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31.

 車は高速道路の次の出口を降り空の広い工業道路へ出る。航は迷うことなく河岸に沿った道路を走りいくつかの側道を通り過ぎる。そしてやはり迷うことなくいくつ目かの側道へハンドルを切った。

 「よく来るの?」

 迷わない航に訊ねた。

 「いや、なんとなくこの辺だったよなーって。サークルで来たでしょ、ここ。あんとき俺、運転してたから。」

 「そうだったっけ。」

 「そうだったんだよ。ゆみさんは、野上先輩の車に乗ってたからね。」

 「・・・そうだったかな。」

 「そうだったよ。」


 駐車スペースはここに駐車してもいいのか躊躇うほど広々としている。足元を見ると一応確かに駐車スペースなのであるらしく区切りのラインが引いてあった。航が停めたスペースのずっと向こうに大きなバンが一台だけとまっている。航はかかっていた曲に合わせて少し鼻歌を歌いながら車を降りた。


 どこかから金管楽器の音が聞こえてきた。「上を向いて歩こう」その曲は弓音の子供時代にはもうすでに「懐メロ」呼ばれるような、でも年月を経ていまさら「懐メロ」と呼ぶにはあまりにもポピュラーな曲だった。航は鼻歌を金管楽器のほうに合わせて歩き始めた。

 コンクリートの階段を昇る。「上を向いて歩こう」の音が大きく聞こえた。航は口笛を吹いていた。

 「なんで、SUKIYAKI SONGって言うんだろうね。」

 航は口笛を止めて言った。どうしてだろう。弓音は航を見上げた。航は答えを期待しているわけではない。また口笛を吹いて河の流れと反対の方向に歩き始めた。


 随分歩いた。いつの間にか「上を向いて歩こう」は聞こえなくなった。下方の河川敷で野球をしている子供達が見える。河岸の向こうから煙が上がっていて、何か人工的な何かを焼いているような匂いが風の向きによって時折匂った。

 「なんか焼いてる」

 弓音は言うともなしに言った。航は弓音を振り返ってそれからまた前を振り向き

 「ヤキモチとかね」

 と、言った。

 ヤキモチ?誰が誰に?弓音から航の表情は伺えない。──誰が、誰に?


 「ヤキモチ?あぁ、ダイモンが綺麗どころを連れてるから?」

 「逆だろ、ゆみさんがイケメンを連れてるから。」

 「えー?」

 弓音がさらに否定の言葉を重ねようとした瞬間にふたりの数十メートル先でサクソフォーンがブォーと鳴った。 ドーレミファソラシドー、と最初のドを長く伸ばす独特の拍子でいくつかオクターブを吹いたあと吹き始めたのはドラマの主題歌にも使われて有名になった歌謡曲のメロディーラインだった。一本一本の糸が布を織り成していくという歌詞が結婚式や人生節目の御祝いなどで好まれて演奏される曲だ。


 結婚式の余興かなと弓音は想像し、白いタキシードを着た航を思い浮かべる。日に焼けていて学生時代の航よりも幾分逞しく、黒縁の眼鏡のブリッジを中指でぐいっと持ち上げる様は新郎にしてはどこかふてぶてしくて白いタキシードが似合わないなあと勝手なことを考える。それなら学生時代の航ならどうだろうかと想像する。今よりも心なしか細くまだいくらか少年ぽさが残っている航がやはり眼鏡のブリッジを押さえながら背を丸めて笑っている。






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