09.協力
キャラクターファイル4
博多祐之介
能力:土
運動能力:2
知能:4
速度:1
パワー:3
成長力:3
「終わったー!」
あれから数日が経ち、とうとう暗号の様な文字を克服する事に成功した碧斗は伸びをしながら歓声をあげた。
「お疲れ様です」
マーストが優しい声と眼差しで碧斗に語りかける。だが、
「では、次はこちらですね」
その言葉に碧斗の喜びの顔が引きつる。
そこに置かれた書物に書かれていたのは、漢字の様な複雑な文字だった。この世界の漢字のような役割であり、それを学ばずには読めないものが多いのも理解の上だったのだが
「はぁ、ま、まだ終わんねーのかぁ、、てか、微妙に漢字と違うから覚えづらいし」
急な脱力感に襲われ、ガックリと項垂れながら碧斗は言った。
「なんだ、これ?漢字でも中国語でも無いな。なんか、則天文字っぽいのがあるぞ」
則天文字は中国の女帝である武 則天が作り上げた文字である。今でも用いられる事のある代表的な則天文字に圀という字があるが、読み方もそのままではない様だった。
そこには、誰かが勝手に作ったかのような漢字が載っていた。まるで簡体字と繁体字を合わせたような字だ。
「とりあえず、こちらは明日に持ち越しましょうか。今日はひとまずお休みになられたらどうでしょうか?」
「うーん、まあそうだな。眠い中覚えても出来てるか不安だし」
実技の練習と勉強で体も頭も疲れきっていた碧斗は、渋々勉強を諦めるのだった。
☆
「今日も練習かー」
「異世界に来たのになんか授業みたいで大変だね」
眠い目を擦る碧斗に、祐之介が言う。
「抜け出したいけど、練習しないと煙すら出せなくなりそうだからな」
「だね」
笑いながら祐之介は言った。
愛華のように練習を抜け出している人も何人かはいる。まあ、夕方になればまた帰ってくるので、結局国王にバレるのだが。
「うーん、でもまずはみんなで協力出来るようにするのが1番じゃないかなぁ」
ふと呟いた、祐之介の言葉に頷く碧斗。
確かにそうだ。と碧斗。普通は能力の制御も十分大切だとは思うが、仲間との絆を深めるのが先な気がする。だというのに、この国は自己紹介も無し、対面などはあったものの、イベントをチームごとにクリアするというものも無いのはやはり何処かおかしい。
「でも、能力を制御出来なかったらこの世界では何も出来ないもんね」
仕方ないといった感じに言う祐之介にその言葉を痛いほどよく分かる碧斗は、バツが悪そうに静かに「ああ」と、相槌を打った。
☆
その後、いつも通りの練習が始まったが、進展は無し。だが、少しは煙の量の調整や濃さ、放出する威力や場所などの制御は少しずつ出来るようになってきた。
普通は上出来と言える状況だが、碧斗は目指す場所が違うのだ。この能力の制御がゴールではない。これを利用して相手への「攻撃」が出来るようにならないといけないのだ。
相変わらず出来るという根拠もない事に全力になっている碧斗に、ふと一緒に悩んでくれていた祐之介が口を開く。
「なにかの漫画とか参考にしてみたら?」
なるほど。と、呟いた碧斗が真っ先に思い出したのは、実を食べた事により能力を手に入れた、海賊の有名な漫画のキャラクターだった。
「確かに、煙を使いこなすキャラはいるな」
と碧斗。
「でしょ?そういう作品のキャラが使っている攻撃とかを真似したらどうかな?」
確かに素晴らしいアイデアだった。そのキャラの真似をすれば、少しは実力が上がるのではないかと。
だが、と碧斗。それはただの真似事に過ぎず、見様見真似で出来るものだとはとても思えなかった。しかし、それよりも。
「思い出すキャラは何人かいるが、どれもこれも、自分を煙にして攻撃を"避けている"ように感じる」
「まあ、確かに。攻撃を透き通らせて、その後に不意を突き、攻撃。みたいな?」
「ああ。確かにいい方法だと思うが」
そこまで言って碧斗は一呼吸して続ける。
「俺はみんなを"守りたい"んだ。自分だけ攻撃避けたって盾になってあげる事は出来ない」
確かに1体1であれば妥当な考えだろう。だが、これから戦うのは30人の勇者が「協力」して戦わなければいけない相手である。
まず、基本的にこの世界の能力は「自分を別の物に変える事は出来ない」つまり、自分が煙になったり、炎になったり、そういう事は出来ないのだ。
それに、攻撃されなくても攻撃が出来ないのなら意味もなく、腕の力や身体能力にも自信のない碧斗に、その戦い方は出来ないと判断した。
「そっか、碧斗くんはカッコいいね」
ニコッと笑い、祐之介は言った。男相手だというのに、少し小恥ずかしくなった碧斗は顔を背ける。
「だって協力しなきゃいけないだろ?これから魔獣と戦っていくんだから」
「だね」と呟いてから、少し深刻そうに祐之介は言った。
「これから力を合わせても敵わないような敵が現れたりするのかな」
「あ、あんまネガティブな事考えるのはよそうぜ、、きっと、協力すれば勝てるさ」
祐之介の言葉に碧斗はこの間見た大魔獣の姿を思い出す。あれよりの巨体な敵や、強敵が現れるのも時間の問題だ。そう考えると震えが止まらなくなりそうだったが、自分に言い聞かせる意味も込めて言った。
強気でいないと崩れてしまいそうな気がしたから。
☆
その日の夜、いつものように進と碧斗で集まっていたが、今日は途中で祐之介も加わり、3人で食事をとっていた。
「なるほどなー。でも、結構良い考えだとは思うぜ?その漫画を参考にってやつ」
進は祐之介から先程の話を聞くと、感心したように頷いた。
「うーん、まあ参考にくらいならなるけど、俺の求めてる強さはまた違う気がするんだ」
「それが、"守る強さ"ね」と進。
「でも、転生されて何も分からなくて混乱してるのに仲間の事を考えるなんて、なんかこう、カッコいい気がする」
「おーい、祐之介。早く来い」
「呼ばれてるみたいだぞ」
碧斗が言うと、祐之介は申し訳なさそうに「ごめん、行ってくる」と言って今まで一緒に食べてきた人達の元に歩いて行った。
「僕は応援してるよ」
最後に祐之介が色々な意味を込めて碧斗にそう言い残した。
「ああ、絶対」
力強く碧斗はそう言うと祐之介は顔に笑みを浮かべた。
☆
それからはいつも通り進と碧斗で食事を貪り食った。今日のメニューはなんだろう。ドリウスのステーキとライウスの卵、それとパセリのサラダ。1つだけ聞き慣れた食品名が書かれていたが、どう見てもこれはキュウリであった。
相変わらずの異世界料理。そろそろ慣れ始めている碧斗は、「いつも通り」に食べ始めた。
いつも通りだった。
いつも通りだと思いたかった。
「な、何でだよ!」
突然あげられた大声に、周りの人達は視線を声の正体の方に向ける。
そこにいたのは祐之介だった。
「どうして協力なんて出来ないなんて言うんだよ!頑張って、弱くても協力しようと頑張ってる人だっているのに!」
どうやら誰かと口論になっているようだった。
「どうせみんな死ぬんだ。まだそんな平和ボケした事ぬかしてんのか?」
祐之介の対象に座ってそう言ったのは修也だった。
「だから、そうならないように頑張ってるんだろ!」
舐め切った修也の物言いに、頑張っている碧斗を侮辱された気がした。協力する未来を信じて、一歩ずつ前を向いて頑張っている人を笑うような奴を前にして、怒りを抑える事が出来なかった祐之介。
ー祐之介君、、俺の事庇ってー
碧斗は自分の事を想って言ってくれているのに気づき、目の奥が熱くなる。
「はっ、そんな綺麗事。ただの言い訳に過ぎない。どうせ性格も、生きてきた環境も違う"人間"という生き物は、意気投合なんて出来るわけがない」
「それでも、前に進もうとしてる人が居るんだから、そういう言い方はダメだろ。ちゃんと謝れよ!」
「謝れ?正論しか言ってねぇのに、意味わかんねぇよ」
「な、なんでだよ」
とうとう何かが切れたように修也を睨みつける祐之介。
「なんで人の気持ちが分かんないんだよ!何も知らないのに、努力してる人を侮辱するなよ!」
「なんも知らねぇのはお前らの方だろ」
「どういう事だよ」
そろそろ誰かが止めないとまずい状況になってきたのだが、碧斗はその間に入れるほど強くはなかった。手足が震えて、うまく前に進めない。喧嘩なんて目の前で見たこともない碧斗は、何をすれば良いのかすら分からずにいた。
「どういう事だよ!?言ってみろよ」
そう言って、祐之介が手を出そうとした瞬間、祐之介の足が動かなくなった。
「え?」
間の抜けた声を上げて祐之介は動きを止めた。
そう。脚が「氷」によって固定されていたのだ。
「こういう事だよ」
修也は今までで見た事がない程の下卑た笑みを、祐之介に向けて言った。
「い、一体何して、」
周りが凍りつき、みんなが混乱している中、進が静かに聞いた。
「お前ら本当に、頭ん中お花畑だな。人間はみんなこういう生き物なんだよ」
「そ、そんな事ない、」
足先から腹部にまで氷が体を包んでいる状態でありながら、祐之介は弱々しくそう言った。
「絶対、努力は、報われ」
手足が凍る。もう寒いなどという感覚はない。まるで身体が別のものになったかのような状態。最後まで人を信じた祐之介は、頭まで完全に氷に覆われ、今ではただの氷の塊がそこに置かれていた。
「お、お前!?何やってんだよ!」
「タダで済むと思ってんのか!?」
「お前、自分がやった事わかってんのか?」
「うるせぇな!」
口々に修也に向けて吐かれた言葉は、修也の大声によって途絶えられた。
「よーく見てろ、これが"現実"だ」
すると、修也は手を顔の横まで上げると、不気味に笑いながら指を鳴らした。
すると、氷が粉々に砕け、氷のカケラが部屋全体に飛び散った。
「きゃっ!」
「あぶねっ」
カケラが飛んできた事により、碧斗は頬から血が流れていたがそんな痛みは感じなかった。
さっきまで話していた1人の人が粉々に砕かれた破片を見つめながら、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
絶望。ただその言葉が脳内に浮かんだ。その言葉では説明出来ない程の胸のざわつきと、息すら上手くできない程の絶望感に、脳が追いついてこなかった。
さっきまで笑顔で話していた、碧斗の夢を信じてくれた者が、亡き者に姿を変えられてしまったのだ。
「ははは。能力はこうやって使うもんだ。覚えとけよ、低脳ども」
下卑た笑みを浮かべながら修也はそう言い残した。