76. 齟齬
ざわざわと遠くで声が聞こえる。いくら身を隠していても確認に来る気配が無かった為、ゆっくりと、足音立てずに階段を登り終わった碧斗。先程の音の正体を確認すべく踊り場の陰から2階の様子を覗く。遠くで誰かが会話をしている様だ。だが、その声量、数から大人数では無いだろう。
ーおそらく2、3人程度か、もう少し覗ければー
そう脳で思考を巡らせたその瞬間、声の主であろう1人の人物がこちらに迫ってくる気配を感じ、碧斗は慌てて登って来た階段を降りる。既のところで相手の軌道からそれた碧斗は、ホッと胸を撫で下ろすと恐る恐る顔を伸ばしその人物の顔を拝見する。
「っ!?」
その姿に思わず声が漏れそうになった。先程碧斗が入ってきた裏口から、外へ出る為に足早に向かう後ろ姿は、数時間前まで追っていたあの姿。円城寺樹音のものだった。条件反射でだろうか、碧斗は樹音に手を伸ばし、声をかけようと口を開く。だが、直ぐに駄目だと自分に言い聞かせ口を噤む。今話しかけて何になる?彼には既に我々が敵だとしか思っていない可能性だってあるのに。そう自分を納得させて樹音を追いかけたい気持ちを振り切る。
ーそうだ、円城寺君と話したとして、もし上手くいかなかったら、俺に勝ち目なんて無いんだ。それなら、2人の救出を優先しなきゃ、だよなー
今自分がやらなくてはならない事をもう1度理解し、頰を手で叩くと力強く頷き、また階段を登り始めるのだった。
☆
あれから数分。"樹音"の声が聞こえてきた廊下を静かに進んでいた。彼らの声がした為、こちらに2人は捕らえられていると考察した碧斗は、またもや一部屋ずつドアの前で様子を確認しては進むを繰り返していた。しかし、一向に見つかる気配は無く、思わず息を吐く碧斗。
丁度、その瞬間だった。
「やーっぱいなかったな」
「ほんと、どこ行ったんだろう」
「っ!?」
遠くから数人の足音と、会話する声が近づいてくるのを察知し、碧斗は急いで隠れ場を探す。
ーど、何処に逃げる?部屋は入ってくる可能性があるし、階段に戻るにしても足音の距離から考えて間に合うか微妙だー
冷や汗を掻きながら脳で誰に言うでも無く呟く。既に廊下の半分に到達していた碧斗は、階段の方へと戻るにしても、それが安全策とは言えなかった。
ーい、一か八か、賭けるしか無いかー
そう意識を戻すと、1番"マシ"な策であると考えた向かいの一部屋へと逃げ込む。
「はぁ、はぁ、」
ー頼む、気づかないでくれっ!ー
まるで拝む様に神頼みする。いや、むしろそれしか出来なかったのである。がしかし、碧斗はその瞬間重大な事を思い出す。
ーもしかすると、あの人も居る、、のか、?ー
嫌な予感が碧斗を襲う。そう、「あの人」とは沙耶を救出するため王城へと乗り込んだ際、煙の中でも「音」で碧斗の場所を察知したあの人物の事だ。樹音とあのメンバーが手を組んでいるとは考えにくいものの、王城で我々を狙っている人物の1人という事もあり、ここに居ないとも断定できない。もし、あの人物がこの場に居合わせてしまった場合、おそらくドア越しであろうとも緊張と走って来たというのもあり、荒くなっている今の碧斗の呼吸を聞きつけてしまう可能性が大いにある。高まる鼓動を必死に押さえつけながらドアに耳を近づけ足音を慎重に聞き入れる。
ー足音の数的には2、3人。人数で考えるとあのグループとは合わない、か。だとしたらー
「あれー?さっきそこのドア動かなかった?」
「ん?気のせいじゃね?俺は見えなかったけど」
「!?」
ーマズいっ!バレたか?いや、それよりもこの声ってー
2人の会話を聞き取り冷や汗を掻く。2人の声は前にも聞いた事がある。阿久津智也と清宮奈帆だ。それに気づいた瞬間に思い出す。
ー清宮さんが、、いる、のか?ー
マズい、と。唾を飲む。前に目が良いと自分で自信ありげに語っていた。それなら、ドアをギリギリで閉じたのにも関わらず、その瞬間を目撃出来た事にも納得できる。確かにドアと2人との距離は十分に取ったつもりだ。だが、相手が奈帆ならば話は別である。
「一応確認しておかない?ほら、あの事もあるし入ってくる可能性もあるでしょ?」
「確かに、2人が捕まってんのに無視ってのも碧斗君らしくないしな」
「でしょー?だから、裏から入ってここに隠れたと私はみた!」
「っ!」
彼らの会話に目を見開きながらも、急いで隠れる事を優先する。ギィィッときしみながらドアが開く。
「ほぉーら、なんも居ないじゃーんっ。いやぁ、奈帆は怖がりだねぇ、ホラー映画見た後みたいに敏感になってるぞ?」
「え〜っ、動いたと思ったんだけどなぁ」
智也は拍子抜けした様子で笑うと、奈帆は全体を見回し微かに目をピクリと動かしたのち言い放った。
「ほら、この後待ち伏せしないといけないんだから、早く行くぞー」
「この上の階ねー。はいはーい」
そう各自返事を発し、部屋から出て行った。セーフ、と脳内で呟き息を吐く。既のところで近くにあったクローゼットへと逃げ込み、なんとか確保は間逃れた様だ。部屋の中へと足を踏み入れていたら、確実に終わっていただろう。だがそれよりも、と。とても良い情報が入手できた様だ。2人の会話から察するに、「2人が捕まっているのに」というのは恐らく沙耶と美里で間違いないだろう。ならば、奈帆や将太の率いるあのメンバーの目論見だったのだろうか。だが、樹音の協力を考えると、犯行は他のグループで行われ、それを聞きつけたか伝えられたかしたという可能性の方が高いだろう。
ならば、先程の上の階で待ち伏せ。というのはつまり、「この上の階に2人が居る」という事の証明である。よしっと、思わずガッツポーズをする。危険な状況から一変、逆に有利に立てる状況へと変化した。このチャンスを利用しない手はない。そう考えた碧斗は上の階、3階へと向かうべくドアに手をかける。ゴクリ、と。生唾を飲み慎重に五感を研ぎ澄ませる。足音、人の気配、それぞれがこの周辺には無いと確信し、ドアをゆっくりと開いて部屋の外に足を踏み出す。が、その瞬間
ビュンという音と共に高速で何かが碧斗の顔のギリギリを通過する。
「なっ!?」
思わずそれが向かって来た方向へと振り返ると、廊下の突き当たり。およそ100メートル先に水色の髪をした小柄な女子が1人立っていた。
ーま、まさか、あれってー
その、見た事のある顔に表情を険しくする碧斗に、眉1つ動かさずに淡々と呟く。
「伊賀橋碧斗、発見。確保、する」
あれは、間違いない。沙耶を助けた時に居た、聴覚が優れているあの女子だ。ドアを開けた一瞬しか見えなかったが、あのハイトーンの鮮やかな水色の髪は忘れる筈がない。マズい。またもやピンチに陥った碧斗は周りを見渡し、打開策を必死に練り出す。正直、相手の能力を知らない為、安意に近づく事も出来なければ、対抗する手段さえ思い浮かばない。そう脳で呟き碧斗が冷や汗をかいたその時
「っ!?ガアアッ!」
足が突如強い衝撃を受け、痙攣する様にして床に倒れ込む。
「がっ、あ、ああっ!アアアアっっ!?」
ーな、なんだ、一体今の一瞬で何をされた?ー
脳の理解が追いつかない碧斗の"背後"から何者かが近づく。
「油断したねぇー、碧斗君」
「っ!?そ、その声はっ」
声のした方向へ振り返り、その先に居た人物に驚愕する。
「と、智也、君、」
「ふふっ、いやぁ、もう行ったと思ったっしょー?残念だけど、あれはフェイクだよ」
そう、先程部屋を後にし屋上へ向かった、と"思い込んでいた"智也の姿がそこにはあった。目の前の女子に気を取られていたせいで、背後の存在に気づけなかった様だ。とすると、先程の足への攻撃は智也のもので間違いないだろう。足の震え、衝撃、痙攣。そう、おそらく彼の「電気」の攻撃である。
「殺らないの?」
「お、おお。さらっと恐ろしい事言うねぇ、愛梨」
すると、その「愛梨」と呼ばれた水色の髪の女子は、智也の元に歩み寄ると、小さく呟く。それに冷や汗を流しながら頭を掻くと、いや、と付け加え続ける。
「まだ殺すわけにもいかない。君達には、聞かなきゃいけない事が沢山あるしね。だから電力は低めにしておいたよ」
そう言うと智也は碧斗の前でしゃがみ不気味に笑う。
「お、おい!友達じゃなかったのかよ!」
碧斗は苦し紛れにそう声を上げる。確かに何も出来ない現状で唯一の時間稼ぎをしようとしているのもあるが、それより。これは本心だった。あの時の智也の言葉に、行動に、彼自身に、感動していたのだ。それなのに
「どうして、どうしてだよっ!?智也君が友達って言ってくれたの、凄い嬉しかったんだぞ!それなのに、なんで」
そこまで言うと、智也は表情を曇らせて声のトーンを落とし呟いた。
「どうしては、こっちのセリフだよ。信じてたのは、俺もなのに」
「ちっ、違う!俺は、みんなを裏切ったつもりは」
「でも、殺人者を、庇ってる」
「そ、それはっ」
「たとえ碧斗君自身が裏切ってなくても、俺の、俺達の気持ちを裏切った事に変わりはない」
そう呟いて一呼吸空けると立ち上がる。
「だからこそ、連れて行って話を聞かせてもらうよ」
これは、どういう意味だろうか。話を聞いてくれる、話し合って考えよう。と、そう言ってくれているのだろうか。だが、それはあくまで智也の考えだ。あのメンバーの1人1人を思い浮かべると、智也が長である可能性は低い。即ち、「その人物」は平和的解決なんて望んでいないかもしれないのだ。だとすると、やはり、考えは変わらない。
ーごめん!智也君っ!ー
そう脳内で叫ぶと、廊下を覆うほどの煙を放出する。
「っ!抵抗するつもりかっ」
怒った様に、だが少し寂しそうな表情をしながら智也はそう声を出す。本当にごめん。君が何にも属していなかったら、ゆっくり話したかった。と、口の中で呟き足を引きずりながら進み始める。そう、君達の敗因は、電力を弱く放ってしまった事だと言わんばかりに。
「逃がさない」
短くそう言うと、愛梨は物凄い速さで何かを碧斗に向かって放つ。煙の中である事から何を飛ばしたかは分からなかったが、流石と言うべきだろうか。煙の中だというのに狙いは完璧で、碧斗の足先にそれが擦りバランスを崩す。
「くあっ!?」
思わず声を漏らし地面に倒れる。すると、煙がゆっくりと薄れていき、中から智也の姿がゆっくりと現れる。その顔は、なんだが少し寂しそうな顔をしていた。
「そうか、碧斗君。それが、君の答えなんだね」
「くっ、違ーー」
「なら、次は起き上がれない様に少し強めにいくよ」
智也を疑っているのでは無く、2人を助けたいのだ。と、口に出そうとするも智也がそれより前に言い放つ。すると、人差し指を立てて宙に磁気を軽く放つと、それを碧斗に向ける。
「今度は簡単に動けない様に100万Vでいかせてもらうよ。有名な話だけど、スタンガンは太腿に当てると全身が動かなくなるんだよね。まっ、心臓を外してもらえるだけ、有り難く思うことだねっ」
これを食らったら、ひとたまりもないという事を智也の笑みと共に理解させられる。逃げなければ、ここまできて捕まってたまるか。そう力強い意思とともに無理矢理起き上がると、智也達と逆方向に走り始める碧斗。が瞬間。
「っ、なっ!?」
一瞬にして左手に手枷がはめられ、その重さに耐えきれず地面に崩れ落ちる。何が起こったか理解が追いつかず目を白黒させていると智也が、笑っているが何処か浮かない様子のまま指先に溜まった電力を碧斗の腿に、一点に集中させ発射する。
終わった。
ここまで頑張ってきたというのに。ずっと、裏切り者という汚名を背負いながら、皆に狙われる毎日。死と隣り合わせという状況下の中、1週間以上もの時間を過ごしてきた。1人1人が命をかけて、全力で生きる為に努力してきたというのに、ここで終わってしまうのか。みんな、こんなに頑張ってきたのに。
ごめん、みんな。
そう心で覚悟し強く目を瞑る。放った電気の塊が碧斗の方へ驚く程高速に向かう。が、それとの距離がおよそ10、20メートルへと差し掛かった、その瞬間。
轟音と共に、智也の目の前で突如として壁が豪快に破壊される。まるで、何者かに兵器か何かで攻撃されたかの様に。
「なっ、なんだ!?これ」
「誰?」
「っ!な、何が、、?」
智也と愛梨だけでなく、碧斗も声を漏らす。先程放たれた電磁波は、破壊された壁の破片に防がれた様だ。煙がゆっくりと薄れ、大きな背中が現れる。碧斗は、その誰かも分からないその背中を見つめる。だが、どこか安心感のある光景だった。すると
「っ!き、君は、」
「...!」
「えっ、まさか、」
その時、煙が晴れその人物のルックスが露わになり、智也は眉間にシワを寄せ、愛梨は無言ではあったものの目を見開く。それに合わせて碧斗も驚愕と共にその名を口にする。
「ひ、大翔、君、」
その声に1度歯軋りすると、その人物こと大翔は碧斗に背を向けたまま口を開く。
「あの手紙、どういう事か説明してもらうからな」
「えっ」
手紙とは、グラムに渡した「あれ」の事だろうか。と、碧斗は首を傾げる。すると、大翔は付け加える様に言い放つ。
「だから、まだ死なせねぇぞ」
その言葉はぶっきらぼうでありながら、何処か燃え盛る炎の様に、強い意思を感じた。




