94.次作品
「う、うぅ、く、う、、ううっ!」
小さく嗚咽の様な、力むような声が部屋に響く。
「う、う、ううっ、はっ!?」
その声と同時に碧斗は目を覚ます。どうやら、自分の声だった様だ。辺りは暗闇に包まれており、目を擦って見渡す。
ー最近寝起きが悪いな。元々悪いけど最近は特にだ。いや、というかこの世界に転生してからというものずっとー
やはり疲れているのかもしれないな。と、息を吐く。すると、だんだんと暗がりに目が慣れてきた様で辺りの全容がゆっくりと現れる。
「ここって、グラムの、部屋か?」
そこは見慣れた一部屋。普段から碧斗が寝ている個室だった。
ーそういえば、昨日は樹音を運んでー
碧斗は薄れた記憶を辿る。大翔が樹音を背負ったまま走り始め、それを追いかけた碧斗達は、街中で傷が広がった大翔を援助する形で一同協力して運んだ。途中で大翔と同じく悪化した樹音だったが、大通り付近に到達したその時グラムが様子を見に来てくれたため、彼の助けによりなんとか家に到達する事が出来たようだ。
「っ!?それならみんなはっ」
碧斗は現状を理解しハッと我に返る。と、その瞬間。
「ゴフッ、フッ、ゴォー、コォー」
「っ!...?な」
謎の擬音が聞こえ、その方向。隣の床へと視線を向ける。と、そこには足を開き、手を上げながらいびきを上げる大翔の姿があった。
「はは、は、良かった、っ、でも、他のみんなはどこだ!?」
1度安堵したものの、普段同じ部屋で寝ている樹音の姿が見えずに冷や汗を流し声を上げると、勢いよく立ち上がる。
ーはぁ、はぁ、みんなはっ!円城寺君は、水篠さんはっ、相原さんは!?ー
荒い呼吸でドアノブに手をかけ部屋を抜け出す。すると
「あ、い、伊賀橋君、だ、大丈夫、、だった、?」
「はぁ、は、水、篠、さん」
「おお!起きたか!」
光が差し込んだ先には、1つだけある、後から持ってきたであろう高い椅子に沙耶がちょこんと座りながら、不安げに声をかける。それに反射的に名を呼ぶと、グラムが沙耶の奥で、地に腰掛けて何かを行いながら顔を向ける。そして、その更に奥では、台所の方で1度「あっ」とこちらに目を向けたが、直ぐに目線を戻して無言のまま裁縫をする美里の姿があった。
「あの、円城寺君は、」
「ああ。だいぶ無茶をしたようじゃのぉ」
グラムはそう呟くと、視線を落とした。その視線の先を覗き込むようにして、碧斗はグラムに寄る。と
「っ!」
そこには傷だらけで横たわる樹音の姿があった。上裸だったのもあり、目を塞ぎたくなる痛ましい腹の傷の跡がよく見えていた。それと同時に、碧斗は理解する。グラムが地面に座って行っていたのは樹音の治療だったのだ。彼の腹に手を当て、手からは何やらホワホワした淡い光が放たれている。おそらくこの世界の魔法の類だろう。
「あのっ、グラムさん!大丈夫なんですか!?円城寺君は、」
「そろそろ3日も経つしのぉ。大丈夫とハッキリは言えん状況じゃ」
「そ、そんな、」
その事実に碧斗は膝をつく。
「治癒魔法も少し前から機能が悪くなってきてのぉ。誰が使っとるんかは分からんが、1日の上限分を毎日使っとるんじゃがな、、」
グラムが表情を曇らせると、碧斗は何かに気づきハッとする。
「って、いうか、さっき3日って言いましたか!?」
「ん?おお、言ったが」
「それって、まさか、俺、3日間寝てたって事、ですか?」
「ああ、そうじゃが?」
グラムはそう不思議そうに返すと「長い戦いで疲れとったんじゃろ」と笑う。が、対する碧斗は唖然とする。今回の戦闘で1番軽傷であり、大した事もしていない。そんな人物であるというのに、一体何をしているのだ、と。自分自身に心底呆れる。
「い、伊賀橋君」
そんな事を考えていると、ふと背後から沙耶の不安げな声が聞こえ意識を戻す。そうだ、今はこんな事を考えている暇はない。
「グラムさんっ、俺に出来る事があれば」
「ふむ、前にサヤにも言われたんじゃが。気持ちは嬉しいが、こればっかりは人手の問題じゃないからのぉ」
「う、そ、そう、ですよね」
ー俺が、回復系の能力者だったら、、助けられたかもしれないのにー
碧斗は歯嚙みし握る拳の力を強める。と、グラムは突如として笑みを浮かべる。
「はっは!そう気を落とすでない!ほら、ここ触ってみろ」
「え、?」
突然の表情の変化に動揺しつつ、グラムの触れた樹音の手の関節辺りに同じく触れる。と
「あ」
ドクンと、脈打つのを感じる。
「これって」
「ああ、別に今は気を失っとるだけだから安心せい」
「は、はぁーーーーっっ、な、なんだ、」
グラムの口から出た真実に、安堵から全身の力が抜けるのを感じた。
「ち、ちょっと!それを先に言ってくださいよ!」
「おお、悪かったのぉ悪かった」
「ごめんね、言おうとしたんだけど、何か考えてて聞いてないみたいだったから、」
「えぇっ!?水篠さんも知ってたの!?」
沙耶は申し訳なさそうに頷く。確かに怒りも無いと言ったら嘘になるが、安心感が圧倒的に勝り、それ以上何か言う事はしなかった。その様子を横目に、美里は小さく息を吐く。それに気づいた碧斗は、彼女の方へ向かう。
「相原さんも、、大丈夫そう、かな。良かった、、大きな傷にならなくて」
心からの笑みで告げると、美里は服を縫いながらため息を吐く。
「あんた、大した事してないでしょ、まあ私もだけど。そうやって自分も凄く戦ってきた感出すのやめてくれる?」
美里の呆れた様な物言いが、矢のように碧斗の胸に突き刺さる。なんとも理不尽な言いがかりだ。と、そう言いたいところではあるが、正直本当の事なので返す言葉が見つからない。碧斗はそう声にならない声で溢す。が、すると美里は少し間を開けてから小声で呟く。
「でも、その、あんたが私達の事助けようとしてくれたんだし、あのままだったら、どうなってたか分かんないし、その、ありがとう」
「っ!」
聞こえない程の小声であったが、碧斗にはハッキリと感謝の言葉は伝わったようで、驚きと喜びに表情が緩まる。
「何、?キモいんだけど」
「えっ、あ、ごめん」
にやけてしまっていただろうか。最後の一言に若干心の傷つきを感じながら、話を逸らすべく美里の手元に視線を落とす。
「え、えっと、それは、円城寺君、の?」
「あ、うん。そう、傷見れば分かると思うけど、ボロボロだったから。今縫ってるとこ。いつもおんなじ服なんだから、これお釈迦になったら色々大変でしょ?」
少し声のトーンを上げて返すと「ソーイングセットがこっちにもあって良かった」と付け足すように呟く。その姿を碧斗は薄ら笑いながら眺める。
「何?」
「あ、いや、裁縫とか、得意なんだなぁ、って」
「別に対して難しい縫い方してないけど。家庭科やってるでしょ?これくらい出来なきゃ駄目だと思うけどね」
淡々と放つ美里に、裁縫は愚か、手先を使う事全般が出来ない碧斗は、またもや心にダメージを受ける。今、この時間で自分の出来る事を行っている皆を見回し碧斗は自分に出来る事を考え始める。
「なら、俺は俺の出来る事を」
小さくぼやき、碧斗はふと廊下へ向かう。
「伊賀橋君、?」
「お?どうしたアイト」
「どこ行くつもり?」
3人に止められ、部屋のドアの前で立ち止まり、振り返る。
「今のうちにこの世界の事を調べておこうかと思って。確かに戦った後で戦力が乏しいけど、それは向こうも一緒な筈だ。そんな直ぐに戦闘に持ち込んでくるとは思えない。だからその間にーー」
「何考えてんの!?弱いんだから駄目に決まってるでしょ!」
碧斗が言い終わるより前に、美里はあの時の修也の言葉を思い出し声を荒げる。
『ここにいるお前ら、1人残らず全員殺してやるよ。精々恐怖に怯えて過ごすんだな』
確かに碧斗の言い分も最もではあるが、問題なのは"あの後"、修也と智也達がどうなったのかである。彼ら彼女らの行方が分からない今、無闇矢鱈に行動するのは良い案とは言いがたい。
「まだ1日しか経ってないならまだしも、」
そこまで心中で思うと、美里はそう呟く。その様子に徒ならぬものを感じ、碧斗もまた言葉を濁す。
「でも、みんなの回復を待ってる間、何もしないのも、」
その碧斗の呟きにより、その場に沈黙が訪れる。直ぐに皆が起きる保証もないのだ。いつかも分からないその日を待ち、ずっと行動を起こす事が出来なければ、畑仕事も行えない。それが数週間も続いたなら大きな問題だろう。と、皆が頭を悩ませた瞬間。グラムはふと首を傾げ問う。
「この世界を調べる、とはどうやって調べるつもりなんじゃ?」
「え、えと、図書館でこの世界の文字の勉強とか、本で調べたり、とか」
グラムの疑問に、碧斗は言葉をつまらせながらも正直に伝える。と
「なんじゃ。だったらわざわざ外に出る必要ないじゃろうに」
「「「...え?」」」
予想外の言葉にその場の全員が声を漏らす。すると、グラムは立ち上がって部屋のドアに向かうと、こちらに振り返ってそれを言い放つ。
「書斎ならこの家にもあるぞ。確かに図書館の様に多くは備えとらんが、ある程度の勉強にはなるかもしれんぞ?」
そう自信満々に告げると、呆然とする皆を差し置いて笑みを作るグラムだった。
☆
「あの操り人形、あいつらに負けたみたいだな」
そう小さく呟くと、突如として舌打ちをし地面を蹴りつける。
「どうした?珍しいな。お前が感情を表に出すなんて」
奥から黒髪ストレートの男子が、手に持つ本に目をやりながら問う。それに1度息を吐くと真顔に戻り、いつものように淡々と告げる。
「別に問題は無い、まだまだ俺の実験台は居るからな」
そこまで言うと、眉間にシワを寄せ吐き捨てる様に付け足す。
「だが、1人も殺さずに負けるとは思っていなかったがな」
「なるほど」
いつもと変わらず、こちらには一瞥するのみで軽く返す黒髪の男子に更に愚痴を溢す。
「あんな大口叩いといて、1人も殺らないとか。ハッ、選ぶ相手を間違えたか、、いや、あの用無しは戦えるほどの心が無かった。まだまだ心が弱過ぎた、か」
分析をする様に将太と自らの判断を恨むと、切り替える様に口角を上げて部屋から出る。すると、ドアを開けたまま王城の廊下の奥に目をやる。
「だが、まだこれからが本番だ。次の試作品の実力を見るとするか」
そこまで言い放つと、高笑いを上げて頭を押さえ、笑ったからか掠れた声を上げる。
「はは、次は凄い事になるぞ。ははは、面白くなる、次は見ものだ。絶対に、最高の演出が見られるぞっ!はは、はははっ!はははははははははははっ!」
「次」の想像したSは、その妄想にうっとりする様に幸福の笑い声を上げる。彼らの居る王城の本館2階。その廊下には、彼の笑い声のみが不気味に響き渡った。そう、まるで予兆を伝えるかの如く。




