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4.

「あれ?中倉さん、お弁当買いに行ったんじゃなかったっけ?持ってきてたんだね。」

 外でご飯を食べてきたグループが続々戻り始めて、弓音はおにぎりを大きく齧って頷いた。

 「あぁ、ええ、ええ。そうなの。忘れて来たと思ってたんだけど」

 弓音はおにぎりを豚汁で飲み下した。自分以外の誰かが作ったものを食べるのは久しぶりだった。それを大事に食べていたのに飲み込んでしまったおにぎりを少し名残惜しく思う。

 腕時計は昼休み終了の15分前。そろそろ片付けて化粧直しを始めたい。弓音は最後までとっておいた茄子の漬物を口に放り込み、もぐもぐと口を動かしながら、タッパとポットを抱えて給湯室へ向かった。


 給湯室には先客がいた。同じ課の江田さんだ。ベージュ色のタイトスカートから細い足が伸びている。弓音は「置かせてね」とポットとタッパーを流し台の横に置いてトイレに向かった。背中で江田の「はああい」と力の抜けた返事が聞こえた。昼休みの女子トイレは、色々なメーカーの化粧品の匂いがする。弓音は「お疲れ様でーす」と、それが癖になっている言葉を、おしゃべりの邪魔にならない程度の小ささで、かつ、黙っていると思われない程度の大きさで言って個室に入った。弓音が個室に入ったほんの数秒の間に女子トイレの中の話声はまばらになって、弓音がトイレを出ると違う課の女の子が二人静かに口紅を引いていた。

 弓音は鏡越しに笑顔を作って、いいかな?と手を差し出して洗面台を借りて、華やいだ香りだけが残る誰もいない給湯室へ向かって行った。


 豚肉が入っていたせいでヌルヌルするスープ用のポットに丸めたスポンジを挿し入れながら、弓音はまた航のことを思い出していた。 

 (少しも変わってない。)

 まるで昨日部室で手を振って別れたような気すらする。弓音が見送ることもあったし、航に見送られることもあった。傷だらけの、ぎしぎしと傾いでばかりいる机の上に長い足を放り出して、膝に少年漫画雑誌を広げていたっけ。

 「ばーか!ばーか!」

 挨拶のように、必ず、それも「じゃあね」と手を振った後に航はそう言うのだった。


 『私バイトだから、ダイモン、鍵お願いね。』

 『おう!分かった。』

 『じゃーねー!ばいばーい』

 『おー、じゃぁなー』

 オレンジ色の部室。くすんだ茶色のテーブルと椅子。ステッカーの痕が星のように散らばった灰色のロッカーの扉。ドアを閉めるとき、必ず航は漫画から目を上げて、眼鏡をくいっと持ち上げて、

 『ばーか、ばーか』

 と、言う。

 やつが変顔をしている間に弓音はぷん、と顔を背けて

 『ガキ!!ばっかじゃないの!!』

 と返した。

 いつも、いつも、繰り返し。

 飽きもせずに、必ず。



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