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36.


「どうしてだろうな」

航はもう幾度も考えて、たった一つの答えにしがみついているその疑問を声に出してみる。弓音はアイスコーヒーのグラスを見つめている。その弓音を航は見つめていた。弓音の小さな手は制服のリボンを結んでいたあの頃よりもいくらかふっくらとしてそして節が主張している、大人の女性の手だった。人差し指がグラスの表面をゆっくりと行ったり戻ったりしている。(ほんとに、どうしてなんだろ)と航はもう一度胸の中でそう呟いてため息をついた。


「珈琲を、出そうと思ってた」

航は何から伝えようか迷ってそれが正しいのかも分からずにまずそう切り出した。弓音は人差し指の動きを止めてやっと航を見た。

「ゆみさんに、── ゆみさんは、もう忘れちゃったかもしれないけど、いつか俺が喫茶店をやったら真面目に淹れた珈琲を出して、って言ったんだよ。あそこの、席で」

航はその当時から変わらない、ドアに一番近い大きなテーブルの席を指差して言った。弓音は指先を辿ってその席を振り向いた。弓音の襟足に一筋、くるりとカールした毛が跳ねている。

「覚えてるよ。」

弓音は向き直ってアイスコーヒーのストローをつまんで言った。さっきは気づかなかったが航はその指先にささくれができているのを見つけた。家事をしてるんだな、そう思うと航にはその手がとても大事なもののようにも思えたしとても憎らしいもののようにも思えた。


「ッ、バーカ、バーカ!」

航は祈るように指を組んでその手に額を預けた。ばーか、ばーか、ばーか!罵る言葉が跳ね返ってくるのを航はもうずっと知っている。そう、本当に馬鹿なのは自分なのだ。だから祈る手に力を込めた。


「ばーぁか、ばーぁか、ダイモンのばーか」

優しい声がそう言って、航は組んだ手にいっそう力をこめた。その手に温もりを感じて驚いて顔をあげると弓音が航の両手を包むように手を重ねて微笑んでいた。その微笑はほんの少し困っているように見えた。そして航をいたわっているように見えた。

「ダイモンの、ばーか!」

弓音はもう一度そう言った。慰めるみたいな、励ますみたいな優しい声だった。


「なんだよ」


なんだよ…。



泣きたいような気持ちに駆られる。男だから泣かないけど、でも、そう言ったらきっとこの人は「君はおこちゃまだから泣いてもいいよ」と言うんだろう。


「もう泣きたい」

「泣いてもいいよ」


ほら。



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