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38.

 本当はずっと知っていた。自分の気持ちも、彼の気持ちも。

 いつからだろう。

 分からない。


 同じ高校出身だと知ったあの日、自分をまっすぐに見つめる彼の視線を捕らえた瞬間だっただろうか。彼のライトグレーの真新しいスニーカーが水溜りを蹴ったあの瞬間だったのかもしれない。怒ったような彼の表情かお。野上に好きだと言われたそのことよりも彼に「野上のことが好きなのか」問われたことのほうがずっと胸を苛んだ。直美に声を掛けられるとき彼女を振り返って少し俯きぎみになる彼の横顔も後姿もいつも昨日のことのようにつぶさに思い出すことができた。どこにいてもなにをしていても、別の誰かの似た立ち姿を見るだけで胸が痛んだ。部室の前でふたり寝込んでしまって迎えた朝、時はもう戻らないのだと知っていたのと同じくらい確かなことと、本当はずっと知っていた。


 「バカだなぁ。」

 ともう一度言った。「分かってる。」航の目はそう言って、もういつもみたいに弓音に「ばーか!」と言い返したりしなかった。テーブルの上に投げ出した弓音の手に力なく手を重ねて弓音の人差し指のささくれを撫でていた。

 「どうしてかな。」

 航が投げ出した疑問を弓音も繰り返してみる。どうしてなんだろう、分からない。いったいなにを疑問に思っているのかももう分からなくなった。


 沈黙には温度がある。弓音はいつも航と自分の間に沈黙がたゆたう時それを思う。かつてない程の長い沈黙の後で航がやっと声を出した。


 「行こう、ゆみさん。帰らなきゃ」



 「向日葵」からの帰り道ふたりはどちらも何も言わなかった。行きしなに航がかけたCDはもう何度も廻って、思い出しかけた記憶を閉じ込めるように螺旋を描いて車内に流れていた。


 最後のウィンカーを出しながらただ一度だけ航が言った。

 「静かだね」


 「音楽を聴いているからだよ」

 と弓音は答えた。




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