73.感情
「はぁ、はぁ、クソッ、なんで、なんでこうなんだよ、」
抑える事が出来ずに溢れる気持ちを落ち着かせるべく王城から離れ、人目につかない場所で胸を手で抑えてしゃがみ込む。胸が張り裂けそうだった。言葉では言い表せない、様々な感情が碧斗を襲った。その感情は、今まで人と深く接しようとしてこなかったからか、どれもこれもなんと表現すれば良いか分からないものばかりだった。
そんな押し潰されそうな、初めて感じた感情の数々に過呼吸になる。2人を助けたい。でも、王城の人達も絡んでいるとなると、1人ではもうどうする事も出来ない。助けを求める事すら出来ない。友達だと思っていた人達は連れ去られ、裏切られ、見捨てられたのだから。
ーもう、そんなの、、どうすりゃいいっつーんだよー
頭を抑えて呻き声を上げる。もう救えない。もう戦えない。もう、生きられない。
「あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああっ!」
いつも、素早く解決策を見出してくれる碧斗の脳は、今では使い物にならなかった。何も浮かばない。いや、まず考えようとしてくれないのだ。なんとかなると自分に言い聞かせ、無理矢理策を考えるものの、考える事自体が無駄だと言わんばかりに、体が反射的に思考をストップさせる。その代わり、後ろ向きな考えばかりが脳内を埋め尽くす。駄目だと。どんだけ考えようと解決には到達出来ないと。
「ふ、ふぅー、」
息を吐いて腰を上げると、いつもの公園へと痛む胸を抑えたまま足を運ぶ。
ーはぁ、大丈夫だ、なんとかなる。きっと、また、みんなで笑い合えるー
頭の中の黒い感情を押し殺しながら深呼吸をする。またこの場所に来れば何か分かるかもしれない。と、そう考え訪れた公園だったが、思い浮かぶのは沙耶と樹音、マースト。そして美里。あの5人で話をし合った記憶ばかりである。策を思い浮かばせる為の筈が、逆に記憶が蘇り、気持ちが溢れた。またあの時の様に笑い合いたい。友達でありたい。そんな願いの様な思いばかりが浮かんで、何も前に進めない。
「どうせ、それもただの願望。どうせ何も変わらない」
自虐的な笑みを浮かべ、誰にも聞こえないくらいの声量でそれを呟く。と、その瞬間。公園に数人の子供がパタパタと早足で訪れ、ワイワイと楽しそうに遊んでいる様子が目に入る。ただ普通の風景だった。なんの変哲もない、現実世界でも良く見る光景。その為、子供達の様子に最初は力無く笑う碧斗だった。
だがその場で1人の子供が、走っていたせいか、はたまた地が整地されていない場所だったためか転び、擦り傷を負う。それに心配する人、それを見て笑う人、微笑みながら手を差し伸べる人、それに「いてて」と呟きながら笑ってその人の手を握る人。普通の風景、なのかもしれない。だが、友達が多くない碧斗にはなんだか新鮮で、何か沸き起こる感情があった。その瞬間、大翔と対決をしていた時に必死に、息を切らし、今にも倒れそうになりながらも強く言い放った沙耶の本気の言葉の数々が、碧斗の脳内を埋め尽くした。
「っ!」
大翔を救おうとボロボロになりながら、一生懸命に伝えた沙耶の言葉。その1つ1つが彼女の声でフラッシュバックされる。刹那、死んだ様だった目が、僅かに見開かれ立ち上がる。「あの時の光景」を脳裏で何度も流しながら公園から大通りへと、まだ足元はおぼつかなかったが、しっかりと進んだ。
丁度その時だった
「あっ!碧斗!久しぶりー!」
「え」
1度隣を横切った女子がすれ違い様に顔を確認したのか、立ち止まって背後から声をかける。振り返った先に居たのは、笑って手を振る愛華の姿だった。そろそろ夕食の時間帯な為、おそらく王城へと帰るところだったのだろう。
「あ、ひ、久しぶり」
いつもの様に笑って手を振り返す事は出来なかった。だが、なんとか言葉を発する事は出来た。
「?あ、あれ?その、他のみんなは?1人行動って珍しいね、危なくないの?」
碧斗の様子に何かを察したのか、恐る恐る小さく聞いた。それに表情を曇らせ目を逸らす。
「その、えと、あの、」
上手く言葉が出なかった。話したくないという思いもあったが、それよりも何を言えばいいかも分からなかった。すると、察した様に愛華は目つきを変えると、少し怒った様に。いや、叱りつける様に言い放つ。
「あ、もしかして、喧嘩?もー!駄目だよ!喧嘩するのは悪いことじゃ無いけど、ちゃんと謝って、向き合って話し合わなきゃ!」
「っ!」
力強く、言い聞かせる様に放たれた言葉に碧斗は目を見開く。その目には微かに光が戻っていた。
「今は気まずくて逃げちゃったのかもしれないけど、それでもちゃんと自分の気持ち伝えて、話を聞いて、きちんと仲直りしなきゃ駄目だよ!」
そう言ったのち、碧斗に聞こえないくらいの小さな声で、「手遅れになっちゃう前に」とだけ呟くと、笑顔を作った。
「そうか、、そう、だな、」
うんうんと、何かを考える素振りをすると、碧斗は顔を上げて愛華を見る。
「ありがとう」
それだけを伝えた。その、たった一言を。他にも言いたいことがあった。伝えたい感情なんていくつもあった。だが、それしか言葉は出てこなかった。いや、寧ろそれだけで十分だったのかもしれない。そんな一言だけで碧斗の気持ちを受け取った様で、愛華は優しく笑う。
「うん!お役に立てて良かった!頑張ってね、碧斗」
暗くなってきたというのに、先程よりも街が明るく照らされているかの様に感じた。碧斗は愛華に何を言うでもなくただ頷き振り返ると、目つきを変えて、あの場所へと走り出した。
☆
目の前が真っ暗で何も見えない。目を開こうにも開けず、体の半分が冷たい。おそらく、床に寝ているのだろう。遠くからコツコツと、誰かが近づいてくる音だけが響いた。
「誰!?早く離して!」
バタバタと転がる様にしながら声を上げる。手足も動かす事が出来ない。おそらく縄か何かで縛り付けられているのだろう。すると、突如として目の前に大量の光が差し込む。
「うっ」
突然自由になった双眸は、その光に耐えきれずに思わず声が漏れる。数秒経った後、辺りがようやっと見えるようになる。小さくて薄暗い室内に、この部屋の入り口であろう場所から光が差し込んでおり、それと同時に目の前にはぼんやりと1人の男子が映し出された。
「っ!あ、あんた、」
「ごめんね、相原さん。本当にごめん。騙す様な事しちゃって。でも、こうするしかなかったんだ」
身動きが取れない様に手足を拘束された状態で地面に横たわる美里。目の前には樹音が浮かない顔持ちで立ち尽くしており、横に目をやると、隣には未だ目を覚まさずに横たわる沙耶が居た。その事から、樹音があの後何処かに我々を運び、拘束した事を悟る。
「あんた、なんのつもり?何がしたいの?あんたは」
「ごめん、ただ連れてきたかったんだ。王城に」
「それって」
「普通に王城に来て欲しいって言っても、来てくれないと思ったから」
「は?当たり前でしょ?そんな自殺行為誰がするかっての」
申し訳なさそうに呟く樹音に声を上げる美里。王城に連れて来させたいという事は、おそらくそういう事なのだろう。やはりあの時の爽やかな男子が言っていた事は本当だったのか、と。失望と絶望に思わずため息を吐く。すると
「え、円城寺君」
「「っ!」」
隣から、まだ気を失っていると錯覚していた沙耶が突如として声を上げる。
「確かに、強引に連れて来させちゃったのは良くない事だけど、何か理由があるんだよね?円城寺君はどうして私たちをここに連れて来させたかったの?」
意識を失ったフリをしていたのか、今の会話は聞こえていた様子だった。沙耶のその優しい物言いに1度表情を曇らせると、急いで彼女の目隠しを外した。
「あっ、う、え、円城寺、君?」
「ごめんね。水篠ちゃん、今は少し我慢してて欲しい。その時が来たら全部話すから」
樹音の神妙な様子に、1度答えを渋ったものの、沙耶は優しく笑って呟いた。
「分かった。その、円城寺君の思ってる事が、やろうとしてる事が、その、終わったら全部聞かせてね?」
その問いに無言で頷く樹音。だったが、美里は納得できない様子で口を開く。
「待って。なんで今言えないの?私達には言えない理由でもあるわけ?」
「それは、その、」
それを伝えるべきか、唇を噛んで考える素振りをする。すると、自分の中で考えがまとまったのか、樹音は真剣な眼差しで告げる。
「ごめん、やっぱりまだ言うことは出来ない。だけど、安心して。絶対にみんな助けるから」
そう告げると、樹音はその部屋を後にしようと歩き始める。その背中に美里は声をかけたものの、彼の歩みを止める事はできなかった。
「相原さん、」
「ほんっと、なんのつもりなの?あいつ」
沙耶が恐る恐る美里の名を呼ぶと、歯嚙みしながらそう口にする。すると、その瞬間樹音が出て行ったドアから1人の影が現れる。
「どういうつもりだと思う?」
「「っ!?」」
突如として見知らぬ人物が現れ、動揺を露わにする2人に、そのパーマをかけた、紫がかったロン毛の「男子」は笑って呟く。
「君達を王城に呼ぶなんて、答えは1つしかないと思うけど?」
「誰?あんた、」
沙耶は無言で震え、美里は眉間にシワを寄せる。
「ふっ、こんな直ぐに死にそうな状態の君達に教える義理はないよ」
息を吐く様に笑いながらそう言い放つと「にしても」と呟いて続ける。
「ほんと、可哀想な奴らだな。仲間に裏切られて、捕まって、時期には殺されるんだからなぁ」
「違う!」
その男子が言い終わるより前に珍しく沙耶が声を荒げる。
「フッ、違わないよ」
沙耶の必死の言葉を嘲笑うかの様に息を吐くと、地面に横たわる2人の前でしゃがみ、笑って言い放つ。
「あいつは俺の駒だからだ」
「「っ!?」」
バツが悪そうに美里は目を逸らす。やはり、彼には理由があったのだろう。友達を裏切らなくてはならない、何か理由が。それを信じて声を上げていた沙耶とは対照的に、最後まで樹音を信じてあげられなかった事に罪悪感を覚えながら美里は唇を噛む。
「駒って、一体何を使ってーー」
「ん?何をネタにって事か?はっ、それは君達には関係のない事だ。言う義理はないね」
「あるよ!!」
ニヤニヤと表情を崩さずに言うその男子に、更に声を荒げて沙耶は叫ぶ。
「だって、、私達、円城寺君の、友達だもん、!」
今度は泣きそうになりながら必死に言い放つ。すると、その男子は「しょうもないな」と呟くと、小さくでもしっかりとした声量で続ける。
「あいつに友達なんていないんだよ。消えるからな」
「えっ、」
「は?それってどういう意味!?」
「だから、君達に教える義理はない」
そう言うが早いか、沙耶の肩に手を伸ばす。その瞬間、背後から何者かの気配を感じ、男子は慌てて距離を取る。その影の正体は、先程までこの場に居た円城寺樹音だった。
「あ、あれ?なんでここに居るの?」
「なんだ、お前か。いや、ただ様子を見に来ただけだ。それよりお前こそどうした?さっきここから出てったのを見たが」
「いや、それは、その、」
何か言いたげに目線を泳がす樹音にすかさず美里が声を上げる。
「あんた!こいつはあんたのことーー」
「円城寺、話がある。少し来てくれ」
「え?あ、う、うん」
が、それを遮る様に樹音に詰め寄り、彼は廊下に連れ出した。
「あああぁぁぁーっ!もう!」
その場に残された沙耶は寂しそうに俯き、美里は歯軋りして悔しさから大声を上げたのだった。




