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34.

 文具にこだわりはなかったけれどその製図用のシャープペンは思いのほか書きやすくて気に入った。つまらない授業のときはノック部分のダイヤルを回してHBにしたりBにしたり2Bに合わせたりした。俺が一番お気に入りだったのはHだった。男子高校生だったのだ。


 1年生と3年生の教室は離れているからそれほど頻繁ではなかったけれど教室を移動するときにたまにあの女の先輩を見かけた。シャープペンがささっている日もあればささっていない日もあった。あの学校に3年在籍してあの先輩以外にシャープペンを挿している女子を見たことはない。「あ、あの人だ。今日はささってるかな」と見ているうちにその人が「弓尾」先輩という名前だと知った。俺はそれを苗字だと思っていた。


 冬休みが近くなったある日食堂で弓尾先輩を見た。何か学校行事があったのか校外行事があったのかその日の学食は空いていた。配膳台の前に並んでいる弓尾先輩の何人か後ろに俺は並んでいて偶然だったのか、それとも無意識にそうしたのだったか、弓尾先輩の近くの席にトレーを置いた。その日、弓尾先輩の頭にシャープペンはのっていなかった。


 「チョーゼツシンケンに、セイシンセイイ、殻を割り、見守る。」


 と、弓尾先輩は熱弁していた。目玉焼きの作り方の話らしい。面白い人だなあと俺は思った。弓尾先輩が割と有名な私立大学を目指していることをその日知った。それから年が明けて、3年生の先輩たちを見かけることも少なくなって先輩たちは卒業した。


* * *


 ユミオというのは下の名前でバイオリンが好きだった弓音さんのお祖父さんが名付けたと知ったのは大学に入ってからだ。同じ大学なのは偶然でないにしても、同じサークルなのは純粋に偶然だ。新入生歓迎コンパ(しんかんこんぱ)で弓音さんを見たときはとても嬉しかった。「いた、本当にいた!」と思った、あの瞬間、今から思うとなんだそれと思うような理由だけれど、あの時その偶然を運命だと勘違いしてしまった俺の単純な脳が弓音さんを好きになったと思う。


 俺は弓音さんを見るたびに頭にシャープペンを探した。あるいはのせていないことを確認した。HBという細い小さいそれでいてくっきりとした文字をのぞかせる窓のついたあのシャープペンが弓音さんの細い髪をくるくると巻いてのっかっている様子を思い出しては自分だけが特別なのだと思った。そして、目玉焼きを作る弓音さんが超絶真剣に誠心誠意殻を割って見守っている姿を想像した。その頭にはやはりどうしてもシャープペンがささっていた。そしてそれは、俺と弓音さんのふたりの秘密だという気がした。バカみたいだ。


 夏が近かったある朝、俺は機嫌が悪かった。野上という先輩が弓音さんに告白して付き合うことにしたと言っていたのを聞いたからだ。ガキっぽい恋にも意地とかプライドとかいろいろあって、よくわからない筋みたいなのがあって、自分が思う理由だけが正当で、俺は弓音さんに喧嘩をふっかけるみたいになってしまった。あの時変な意地を張らないで、ただロマンチックになれていたらこんなふうにならなかったんだろうかと今でも正解を探す。ちょうどそのころ、俺を好きだと言ってくれた女の子がいて、その子が勇気を振り絞って言ってくれた言葉と同じように、いや、その言葉に返答した自分の素直さをそのまま、ゆみさんに伝えたら良かったのかもしれない。


 分からない。伝えなかったから、俺たちはいつも友情の続きを今日のこの日までずっと守って来たのだろうから。


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