68. 不義
「円城寺樹音 。彼には近づかない方がいいよ」
目の前の男子は表情を曇らせそう呟いた。が、それにやれやれと息を吐いて美里は口を開く。
「いや、ほぼ初対面のあんたに、そんな事言われてホイホイ信じると思ってんの?」
「やっぱり、一緒に居るんだね?」
少し意地悪な笑みを浮かべながらも優しくその男子は小さく笑う。と、目を逸らす美里に対してまた目つきを変えて続ける。
「とにかく、円城寺樹音に気をつけて。身柄は隠すから本当は一緒に来て欲しいんだけど、いきなりは無理だよね?」
「だから、なんであんたの言うこと信じなきゃいけないわけ?」
「それが真実だからだよ。ただ心配して言ってるだけじゃなくてこれは"忠告"なんだ。だから、お願い。他の人にも伝えておいて欲しい」
そのあまりにも必死な姿に、ただ事ではない事を察した美里は目つきを変える。聞きたいことが山ほどあったが、上手く言葉にする事が出来ずに何も言うことが出来なかった。すると、小さく。美里に聞こえるか聞こえないかくらいの声でその男子は呟いた。
「円城寺樹音、俺は絶対に許さない、」
「えっ?今なんてーー」
「っ!やばっ、ごめん!俺はここまでみたいだ。みんなに伝達、よろしく!」
何かに気づいた様に突然走り始める男子に美里は何が起こっているのか分からずに声を漏らし手を伸ばす。すると
「はぁ、はぁ、あ、相原さん!いたいた、その、また不快な思いさせちゃったよね、ごめんね。今は危険だし、僕らも気をつける。だから、ご飯も出来てるしとりあえず家に戻って話聞かせてくれないかな?」
「は、話?」
背後から会話の張本人である樹音が息を切らし話しかける。先程のこともあり、樹音を疑いの目で見てしまう。自分でそんな事は信じないと答えたはずなのだが。そう脳で思いながらも恐る恐る、だが表情は変えずに淡々と聞き返す。と
「そう。まず相原さんの事を知らないと、みんなもどう接すればいいかも分からなくなっちゃうと思うから、ゆっくりでいい。だから話してくれると嬉しい、かな」
そういうことかと息を吐く。正直、もう少し外で頭を冷やしたかった気持ちはあるが、危険であるというのには同意である。そのため、美里は目を逸らして1度頷くと、樹音は笑う。
「ありがとう、すぐじゃ無くていいから、落ち着くまで部屋に居てもいいから、だから気持ちの整理がついたらちゃんと話して欲しい」
とても「気をつけろ」と言われた相手の様には見えない。だが、人は見た目によらない。怖そうで優しい人だって居る反面、優しそうでも悪い人間もまた、存在してしまうのだ。だからこそ、それをはっきり嘘とも言い難いわけで。そんな思いを馳せながら樹音と共に家へと向かう。
数分後、家の近くへと差し掛かったその瞬間
「っ!あ、相原さん、」
角から碧斗が現れると、小さくそう呟いた。それに続いて沙耶と大翔も美里の視界に入ると、それぞれが目を逸らした。そんな3人に樹音は近づき、小さく笑って言う。
「とりあえず相原さんは帰るって言ってくれてるから、誰かに居場所を特定される前に家に戻ろう?」
「そ、そう、なのか、分かった」
樹音の言葉に腑に落ちない様子で頷く碧斗。それを皆に伝えたのち、5人で家に戻る。
「そ、その、ごめんね、相原さん、私が、余計なこと、言っちゃって、」
その道中、沙耶は小さく頭を下げたが、美里は「別に」と呟くだけで何かを言う事はしなかった。それ以来は、誰も何かを言う事はしなかった。そして、その後の食事の際も碧斗は何も言い出すことが出来なかった。
☆
「あっ、これ美味しいね!もしかしてさっき僕たちが収穫したやつかな?」
「そ、そうかもっ、お、美味しいね、!」
樹音が気を利かせてか無音の食事中、声を上げた。沙耶はそれに笑って答えたものの、それもどこかぎこちなく、作り笑いの様にも感じた。それはそうである。こんな状況下でいつもの様にワイワイと騒げるわけがない。現に美里と大翔は話に入ろうともしていないのだ。それなのに、口を開くことの出来る勇気のある人間は、あまりいないだろう。そんな中キッチンから話を伺っていたのか、グラムが割って入る。
「おっ、気付きおったかの?そうじゃそうじゃ。そりゃお主らがさっき取ってた"キャベツ"じゃぞ」
「そ、そうなんですね!新鮮ですごい美味しいです!」
「やっ、やっぱり、自分達で、とったものは更に美味しい、ね」
ありがたいことにグラムが入ってきてくれたお陰で2人は会話を広げる。が、直ぐに沈黙が訪れてしまった。すると、ずっと美里を目を細め、無言のまま観察していた大翔がとうとう口を開く。
「はぁ、マジでなんなんだよぉ!お前は!」
「...は?」
「確かに最初のはちとばかりやり過ぎたかもしんねぇと思ったよ。あれは俺が悪かった。でもなんだよその後からは!わがままな事言い出して、その通りやってきたらなんだ?本当にやってきたのとか言いやがって、その後もいつまでも小言言って空気悪くして、俺はお前らと一緒に居るなんて一言も言ってねぇし、仲間になったつもりもねぇんだよ!だけどな、だけどお前らがずっと俺のこと付け回してお節介焼いてたからこうやって少しでも仲良くなろうと無理にテンション上げてたんだろうが!なのになんだよ、お前はずっと嫌味みてぇにグチグチ言いやがって!」
まあまあ、落ち着いてと周りの皆は大翔を諭す、だが、一度開放してしまったその気持ちを止める事は出来なかった。
「はぁ!?それがウザいっつってんだろ!別に私は、仲間になって欲しいなんて一言もお願いしてないんだけど!?なんなの?自分だって家を提供してもらってて、別にあんたの家でもないのにそんな出しゃばって、何様のつもり!?」
少し涙目になりながら外まで聞こえるほどの怒声をあげる美里。その自分勝手で子供の様な言い分に大翔も同じくテーブルを叩いて立ち上がる。
「んだと!?なら出てけよ!1人で生きていけねぇくせにみんなと居ようとしないガキみてぇな事してんなら、てめぇを家に置いておくわけにはいかねぇよ!」
「だぁから!あんたの家じゃないでしょ!なんなの!?その上から目線!いつまでもネチネチキモいんだよ!」
「はぁ!?それはおまーー」
美里に言い返そうと口を開いた大翔だったが、周りの様子と相手を見ていつまで経っても解決しない事を悟り、口を噤むと椅子に座る。
「なんなの?言いたい事あんだったらさっさとーー」
「もういいから、出てけ」
大翔は先程とは違った目つきで睨むと美里は涙目になり唇を噛んで「あっそ」とだけ呟き部屋を出て行った。一同は皆思っただろう。
またかと。
だが、この状況は未然に防げた筈だ。こうなる前に話題を逸らしたり、2人を落ち着かせたり出来た筈だ。それなのに、碧斗は一言も言葉を発する事は出来なかった。それも、現在進行形である。対する樹音は表情を曇らせ何かを真剣に考える様なそぶりをした後、大翔を一瞥すると部屋を出て行った。大翔に向けた視線は碧斗の方からは確認出来なかったが、睨んでいる様子ではなかった。
「クソッ、なんなんだよあいつ」
そう呟くと大翔は舌打ちをして目を逸らした。沙耶も碧斗も、先程のように美里を庇う様な発言をする事は出来なかった。おそらく、樹音も同じ気持ちだったのだろう。残された3人は何も言う事はせずに、ただただ沈黙の時間が流れたのだった。
☆
「はぁ、」
大きめのため息を吐く。とてつもなく腹が立っている。その気持ちを抑えるべく拳を力強く握りしめる。とても腹立たしい、威張って口を開けば文句ばかり、昨日から自身がしている事を理解してるのかと、場違いで他人の事を考えずに物を言う。昨日、いや3日前からずっとだ。
「もう、やっぱ一緒に居ない方がいいかな」
そう小さく口にしたその瞬間、背後から荒い息遣いで樹音が近づいてくる。なんだ、と。また同じ展開では無いかと、そう思い失望する。こんな事になるならもうこのメンバーでの行動は止めよう。そう考えた美里は目の前で呼吸を整えている樹音に口を開く。
「その、私、もう戻らない、から、あんたには悪いけど、でも、どうせ私が居ても嫌だろうし」
そう口にした後唇を噛む。すると、樹音は息を整え終わったのか、顔を上げると真剣な眼差しで美里を見据え今までとは違うと感じさせる低いトーンで呟いた。
「大丈夫。もう帰らせようとしないから」
その「普通」では無さそうな様子に少し動揺しつつも踵を返す。
「あっそ、ならいいけど」
と、美里が振り返る前に肩を掴まれ樹音の方へと体を引き戻される。
「っ、な、何!?」
表情を曇らせ、まるで死んだ様な目をしている樹音に冷や汗を掻きながら声を上げる美里。だが、そんな事お構い無しといった様子で樹音は続ける。
「帰らせようとしないよ。グラムさんの家にも、、、"王城"にもね」
「えっ」
そう声を漏らしたその瞬間、樹音は1度手を合わせると、ゆっくりと手と手を離していく。するとその両手の間から剣が出現し、それを手に持つと刃を美里の首の近くへともっていく。その間約3秒。
「な、なんのつもり!?」
「相原さん、乱暴はしたく無い。だから大人しくついて来て」
「ど、何処に連れてくの」
汗を流しながら、聞こえてしまうのでは無いかと思うほど大きく鳴る鼓動を抑えて冷静を装う。が、樹音は相変わらずその表情を崩さずに続ける。
「それは言えない。とりあえずついて来て」
「そ、そんなんで付いてくわけないでしょ、」
言葉自体は普段と変わらなかったものの、いつもの圧など全く感じない程に弱々しい物言いだった。と、美里がそれを言った瞬間、樹音は刃の平地の部分を美里の首に当てる。
「ひゃっ!?」
反射的に声を上げ樹音から距離を取ると、美里を睨んむように見つめる彼はそう呟いた。
「大人しく、ついて、、来いよ」




