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32.

 河川敷をのんびり歩いて、どちらともなく「そろそろ戻るか」と来た道を戻る。人が織りなす出会いの歌もSUKYAKI SONGももう聞こえない。川沿いのどこかの家からカレーのにおいが漂って来ていた。正午近くなったパーキングスペースには車が増えていた。見知らぬ人の車の中にあるとたった数時間前に初めて出会った赤いコンパクトカーがまるで自分の車のように親しく思えてくる。そして朝の躊躇いを思い出しながら弓音は助手席のドアを開けた。赤い車は河岸から町の中へそして国道を走って大学のある市街へと向かった。



 見覚えのある木製のドアは記憶の通りに煤けていた。そのドアは実際には当時よりももっと古びて煤けたのかもしれなくても、弓音の記憶の中ではもう十分に煤けたドアだった。そして記憶の通りのドアベルが鳴る。記憶の通りの、他の喫茶店とは違う、この喫茶店の匂いがした。


 マスターが書いたひまわりの絵があった。記憶よりも少しセピア色のフィルターが挟まったように古ぼけていた。

 「目玉焼きみたい、ってあの頃、言ってたよね。」

 「そうだね。」

 「今見ると、目玉焼きには見えないね。」

 「そうかな、見えるよ。」

 「そうかなぁ、目玉焼きかなぁ。」

 「ゆみさん、アイスコーヒーでしょ?」

 「うん。」


 航は奥から出てきたマスターの方へ歩きながら「アイスコーヒー、ふたっつ」と指を2本立てて注文した。航はマスターがお盆の上に載せたお手拭とグラスを受け取って戻ってきた。弓音はマスターの描いた絵の見える位置に座った。航が濃いグリーンのテーブルクロスの上にガラスの板が乗ったテーブルにコトリと音を立ててグラスを置く。


 「そうなんだ、やめちゃうんだ」


 弓音はグラスを手にとって言った。航はごくごくと水を飲んで大きく息をつき、


 「俺ね、<サニーサイドアップ>ってここから取ったんだよ」


 とグラスから弓音へと目を向けて言った。弓音はじっと待った。何かが始まる瞬間に立ち会っているのだ。あるいは、何かが終わる瞬間に。



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