78. 捕縛
2人の距離は室内という事もありたったの2、3メートル。睨み合ったまま、ゆっくりとじりじり近づく。瞬間、まるで誰かが開始の合図をしたかの様に2人は同時に地面を蹴る。大翔は奈帆の方へ向かう。だが、奈帆は真逆の方向である後方へ飛躍する。
「クッ、おまっ!」
「ほんと学ばないねー、そんな接近するだけなんてっ」
呆れ半分に吐き捨てると、今度はニカっと笑い言い放つ。
「マジでアホ丸出しー」
それがトリガーだったかの如くそれと同時に翼が現れ、羽根が大翔に向かって大量に放たれる。
「っ!クッソ!」
思わず声を漏らすと、その羽根を避けながら顔に当たりそうなものを拳で防ぐ。
「ハッ!こんなのっ、樹音のやつでもう対策済みだマヌケが!」
「へぇー、そんな事言っちゃうんだぁ〜?私がマヌケなら、あんたは脳無しだねっ!」
対抗する様に声を上げると、先ほどよりも羽根の数と勢いが増す。それに目を剥き反射的に両手を前で構えて防ぐ。
「グッ、クッ、ああっ!クッソッ!」
一見フワフワとしてそうな羽根が、勢いや、先端の強度と相まって腕に多くの傷を作る。
「あははっ!ほーら、何もできないじゃん。バーカッ!」
「チッ、その口調ムカつくんだよ!てめぇ!」
半ば勢いに任せて奈帆に足を進める。それに予想外だとばかりに目を丸くすると、跳躍し右にずれる。
「うわっぷ!びっくりしたぁ、脳筋なのは知ってたけどここまでとはね、」
「ハッ!それ褒めてんのかよ?」
「ふふっ、嫌味に決まってんじゃーん」
「チッ、そうかよっ!」
そう掛け声の様に言うと、大翔は奈帆に両足で体全体を使って飛び蹴りをする。だが、それすらも奈帆は笑って避け、大翔は壁にヒビを入れる。
「クソッ!ちょこまか逃げやがって!」
飛び回る奈帆をまるで蚊を仕留めるかの如く追いかけては空振る。
「ちょーっと、どこ狙ってんのー?っっ!」
挑発を込めて笑みを送ると同時に、大翔の拳が顔を掠る。それに驚愕の色を浮かべながら距離を取ると、今度は大翔が笑みを作って言い放つ。
「フッ、室内でやり合うとか、翼の能力のお前には少し場所が悪いんじゃねぇーか?なんでわざわざ不利になる様なところで待ち伏せしてやがったんだ?」
「果たしてほんとーにそうかな?」
ニヤリと小悪魔の様な笑顔をすると、大翔の表情が一瞬崩れる。その瞬間、翼を広げたと同時にまたもや羽根を飛ばす。
「クッ!てめっ!?」
瞬時に顔の前で両手を構えそれを体で受ける。
「ほらほらー、私が不利なんでしょー?なら負けてらんないよね?」
確かに天井がある場所では翼の能力は不利である。が、しかし、ただ天井が無いだけで無く、ここは王城の"小さな"一部屋。確かに王城とだけあって普通の部屋よりかは何十倍も広いのも事実である。だが、所詮は1人部屋。戦闘には不向きである事には変わりないのだ。つまり、それは奈帆だけでは無いということである。
「残念だねぇ、部屋の中だから大した移動もできない。それは、私の羽根を避けるのが難しくなるって意味でもあるわけだねー」
まるで、このまま続けていたらどちらが先に力尽きるかは一目瞭然だよね?と言わんばかりに小さく笑う。それにずっと歯軋りをし睨んでいた大翔だったが、次の瞬間。
ニヤリと、こんなものでは終わらないと笑い返す。奈帆がその表情を視界に収めたその時、徐に大翔は足を上げると力強く床を踏みつける。すると、フローリングの板が踏みつけた衝撃によって剥がれ、大翔の前に壁を隔てるかの様に反りあがる。一瞬、奈帆は何が起こったか分からずに目を丸くしたが、その板に、放った大量の羽根が突き刺さっている様子を目撃し理解する。
「残念はお前の方だ。脳筋だかなんだかわからねぇが、今日の俺は」
そこまで言うと、大翔は手で板を引き剥がすと、それを盾にして足を力強く踏み出して続きを言い放つ。
「冴えてるぜっ!」
自分自身に気合いを入れる様に叫ぶと、奈帆に接近する。が、空中を浮遊して大翔の背後へと瞬時に回る。
「前を塞ぐのはいいけど、そのせいで前が見えなくならない様に、、ねっ!」
掛け声の様に奈帆はそう言い放つと同時に羽根をガラ空きになった大翔の背中に目掛けて放つ。だが、清々しさすら感じる笑みを浮かべ、大翔は手に持った板をハンマー投げの様に回し、遠心力を利用して奈帆に投げる。
「えっ!?」
思わず声を漏らして左に避けると、奈帆の目の前には大翔の拳が映し出される。
「あっっっぶなっい!」
既のところでそれを避けた奈帆だった。が
「今度は逃すかよっ!」
そう声を上げると、右足で回し蹴りをする。
「がぇ!?ごはっ!」
翼で防がれた事により「体」は外してしまったものの、直撃はした様でその衝撃で弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。それにすかさず追撃を行うべく殴りにかかる大翔。だったが、その拳を奈帆はギリギリで避ける。
「チッ、外したか」
「ちょっと調子乗ってんじゃないの?」
舌打ちをする大翔に対し、奈帆は歯嚙みした後無理矢理笑みを作ると、その翼を大きく振りおろし彼に叩きつける。
「ぐあっ!?」
突然の事に驚きを露わにしながら声を漏らす。その衝撃に吹き飛ばれた大翔は窓に激突し、ヒビを入れる。
「チッ、てめぇ、んな事も出来んのか」
「接近戦は出来ないとでも思った?」
足を立てて座り込み、口元に付いた血を袖で拭き取る大翔。それにニヤニヤと奈帆は言うと、その後小声で「そろそろかなぁ」と呟く。
「あ?なんか言ったかよ。なめんのもいい加減にしろよ」
その様子に苛立ちを覚えた大翔はそう声を上げると、奈帆は口角を上げる。
「それじゃあ見せてあげるよ」
その瞬間、左右の肩から広げられた翼を勢いよく閉じる。
「っ!?ぐおっ!?」
その衝撃で起こった風圧に耐えられずに体が吹き飛ばされる。その勢いはとてつもなく、先程の攻撃でヒビの入った窓ガラスを破壊するには十分なものだった。
「があ!?グッ、あ、ぐあああああああっ!」
窓の外へと弾き飛ばされた大翔は全身に傷を負いながら声を上げると、ゆっくりと起き上がる。すると、先程まで自分のいた3階には、窓縁に足を乗せて高笑いを上げる奈帆の姿があった。
「てめぇ!」
その姿に思わず声を荒げる。が、聞き流す様にして奈帆は上に人差し指を立てて告げる。
「上、見てみなよ」
「は?んな抜かした事言ってんじゃねぇぞ」
「あっそー、私はわざわざ教えてあげたのになぁ」
出鱈目でしか無いであろう言葉に大翔は怒りを露わにする。が、そんな事をしたところで何の意味があるだろうかと頭で問い、それと同時に確実に上に何かがある様な態度に押されて渋々目線を上げる、と。
「っ!?」
☆
「はぁ、はぁ、クッ!」
「もう逃げるのやめなよ。それ時間稼ぎのつもり?」
全身が感電した碧斗は、麻痺した体を無理矢理動かし智也達から距離を取ろうと試みる。が、逃げられる訳もなく簡単に追いつかれる。優しさだろうか、逃げ惑う間追撃を行う訳でもなくゆっくりただじわじわと後をつける2人。いや、わざとかも知れない。
「はっ、はぁ、ま、まあな。なるべく長く生きたいと思うのは、生物として至って問題ない思考だと思うが」
「もう、殺る?」
「いや、もうちょっと待とう。てかさらっとやばい事言うな」
智也と愛梨はそんな軽いコントの様なノリで言葉を交わす。正直、碧斗からすれば地獄でしかないのだが。と、その瞬間、上からの物音と地面の揺れが同時に起こる。
「おっ、上もやってんねぇ」
「少し押されてる、かも」
「えっ、マジ?結構ピンチくさいな。というかそこまでわかるのか?」
「足音と打撃音。これは男性の足音だし攻撃の重みが奈帆、のじゃない、」
相変わらず聴力がとてつも無く優れている様だ。確かに物音自体は碧斗にも聞き取れはするものの、そんな「状況が分かる」ほどなんてものは、凡人には持ち合わせていないものだろう。そんな彼女の話が本当ならば、大翔は無事な様子ではあるが、果たして本当にそうなのだろうか。と、焦りと不安が碧斗を襲う。
「じゃっ、碧斗君の方は早めに対処して上行かなきゃね」
「うん」
2人から唐突に放たれたその言葉に慌てて後退る。タイムリミットはもう無いという事か。だが、なるべく時間を稼がなければならない。いくら大翔の能力が強大であり、相手が1人だったとしても勝てるという確信はないわけで。
「さ、させるかよっ!」
徐に声を上げるとバシュッという音と共に碧斗から煙が放たれる。
「おっと、またか」
「最後の足掻き?」
「みたいだねぇ」
余裕そうな様子で2人は短く言葉を交わす。やはり、2人にとって煙なんて攻撃はあっても無くても変わらないものなのだろう。聴覚が優れている人物がいるならば尚更だ。だが、だとしても最後の最後まで足掻いて足掻き続けなければならないのだ。このままやられ、奈帆の元に2人が合流してしまったら最後、勝ち目なんて無い。そんな事になったとしたら、一体、何のためにここまで来たのだろう。
ー絶対に、そんな事にはさせないー
そう脳内で覚悟を決め、言うことを聞かない体を歯軋りしながら必死に動かす。
「くそっ、動けっ、うっ、クッソォォォォォォォッッ!」
音を出したらバレるなどといった考えには既に至らなかった。とにかく逃げろ。動いて、せめてもの時間を稼げ。その2つのみが脳を埋め尽くす。全くまともに動く気配のない体を、無理矢理地面に這いずる様にしてゆっくりと前に進む。が、その瞬間
バリィンッ!
と、窓の割れる音が響く。
「ん?なんかあったか?」
「強い足音が消えた。多分、橘大翔を、窓から飛ばした」
「っ!?」
嘘だ。窓から吹き飛ばされた?もしそれが本当だとするならばそんなもの、敗北を意味している様なものではないか。屋外に出れば奈帆の独壇場。いくら大翔の「力」の能力は何メートルも跳躍する事が出来る異能力であろうと、飛べる相手となると話は違う。と、その時愛梨は耳をぴくりと動かし何かを聞き取ると口を開く。
「大将からの命令。下のやつ、外、連れてこい、集合するって」
「はぁ?どーいう事だよ、下の奴って、多分俺ら、いや、碧斗君の事、だよな?」
「おそらく、あれ、見せる」
ーあれ?一体何の話だ、?ー
それを聞いて納得した智也は呆れた様に、少し引いた様子で息を吐くと「あいつ、どこまで物好きなんだよ」とだけ呟いて。碧斗に向かう。
「っ!クソッ!動けっ!動けぇぇっ!」
「あーあー、ほら動こうとしない。電気ショック食らってんだから無理に動くと悪化するよ?」
抵抗虚しく、放った煙さえも無駄だと言わんばかりに突破し、碧斗の元へと歩みを進める。と、智也は小さく言い放つ。
「少し、寝てもらうよ」
「っ!?それって一体、どうするつもっ!?」
碧斗が言い終わるより前に電流が放たれ意識を失うのだった。
「それは、来てのおたのしみ。って、奈帆だったら言うんだろうな」
苦笑いを浮かべ智也が言うと、碧斗の肩を持って外へと運ぶのだった。
☆
指を指した先、そのまま視線を上へと向ける。上、いや屋上。
そこには、2人の女子が縄か何かで縛られた状態で、1歩前に進めば落ちるという位置にまで追いやられている情景が映し出される。
「っ!?」
その驚愕の光景に息を飲む。そう、そこにいた2人の女子とは他でもない。
美里と沙耶だった。




