81.樹音(2)
中学時代と同じく、クラスの委員長に選ばれた樹音は、たちまちクラスの全員から顔を認知される事となった。
「いやぁ相変わらず凄いなぁ、樹音君は」
「いやっ、恭介君も立候補してればなれたよ、絶対!」
ある日の下校時。樹音は普段、高校の人達と親しくなるために、学校に居る時は基本クラスの人と過ごすことが多いのだが、登下校の時は恭介と共に過ごす様決めているのだ。
「いやいや、そこじゃなくて、そうやっていつも率先して色々するでしょ?そこが凄いなぁって」
「えっ、いやっ、そんな、大した事ないよっ」
照れ笑いを浮かべる樹音に、思わず笑みをこぼす彼は鈴木恭介。中学1年の時に同じクラスになってから親しく話す様になった。普段は真面目で大人しい性格ではあるが、ドジなところがあり、愛らしい印象を受ける人物だ。皆からは静かな人というイメージが定着されているが、本当は面白く、話していると楽しい人物である。
「恭介君はクラスどんな感じ?」
樹音のその一言に恭介は一瞬肩を揺らしたが、直ぐに笑って返す。
「いやぁ、樹音君と違って、まだ誰が居るとか、どういう人とか、わかんないかな」
「そっか、そうだよね」
先程登下校は一緒に、と言ったが、恭介と樹音は別のクラスになってしまったため、正直なところ登下校以外にゆっくり話せる時間はないのだ。その為、お互いのクラスの事は全く分からず、更に樹音は興味津々な様子で恭介に詰め寄った。
「あっ、それじゃあ、授業!勉強の方はどう?ついていけそう?」
「まあ、なんとか大丈夫かな、ていうか1カ月程度しか経ってないのに、もう追いつけてなかったら問題だよ」
はにかむように笑って恭介は頭を掻くと、樹音も「そうだね」と笑顔を作った。
数分間同じ様な何気ない日常会話を続けながら、自宅近辺に到達し見慣れた景色が見え始めホッと胸を撫で下ろす。いくら1カ月が経って、順調にクラスメイトと仲を深めているからと言って、新しい空間にはまだどこか緊張や疲れを覚えている様だ。
「それじゃあ、またね」
「うん。また明日」
いつもの交差点。ここで樹音と恭介の帰り道は分岐する為、ここが2人の別れ場所となっている。短く挨拶を交わすと、樹音は向き返り気合を入れる。
「よしっ!明日も頑張るぞー!」
小さく、だが力強く、樹音は自分に言い聞かせる様に意思を露わにして歩みを進めた。
☆
あれから2、3週間が経ち、早いもので入学から2カ月が経とうとしていた。
「じゃーなー樹音ー」
「じゃっ」
「あっ、うん!またねー」
相変わらずクラス内の人と積極的に話す生活を続け、打ち解けてきていると自分の中では感じている。なんとか、五月病を回避する事は出来たようだ。
「えーと、恭介君は、、っ!」
下校時、いつもの様に恭介のクラスに顔を出そうと近づく。だが
ー何か話してる、?ー
恭介ともう1人の男子が、2人きりで何やら話している様子が目に入る。教室が締め切られているというのもあり、2人の会話が聞こえる事は無かったがどこか深刻そうな雰囲気であったため、携帯で「下で待ってるよー」とだけ送り、その場を後にしたのだった。
数分後、話が終わった様で恭介は息を切らして現れる。
「はぁ、はぁ、ご、ごめんっ!待った、よね」
「ううんっ!全然大丈夫だよ。それにしても、何してたの?」
あえて、何を話してたとは聞かなかった。それに対して恭介は右手を掴んで小さく笑う。
「いやぁ、その、部活について話してて」
「あっ、へー!部活かぁ、そうか、そうだったんだ。あ、でもそういえば、僕まだ入ってないよ!?や、やばいのかな!?」
部活。独自の目標と委員長の仕事にばかり集中し過ぎてすっかり存在を忘れていた。慌てた様子の樹音に恭介は優しい眼差しで口を開く。
「大丈夫だよ。この学校部活強制じゃないし、樹音君はクラスの事とかで忙しいでしょ?」
「あはは、別に、ただ僕が勝手にやってる事だから、正直本当は部活の方が優先なんだけどね、」
苦笑いし焦りを露わにする樹音に対して恭介は枯れた笑みを浮かべた。
「それで、恭介君は何の部活に所属してるの?」
「テニス部だよ」
「へぇ!テニスかー、もう試合とかやってるの?」
「いや、流石にまだサーブとかラリーだけだよ。あんま上手くできなくてね」
「あははっ、でも始めたばっかりなんてそんなもんだよっ!でもそっかー、テニスかー。凄いなぁ、僕もやろうかな」
「無理しない様にね」と呟いてはにかむ恭介を差し置いて樹音は、よく考えもせずに笑い返すのだった。
☆
恭介と部活の会話をしてからというもの、部活が忙しいからという理由で一緒に下校する事が少なくなった。
「恭介君、今日もいないな」
いつもの交差点。待ち合わせの時間になっても恭介の姿が見えない。すると、ふと手に持った携帯が震え、画面に目をやる。
『今日もごめん!先に行っててー』
予想通りの返信に樹音は息を吐く。下校する事が少なくなった。と言ったが、最近は登校すら一緒に出来なくなってきている。
ーちょっと寂しいけど、恭介君にも目標があるんだろうし、僕がどうこう言える事じゃないよねー
そう心で思い、寂しさを紛らわす様に力強く足を踏み出した。
それから更に時は過ぎ、ある日の昼休み。お昼時で廊下が混雑していた為、周りに注意が回らず樹音は1人の男子とぶつかってしまった。
「あっ、ご、ごめんなさい、、っ、君は、」
ぶつかった男子は何処かで見た事のある容姿をしていた。そう、恭介と放課後話していた人物である。あの日から度々2人で会話をしたり、一緒に歩っている様子を見かけていた為、顔は覚えていた。対するその男子は、こちらの顔を知っている訳もなく首を傾げる。そんな微妙な空気を察した樹音は慌てて言い放つ。
「あ、ご、ごめん!その、僕は円城寺樹音。恭介君と同じ中学なんだけど」
その言葉に1度口元を緩ませ反応を示したが、直ぐに表情を戻し口を開く。
「そうだったんだ。俺は大内涼太。恭介君とは仲良くさせて貰ってるよ」
張り付いた様な笑顔を見せるその涼太と名乗った男子に樹音は安堵する。言ってはいなかったが、恭介も友人を作るのに成功していた様だ。と、その瞬間。遠くから涼太を呼ぶ声が響き、顔を背ける。
「悪い、ちょっと呼ばれたから」
「あ、うん!ごめんね、呼び止めちゃって」
申し訳なさそうに言う樹音に「いや」とだけ返し、その場を後にする涼太だった。
ーなんだかクールな人だったなぁー
ほんの少ししか話はしなかったが、クールでカッコいいという印象を受けた。が、それと同時に、この人と恭介の相性が良いかどうか少し不安に思う樹音だった。
☆
涼太と会話をしてから1週間。部活の用事で登下校が出来ないとたまに連絡をし合ってきた恭介とは、今では1人で登下校するのが当たり前になってしまう程に会っていなかった。
ー今どうしてるんだろ、、でも、部活が忙しいなら仕方ないよね、僕が何か出来るわけでもないしー
中学の頃には確かにテニス部であったものの、対して部活熱心だった訳でもない彼の異様な凶変ぶりに不安に思いながらも、そう心で呟き振り払う樹音だった。寂しさに胸が締め付けられた。これが、友達を増やすためにそればかりを気にしてきた人間の末路である。確かに登下校は一緒にする様にしていたが、もっと共に時間を過ごした方が良かっただろうか。
そんな事を考えていると。
「あ、円城寺君」
「えっ?」
1人で歩く通学路。突如として声をかけられ、声が裏返る。振り返った先には、涼太が驚いた様子で立っていた。
「あっ、大内君、おはよう」
「おはよう。どうした、円城寺君らしくないね。浮かない顔して」
いつも明るく、皆に笑顔を振りまいている樹音の表情の変化は、誰が見ても分かるものだったのだろう。
「あはは、バレた?そうなんだよねー、最近友達と会えてないんだよね。ずっと登下校一緒だったのにさ」
表情を曇らせて呟く。すると、涼太は何かを察したのか、口を開く。
「それって、恭介君?」
「あ、そ、そう、だね。恭介君、部活ではどんな感じ?大丈夫、なのかなって心配になっちゃって」
そう力の無い声で呟くと、突然何かに気づいたように目を見開き、慌てて言い放つ。
「あ、ご、ごめんねっ!なんか、変な事言ったり、聞いたりしちゃって」
ここまで言っておいてなんだが、涼太と樹音は共通の友達を持ってはいるものの、2、3回会話を交わしただけの関係である。つまり、悩みなどを聞いてくれるほどの深い関係にはまだなっていないのだ。だが、涼太は真剣な顔で頷きながらそれを聞き入れる。
「いや、別にいいけど。それで、恭介君と毎日登校してたのに、最近ずっと出来てないから不安だって事、でいいのかな?」
「う、うん、でも、恭介君は部活の事でって、ちゃんと理由も言ってくれてるから、、僕がどうこう考えるのも良くないのかもしれないけど、」
「うーん、部活では大して変わった事は無いけどなー」
「そ、そう、なんだ」
異常が見られないのであれば、ただ部活が忙しくて帰りは遅く、その影響から朝起きるのが遅かったりしているのだろう。だが、そう考えたとしてもそんな急激な環境変化に体が追いつけているか。という不安が樹音を襲った。
ー今日、昼休みに恭介君のとこに行ってみよう。何を言ってもきっと無理しちゃうだろうけどー
今までも携帯でのやりとりは続いているものの、あれから実際に合って話していないのだ。放課後はクラスに足を運んでも教室には既に人はおらず、朝はご覧の有様である。その為昼しかないのだ。と、考えた樹音は自分の中で意思を固めると、優しく笑みを作る。
「僕なんかの話を真剣に聞いてくれてありがとう。突然こんな事言っちゃってごめんね」
優しく感謝を伝える樹音だったが、その顔はどこか寂しそうだった。すると、それを察してか涼太は口を開く。
「じゃあ今日の放課後、うちのクラス来てくれないかな?恭介君と話、ちゃんとした方がいいと思うし、話し合わない?」
涼太の提案に思わず目の奥が熱くなる。この間まで見ず知らずの他人であり、現在も尚、深い関係を築けている訳でも無いというのに、こんなにも一生懸命に、一緒になって考えてくれている涼太に感謝や感激が1度に押し寄せる。
「あ、ありがとう!分かった、それじゃあ、放課後、大内君のクラスでね!」
笑顔で思ったままの事を伝えると、涼太は微笑んで頷き、それぞれの教室へと向かうのだった。
その日の昼休み。樹音は涼太との約束の前に恭介の様子を確認するべく、彼の教室へと足を運んだ。
が、しかし。
「あ、あの、鈴木恭介君って、、居ますか?」
教室を覗いたところ、一見彼の姿が見られなかったため、近くを通りかかった恭介と同じクラスの人物に行方を問う。
「え?あ、ああ、鈴木恭介君なら」
その人物は、突然見ず知らずの樹音に話しかけられたからか、驚いた様子で答える。
すると、嫌な予感に顔をしかめた樹音に彼は"それ"を、告げた。
「2週間以上前から来てないよ」




