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21.

 黄色いケータリングカーが停まっている。人だかりは、少しピークを過ぎたようで、並んでいる人も数えるほどだ。先週は気づかなかったけれど、組み立て式の小さな黒板にチョークでメニューが書いてあった。メニューの前に立って見覚えのある字を見ていると、横目で航が弓音を認めたのが分かった。

 「相変わらずへったくそな字だね。」

 弓音は言った。どうしてなのかこういう憎まれ口なら少しの淀みもなく出てくる。最後の客に袋を渡して丁寧にお辞儀をして見送った航は、

 「ゆみさんは相変わらず性格が悪いね。」

 と、満面の笑みを浮かべて言った。


 くいっと中指で眼鏡を直して、航は、弁当がなくなった折りたたみ式のテーブルのクロスを剥がし、バフバフと揺らしてから畳み始めた。車の中から小さく聞こえるラジオの歌にあわせて鼻歌を歌っている。折りたたみテーブルのロックをはずしながら、弓音に

 「ゆみさん、その黒板も畳んで」

 と、まるでいつも弓音がそれをやっているかのように自然に頼むのだった。

 弓音は返しに来たランチバッグを車の荷台の端っこに置いて、黒板に手をかけた。腰を屈めて黒板の両脇を確認し、ロックをはずす。無事に畳んだ黒板を手で押さえ、航がテーブルを荷台に乗せるのを見守った。

 弓音が押さえていた黒板に手を伸ばした航は「ありがと」と短く言って軽々と持ち上げ荷台に重ねる。それから手を二つパンパンと鳴らしながら弓音を振り返った。


 「えっと──」

 弓音は荷台の端に置いたランチバッグを手に取って、航に渡した。下書きフォルダーに入れたままの一言を──そう、「美味しかった」とそう言おうと思った。

 「言うまでもないが」

 弓音の躊躇いを引き取って航が言った。

 「弁当はもう売り切れだよ」

 「え?あぁ、うん。」

 「ゆみさんに売る弁当はない。──って、先週も言ったけど。」

 それから航は、運転席まで行ってなかからごそごそとバンダナに包んだ弁当箱らしいものを取り出して来た。

 「はい。これ。」

 「何…?」

 「弁当。ゆみさんの分。」

 「何、何、何?何なの?」

 「変わんねえなあ。ゆみさんって、昔っからそうやって、動揺するとすぐ疑問形になるよね。」

 「・・・・。」

 「お代は要りませんよ。ゆみさんに【売る】弁当は、ない。そう言ったでしょ?」

 「そんな・・・・。お金取らないなら、頂けないよ。商売してるんでしょ?」

 「もちろんタダでなんて言ってないでしょ?」

 「・・・・怖い。怖い怖い。何?」

 「その弁当、秋から出そうかなって思ってるの。旬のものが少し変わるかもしれないけど。食べてみて、感想聞かせて。あと…」

 「あと・・・?」

 「来週は大きな仕事がひとつ控えてて弁当売りに来れないから、弁当箱は再来週でいいよ。あと…」

 「あ、あと?」


 答えを待つ弓音を少しだけ見つめて、目を逸らした航は口の右端を持ち上げて笑った。それから何も言わないでゆっくりと運転席に向かった。

 「ちょ・・・ちょっと、大門!!」

 「何?」

 「な、何って、そっちがなにか言いかけて・・・てか、これ、いいの?大門の分は?」

 「あるよ。」

 そういって航は運転席に入ると、色違いのバンダナに包まれた弁当を掲げた。

 「じゃ、ね、ゆみさん、再来週。もしも来れないときはメールして。弁当作っちゃ──」

 エンジンにかき消されて語尾が聞こえなかった。

 「メールアドレス、大門、メールアドレスは?」

 「変わってない。あ!!!」

 ギアを入れてほんの少し発進した車を止めて、大門がグローブボックスに手を伸ばした。

 「これ」

 小さな紙片を手にしている。

 

 「じゃあな。ばーか、ばーか。」

 

『ケータリング・仕出し弁当 キッチン・サニーサイドアップ

大門 航』


 「キッチン・サニーサイドアップ…」

 真っ白というよりは目に優しい穏やかな白に切り紙のような山吹色の黄身を持った目玉焼きがあしらわれている。

 一人ごちた弓音を残して、黄色いケータリングカーは月島の明るい路地を去っていった。








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