83.元凶
「パニッシュ、、メント、?そ、そんな、、大内君、最初っから僕のこと」
真実を悟った樹音は、膝をついて力無く涼太を見上げる。
「どうして、、君はこの世界では厄介な事になりたく無いからって、、この世界に興味は無いから疑わなくていいって」
「ああ。その通りだ」
「なら、ならどうして」
「俺は前言った通りこの世界でお前と関わるつもりは無かった。最初はな」
「っ!」
涼太はそこまで言うと、宙を眺め遠い目をする。
「最初からそのつもりだったら、もっと上手くいってたかもしれないな」
「じ、じゃあいつから!?いつから君は僕を騙してっ!?」
樹音が立ち上がると、涼太は微笑みながら手の平を見せる。
「落ち着け。気になるのは分かる。お前とはこの世界だけの付き合いじゃないからな、少しはっきりしておきたいのは俺も同じだ。まっ、話したところでどうするつもりかは分からないが」
そう前置きすると、涼太はこれまでの経緯を語り始める。
「転生された時、既にお前が居るのに気づいた。それはお前もだろ?」
涼太が促すと、樹音は歯嚙みしながら頷く。
「だが、その時円城寺をはめようなんて事はこれっぽっちも考えてなかった。さっきも言ったが、さっさと魔物かなんかをぶっ倒して帰りたかったからな。ここでごちゃごちゃした事をしようとは思わなかった」
そこまで言うと、1度深く目を瞑りゆっくりと開いて「だが」と、続ける。
「そんな時死人が出た。まさかの同じ転生者の手でだ。俺はそいつに同じ目に遭わしてやろうと思った、だから桐ヶ谷を捕まえようとした。勿論、そいつに肩入れしてるお前達もな」
付け加える様に言うと、沙耶と美里の方に視線を向ける。それと同時に、美里は目を見開く。
『あいつらを見つけて懲らしめてやれ』
涼太の言葉を聞いて、前に耳に入った言葉が頭を過ぎる。
ーそういえば"あの時"最初にあいつらを見つけ出して懲らしめろとか言い出したのは、、こいつー
碧斗達が王城を抜け出した後も王城に居た美里は、皆の「裏切り者とその仲間を捕まえる」という行動の原点とも言うべき瞬間を思い返していた。
「それで、このチームを、?」
樹音は訝しげに呟くと、涼太がその通りだと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「まずは王城の奴ら全員を"その気にさせる"。そして、その後はお前らの追跡だ」
「それで僕らの事を、ずっと」
「最初に君達を見つけたのは私なんだからっ!」
そこまで言うと、突然隣から奈帆が胸を張って、嬉しそうに割って入る。
「そうだ。清宮の翼の能力での追跡はとても助かった」
「え、でも、最初に僕達に接触した相手って」
「ああ、竹内だ」
ふと疑問に思った樹音の率直な言葉に短く返す。
「厄介な事に、家の中に居たからな。侵入出来る能力を持った竹内が適任だと判断しただけだ」
「あっ、でも見つけたのは私だからね!?」
何故そこで競うのかは分からないが、奈帆は念を押すように口を開く。すると、それを聞き流して涼太は続ける。
「その時に竹内が言ってた。"あの剣が居なけりゃ勝ててた"ってな」
「っ!?ま、まさか、その時から、狙って」
何かを察したのか、樹音は険しい表情を浮かべる。
「ああ。その時にお前が"こいつら側"に付いてるって分かったわけだ。その後は、、まあ本人が1番分かってるだろ」
「そ、そんな、あの後、大内君がマーストさんの家に来て、そして、ちゃんと話し合ったじゃないか!?」
「ハッ、確かにそうだな。そのおかげでお前の意思が読めた」
「意思、?」
必死な様子に思わず笑みを漏らした涼太に対し、眉を潜めて首を傾げる樹音。
ーあの後、、って、もしかして新しい家を探す時、、かな?ー
沙耶が将太と接触した後の記憶を辿り、樹音が涼太と会っていたであろうタイミングを考察する。と、涼太は更に淡々と続ける。
「そうだ。お前は殺人鬼の味方をしたいんじゃ無くて、戦いを終わらせたいんだっていう意思を、な。だからお前には"こう言った方が"やってくれると思ったんだ」
そこまで言うと、一呼吸置いて呟く。
「俺の元にこいつらを連れてくれさえすれば、後はなんとかする。みんなを集めて、誤解を解き、争いを終わらせてやる。とな」
「「!?」」
まるで樹音の心を更に抉るように。知らない沙耶と美里に絶望を突きつける様に、彼はその時言い放った言葉をそのまま口にした。
ーだからずっと私達を何処かに連れて行こうとしてたって事、?時々見え隠れする怪しいところも、あの時の聞いて欲しい事がってのも、全て穏便に私達を王城へ移動させるため、?ー
ー円城寺君、、だから、こんな事、、1人で、ずっと悩んでたんだ、ー
樹音の長い期間向き合っていた事実を理解し、2人は衝撃を受ける。
「なかなか連れてこないから、時々円城寺には念を押したんだけどな」
「んっ?」
思わず美里は声を漏らす。念を押していた。という事は、既に我々の居場所が認知されていたという事だろうか。と、それならば、わざわざ樹音を経由する必要性は感じない。そのパニッシュメントというチームに5人のメンバーが居るのであれば、我々の最弱を含む5人なんて、攻め入ろうとすればいくらでも出来たはずである。と、樹音はその様子を察したのか、徐に頭を下げた。
「相原さん、ごめん。いつそんな事話してたのって顔してるけど、、実は家を移動してから僕、夜に時々王城に帰ってたんだ」
「「っ!」」
「そこで、現状報告を、、本当に、ごめん」
驚愕に言葉が出てこなかった。いや、元々声を出せる状況ではないのだが。
「円城寺は意地でもどこに居るのかは教えてくれなくてな。でもまあ、ここまできたら同じ様なもんだけどな」
フッと息を吐いて笑みを浮かべる涼太。なるほど、と美里は頷く。沙耶も同じく理解できているかは分からなかったが、おそらく樹音はグラムへの被害を恐れて現在の拠点は明かさなかったのだろう。更に、涼太の物言いから察するに、樹音が昨日突然行動を起こしたのは、彼に圧力をかけられたからだろう。と、そう思考を巡らせていると、沙耶がこちらに視線を向けながら何かを訴える様に体を動かす。それに美里は小さく首を振ると、力強い視線を送り返す。
「円城寺には感謝しないとな。助かったよ、ありがとう。こんなに上手く皆が集まるとは思ってなかったからな」
先程まで絶望を露わにしていた樹音は、笑う涼太に今では対照的に怒りの表情を浮かべていた。
「大内君も、ずっと僕らを倒そうとしてたんだね。信じてたのに、ずっと、、みんなを助けようとしてたのに、それなのに、僕がみんなを殺す様な事、」
皆の為に行った行動が、皆を殺める結果になった。まただ。そう心で呟く。その事実にひどく自分を責め、自暴自棄になっていた。そんな樹音に口角を戻すと、淡々と告げる。
「まぁな、でも安心しろ。直ぐになんて事はない。1番狙ってるのはあの殺人鬼だからな。でも」
そこまで言うと、樹音の元までゆっくりと歩みを進め続ける。
「最終的には罰を受けてもらうつもりだが」
樹音はその言葉の意味を瞬時に理解し、険しい表情へと変貌する。
ーこのままじゃ、みんながー
冷や汗が頰を伝う。おそらく最終的には全員を「処分」するのだろう。ならば、皆を解放する事ができるのは、今しかない。そう覚悟を決めた樹音は目つきを変えて足を踏み出す。
「おおっと。どうした?いきなり」
「そうはさせない。絶対に誰も殺させない」
そう言い放つと、樹音は沙耶と美里の元へ歩みを進める。と、それを止める為奈帆が割って入る。だが
「清宮。大丈夫だ」
涼太に短く告げられ体を引く。奈帆との戦闘になると予想していた樹音は、予想外の言葉に動揺したものの、2人の縄を解きに向かう。
「水篠ちゃん、相原さん。本当にごめん、こんな事になっちゃって。恨んでいいからね」
唇を噛みながら縄に手をやる。その様子に表情を曇らせる2人。だったが
「いいのかな?そんな事して」
「え?」
突如として放たれた涼太の言葉に間の抜けた声を上げる。
「円城寺。今その2人逃したら、恭介君はどうなっちゃうのかな?」
「っ!?」
その一言で伝えたい事を理解した樹音は目を剥く。そんな樹音に彼は尚も畳み掛ける。
「俺の言うこと聞くって、前に言った筈だよね?」
「っ、く、う、、」
樹音は苦痛な表情を浮かべながら2人と涼太を交互に見る。その普通ではない様子に2人はただならぬ空気を感じ、身を乗り出し言葉にならない声を出す。それに樹音はバツが悪そうに目を逸らしながらゆっくり振り返ると口を開く。
「その、恭介君って人は僕の友達なんだけど、、その人は、その、追い込まれてて、僕が言うこと聞く代わりにその友達に何もしない様にっていう話を、現実世界でしてたんだ」
口にし辛いのか、言葉を濁していたため深い事は分からなかったが、話の流れから察するに2人は現世で面識がある。いや、かなり複雑な関係と言えるだろう。そして、その涼太に樹音の友人の安否が委ねられているという事。その事は理解出来た2人はお互いに視線を送る。
「そうだ。"あの時"も俺を殴れなかった様に、今のお前が2人を助けられるとは思えないな」
そう小さく呟き笑う涼太に、悔しさから歯嚙みする樹音。すると、瞬間。
突如として沙耶の座る足元の石が、先端の尖った形に変形すると、それが勢い良く自分の背中を掠って真上へ飛び出す。
「なっ、何っ!?」
「えっ!?」
瞬間、何が起こったのか分からないといった様子で奈帆と樹音は振り返る。と、先程の石が掠ったことにより縄を切る事に成功した沙耶は立ち上がり、それと同時に美里は体に巻き付けられた縄を炎で焼き切ると同じく立ち上がる。
「えっ、2人とも抜け出せて、」
「なんだ、」
「えぇ〜、嘘ー!」
皆が驚愕し動揺している一瞬の隙をつき2人はこの場から逃れようと美里は沙耶の手を引き、反対方向へ走り出す。
「逃がさないよっ、っ!?」
奈帆が逃げる2人に向かって翼を広げた直後、美里は走りながらそれを封じるため炎の塊を何発も放つ。
「へぇ〜、またそういう事、、もう燃やされないよっ!」
「あぁいっっ!?!?」
瞬間、奈帆から放たれた羽根が美里の太腿に突き刺さり声を上げ体勢を崩す。
「っ!相原さん!?」
「そんな、いちいちっ、反応しなくていいからっ、」
と、沙耶は美里を気遣いながらも対極に到達する。が、そこに来て2人は「この場所」を理解する。
「「っ!」」
「ハッハッハッ!残念だな、ここは屋上。更にはここに屋上に来るための道すらない」
反対側に、下の階に降りるための階段なんてものは無かった。その事実に2人は冷や汗をかく。屋上に来る道がない?この、別館の屋上の様な場所は、元々「屋上」として作られていなかったという事だろうか?ならば、一体どうやって我々をここに連れて来たのだろうか。奈帆の能力でならば連れて来られるものの、流石に1人でこの人数を?そう美里は意味の無い疑問を投げ掛け続ける。
「ど、どう、しよ、」
袖を掴む沙耶の言葉で現実に引き戻された美里は周りを見回しなんとかしてこの状況を打破できないか考える。が、抵抗虚しく、奈帆と涼太にゆっくりと距離を詰められる。が、瞬間
「くっ、ふ、2人は、、死なせないっ!」
2人の危機的状況に思わず剣を振り上げた樹音。だったが、涼太はニヤリと笑みを浮かべ振り返る。
「じゃあ君は、恭介君じゃなくて2人を取るって事でいいんだね?」
「っ!?」
「あ、あんたねぇ!」
「円城寺君!わ、私の事は、いいから、」
美里が声を荒げ、沙耶が震えた声で呟くと、樹音は歯軋りする。
「ハッ!そうだよなぁ、"また"彼を突き落とすわけにはいかないよなぁ?なぁ!?円城寺!」
高笑いをする涼太に血が出るほど唇を噛む樹音。震える沙耶に、拳を握る力を強める美里。と、その時だった。
「へぇ〜。なら殺せばいいじゃん」
「「「「「!?」」」」」
屋上に居た涼太を含める5人は背後の、遠くから放たれた声に対し反射的に振り向く。
「っ!へっっ!?!?」
「お、お前」
沙耶が目を見開き、涼太が怒りを露わにして呟いた。そう、皆の視線を送った先、我々の正面に位置する"本館の屋上"。そこには他でもない。長く話題にされていた張本人。
桐ヶ谷修也の姿があった。
「ハッ!とうとうっ、とうとうツラ見せたか桐ヶ谷!」
ずっと追っていた人物が目の前に現れた事により、今までの淡々とした様子とは打って変わって冷や汗を流しながら大声を上げる涼太。
「桐ヶ谷、君」
「おっと!やっぱり現れたねっ!」
樹音が全ての元凶を前に退き、奈帆は鼻を鳴らして自信ありげに言い放つ。美里は歯嚙みして肩をすぼめ、対する沙耶は赤面する。
「ははっ!ははははっ!こいつらを囮にするまでも無かったか狂人が」
「きょうじん?俺がか?まっ、確かにそうかもしんねぇな。でも、お前が言えた事じゃねぇだろ?それに、別にこいつらを囮にされようがなんとも思わねーが」
「フッ、現に来ているだろ。でも、今そんな事はどうでもいい」
涼太と修也が数十メートルを挟んで言い合う。それに沙耶は少し寂しそうな表情を見せると、樹音が口を開く。
「ちょっと待って。さっき、それなら殺せばいいって言ってたけど、どういう事?」
「あ?そのまんまの意味だが?」
「だって、たとえここで、その、もし殺したとしても、それでも現実世界に返されて、、その後は、」
修也の答えに、消え入りそうになりながら樹音は呟く。
「ハッハッ!そうだ。お前はどこに行っても逃げられない。ここで殺したとして、戻ったらどうなるか、、友達想いのお前にチャンスをやってるんだ。悪い事は言わない、円城寺は黙って俺の言う事だけ聞いとけばいいんだ」
高笑いをしながら樹音に追い討ちをかける涼太に今度は修也が笑う。
「っ?何笑ってんだ!?お前、この状況分かんねぇのか!?」
すると修也は落ち着いたのか軽く息を吐くと、煽る様に言い放つ。
「やっぱお前らそんな事も知らなかったのか」
「あ?どういう意味だ」
涼太が聞き返すと、修也は1度フッと笑みを浮かべ、その「真実」を告げる。
「能力者、つまり転生者が他の転生者を殺した場合、この場に転生され、異世界で過ごした記憶は、消える」




