74.真実
碧斗と別れて1日が経ち、胸騒ぎを無理矢理抑えながら畑へと足を運んだ。
「チッ、なんなんだよ、これ」
愚痴をこぼしながら歩く。突き放したのは自分だ。自分の筈なのに、何故こうも胸の奥がムズムズとするのだろう。あんな馬鹿は忘れろと、彼の事を振り払う様に頭を振る。今は畑仕事を優先しろ、と。
ーそうだ、元々あんな奴らを泊めてやる理由なんてねぇんだ。別にあいつらと仲間になるつもりなんて無かったし、なんのメリットもねぇー
忘れろと言い聞かせながらも、そんな事を脳内で思い描きながら農作業を始める。どうでもいい。自分には関係ない。心からの言葉だ。そこに嘘偽りなんてものは1つも無い。が、しかしどうしてこうも胸のざわつきは拭えないのだろうか。
ーあいつもどうせ裏切るかもしれない。あいつらなんてもう知らない。綺麗事言ってても、やっぱり裏切る連中なんだー
何故だろう。分かっていた、ずっと前から、どうせあの連中は、いや人という生き物はきっと裏切ると。分かっていた、それなのにどうして辛いのだろう。あの中では1番一緒に居た時間は短い筈だ。なのに、なんだか心が締め付けられた。あそこまで本気に、必死に。ボロボロになりながら熱く伝えてくれたあの言葉は、全て綺麗事で。あの様な人が集まっている連中でさえも、裏切りが、裏切り合いが起こってしまう。誰よりも人間の本質を、人間の醜さを理解していたつもりだった。それなのに、どうしてだろう。
「クソッ!もう治れよ!」
誰に言うでもなく声を上げる。農地であるが故に通行人が居なくて助かった。
「クソ、なんか調子でねぇな、もう今日は戻るか」
1、2時間農作業へ時間を割いた後、時刻もお昼を過ぎていたためグラムの家へと戻る事にした大翔は、とぼとぼと歩みを進めた。
☆
あれから数分が経つ。農地から出発した時刻を想定すると、普段ならば既にグラムの家へと到着している時間である。が、この不安定な感情を押し殺すために、わざと遠回りをして大通りの方へと足を運んだ。
「はぁ」
ため息だけが漏れる。あの時、あの場所で大翔と出会っていなかったら、既に、いやもう少し早くに樹音に裏切られ行き場を失っていたのだ。それなら自分が関わらなくとも同じであろうと。やはり、人は裏切るものだ。人と関わるとろくな事にならない。結局、人は人で、口から出る言葉は綺麗事だ。分かっていたのに、それなのにどうして、どうしてこうも胸が苦しいのだろう。
ー少しでも友達だと思ったのが、馬鹿だったんだー
不思議と裏切った張本人や碧斗達には怒りは湧いてこなかった。それよりも、分かっていたのに信じてしまった大翔自身への怒りの方が大きかったのだ。何度繰り返し、何度失望すれば気が済むんだと。そんな怒りの言葉を自分に対して脳内で吐き捨て続けながら、見慣れた大通りの、お昼時であるがゆえにワイワイと盛り上がっている商店街を物色する人々とは対照的に、浮かない顔持ちで力強い足取りで進む。が、その瞬間。
「いないねぇ、将太君」
「どこいったんだよ、マジで、」
聞いたことのある2人組の声が誰かを心配している様子でそうに口々に呟いた。それを微かに聞き取った大翔はゆっくりと声のした方向へ振り返る。
ーあ、あいつらはー
黒髪でショートボブの女子と、黄色と黒が入り混じった髪をしたいかにもチャラそうな男子が周りを見回しながら表情を曇らせていた。あの2人は王城に居た人達であると、片方を見た瞬間にそう確信する。正直、あの人に見つかったら色々と面倒な事になり、更には碧斗を家に匿っていたという事実がある為、なるべく会いたくはない人物の1人なのだが、幸運な事に大翔の姿は向こうに見えていない様だった。こちらを見る前に早いところ移動しようと足を早める。が、その時
「にしても、まさか言ってた秘密兵器が円城寺樹音だったとはね」
「!?」
思いも寄らない名前が飛び出し、驚愕から大きく振り返る。だが、直ぐに慌てて前に頭を戻す。
ーあ、あぶねぇ、危うくバレっとこだったー
単純にも大きなリアクションと共に会話に食いついてしまった。バレたらひとたまりもないと先程思ったばかりだというのに。そう考えた大翔はいかにも自然な様子で2人から目の届かない場所へと身を隠した後、"それ"に聞き入る。
「ほんと、可哀想だよなぁ。あいつも」
「ま、しゃーないんじゃないの?」
ー可哀想、?ー
碧斗の事だろうか?一体何の話をしているのだろうかとバレない程度に身を乗り出す。
「でもよ、騙されてる事も知らずに騙すとか、負の連鎖じゃねーか」
ーっ!?ー
「元はと言えばあいつらの方が私達を裏切ったの!だから、そんなのいちいち考えないっ!それよりも、将太君を早いとこ見つけないと」
「そ、それもそうだな。もうあれから2、3日も帰ってきてないと考えると、不味いよな、」
「何か知ってないの?」
「いやぁ、何もーー」
そんな会話をしながらどんどんと声が遠くなって行く。おそらく、向こうは誰かを探しているのだろう。が、それよりも。
ー騙されてるのにも気付いてない?ー
意味が分からなかった。裏切ったという話をしている筈なのに、騙されてるなんて、少し話が違うのでは無いだろうか。それに裏切ったのは向こうの方だ。なのに、どうして可哀想なんだ。と、必死に頭を回転させ思考を巡らせる。
「樹音が、騙されてる?まさか、あいつの意思じゃねぇのか、?」
数分思いを巡らせ、1つの結論に辿り着く。可哀想。裏切られた。負の連鎖。2人の異様な会話から導きされた答えに大翔は自分ながら感心する。
ーそうか、それなら辻褄が合うー
つまり、と。脳内で更に考えをまとめる。おそらく「向こう側の連中」に何かしら嘘の情報を伝えられ、騙された樹音は騙された事に気付かないまま、我々を騙した。つまり、樹音は我々を騙したかったわけでも、捕まえたかった訳でも無く、ちゃんと仲間だと、そう思って、くれていたのだろうか。
「ああーっ!クソッ!もう、ややこしいな!」
頭を使うのはあまり好きではない。昔から難しい事は難しい事として処理し、深く物を考える事はしなかった。唯一、それをしたのは"あいつ"絡みの事のみである。それなのに、どうして今その嫌いな事をしているのだろうか。もう手放した筈だ。見捨てた筈なのにも関わらず、どうしてこうも必死になっているのだろう。
ーそうだ、そうだよな。確かにあいつらと繋がっていて、樹音が騙されてた事は分かったかもしれねぇが、俺にはもう関係ねぇんだー
関係ないと割り切って頬を叩くとしゃがんで隠れていた大翔は立ち上がる。たとえ全て誤解だったとしても、起こってしまった事は起こってしまったのだ。あの出来事に目を瞑る事は出来ないし、彼らを自分の憶測で勝手にレッテルを貼り、突き放したのも事実である。即ち、今から何をしたところで事実は変わらないのだ。むしろ、突き放したのにも関わらず彼らの元へ行ったとして一体何が出来るだろうか。何を言えるだろうか。あそこまで言ってしまったのにも関わらず、開き直る事も出来ないだろう。それならこのまま立ち去る方が潔いというものだろう。
そう脳内で勝手に自己解決し、息を吐く。小さく「よし、」とだけ呟くと気持ちの整理がついたのか、グラムの家へと足を進めたのだった。
☆
数分後、グラムの家へと到着した大翔はドアを開けるや否や「ただいま、」と小さく呟く。
「おお、ヒロト!帰ってきよったか!」
「あ?どうしたんだ?なんか元気そうだな」
「いやいや、さっきミキトが来たんじゃが、会ったかの?」
「は!?樹音が!?」
またもや予想外の名が飛び出し、思わず声を上げる大翔。それに少し口角を上げてグラムは続ける。
「その様子じゃ、会っとらんようじゃのぉ。ヒロトを探してた様子じゃったが」
「なんで、あいつが、?」
不意にそう口から溢れる。すると、グラムは思い出した様に「あっ」と声を漏らすと、続けて言う。
「そういえば、アイトもここに来おったぞ」
「は?あいつがか?」
グラムの言葉に今度は少し呆れた様な、やっぱりなと言わんばかりに息を吐く。
「家に、上げたのか?」
「いや、上がるつもりは無かったらしくてのぉ」
「あ?じゃあなんで」
今度は予想とは外れた返答に、表情こそ変えはしなかったが、驚きを露わにする。と、グラムは台所に置いてあった1枚の紙を手に取り、それを大翔に差し出して言う。
「これをヒロトに渡して欲しいとだけ言われたんじゃ」
「なんだ?これ、」
差し出された1枚の紙を受け取りまじまじとそれを凝視する。そこには、碧斗の字で、"日本語"が書かれていた。
「ちょいと読もうともしてみたんじゃが、なんて書いてあるか分からんくての。おそらく、ヒロト達にしか読めないものなんじゃろ?」
受け取った紙を見ながらグラムの言葉を聞き流すと、それを読むより前に歯嚙みして吐き捨てる。
「いらねぇよ、んなの」
それだけ呟くとテーブルの上に紙を捨てる様に投げ、ソファへと座る。その様子に何を言うでもなく少し寂しそうな表情で大翔を眺めると、小さく微笑む。
「そうか?なら、そこに置いとくから、自分でどうするか決めるんじゃな」
どうするか決める。グラムのその物言いには、ただ後処理について話している様には思えなかった。そのまま捨てる事は出来た。いや、捨てようと思った。だが、何故かそれを行動に移すことが出来なかった。
手紙であろう紙切れを渡されてから数十分。ソファに寝そべって思考を巡らしている時も、家事の手伝いをしている時もチラチラと、テーブルの上に置かれた紙を何度も見た。いつまでもこんな事を繰り返していたくはないと、1度大きく舌打ちをしたのち意を決して紙を手に取ると、ゴミ箱へと捨てる為に向かう。だが、ゴミ箱に到達し投げ捨てようとした瞬間、その紙に書かれた文字列の1部が目に飛び込む。ゴミとして持った筈の紙切れに、何故か気づくと目を奪われていた。
背後でそれに気づいたグラムの、優しい視点に見守られながら、大翔はそれを読み始めた。




