55.類似
沙耶の方へと勝ちを確信したように笑って近づく。その余裕な姿に息が上手くできなくなる。手足は震え、唇も震えていたが、1度唇を噛むと意を決してずっと言いたかった事を口にする。
「た、橘君!その、あの、そ、その人の事、本当に好きだったんだよね、そこまで悩んで、今も悩んで、、それって本気でその人のこと想って、大切だったって事だよね?」
「うるせぇぇーーー!黙れ黙れ黙れ黙れぇっ!」
「辛かったんだよね、大切にしてた人に、1番に想ってた人に裏切られて」
「黙れっつってんだろーがぁ!」
そう叫ぶと、地を裂くように足を踏ん張りそのまま沙耶の方へと高速で向かう。
「っ!」
反射的に岩を出現させるものの、拳を入れるとすぐに粉々になる。だが、それが無意味というわけではない。それによって立ち止まり、隙が生まれる。その瞬間、大翔の目の前にはバレーボール程の火の玉が飛んでくる。
「チッ!」
熱気を感じ、舌打ちと共に反射的に後退る。火が飛んできた方向へ振り向くと、そこには地に這いつくばりながら右手を大翔へ向けて息を切らす美里の姿があった。
「てめぇ!余計なことしやがって!」
怒りのままにそう叫ぶと、標的を変えて美里の元へ跳躍をして空中から殴りにかかる。それを察した沙耶は目を見開くと、足元にあった小石を急いで探し、それを大翔と着地点である美里の間に投げる。
「今度は気絶してもらうぞ!この裏切りもんがぁ!」
美里に向かって怒声を上げると、宙で拳を構える。
だが
「やめてぇーー!」
沙耶の甲高い叫び声と同時に先程投げた小石が大翔の前へと丁度現れる。刹那、今の今まで小石だったそれが、一瞬で巨大な円盤型の岩に変形する。
「ぐあっ!?」
突然の出来事に対応が出来ずそのままぶつかり、目を白黒させる。
「っ!あ、ありがとう、あ、危なかった、、本当にありがとう」
あの攻撃を喰らう覚悟をしていたのか美里は汗を掻き、身体を震わせながら沙耶へ感謝を口にした。
「ううん!どこも怪我ない?相原さん!」
「う、うん、私は大丈夫だけど、」
美里が静かにそう返したその時、沙耶の背後に近づく大翔の姿が一瞬目に映る。
「っ!後ろ!危ないっ!」
「えっ!?」
声を上げた時にはもう真後ろまで迫っており、炎を沙耶の背後に出現させたら大翔だけでなく、彼女も被害に遭ってしまうと考えた美里は、止める事が出来ずに歯嚙みする。だがしかし大翔が殴った瞬間、その場所には岩が出現する。
「なっ!?」
「はぁ、はぁ、間に合った、はぁー、良かった、」
殴りが入る前に能力を発動させる事に成功した沙耶はホッと胸を撫で下ろした。対する大翔は歯軋りをしてまるで怒りをぶつけるかの様にそのまま岩をかち割る。
「ふぅー、ふぅ、1番厄介な能力はお前みたいだな、水篠、」
「た、橘君、追っかけたり、勝手に話聞いてごめんなさい、だけど、その、1度話だけでもーー」
「話?ふざけんな。てめぇと話したってなんも変わんねぇじゃねーか」
「そんな事ないよ!1人で抱え込まないでみんなで支え合えばきっと」
「支え合えば?俺の事なんか、お前らに分かるわけ、、ねぇだろぉー!」
叫ぶとまたもや殴りにかかる。その姿に反応した樹音は短剣を作り出し、それを投げる。
「っ、おめぇまだやるか」
「はぁ、はぁ、体が動くうちは、みんな守る」
「円城寺君!?駄目だよ!今動いたら」
「大丈夫!大丈夫、だから、」
沙耶の上げた言葉にそう弱々しく呟くと剣を地面に突き刺して杖にし、ゆっくりと立ち上がる。
「まだ懲りねぇみてーだな!」
大翔はそれと同時に今度はターゲットを樹音にして走り始める。
「こい!」
剣を構えると、そう言い放ち戦闘態勢へと移る。すると、一瞬で目の前にまで迫った大翔の姿を認知して、樹音は剣を回転させ「わざと」拳を当てさせ破壊させる。
「はっ!何やって、っ!?」
その破壊した剣の破片が飛び散り、一瞬ではあるが大翔の視界が阻まれる。その一瞬の内に新たに剣を生成して柄頭の方を大翔に突き出す。それに気づいた大翔は両手で防ぐが腕に力強く当たった事により体勢を崩す。その様子を確認した樹音は右手に握った剣を離し、新たに右手に剣を生成するとそれで峰打ちをする。が
「くそっ!させるかよっ!」
そう叫ぶと大翔の左に迫った刃を左肘で破壊する。それも予想通りだという様に樹音は小さく笑うと先程離した剣を足で弾いて右手で握り、思いっきり振る。だが
「なっ!?」
大翔はそのまま後ろに後ずさった。今まで責めることしかして来なかった大翔が引いた事に驚きを隠せない樹音はその動揺が隙になってしまい、気づいた時には拳が近づく。
「危ないっ」
このままでは攻撃を喰らうと考えた碧斗はすかさず煙を樹音と大翔の間に発生させる。
「円城寺君!一回引いて!」
「あっ、うん!」
碧斗に言われ、慌てて後ろに後退る。すると樹音の体を掠るように大翔の拳が飛んでくる。
「あ、危なかった、、ありがとう」
「安心してる暇ないぞ!早く逃げて!」
「っ!」
ギリギリ避けることのできた事にホッと安堵する樹音だったが、碧斗に言われ慌ててその場から離れてしゃがむ。その予想が当たった様に大翔は煙から飛び出し、先ほどまで樹音が寄りかかっていた柱が破壊される。だが、それだけで攻撃が終わるわけではなく、柱が破壊されて砕け散った岩を樹音に向かって空中で蹴る。
「まずいっ!」
反射的に声を漏らすものの、体がうまく動かない。それもそうだ、見た目では大きな傷がない為あまり分からないが、何度もあの威力の攻撃を受けているのだから立てなくなってもおかしくはないのだ。更にそれだけではない。樹音はここ2日間の内連続で何度も戦い、昨日は一度死にかけているのだ。それだというのに、対する碧斗は樹音と違って剣で防いではいなかったものの、一撃でこの有様である。
「クッ!」
勢いよく飛んでくる岩が目の前まで迫り、樹音は力強く目を瞑って覚悟を決める。当たったらひとたまりも無いが、逃げる事はもう出来ない為、体の向きを変えて擦り傷程度で済む様に調整する。だが蹴飛ばした岩は軌道を変えて樹音を避ける様に飛んでいく。そのため、痛みどころか当たった感触もない樹音は不思議に思い、ゆっくりと目を開く。
「え?」
「よ、よかった、間に合った、」
「てめぇ!」
沙耶が安心した様にはにかむと、大翔は怒鳴り声を上げる。その様子に沙耶が「岩」を操って軌道を変えてくれた事を理解して樹音は笑顔で答える。
「ありがとう!水篠ちゃん!」
「うん!怪我はない?円城寺君」
「うん。お陰様で」
「てめぇら、余裕そうだな。ベラベラ話しやがって」
樹音と沙耶が笑って言葉を交わしていると、イライラした様子で割って入る大翔。それに目つきを変えて剣を構える。だがそれに対し沙耶が声を上げる。
「やめて、円城寺君!」
「えっ?」
「円城寺君の体、も、もう限界に近いんだよ?これ以上戦ったら、、」
「だ、大丈夫だよ。ほら、この通りピンピンしてるし」
不安そうに声を上げる沙耶に、剣を杖にして立ち上がり笑顔を作って返す樹音だったが、その足は震えていた。その様子を目の当たりにした沙耶は、今度は真剣な眼差しで樹音に向かって言い放つ。
「無理しちゃ駄目!後は私がやるから」
「「「え!?」」」
「何言ってるの!?水篠ちゃんだけでなんとかなる相手じゃないよ!そんな事したら、今度は水篠ちゃんが危ない!」
「ははっ、随分とナメられたもんだなぁ、おい」
沙耶の、耳を疑う言葉に碧斗と樹音、更には倒れていた美里でさえも声を漏らす。それに対し大翔もニヤケる。だが、沙耶は変わらず真剣な様子で大翔の方へと足を進める。
「大丈夫。私、いっつもいっつも、みんなに迷惑かけて、言い始めたの私なのに何も出来なくて、、そんなの、もう絶対に嫌!」
「だ、だからって、、そんなの駄目にーー」
「大丈夫!!」
樹音が慌てて割って入ると、その真剣な顔のまま大声を上げる。突然放たれた、今までとは違う声色に、樹音を含めた3人は目を剥く。その後1度深呼吸すると、皆に向き返り沙耶は小さく笑う。
「大丈夫だから、安心して。私も、橘君に言いたい事あるから」
「は、言いたい事だ?」
沙耶の言葉に大翔は口を挟む。それに対し小さく「うん」とだけ呟くと沙耶は大翔の方へと向き、真正面から見据えて口を開く。
「橘君、辛かったんだよね」
「チッ、またその話かよ」
「大切だったのに、自分は本気で信じてたのに、それなのに裏切られて、すごくショックで、それから誰も信じれなくなって、それくらい、大きな存在だったんだよね?」
「だぁーかぁーらー!うるせぇんだよ!ごちゃごちゃ人の過去に勝手に口出ししやがって、別に俺は辛くなんてねぇんだよ!あのジジイがなんつったかはわかんねぇが、俺は元々人を信じてねぇだけで、あいつの事をずっと引きずってるわけじゃーー」
「嘘!」
大翔が何度も同じ話を掘り返す沙耶にイライラとしながら怒鳴るように言うと、それを遮る様にその声に負けじと大声で挟む。
「あ?」
「嘘だよ、そんなの、、無理しないでよ、これ以上1人で抱え込まないで、苦しかったら吐き出していいんだよ?泣いちゃってもいいんだよ?」
「おい、てめぇ!」
沙耶の必死の言葉に苛立ちが頂点へと達した様で、大翔は一瞬で彼女の前へと移動すると、しゃがんで胸ぐらを掴む。
「てめぇに俺の何がわかんだよ。さっきからぺちゃくちゃ言ってるけどよ、勝手に分かった気になってんじゃねぇよゴミが」
大翔が声のトーンを下げて本気の様子で語ると、碧斗はそれに反応して目をピクッと、反射的に動かす。対する樹音と美里は立ち上がろうとするが、沙耶はまるで助けはいらないと言っているかの様に、全く動じずに大翔を見据えて言い放つ。
「分かるよ」
「は?何言ってんだ」
「分かるよ、橘君の気持ち。私だって、、大切な人が、ずっと信じてる人が、そ、その、す、好きな、ひ、人が、、私の事だけじゃなくて、みんなを裏切って、みんなから狙われてるから」
沙耶は唇を噛んで恥ずかしそうにしながらも、辛そうにそれを語った。大翔はそれに「は?なんの事だ」といった顔をしたが、碧斗達にはその意味がよく分かった。
「おいおいおいおい!それだからって俺の事分かるとか言わねぇよな?転生してから話もろくにしないで、今日出会った様な奴の気持ちが分かる?ふざけんな。そんな簡単に分かるとか思ってるから、お前らは騙されーー」
「違うよ。今日会ったからとかそんなの関係ない。確かに橘君と初めて話したのは今日かもしれないけど、橘君が今まで経験した辛さは、全部聞いたから。そして、それを聞いて私と似たところがあったから、だから、話して欲しい。もう"その時の話"はグラムさんから聞いたけど、ちゃんと橘君の口から、橘君の気持ちを聞きたいの!」
話すのが苦手だったのに、なんだか自分じゃないようだ。確かに言葉は少しおかしくなってしまったかもしれないが、それでも、言えた。その安堵した気持ちと同時に「気持ちを絶対に伝える」という強い思いが生まれた。過去の自分に似てるから。それを乗り越えてきた今の自分の気持ちを伝えて、一緒に乗り越えて欲しいから。
だから伝える。
裏切られて、その大切な人が皆から裏切り者扱いされて、それを庇って目をつけられたかつての自分を救ってくれた碧斗の様に、今度は自分が誰かを救う番だ。
ー私なら全部わかってあげられるなんて、大袈裟な事は言えないけど、でも、ずっと思い続けてしまうほど大切な人がいるのは、同じだからー
だから、とそう沙耶は心で思い、"あの頃"の事を思い出した。




