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9.


 結局は、その時の恋はそれから進展のないまま程なく自然消滅した。ひとつの恋が終わったことにも気づかないまま、弓音は仕事に没頭し、上司や同僚と飲みに行くこともあったが特に何の変哲もないOL独身生活を送り続けた。「進展のなかった恋人」が彼の大学時代の同級生と結婚すると知ってやっと「あぁ、そうか、自分達は自然消滅したのだ」と自覚した。


 確かその週は、弓音がフロアのお茶当番だった。朝の二回目のコーヒーを落とすために、給湯室でサーバーにお湯を汲んでいたときだ。総務の女性がフロア用の新聞とメールを持って来て、朝の挨拶がてらその話を聞いた。弓音がその男と付き合っていたことを、その総務の女性が知っていたのかどうかは分からないが、いかにもOLらしい可愛らしい野次馬話で、「ねぇねぇ、聞いた?聞いた?」と始まるそういった噂話のひとつだった。


 それが週の始まりの月曜日のことだったが、前日の日曜日の夜に、弓音は一通のメールを受信していた。

 『大門です!メールアドレスの変更をお願いします。』


 弓音が大学を卒業してから、航とはお互いに風聞に頼るだけで、個人的にやり取りをすることはなかったが、結婚式で再会した後にふたりで大学のサークル棟に忍び込んだ時、その年の文化祭に行こうかとなんとなく話してその流れでメールアドレスのやり取りをした。でも、それだからと言って、お互いに余計なメールをする訳ではなかった。ただ、なんとなく、メールアドレスを変更するときには、必ず

 「メールアドレスが変わりました。変更お願いします」

 とお互い、あくまでも事務的に、けれども忘れずに送り合った。


 その日曜日のメールもいつもと変わりなかった。

 『大門です!メールアドレスの変更をお願いします。』


 

 二回目のコーヒーサーバをセットして弓音は仕事を始めた。何も考えたくなくても、昨日まですっかり忘れていた恋だとしても、ちょっと隙があれば自然消滅した元恋人が頭に浮かんだ。過去になったものはいつでも美しい。頭に浮かぶ思い出を振り切るように、週末の間に入ったメールの振り分けと午後の仕事の配分を夢中で準備した。



 昼休み、コンビニエンスストアにお気に入りの辛いスープヌードルを買いに出た。コンビニエンスストアの前まで来て気が変わって、少し遠めのスーパーまで安めのものをいくつか買ってロッカーに入れておこう、と思った。スーパーへ向かう角を曲がり、あとはまっすぐ5分ほど歩くだけだ。それは何となくぼんやりと歩く時間が欲しかっただけのことなのかもしれなかった。

 何気なく携帯電話のフリップを開くと、日曜日の夜のメールの履歴がそのままになっていた。

 『大門です!メールアドレスの…』


 (・・・大門。)

 『呑も!』

 と、弓音は航にメールを打った。それは、弓音自身にもよく分からない衝動的なメールで、相手が誰でもよかったのかもしれないし、相手が航だったからなのかもしれない。相手がどう思うかとか、相手の都合とか、そういうことを少しも考えなかった。


 


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