67. 紛糾
「名前付けるの下手で悪かったわね、」
技名を付けた後、機嫌の悪くなった美里は歯嚙みしながら小声で呟いた。その言葉を聞き逃さなかった碧斗は慌ててフォローに入ろうと身を乗り出す。すると、それと同時にドアを開ける音と共に長身でがたいの良い男性が声を上げる。
「おっしゃ、お主ら今日こそやってもらうからのぉ」
その声に目が覚めた様に振り向く一同は、目の色を変えて立ち上がる。最後の一口を口に運んだ美里もまた、同じく力強く立ち上がった。
☆
「さぁ、ここが野菜じゃな」
昨日と同じく5人を畑に案内したグラムは一反もの広さの畑を指差しそう言い放った。ちなみに一反は約100m×100mのおよそ1000m2の広さを表す単語であり、現在の日本でも使われている単位ではあるが、この世界でも同じ意味で使われている様だ。日本でも同じ単位を使っているというのに、目安の大きさを理解していなかった碧斗達は恥ずかしながらグラムに教えてもらうのだった。そんな一面広々と地を埋め尽くしているその畑全てに食物が育っていると考えると、普通の事ではあるのだが、とても神秘的に思える。
「そして向こうに見える方の田んぼはラムイ草を栽培しとるところじゃ」
目の前の畑の奥に見える田を指を指してグラムは付け加える。
「ラ、ラムイ草?」
「はて?そっちの世界には存在しなかったかのぉ?」
沙耶が皆を代弁して首を傾げると、グラムは1度ゴホンと咳き込んで、改めてそれを説明し始める。
「ラムイ草はお主らがいつも食べとる主食が成る草じゃ」
「「「「っ!」」」」
「っ!あ、あの白い粒々したやつですか!?」
「ほう、よく分かったのぉ。じゃがこれにも種類があって、パンにもなるんじゃ」
碧斗が驚愕に声を上げると、グラムは笑って続けた。なるほど、と碧斗は理解する。つまりラムイ草は現世で言うところの稲に分類される様だ。ただ、この世界ではそれの種類によってパンまでも作ることが可能である。現世でも米パンというものがある様に、出来ないという訳では無いだろう。
「それで、今日はこの畑の方の野菜の管理をお願いしたいんじゃが」
「あ、はい」
グラムが仕切り直してそう言うと、碧斗達は身構えて畑に目をやる。
「えー、あっちのやつはそろそろ収穫してしまっても良いかもしれんの」
そう声を漏らして畑の端に区切られた場所へとゆっくりと移動する。とても広い敷地内で畑を耕している為、その中で仕切りを付けて栽培するものを分けている様だ。
「えーと、これは大丈夫かの」
グラムが独り言の様に呟いて足元にある緑色の食物を土から引き上げる。
「おお、これはもう収穫しても問題無さそうじゃな!」
「こ、これは?」
その緑色の「球体」に、碧斗は思わず声を上げる。すると、グラムは笑って答える。
「ん?お主らいつも食っとるじゃないか。こりゃキャベツじゃよ」
「「「「!?」」」」
そのキャベツにはどう頑張っても見えない物体に一同は驚愕に目を見開く。
「こ、これが、キャベツ、?」
樹音が驚きを露わにしながら声を漏らすと、大翔はもうそれを1度見ていたからか、驚く素振りを見せずにうんうんと頷きながら肩に手をやる。
「ま、キャベツが緑の丸い物体になったアニメもあった訳だし、そんな驚く事じゃないだろ」
大翔の意味不明な言動に付き合っていられないといった様子で息を吐く美里。それに気づいた大翔は、少し眉を潜めた。すると
「何が驚く事じゃないのかは分からないが、シュークリームの"シュー"はフランス語でキャベツって意味だし、シュークリームみたいな丸い見た目でも問題無い、、はず」
首を傾げながら碧斗が小さく呟くと、皆も腑に落ちない様子で頷いた。さて、と。仕切り直す為にも1度咳払いをしてグラムは言い放つ。
「それじゃあ今日はキャベツの収穫の仕方を教えてやるから、頼んだぞ」
何故か楽しそうにニヤリと笑うグラムに、今日から重労働が始まる事を間接的に察知した碧斗達は恐る恐る頷くのだった。
☆
「はぁー、疲れたぁ」
無事収穫を終えた碧斗達は帰ってくると同時にへたり込んだ。碧斗が先に手を洗い、リビングへと戻る。その後1人ずつ手を洗って、パラパラと皆がリビングへと戻り始める中、疲労を感じていた碧斗はため息混じりに小さく口に出した。
「やっぱ大変だな、異世界」
口に出してから碧斗はふと気づく。いや、大変なのは現実世界と同じなのではないかと。元の世界にも農業は存在しており、未だ手作業で行っているところもあるのかもしれない。更に、世界的に見れば、いや、日本でも実際小さな頃から労働を強いられている人がいるのだ。と、改めてその辛さを感じ、軽薄な言葉を発してしまった事に罪悪感を感じる。すると、碧斗のその言葉が引き金になってしまったのか否や、樹音は現世の事を思い浮かべながら遠い目をして呟く。
「異世界かぁ、、今どうしてるのかなぁ、みんな。心配かけちゃってるのかな」
「...」
「...」
その言葉にその場にいた碧斗と沙耶は無言で俯く。確かにそうだ。碧斗の家は共働きではあるものの、兄弟が居ないため自分1人が居なくなったとしたら直ぐ気づかれるだろうし、とても心配するだろう。まあ、少なくとも友達から心配される事は無いだろうが。皆が押し黙っていると、丁度手を洗い戻った大翔が口を開く。
「ん?どうした、そんな暗い顔してよ」
「いや、なんだか、現世の人達は心配してるかなって、」
樹音が表情を曇らせて呟くと、大翔はそんな事かと笑って言い放った。
「いーや、そこは心配しなくていいんじゃねぇか?おそらく"こういう系"はこの世界から戻る時は、この世界に来た時間と同じ時間に返されるから問題ないぞ」
「こ、こういう系?」
「つまり、異世界に来た瞬間へと戻る事になるから、異世界にいた時間は現実世界には換算されていないって事か?」
「よくわかんねぇ感じになっちまったが、おそらくそんな感じだ」
沙耶が小さく聞き返し、碧斗がそれを整理して返す。正直、大翔の話にはツッコミどころが多くあったが、とても自信満々に話していた為そういう事にしておこうと小さく頷いた。
「ね、ねぇねぇ伊賀橋君、それって、ど、どういう事?」
「おそらく向こうには心配がかかってないって事だと思うよ」
「ほっ、ほんと!?」
「ああ、多分な!だから安心していいぞ!」
なんだか安心出来ない単語が間に聞こえた気がしたが沙耶も樹音もホッと安堵していたため口を噤んで小さく笑った。
「それにしても現実世界かぁ、なんだか懐かしく感じるね」
「そうだね〜、あっ、円城寺君はお姉さんがいたんだよね?私一人っ子だから羨ましいなぁー」
「あっ、そうそう!って、あれ?僕、何処かで言ったっけ?」
沙耶が優しく言うと樹音は1度笑顔で返した後、小声で不思議そうに呟いた。それと同時に、最後に手を洗い終わった美里がリビングへと戻ってくる。
「あっ、相原さん!相原さんの家族ってどんな感じなの?姉妹とか、居たりする?」
軽く。
本当に軽くだった。沙耶が楽しそうにごく普通な、そんな世間話の様な言葉をかけた。だが、その瞬間、美里は歯嚙みして目を逸らした。その様子に何かを感じた沙耶は申し訳なさそうに呟く。
「ご、ごめんねっ、その、軽く、聞いちゃって、」
唇を噛む美里は何か言いたげにしながらも頭を振ってそんな事はないと態度で伝える。が、そんな中、イライラが我慢できない様子で大翔が割って入った。
「お前なぁ、そうやって何でもかんでも嫌そうに反応すんのなんなんだよ、空気悪くなんだよ」
そんな余計な一言に、1度驚いた様に目を見開くと、目つきを変えとうとう抑えられなくなった美里は口を開いた。
「っ!な、なんなのはこっちの台詞なんだよ!もう、変に突っかかってくんなよ!」
最近、いや、昨日聞いたばかりの大声が部屋に響き渡る。それを言い終わった後、力強く早足で部屋を出ると、乱暴に閉めるドアの音が廊下から響いた。
「っ、ちょっと、橘君の気持ちも分かるけど、少し言い過ぎだと思う。僕、ちょっと様子見てくるよ」
その一瞬の出来事に皆は呆然と美里が先程まで居た場所を眺める。そんな中、優しくも叱る様に呟き、樹音は部屋を飛び出す。残された3人だけの室内には沈黙が流れる。碧斗は心臓が隣の人に聞こえてしまうのではないかというほどにバクバクと音を鳴らし、声を発せずに居た。大翔は1度舌打ちをすると、その沈黙を破るかの如くぶっきらぼうに呟いた。
「ほんとなんなんだよ。態度わりぃし、雰囲気悪くなんだよ」
「あ、相原さんは、そんな人じゃ、、ごめんね、私が余計な事、言っちゃったから、だからこうなっちゃっただけで、」
「いやあのわがまま女の肩持つなよ、お前のせいじゃなかっただろ」
表情を曇らせて俯く沙耶と、手で頭を押さえながら歯軋りする大翔の会話を聞き流しながら、碧斗は何も言うことが出来なかった。
☆
「はーあ、」
どうしていつもこうなのだろうと、家を飛び出し彷徨いている美里はため息を吐く。
ーもうほんと、ウザすぎる。いっつもいっつもー
先程の出来事や、昨日の事を思い出して唇を噛む。するとその瞬間
「君、相原美里、さんだよね?」
呆然としながら考える。昨日からしつこい事ばかりをしている様に思える。美里は本当は一緒に行動するのが嫌だったのだろうか。"向こう側"にバレてしまったから嫌々共に過ごしているのだろうか。それだったら、無理にそれを強要する必要はないだろう。たとえバレたと言っても一撃を与えた程度である。碧斗達を庇っている証拠にはならない、碧斗を攻撃したつもりが軌道が変わり間違えて当たってしまっただのと、いくらでも逃げ道はあるだろう。
それなら、と。無理に共に行動する必要は無いだろうと、そう心で思いため息を吐く。そうだ、最初から間違っていたんだ。美里は優しいため、狙われている碧斗達を見過ごせなかった。そのことから、過ごす場所や食事の提供をしてくれていたのだ。ただそれだけの事だった、皆と一緒に居たいだの、仲良くしたいだのの気持ちは全く無く、性格上見て見ぬフリが出来なかったというだけの事だったのだ。それなら、最初にこちらの道へと引き摺り落としてしまった我々が悪いのだ、まだ平穏な生活へと戻れる道があるのならば、それを引き止める資格なんて碧斗にはあるはずもない。
「そう、だよな、」
脳内で結論づけた事に小さく納得する。だが、その瞬間
今度は、俺達が相原さんの居場所を作る番だ
「っ!」
ーそうだ、俺は何やってんだ、約束しただろ!相原さんと、くそっ!ー
あっそ、もういい
ふと思い出した言葉にハッとする。また「あの時」の様にこれが正解だと思い込んで、逃げようとしている。どうしてこうも変わらないのだろうかと、1度頭を掻くと碧斗は立ち上がる。
「っ、どうした?碧斗」
「い、伊賀橋君、?」
「...や、やっぱり俺たちも追いかけよう。相原さん、見つけ出すよ」
碧斗の力強い言葉と表情に沙耶は笑顔を浮かべ頷く。大翔はおいおいと何か言いたげではあったものの、何かを言うつもりはない様子だ。これで合っているのか、これが正解かなんて分からない。だけど、ここで逃げてはいけない気がした。よし、と呟き今にも破裂しそうなほど音を鳴らす心臓を抑えて碧斗は皆へ促すと部屋を飛び出した。
「っ!何?」
突如背後から誰かに声をかけられ威圧感を露わにする美里。目の前に現れたセンター分けでおそらく寒色系と分類されるであろうハイトーンカラーの金髪の男子は、以前王城で風の能力を使っていた人である。そんな人が声をかけるなんて、捕まえに来たという解釈が1番妥当だろう。そう考えた美里はその場を離れようと試みる。
「私暇じゃないんだけど、軽々しく話しかけないで」
「あっ、待って!呼び止めちゃってごめん、迷惑なのは分かるけど、君に伝えたい事があるんだ」
そう呼び止める男子は笑顔を作って嫌な顔一つせずに言い放つ。それまで走ってきたのか汗をかいていた事もあり、爽やかな印象があった。だが、それが逆に露骨である様に感じ、美里は「結構です」と呟くと逃げる様に歩き始める。が
「伊賀橋碧斗、水篠沙耶、そして。円城寺樹音。彼らと一緒に居るんだよね?」
名前を口にした事により、美里はそんな訳ないでしょという顔をしながら振り返る。すると、それに付け加える様にその男子は続ける。
「大丈夫、別に捕まえたり誰かに言ったりしないから」
優しく微笑む男子に、だからそんな事言ってないという顔をしながら息を吐く。すると、その男子は突然真剣な表情をしたかと思えば、声のトーンを下げて小さくそれを告げた。
「円城寺樹音。彼には近づかない方がいいよ」




