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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第2章 : 喪失感と葛藤(アジテション)
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56.沙耶(1)

「あ、ありがとう、ございましたっ!」


そうぎこちない笑顔を作りながら頭を下げる"店員"水篠沙耶(みずしのさや)。人と接するのが苦手な事から、厨房で働きたいと願っているのだが、料理が一切出来ない沙耶が厨房を任されるはずもなく、嫌々接客を任される事になった。


「いやぁー、ちっちゃいのに偉いねぇ、お父さんのお手伝いかい?」


「は、はい!そ、その、人を、その、雇えなくて、その分、頑張らなきゃで、」


「そうかいそうかい、ほら、頑張ってる沙耶ちゃんにお小遣いあげるから、みんなには内緒よ?」


「わっ、だ、駄目ですよ!こ、こんなの、、受け取れませんっ!」


「まあまあ、子供は遠慮しないしない」


ここは個人営業の小さなラーメン屋。そこによく来てくれる常連であるおばさん2人は、いつも一生懸命に接客をしている沙耶に笑顔で話しかけていた。家がお金に困っているため、年齢が12歳だというのに夜遅くまで店の手伝いをしている謙虚な姿に近所の人達はよく足を運んで、少しでも貢献できる様に食事をして行った。だが




「水篠」


「...」


「水篠」


「...」


「水篠!」


「ふぇっ!?あ、はいっ!」


「まーた授業中に居眠りか?水篠」


「す、すみません、」


夜遅くまで仕事をしている為、学校ではほぼ毎時間昼寝をしている調子である。それに、先生だけでなく毎回名前を呼ばれている沙耶に目をつけない輩はおらず、生徒からも声をかけられた。


「おい水篠、お前最近調子乗ってね?」


「え?そ、そんな事、ない、、」


「こいつ授業出ても寝てるくせによく学校遅れてくるし、早退するしで、マジイキってるよなぁ」


「ち、ちがっ、ちがうの、」


「何がちげーんだよ、お姫様気取りかよ」


沙耶の席の周りを囲んではからかう様に顔を覗いてくる男子が続出した。もともと人見知りな沙耶はそれに対して何も言い返せるわけもなく、ただただ言い負かされてしまう。だが、これにも理由があるのだ。12という若さで仕事をさせたり、未成年を夜遅くまで働かせたりしている事を学校にバレてしまったら、たちまち生徒の親にバレ、沙耶の親に矛先が向いてしまうのだ。それを避けるべく親もその事は学校に知らせていない。そのため、沙耶の「家の事情を知る者」はいなかった。だが


「やめて!水篠ちゃん嫌がってるでしょ!」


「「「うわっ、ヒステリー女だ!逃げろー!」」」


「だーかーら、その名前で呼ぶんじゃないわよ!」


その「ヒステリー女」と呼ばれた人物が現れた途端、沙耶を囲んでいた男子生徒は走って教室を後にした。その人の後ろ姿を呆然と眺めていると、その女子は沙耶に向き返り笑顔を作った。


「大丈夫だった?あいつらほんとデリカシーないのよねぇ。あ、改めて、私は大宮三春(おおみやみはる)。クラスの自己紹介の時言ったけど、水篠ちゃん多分その時休んでたよね?」


「あ、その、それは、ごめんなさい、」


「なんで謝るの?全然気にしなくていいよ〜。それより水篠ちゃん、沙耶ちゃんって呼んでいい?」


「え、あ、うん、い、いいよ、?」


「よしっ!じゃあ沙耶ちゃん、よろしくねっ!」


そう、スタートが最悪だった中学校生活を変えてくれたのは、ほかでもない、彼女のおかげだったのだ。


           ☆


「えーと、それじゃあ何か聞きたい事とかある?別に私の事でも、休んでたり寝てたりで分からない授業の事でもいいし」


その日の帰り、三春は普段一緒に帰っている友達に先に帰る様に促し、沙耶と一緒に帰っていた。


「え、えーと、その、じゃあ、ど、どうして、私なんかと、話してくれるの、?」


「えっ!?と、突然重いね!?」


「えっ!?あ、そ、そうだよね、、ごめんね、あの、その、質問、変えるから少し待って、」


やってしまったと心で自分を責めた。会話は1番最初が肝心だと言うのに、自分はどうしてそんな重い話を始めてしまったのだろうと頭を抱えた。だが、三春はそんな事気にしていない様子で口を開いた。


「ううん、別にいいよー。うーん、そうだなぁ、ただ、私が話したかったから。としか言えないなぁ」


「えっ」


その言葉に驚いた。話したい、なんて事を言われるのは初めてだった。いつも学校には来れず、たまに顔を見せるとほとんど寝ている為、話したいなんて感情が出るわけがないと思っていたのだが。と、それに驚き過ぎた沙耶は、まるで一定量を超えたストレスを感じた時のハムスターの様に呆然としてしまった。


「えっ、沙耶ちゃん!?ちょっと!大丈夫!?」


「あっ、う、うん、ごめん、大丈夫、、」


「どうしたの?具合悪い?」


「あ、ううん、違うの、ちょっと、、驚いちゃって、」


「驚く?」


「う、うん、だって、私なんか、面白くもなんともないし、話したいなんて思われる要素、、ないし、」


沙耶は自信なさげに俯くと、三春は笑って返した。


「いい?沙耶ちゃん。話したいって言うのは、その人が気になるから思う事なの。別に面白そうだとか、あの人と居るといい事あるだとか、そう思って話してる人も居るとは思うけど、私はそうじゃないの」


「そ、そう、なんだ、」


「うん!話したいから話してる!それでこの話は終了!さっ、他に聞きたい事ある?」


仕切り直すかの様に手を叩いて提案する。だが、正直質問と言えるほどのものは無かった。少しの間考えていると、「大した事じゃなくてもいいよ」と笑って付け足す。大した事じゃなくてもいいならと、先程からずっと考えていた事を口にする。


「え、えと、それじゃあ、その、、ヒステリー女って、誰?」


「お、おお、いきなりだね!?まあ、初めて聞くと分かんないよね。私よく怒るから男子から勝手にそう呼ばれてるだけ」


「よく怒るの?」


「まーねー、私は普通にみんなに好かれる様な優しい子じゃないから。なんかムカッとすること言われたらすぐ怒るし、侮辱する様なこと言う奴がいたらさっきみたいに飾らない言葉でズカズカと行っちゃうしさ、可愛くないよね、私」


なんだか遠い目をして少し悲しそうにそう呟いた。だが、沙耶はその意味が分からずに首を傾げた。


「なんで?凄くカッコいいじゃん」


「えっ」


「みんなの言うことに流されないで、自分の気持ちで行動できて、、その、さっきみたいに、私なんかの為に体張ってくれて、、凄くカッコいいし、素敵だと思うよ」


沙耶の純粋に尊敬するその姿に胸を打たれ、涙が出そうになる三春。なんだか先程まで助けていたはずなのに、自分が助けられていたようだ。そう三春は思い、ただ「ありがとう」と笑顔を返した。


           ☆


あの会話をした日から2年が経った。それからはゆっくりとお互いのことを知っていき、三春には家の事情も全て話した。家計をやりくりするのが大変で、父が経営しているラーメン屋で人が雇えない分、沙耶がその手伝いをしているという事、それが夜中までやっているせいで学校で寝たり、昼に人手が足りなくなる事もあるため欠席や早退、遅刻をしているということまで全てを打ち明けた。すると驚いてはいたが、三春は少しもそれに対して責めたり、駄目だとは言わなかった。その代わりに三春は「すごいなぁ〜、沙耶ちゃんは、」と空を眺めてつぶやいた。


「お、怒らないの、?」


「えっ、なんで怒るの?」


「だって、普通、まだバイトもできないような歳で仕事して、夜遅くまでやってて、更にそのせいで学校で寝ちゃって、、」


「なぁーんだ、そんな事気にしてるの?」


沙耶がずっと言えなかったであろう理由を察して三春は笑う。


「確かに大人はそれを大きく捉えて、人によっては文句とか法律違反だー!とか言う人もいるかも知んないね」


そこまで言うと三春は少し間を開けて今度は優しい眼差しで沙耶を見る。


「でも、それよりも私は、そんな小さい頃から大変な生活してたのに、こうして普通にしていられる沙耶ちゃんが凄いって思う」


そう言われて沙耶には様々な感情が溢れる。なんと言えばいいかは分からない感情ばかりだった為、どう話していいかも分からず、お礼を言う代わりに無言のまま沙耶は三春に抱きついた。それに三春も何も言う事はせずに頭を撫でるのだった。思い返すとこの中学生活の2年間に色をつけてくれたのはほかでもない、三春なのだ。茶化されていた入学当時、間に入って救ってくれて、それからというものずっと話しかけてくれていた。クラスが変わってしまった2年生の時でも、遠い沙耶のクラスまでわざわざ休み時間になると様子を見に来てくれていた。


こうして「普通」に学校に通い続けられたのは三春のおかげなのだ。これは胸を張って言えるだろう。そのおかげでひとりぼっちだった沙耶にも少しではあるが友達が増え、成長して発達したからか、はたまた友達という存在のおかげか、授業も寝ないようにしながら受けることが出来るようになっていた。このまま幸せな生活を続けたい。ずっとそう思っていた。優しい人達に囲まれて、家のお仕事の辛さも忘れられるような、そんな生活を続けたかった。



だが、そんな沙耶の生活が崩れる様な時期が訪れてしまったのだ。


そう、


それが、



「こんにちは、水篠さん。さて、沙耶ちゃんの"進路"は、もう決まっていますか?」

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