60.魅力
大翔は力強く地面を蹴ると、同じく勢いをつけて殴りにかかる。まるで岩をも砕く勢いを出しているかの如く。
「んっ!」
小さくそう声を漏らすと、沙耶は指で人差し指を伸ばし銃の形を作ると、その前に野球ボールくらいの岩を浮かせる。大翔との距離が10メートルあたりにまで到達したその瞬間に指の銃を撃つ動作をすると同時にそれを放つ。
「ば、ばんっ!」
「チッ、んなちいせぇ岩なんか、食らうわけ」
イライラした様子でそう呟くと、大翔はその岩をいつもの様に破壊する。
「ねぇーだろ!」
が、破壊され粉々になった石の数々が変形し、それぞれが繋がってリング型になる。
「なっ!」
瞬間、そのリングが殴った右手に丁度フィットするように小さくなると、大翔の腕に巻きつき、固定される。と、その岩の大きさは徐々に大きくなり、重量が増す。即ち、重さに耐えきれなくなった右腕が下がり、膝をつくと攻撃を与える事が困難になる。
「クソッ!」
「こ、これで終わりっ!」
そう声を上げると、最後の仕上げと言わんばかりに攻撃を仕掛ける沙耶。だったが
「舐めんなぁぁぁーー!」
そう叫ぶと、大翔は右手を力強く上に持ち上げ、その岩をも破壊する。
「えっ!?」
その異常な光景に思わず声を漏らす。だが、そんな時間もないのだと。そう現実を突き付けるかの様に大翔はそのまま沙耶に向かう。数メートル前にまで迫った大翔の姿を見て我に返ると、沙耶は踏ん張る様に力を入れる。すると、背後から沙耶を囲む様な軌道で数十個の岩が大翔に向かって放たれる。
「食らうかよ!んなのっ!」
まるで自分に言い聞かせる様にそう言うと、向かって来た岩を立ち止まって1つずつ破壊していく。まるでボクサーの様に両手で素早く、正確にそれを壊すと、やり切った様子で笑みを作る。が、ドヤ顔で沙耶の方を向くと、そこには目の前にまで迫った岩が映し出された。そう、隙を与えないほどの数の岩を、沙耶自身が力尽きるほどの量を飛ばし続けているのだ。
その光景に、2人の接戦に声すら出せないでいる碧斗達は冷や汗を掻いた。このままでは沙耶の体が持たないのではないかと。だが、それでも前に出る事は出来なかった。怖かったからとか、あの2人が強いからだとかそんな理由ではない。他でもないあの2人には
お互い、相手の事しか見えていないからだ。
「てめっ、だから、舐めてんじゃねぇ!」
息を切らしながら口にすると、その場で跳躍し、前から来た岩に飛び乗る。
「っ!?」
その予想外の行動に沙耶は目を見開くと、慌てて他の岩をそちらに誘導する。が、それをも分かっている様子で、向かって来た岩の数々を今乗っている岩に止まった状態で破壊し、上に乗れそうな岩には乗り移るかの様に飛び乗って、上へ上へと移動する。
もちろん、その間乗れなそうな無数の岩を見分けて壊しながら。
そして1番上にまで辿り着いたその瞬間、その岩から飛び出し沙耶の方へと降下する。あの高さからの攻撃故に、今からこの場に生成出来る岩の密度ではそれを防ぐ事は出来ない。それを理解した沙耶は彼が足場にしていた方の岩を変形させて大翔の方へと伸ばす。と
「これで終わりだぁ!水篠ぉぉー!」
威勢よくそう豪快に叫ぶ大翔だったが、突然強い力で引っ張られ降下していたはずがその場に止まってしまう。突然の出来事に目を白黒させる大翔だったが、足の方へと視線を向けると事の理由が分かり歯軋りする。
「てめっ!」
その先には、先程まで足場にしていた岩が集まってこちらに伸び、大翔の右足をまるで足枷の様にがっしりと掴み、それが地面から生えた柱の様な岩と繋がっていた。即ち、大翔はまるで木から落ちそうになりながらも枝にぶら下がっているような状態なのだ。だが、その高さに恐怖する事もなく、足を回し、体全体を使って回転し足に繋がれた岩を破壊し飛躍すると、柱の役割を果たしていた細長い岩を蹴る。そう、大翔はまたもや沙耶の追撃を利用したのだ。
「えっ!」
「ほらよぉぉっ!本気でぶつかって来いよ!水篠ーー!」
蹴った勢いでスピードを増して沙耶に襲いかかる。だが、沙耶もそんな簡単には攻撃を喰らわない。と、目つきを変えると同時に手を地面に向けて広げる。すると、沙耶の周りの四方から巨大な岩が生え、彼女を囲む様にまるで亀の甲羅の様な形へ変形する。それにどちらの方が強いかと言った様子で嘲笑すると、大翔はそこに向かって拳を向ける。が、大翔へ反撃する為かその覆った甲羅の様な岩から更に巨大な岩が生える。まるで、巨大な拳と彼の拳とをぶつけるかの様に。
「オラァァッ!」
「んんんんっ!」
その一撃で周りには衝撃波が伝う。大翔の会心の一撃と同じ勢いで突き出た岩は、粉々になり、対する大翔も相当な負担だった様で、吹き飛ばされると受け身も取れずに地面に叩きつけられる。
「はぁ、はぁ、」
「はっ、はぁっ、」
沙耶を包んでいた岩が崩れて現れたかと思うと、息を切らした様子で直ぐにその場にへたり込む。だが、力なく倒れていた大翔はゆっくりと立ち上がると、既に立ち上がることの出来ない程に力尽きている沙耶へと足を進める。
「おい!何するつもりだ!?」
動くことの出来ない沙耶に近づく大翔の姿を見て、碧斗は慌てて声を上げる。対する樹音と美里は手を付いて立ち上がり、戦闘態勢へと移る。が
「うるせぇ、お前らは出てくんな」
いつもの様に声を荒げる訳ではなく小さく呟くと、沙耶の胸ぐらを掴み顔を上げさせる。その顔は、少し砂埃などで汚れており、それでも真っ直ぐと大翔の目を直視していた。
「お前、、なんで逃げないんだ」
「え?」
予想外の言葉に思わず声が裏返る沙耶。だが、それもお構いなしと言った様子で更に続ける。
「なんで逃げなかった?何度も、俺から距離をとって、みんなを連れて逃げる時間くらいあった筈だ。岩に埋もれた時とか、俺の心配ばっかしやがって、逃げられただろ」
息を切らしながら弱々しく、だがどこか力強く呟いた。それを聞いた沙耶は優しく笑って答えた。
「当たり前だよ。だって受け止めるって、、言ったから、突き放したりしないって、約束したから」
「ちげぇよ、そっち聞いてんじゃねぇよ」
「え?」
「だから、なんでんな約束守ってんだっつってんだ。なんでだよ、そんなのさっさと破って逃げれば良いだろ。俺に相手しても意味ねぇだろうがよ。ほんと馬鹿かよお前らは!俺が来いっつったらノコノコと現れ、危ないのに逃げねぇ。それで?その理由が約束したから?マジ意味わかんねぇよ!」
「私達は、橘君に、また前を向いて欲しいって思ってるの。今は苦しくて、逃げたくて、何も信じられないかもしれないけど、、私達が教えてあげるから。人の心は、そんなに怖くないって事」
「怖がってねぇよ。ただてめぇらのこと信用できねぇだけだ」
「なら信用して貰える様に頑張るから。信用、してくれるまで」
「だから、なんでてめぇらがそんな必死になって俺を気にすんだ!?同情なんていらねぇんだよ!」
「同情なんかじゃないよ!」
大翔が大声を上げると、それに負けじと沙耶もそう声を上げる。
「同情じゃないよ、私達は心配してるの、、助けてあげたいって思ってるの!」
「だから、それでてめぇらになんのメリットがあるっつーんだよ!」
沙耶の胸ぐらを掴んだまま前後に揺さぶってそう叫ぶ。すると、沙耶は少し考える素振りをすると、笑顔で大翔に両手を伸ばしてそれを口に出す。
「橘君の笑顔、かな、?」
「っ!」
その甘ったれた言葉に、遂に耐えきれなくなった大翔は沙耶に手を上げる。が、一瞬にして樹音が沙耶と大翔の間に入ると剣で拳を防ぎ、もう片方の剣で大翔の首に、切らない様にそっと刃の側面を近づける。それに対し舌打ちした大翔だったが、その拳を防いだ剣はヒビひとつ入ってはいなかった。
「あ、ありがとう、円城寺君」
沙耶が小さく笑って感謝を伝えると、樹音は「うん」と小さく返す。すると沙耶は大翔に視線を戻して続ける。
「ゆっくりでいいから。直ぐに忘れられることじゃないもん、ゆっくりでいいんだよ。ゆっくりでいいから、人の言葉を怖がらないで」
「うるせぇ、うるせぇよ、、うっせぇんだよ!」
大翔は掠れた声でそう口にする。心がぐちゃぐちゃになりそうだった。その優しさが、ただただ苦しかった。どうして、赤の他人が、どうして勝手に事情を聞かされただけの奴らが、ここまでするのか。それが分からなかった。もう、やめたかった。沙耶の優しさを、同じく優しさで返したかった。それでも、心から溢れてしまう黒いものを、抑えることは出来なかった。
「うっせぇよ、、黙れよ、、」
「うん、いいんだよ。いっぱい泣いて、思い出して、辛くなって、悩みがあったり、苦しい時とか、そういう時はいいんだよ。たまにはいっぱい泣いて」
こいつらを信じたくなかった。そしたら、なんだか負けな気がして、少しでも信じたら裏切られるその時が来てしまうのだと、怖かったから。だから反発的な言葉ばかりが口から飛び出す。そして、それと同時に大翔の心はどんどんと潰されていった。
「黙れよ、辛くなんてねぇんだよ。あんなやつ、思い出すわけもねぇだろ。あんな奴、あんな裏切り者」
人を裏切る様な心がない奴。そんな事を笑って出来る奴。そんな奴の事なんて、そんなクソみたいな事する奴なんて。消えて清々したのだ。そんな酷い奴と一緒になんて居なくて良かったと、安堵しているのだ。そうだ。その筈なのに。それなのに。
「なんで、なんでなんだよっ!」
どうしてこんなにも涙が止まらないのだろう。どうしてずっと満たされないのだろう。どんな人に出会っても、どんな優しい言葉をかけられても、この喪失感は消えないのだろう。
「うん、いいんだよ。今日くらい、沢山泣こ?」
沙耶はそういうと、崩れ落ちた大翔に近づき、しゃがんで優しく笑う。どうしてだろう。どうして心が切ないのだろう。あんな奴なんて居なくても何も変わらないと思っていた。あんな詐欺師になんて未練も何もない。筈なのに。
「ねねっ!これ似合うかな?」
「あ、ああ。似合う似合う」
「ほんとっ!?嬉しー!が、頑張って選んできて良かった、」
「ねぇ!次はあれ乗ろうよ!」
「ああ!?の、乗んねぇよ!あんな、あんななんかやべぇやつ」
「あっ、もしかして!ふふっ、へぇー、大翔怖いんだぁ?」
「別に怖くねぇよ!ただなぁ、ありゃ流石に吐くだろあんなもん!」
「えへへっ、大丈夫大丈夫!行こ!」
「だああっ!おまっ、引っ張んなって!乗んねぇよ!やめろぉ」
「すごく綺麗だったね、イルミネーション」
「ああ、だな」
「んっ」
「ふっ、どうしたんだよ。いきなりくっついてきて」
「んー、大翔のにおいする、」
「ははっ、何言ってんだよ」
「今日はありがとう。凄く楽しかった、、」
「おまっ!いきなり何っ、んんっ!?んっ」
「んんっ、んんー!はぁっ、はぁ、はぁ、」
「は、はぁ、はぁ、、め、珍しいな、琴葉から、キスなんて」
「好き、、」
「俺もだよ、」
ああ、やっぱりそうだ。どんな終わり方でも、どんなに酷い人でも。
ー俺はあいつが大好きだったんだー
大切だったんだ。これ以上なんて、これから先訪れないと思う程に、あいつとの毎日が輝いていたんだ。ずっと一緒に居たかったんだ。離れたくなかったんだ。この世の誰よりも
「好きだったんだよ!」
「「「っ!」」」
「うん、そうだよね、大切だっただよね」
「ああ、ああっ!今までで1番、誰よりも!これ以上の存在なんていないくらい!」
大粒の涙を流しながら叫ぶと、声を掠れさせて続けた。
「大切だったんだ、」
「うんうん。忘れられないんだよね」
大翔の初めて放つ本音に皆は驚き、息を飲む。それとは対照的に、蹲って泣きじゃくる大翔にボロボロな体を必死に起き上がらせて背中をさする沙耶。
「大好きだったんだよ!誰よりも、ヒッ、ずっと、ヒクッ、忘れられるわけ、ねぇだろ、」
「うん、」
「ずっと一緒に居たかった、好きだった、大切だった、、なのに、なのに、、なんでだよ!」
嗚咽を漏らしながら途切れ途切れになって無理矢理話を続け、叫ぶ。沙耶はそれに何を言うでもなく、ただただ優しく頷く。
「それなのに、あいつは、なんで、なんでだよ、、どうして、、金だけじゃなくて、心まで奪ってくんだよ、、あいつは!」
弱々しく大翔はそう叫び、蹲ったまま声を上げ号泣した。碧斗は大翔に何と声をかければいいか分からずに、何も出来ない自分に嫌気を感じながらただ俯き唇を噛んだ。日が落ち、暗くなったラストルネシアには、彼の声だけがただただ響いた。




