71.孤独
現在の時刻は14時。本来であれば農作業やこの世界について調べに出歩いている時間である。が、仲間割れをし、樹音は敵に、美里と沙耶は連れ去られ、大翔は別行動、挙げ句の果てには家にも帰れない状況である。
「はぁ、」
思わずため息が溢れる。お腹の奥がキリキリと痛む。まただ、と。この世界に来たからというもの、何度も何度もこの体験をしている。皆の期待を裏切ってしまった時も、美里を怒らせてしまった時も。何度もこれは経験してきた。
筈なのだが、今までとは少し違った喪失感があった。何故だろうか。理由も分からずに目からは涙が溢れる。ただ帰る場所が無くなったからでも、1人になったからでも、2人が連れて行かれたからでもない。他でもない。大切な友達が、仲間が、バラバラになってしまった事が辛くて、苦しかった。マーストにまた碧斗様と呼ばれ、沙耶が元気に笑う。樹音は爽やかでありながら優しく微笑み、美里は仏頂面で口を尖らせる。そして、大翔は悪ノリをして大声で笑い、グラムもまた陽気に笑う。そんな当たり前であり当たり前じゃない日常が懐かしくて、戻りたくて、たまらない。
こんな大人数に囲まれて、わいわいと話したり笑ったりするのは初めてだった。いつも、碧斗と友達には謎の距離感があった。だが、それが寂しいとは思わなかった。連絡先も交換せず、学校で会った時のみ話し、話題は勉強の事ばかり。それでも、それが普通で、寧ろそれくらいが碧斗には丁度良くて、何1つとして悲しくなる要素もなんて無かった。なのに、それなのに、何故だろうか。
「なんなんだよ、これ、」
涙が止まらなかった。普段ならこれから何をすれば良いか思考を巡らせ、2人を助け出す事などを考えている筈なのにも関わらず、今はただ壁にもたれかかって顔を拭う事しか出来なかった。
悔しかった。ショックだった。信じていた人が、友達が、そうでは無かったのだから。確かに我々を倒そうとしている様子では無かったかもしれない。だが、やはり大翔の言うように今まで見たことのない能力を使っていた事実は変わらないのだ。即ち、裏切るとまでは行かずとも、我々に嘘をついていたのは少なくとも確定しているということである。たとえ何か考えがあったとしても、理由があったとしてもこちらが信じていた人が、我々を信じていなかったという事実が碧斗を苦しめた。
「なんで、言ってくれなかったんだよ、いや、それとも、もともと、」
悪い考えが碧斗の頭をよぎった。理由もなく、ただ本当に裏切っただけなのでは無いか、と。だが、たとえそうだったとしても不可解な点がいくつも浮かび上がる。どうして今だったのか、何故皆を集めたのか。そして碧斗達を襲った時、ずっと笑っていた。
なのに、何故少し悲しそうな表情も見て取れたのか。
ーやっぱ、もともと裏切るつもりで近づいて、俺らと居るうちに少し情が入っちゃったってだけなのかなー
碧斗は脳内で呟くと共にため息を吐く。信じたい。それでも、今の碧斗の頭には、そんな後ろ向きな考えしか浮かんでこなかった。どうすればいいか分からなかった。ずっとこのままでは駄目だという事も、早くしなければ沙耶と美里が危ないという事も頭では理解しているのだが、どうにも体は動こうとはしない。それよりか更に目の奥が熱くなるばかりである。
「くそっ、くそ、なんで、だよ、」
何にぶつければ良いかも分からない感情を噛み締めて、碧斗はその場に座り込んだ。
☆
あれから、少し心の整理がついた後、2人が連れて行かれた場所を予想しては頭を悩ませるを繰り返していた。まず、樹音が一体誰と繋がっているのかも不明である為、当てがないのだ。今まで碧斗達を追っていた「あのチーム」と組んでいるのではないかとも考えたが、あのグループから樹音はボロボロになりながらも沙耶を守ろうとしていた点もあり、必死に戦ってくれていたところを考えるとそれは考えづらい。では、他のチームがあるのだろうか、と。だとしたらその内の1人を問いただすという事も困難であるという事である。だが、たとえチームメンバーが誰だか分かったところで、碧斗1人の力では聞き出す事は出来ないだろうが。と、自虐的に笑った。
あの後、樹音と対立した地へと戻り、手がかりを探したもののそれらしき物は見つからず、そのあたりの探索を念入りに行ったがやはり彼の居場所を予想出来る様なものは出てこなかった。1度通った道はなんとなく記憶する事が出来るため、道に迷う事は無かった。それだけが救いである。
「はぁ」
そんな何も進展しない事を繰り返して、いつの間にか現在の時刻は18時半。辺りは暗くなり始め、商店街は夕食の為賑わっている。そんな中、独りで虚しく重たい足を進ませる碧斗。だんだんと見慣れた風景が映し出される。そう、他に当てのない碧斗は暗くなり始めたと同時にグラムの家へと無意識に向かっていた。
ー大翔君に言われたわけだし、やっぱやめといたほうがいいん、だよなー
頭では理解していた。これが誰のためでもない、自分のためでしかない行為だという事も。だが、もうこれ以外に方法が思い浮かばないのだ、と。そう心で思いながら家のドアの前に立ち、恐る恐るインターホンを鳴らす。バクバクと鳴り続ける心臓が止まらない。怖い、それもあるのかもしれない。でも、それだけではなく、もっと他に。
そう強く手を握りしめて胸に押し付けた瞬間、ガチャ、と。ドアが開き、聞こえてしまうのではないかという程鼓動が最高潮に高まる。するとそこに現れたのは
「っ!てめぇ!」
「っ!ひ、大翔君、ま、待って!話だけでもーー」
「てめぇに話す事なんてねぇよ!なんだよ、もう来んなっつっただろ!帰れよ。てめぇとはもう一緒に居るつもりはねぇ」
「あっ、まっ」
そう怒鳴ると同時にドアを強く閉める。待ってとすら言えずに声を濁らせる。駄目元でインターホンをもう1度押してみる。が、中から誰かが出てくる事は無かった。あまりの出来事に思わず息が漏れる。先程の胸のバクバクとは対照的にまたもや腹にぽっかりと穴が空いた様な感覚に陥る。
「く、ど、どうしろっ、つんだよ、」
周りに居た大切な人達が、全て、誰も居なくなり、居場所すら消えた。行く場所も無ければ帰る場所すら無く、ただ独りで虚しく、孤独に、滑稽である。全てを失い、気力すら無くした碧斗は、その場に呆然と立ち尽くしていた。
☆
「く、あ、ああ、うぅ、」
音もない薄暗い部屋。薄らと映る赤髪の男子は、ニヤニヤと笑みを浮かべながらゆっくりとこちらへ近づく。
「言葉すらまともに話せなくなっちゃった?竹内将太君」
「くあ、ああっ!」
あれから、Sにこの家具が1つも存在しない、無機質で不気味な部屋に拘束された将太は言葉にならない大声を上げる事しか出来なくなっていた。
「それじゃあ、始めようか」
何をされるのだろうかと、体の震えが止まらなかった。ゆっくりと、まるで反応を楽しむかの如く将太の手に向かって両手を伸ばす。その手には何やらペンチの様なものを持っていた。すると、冷たく、冷ややかな手が将太の指に触れ、息が更に荒くなる。
「あ、あ、ああっ!あああああぁぁぁっ!」
「しーー。静かにしなよ。動くと痛いよ?」
下卑た笑みを浮かべSはそう言い放つと手に意識を集中させ、一呼吸置くと小さく呟く。
「ま、動かなくても痛いだろうけどね」
「すぇっっ!?!?っあああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
瞬間、指から全身に、まるで稲妻に打たれたかの様に激痛が伝う。ゆっくりと、体の拒否反応に対抗してその場所へ視線を落とす。
「っ、ああああああぁぁぁっ!?ああああああ!あああぁぁぁっ!?っ、うぷっ、」
そこには、爪を剥ぎ取られ何の色かすら認知できないほどに真っ赤に染まった人差し指が映し出されていた。他でもない、自分の指である。それを視界に収め脳で理解した瞬間、突如として強烈な吐き気に見舞われる。
「うーん、駄目だな」
小さく、それだけ呟くと手に取った真っ赤な液体の付いた爪を捨て、Sは和かに笑って提案する。
「ねぇ、将太くん」
「はぁ、はぁ、あ、あああぁい?」
「爪伸ばしてもらっていい?硬く、剣をも砕く強度で」
何をするつもりか、何を考えているのかすら理解出来なかった。何が起こるのかすら分からない恐怖が将太を襲った。
「早く伸ばせよ!」
部屋いっぱいに怒声を響かせSは言い寄る。何をされるか分からない。怖い。やりたくない。だが、それを行わなかった時の恐怖の方がそれを上回る程大きく将太を襲った。
「おっ、出来るじゃん。それじゃあ」
威圧に負けた将太は要望の通り爪を刀の様に鋭く強く作り上げる。と、Sはニヤリと笑って呟く。
「それ、"貸して"もらうよ」
「っ、あいいいいいいいいっぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?!?」
どういう意味かを理解するよりも前に激痛が将太を襲う。すると、Sは赤く染まった刀の様な"物"を掲げ将太の前にかざす。そう、つまり剣の様に長く、硬く伸ばし、変形させた爪を剥ぎ取られたのだ。
「ゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔ、ぅぅぅぅっ!」
全身を麻痺させる様な強大な痛みが去った後は、ゆっくりと、じわじわと心臓の鼓動の如くズキズキと鈍痛が襲う。朦朧とする意識の中、弱々しく、だが大きく唸り声を上げる。刹那、Sは笑って爪を剣の様に右手に握ると、薄暗い部屋の奥へと姿を消した。
またここで放置だろうかと、あの異常者の姿が消えた安心感と、この痛みと独りで向き合わなければならない恐怖とが将太を襲った。がしかし、Sの「それ」はそんなものでは終わらなかった。瞬間、部屋の奥から1人の人物が縄で縛られた状態で将太の前に放り投げられ、抵抗する様に足をバタバタとさせながら声を上げていた。だが、その人の口にはタオルが巻かれ、それを聞き取ることは出来なかったのだが。
「いい景色だねぇ、将太君。君にいいものを見せてあげるよ」
「あえ?」
ニヤリと笑って小さく、確かにそう呟いた。だが意識が朦朧とした今、言葉の意味を理解出来ずに遠い目をしてよく分からない言葉を発する将太。
と、その瞬間。
一瞬だった。
その人物の背後から現れたSは一瞬にしてその人の腹を、貫いた。
「んんっ!ングググググぅぅぅぅっっ!」
「っっっ!?」
一瞬にして部屋と将太の頬が真っ赤に染まる。
「あひゃひゃひゃぁーっ!はぁ、どお?凄いと思わない?将太君、よく見なよ。これ」
「うえぃ?」
そうSは言うと同時に腹を貫いた「それ」を見えるように掲げる。
「!?」
それを認知した瞬間、将太は耐えきれなくなり戻してしまう。そう、それは他でもない。自分自身で作り出したもの
爪だったのだ。
「うおぇぇぇっ!?ええええええっ、うぇぇ!?」
自分で殺してしまったのだ。殺した人物は違うが、凶器は自分のものであり、作ってしまったのだ。人を殺めてしまうものを。
「ははははっ!見てよほら、凄いでしょ?これ!」
笑いながら、尚もそれを使って蹲る人物を何度も刺す。すると、その人はその度に息を吹き返す力が弱くなっていった。
「や、やめろ、やめてくれぇ、もう、もう、やめてよ、」
やっとまともな言葉が口から飛び出し、Sも本人である将太も驚く。すると、Sはゆっくりと刀のような爪を、その人ですら無くなってしまった「もの」から引き抜くと、やっとかと言わんばかりにニヤニヤとしながら将太に近づく。と、Sは将太の耳元でそれを呟く。
「これが君の"力"だ」
「っ!?ふぅ、ふー、ふぅー!」
小さく言うと、将太は荒く息を吐く。
「君の能力は強いんだ。こぉんな簡単に人を殺すことが出来る」
一呼吸置くと、更に畳み掛けるように続ける。
「異世界の人もね」
「っ!?」
「さぁ、君が本気を出して、そんな邪魔な感情を取り除けば強くなるんだ。だから」
そこまで言うと将太を通り過ぎ背後に回ったのち、振り返って呟く。
「これから最強になる為にこれから頑張ろうね?しょーた君?」
「あ、ああっ、ああああああああっっ!」
言葉すら発せなくなった将太はそう叫ぶと、力なく何を思うでも無く、ただ横たわったのだった。




