小走りでついて行く。


「これじゃあ命を捨てにいくだけだ、メイさんだって今の君には来てもらいたくないさ」


と先とは別の男が忠告する。


「彼女も本当に危なくなったらサンフランの海路を頼ると書いてあったじゃないか、入れ違いになったら笑い話にもならないよ」


「妹を嗤う貴様らが、その兄にかける言葉がこれか。俺が貴様らを殴り殺さないのは俺にもまだ多少の理性が残っているからだ。早く失せろ青瓢箪ども。この足では手加減など出来んのだからな!」


「誰も笑っちゃいないさ!君も君の妹も皆が心配しているんだよ!」


「お前らの心配とはなんだったかな。ネズミよろしく隅に身を寄せ合って、ああ何かかじっているとは思ったが」


「勇ましくやりたいなら、そうすればいい。だけど、君は南部がどうなっているのかをこちらよりは詳しく知っているだろう?」

 

「ふん!だからお前の緩んだ口は粥を啜るしか能がないのだ!……亜人が何だというのだ!よく聞け腑抜けども、せいぜい閉塞したその耳をしゃんと澄ませていろ。助けを求めた妹がいて、ここにはその兄がいるのだぞ!」


「さっさと妹離れしなさいよシスコン」

と取り巻く女史が一言。


「……黙れ!」


 以前から南部の情勢を危惧する声は高まっていた。

 亜人と開拓者の衝突、荒野騎士会の狼藉、魔女による市民への扇動、そういった社会全体の動揺へ対し南部軍管区がとった地域安定化政策は問題となっていた。


 強制移住法の制定と亜人集落への戸籍登録の義務化、この二つの法案は亜人を反乱へ追い込んだ直接的な原因とされた。

 

 開拓者を襲撃する亜人は漏れなく皆が魔女に誑かされており、そのような危険分子どもは開拓地から追い立て、一箇所に押しこめ管理することこそ治安回復への第一歩であるとした件の植民省の思惑は、まず亜人の反発を軍によって抑えこむ事を前提としていたという点で、植民省、ひいては外界帝国連、の大陸への無理解が如実に現われていたといえた。


 銃剣とぺら紙を突き付けられた亜人達がどう答えるのかなど明白であって、つまり、歴史的必然性によって亜人達の抵抗は反乱へと昇華されていったのであった。




 メーのアホは何でこんな時勢に南部行きのチケットを取ったのか。お前はあんな意地悪な老人どもに学識が認められたとして、それが果たして何になると思っているのか。確かに以前の南部はよかった。俺がスルに詰めていたのだから、お前が為にいくらでも骨を折る兄が馬で二日の所にいたのだから。


「家族を愛して何が悪いよ、ハーウィック。テッドもアーロンも、お前達は他人事だからそう冷静に助言者面していられるのだ。俺にはそれが何ともいえないくらい我慢ならない」


 リーはそう言う放つと、引き離すように足を早める。


「迎えに行くならせめて一週間待ちなさいよ、それならチワワ辺りで落ち合えるはずだから」


とハーウィック女史。


「一週間だと!俺は便りを一月待ったさ!きっと明日には見舞いに訪れるだろうと、メーが病室の扉を開けて駆け寄ってくる事を一月待った!」

 

「もう一度言うわ、妹離れをしなさいシスコン。メイは自立した一人の人格で、あなたのお人形でもなければ感情の受け皿でもないわ」


「いや、君の発言はなかなかだ。血のかよっていないお人形の口振りだね全く」

 

「リー!さっきから、少し失礼じゃないか!」


テッドはそう語気を強める。


「君は短絡的すぎる。軍人なんてのはいつも腕っぷしを第一義にしていても、結局文民統制に素知らぬ顔できないんだよ!」


「失礼なのはお前だ小男!舌先が乾かぬうちになんだ?何が俺たちを心配してだ!」


「心配してるからだよ!南部はもうほとんど帝国領じゃないんだよ」


 皆口々に言っている、南部は危ない。


 今日植民省の布告した箝口令は有名無実の下にあるのは間違いないが。目抜通りのカフェから貧民街の娼館に至るまで、やれ南部は危ない、やれ亜人の大反乱だと煽動紛いに触れ回る輩ばかりなのが気に入らないのだ。


 では、具体的に南部のどこが危ないというのだ?


 聞けばスルシティが火の海だと言う者がいる。それは大袈裟と笑い飛ばす記者が、メリダは皆殺しの憂き目にあったのは確かだと断言する。近くの士官がまたそれを訂正し、ホーンで州軍と小競り合いが起きた程度だと嗜めるのだ。


 それなら、俺は誰を信用すれば良いのだ?


 州軍内すら情報統制で市井と変わらん混乱だ。そもそもあの司令部ごときに事態の掌握はできてはおるまいが、そのてんてこ舞いがこの国の中核で、俺がその末端に属し、やがては否応なしに義務を果たさねばならない時がくるのだ。

 

 おお、メーよ。この街には、南方山脈の頂を向いて噂するものはいても、一人としてお前の横顔を覗いた者は居らんのだ。



「だから行かねばならないんだ。明日にはサンフランが火の手に巻かれているかもしれないんだからな」


「そんなに軍はヤバいのか」

 

 アーロンが驚いてリーの肩を掴む。


「放せ!お前には関係のない話だよ!」


「聞いているだろ!南部はそんなにヤバいのか?」


「放せ、このッ!……お前は結局何を知ろうともそいつを台無しにしか出来ないド阿呆だ!わかったか!」


「言ったな!もうこいつの相手なぞしてられん!」


 アーロンが掴んだ肩を不意にはなし、リーの体は不自然なまでによろめいた。


 クソッタレ!クソッタレの足め。


 この足がまるで言うことを聞かない。あの爆弾おかげで、あの大岩のせいで、軽くこづかれた程度でも震えだす。御すには魔法に頼るしかない。


 意思に反し痙攣する自身の左足にリーは魔力を流し、左足を思い切り踏み込むよう動かし、全身で拳に勢いをつける。


 まずは、この伊達男をぶっ殺す。


「お前普通に歩けるのか」


 軽く呆けるアーロンにリーは彼の顎へ向かって振り抜かれた拳を寸前で解いた。


「……そうだ。医者には止められていてな、神経が繋がらなくなるから足を魔力で動かすのは不味いんだがな」


「他人の眼前にパーって。お前随分腰の入ったぶん殴り方をするのな」


「頭に血が上ったからだ。三人とも見送りはここまでで結構。それでも何かこのわたくしに注文したい事柄があるのでしたら、どうぞ地獄までご同行の後お伺いする所存でございますが」


 リーの口振りにお三方はそれぞれの反応を示した後、まずテッドが口を開く。


「冷静にならなきゃだめだ、君は見たところ相当焦っているよ」


「そうだな、ただ一人の肉親が安否不明であればまずは冷静さが必要だな、それでお前は何処までついてくる気でいるのだい?」


 そう答えため息をつくリーにハーウィックは呆れたようにため息を返す。


「死にたがりには、行かせるしかないのよ。テッドもそう心配を重ねても無駄よ、必要とされない忠告を続けるのはよしましょう」


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