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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第2章 : 喪失感と葛藤(アジテション)
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57.沙耶(2)

ずっと逃げ続けてきた"現実"を突き付けるかの様に、その日はやってきた。そう、三者面談である。沙耶(さや)はもう中学3年であるため、当然なのだが、先生は口を開くと「あの話」を持ちかけた。


「こんにちは、水篠(みずしの)さん。さて、沙耶ちゃんは、もう"進路"は決まっていますか?」


まるで魂が抜けた様になりながら親と教師の会話をbgmの様に聞いていた。進学、それが沙耶にとってとても大変なことであった。お金の問題も勿論あった。ただでさえ生活が難しい今の家計に、高校への資金が加わったら、今まで以上に沙耶自身も努力しなければならないのだ。だが、それと同時に


「お母様、大変申し上げにくいことなのですが、沙耶ちゃんの今の成績だと、高校入試は厳しいかと、」


そう、これが問題なのである。ずっと授業は寝ており、最近は起きていると言っても「起きている」だけであり、頭に入っているとは言えなかった。即ち、それは入試がとてつもなく大変だということを指している。現在の成績で入れる学校自体も少なく、試験で補うこともできない状況なのである。その後、なんとか三者面談は終了したものの


「困ったわねぇ、まさか学校でそんな事になってるなんて」


「ご、ごめんなさい、、」


「はぁ、それに関してはしょうがないわ、働かせちゃってるのは私達だものね」


面談の帰り道、頭を掻きながら母はそう息を吐いた。母親は父親とはまた違う仕事をしており、共働きをする事で現在の生活を維持しているため、父親の店の手伝いは沙耶がするしか無いのだ。


「わ、私、高校、大丈夫だから、高校入るお金も大変だと思うし、バイトとか色々して、更に稼ぐから、だから」


「駄目に決まってるでしょ!」


突然の怒鳴り声に肩を震わせる沙耶。そう。親は何がなんでも高校に行かせたいのだ。確かに、親としてはこれからのことを考えると高校に行かせたいのもわかるが、沙耶の家の人達は、狂った様に進学を勧めてくる。まるでそれが、"親"の目標であるかのように。




「はぁ〜〜〜」


「おっ、どうしたの沙耶ちゃん。珍しいねー、ため息なんて」


次の日の登校時、沙耶が大きなため息を吐くと、隣を歩く三春(みはる)は意外そうな様子で目を見開いた。


「うん、その、実は進路決まんなくて、」


「あー、そっか、授業寝てたもんねー、試験となると厳しいかぁ」


(あご)に手を添えて唸る。


「無理に進学しなくてもいいんじゃない?中卒でも雇ってくれるところあるかもしれないし、それに沙耶ちゃんには店を継ぐっていう手もあるわけだしさ」


「駄目、両親が許してくれない、」


「それじゃあ」


三春はそこまで言うと、一度頷いてそれを言い放った。


「これから猛勉強するしかないね!」


           ☆


あれから数ヶ月、毎日学校は休まず、授業もしっかり受け、放課後は仕事の合間合間に参考書を読んだりして勉強に励んだ。やはり中学3年ともなると、それなりに体力がついてきているようで、勉強と両立させながら生活する事もなんとか出来ている。ただ、なんとかなっているだけである。正直苦しい。朝起きたら手伝いをして、授業開始15分前になったら家から飛び出し、走って学校へと駆けつける。その後、"寝ないで"授業を受け、休み時間には勉強を休まず行い、下校のチャイムと同時に急いで家に帰って手伝いを始める。そんな生活が続いた。そんなもの、辛いに決まっている。泣きたかった。倒れたかった。しんどいと口にしたかった。だが、それでも我慢して毎日頑張れたのは、他でもない。


「おはよー!沙耶ちゃん今日もギリギリセーフッ!凄いよ!」


「はぁ、はぁ、お、おはよー、」


「疲れたっしょ?ほら、これ、カロリーメイト。早く、授業始まる前に食べて!」


「あ、はぁ、あ、ありがとー」


周りで応援してくれる人達が居たからである。三春に出会ってから、少しずつ沙耶自身も変わり、このクラスにも相変わらず数は少なかったが友達が出来たのだ。それが、何よりの救いだった。休み時間の勉強時の合間に声をかけてくれるクラスメイト、朝や帰りに走って登下校する沙耶の事を待っては、たまに一緒に走ってくれる三春。その1つ1つが、その1人1人の行動が、沙耶の心を救ったのだ。確かに前のような楽しい生活ではないかも知れない。この生活は、前よりも何十倍も辛い。それでも、優しさに溢れた生活ではあった。だから


ーだから、みんなの為にも、絶対、勉強頑張って、進学する!ー


友達と同じ高校、なんて大きな事は言えないが、テストが毎回最下位だった人でも努力すれば、たとえ良い高校でなくとも必ず進む事が出来るということを、支えてくれたみんなに見せてあげたいのだ。沙耶はその気持ちを常に(いだ)き、毎日目標に向かって努力した。




そして




「に、213番、、っ!」


掲示板に映し出されたその3桁の数字が、幻なのではないかと目を擦る。だが、それは事実であり、そこに、確実に書かれていた。


「っ!!あったーー!」


その事実を確信すると、沙耶は歓声を上げた。自分でも嘘のようだった。確かに、現在の沙耶の学力に合わせて、低い、、と言ってはなんだが、あまり真面目で治安の良い。とは言えない学校を選んだ。だが、そんな学校だったとしても、高校というものに合格した事が夢のようだったのだ。そんな幸せを噛みしめながら、沙耶は合格した事を知らせるメールを、友達に送ったのだった。


           ☆


そして4月、とうとう入学式当日である。合格発表の日は家族がとても喜び、ラーメン屋を巻き込んでパーティーをした。春休みにはお祝いを込めて三春とお出かけばかりしていた為、頑張って学習した内容は半分頭から出ている。ちょっと遊び過ぎたと反省しているものの、これからはまた新しい生活が始まるのだ。今度はどんな人達と巡り合えるのだろうか。中学の入学式の時には恐怖でしかなかった初登校日が、今は新品のランドセルを背負ってウキウキとする小学生の様に、心を踊らせていた。どれもこれも、三春のおかげである。また休みが出来たら三春と高校の話でもしようと思い、小さく微笑みながら正門を潜る。だが、そこにあったのは、そんな沙耶の期待を踏み(にじ)るような「現実」だった。


「お、おはよう、、ございま、、っ!?」


学校の中へと足を踏み入れる。が、そこに映し出されていたのは、壁には落書きが、窓は何ヶ所か何者かに破られており、廊下にはゴミが散乱していた。


ーな、なんだろ、これ、もしかして、泥棒さんでも入ったのかな、?ど、どうしよ、これって通報した方がいいんじゃー


あまりにも悲惨な状態を目の当たりにし、事件の匂いを嗅ぎつける。が、沙耶の隣を平然と周りの人は過ぎ去る。


ーえっ!?み、みんなこの状況には、、何も思わないの?こ、これが普通?なのかなー


この状況に困惑しているのが自分だけだと感じ、頬を叩いて仕切り直すと、下駄箱の前に貼られたクラス表を確認してそのクラスへと足を進める。


だが、学校の奥は更に酷いものだった。階段にもゴミが散らかり、掲示物は全てビリビリに破かれてはそれらがそこら中に散らかっている。沙耶のクラスのある階に到達すると、今度は壁が大きく凹み、殴った様な跡がついていた。


ウキウキとしていた気持ちは徐々に恐怖心へと変わっていった。クラスへ行くまでの間に手は震え、足はすくみ、息は荒くなった。震える手を両手で握り、恐怖心を無理矢理押し殺しては三春の事を思い浮かべ、体の拒否反応に対抗しながら教室へと辿り着く。



1度深呼吸をして覚悟を決めると、ゆっくりとドアを開ける。すると


「っ!」


そこには目を疑う光景が映し出されていた。椅子や机は倒れており、中には破壊されているものも多くあった。男子が大声で話しており、平然とタバコを吸っている。対する女子は、平然とピアスを開けており、なんだか男子と親密な様子で話しているのが見受けられる。他には掃除用具入れがボコボコになっており、廊下と同じく窓は破られた跡がついていた。


恐怖からか体が震えた。


ただ怖いと感じたのではなく、自分とは全く違う人達しかいないこの場所に、入らなくては行けないという現実に、恐怖していた。だが、入らなくてはならないのだと。そう覚悟を決め、沙耶は思い切って教室へ足を踏み入れる。すると、教師がまるでそれを見計ったかのように教室に入室し、口を開くとそれを告げた。


「今日からこのクラスで1年間やっていきますので、皆さんよろしくお願いいたします」



新学期ならば必ず話される内容である。だが、今の沙耶にはまるで現実を突きつけるような、そんな残酷な言葉にしか聞こえないのだった。

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