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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第2章 : 喪失感と葛藤(アジテション)
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53.決闘

「と、少々長くなってしまったが、そんなこんなでヒロトは人を信じられなくなってしまったって事じゃな」


「...」


「...」


グラムがそう言うと、部屋には沈黙が訪れる。碧斗(あいと)は寂しそうに俯き、樹音(みきと)はやるせない気持ちで目線を逸らし、沙耶(さや)は涙目で今にも泣きそうになっていた。そんな沈黙を、悔しさと怒りからか歯嚙みして美里(みさと)が破る。


「ほんと、最低、」


美里の小さな呟きに皆は振り返る。そんな状況でもお構いなしに美里は続ける。


「絶対許せない。確かにちゃんと両方の人に聞いたわけじゃないから向こうにも何か理由があった可能性もあるのかも知んないけど、でも、人を騙してお金盗むなんて、空き巣の方がまだマシじゃん」


美里は怒った様に声を上げる。その様子からこの言動には嘘がないことが見受けられる。


「た、(たちばな)君、可哀想、」


「相当辛かったんだね、」


沙耶と樹音が順にそう呟く。対する碧斗は、何を言うでもなく頷いた。経験が乏しい碧斗でも、その裏切られた辛さくらいは、理解できた。


「それは、人を信じられなくなっても仕方ないかもな、」


「傷を負った心は、そう簡単に癒えるものではございません。27番目の勇者様は、今も尚そんな気持ちと闘っているのかもしれませんね、」


マーストはこちらの世界の常識の様なものは分からない筈だが、碧斗と同じく大翔の気持ちは深く理解した様だった。すると、それに挟む様に樹音は言う。


「それで異世界に来てこんな様子だったら、やっぱり逃げ出したくもなるね、」


そう表情を曇らせて呟くと、またもや皆も同じく黙り込んでしまった。樹音の言葉に対し、その通りだと碧斗は俯く。おそらく大翔はこっちの世界でだけでも人を信じてみたかったのだろう。だからこそ、あの時の言葉は重かった。


「分かった、大翔君のところに行こう。この話聞いたら、更にあの人をほっとけなくなった」


碧斗がグラムに向けて力強く言うと、それに続いて沙耶、樹音、マーストが力強く頷いた。美里も少しの間考える様な仕草をしたが、何か思い立ったのか顔を上げる。


「うん、私も行く。あの人に(かつ)入れてやんないとね」


そう言って美里も頷いた。その様子に感動したのか、グラムは少し涙目になりながら感服した。


「ありがとう、(わし)の自分勝手な願いを聞いてくれて、」


「謝らないでくださいよ。これは、俺たちの意思でやってる事ですから」


碧斗はそう優しく微笑むと、グラムはありがとうと言いかける。だがその時


「てめぇら、勝手に何聞いてやがる」


「「「「「っ!」」」」」


「ひ、ヒロト、帰ってたのか」


乱暴にドアを開けると、今までずっと話題にしていた張本人がズンズンと入ってくる。怒りを露わにして大声を上げると、大翔はグラムの方にチラッと目をやる。


「お前もお前だ。勝手に知らねぇ奴らに何言ってやがんだ。クソジジィ!」


「す、すまん、、だが、この人達はヒロトの事を、」


「うるせぇ!人を騙す様なやつらの言い草を本気にしてんじゃねぇよ!」


グラムと大翔が大声で言い合いを始める。そこまで言うと大翔は碧斗達の方に向き帰り、吐き捨てる様に声を上げる。


「てめぇらもさっさと出てけよ!」


それに何も言えずに歯嚙みする碧斗達だったが、それに立ち向かうかの様に美里は力強く立ち上がる。


「ねぇ、ほんと、その事は辛いと思うし、すぐ忘れられる事じゃないのも分かる。だけど、だからってみんながみんなそういうわけじゃないし、あの事があったからって今から出会う人全員を信用しなかったら、いつまで経っても前進めないと思うよ?忘れる事はできなくても、後ろばっかり見てないでちゃんと前も向きなさいよ。これからずっと引きずって生きてくつもり?」


「うるせぇなぁ!お前らにとやかく言われる筋合いねぇんだよ!」


「は?あんたの話聞いた時点で私にだって口出す権利あるでしょ?だったら何?あんた、仲の良い人とかにそう言われたらちゃんと言う通りにするわけ?どうせ誰に言われたってーー」


「黙れぇぇぇぇーー!」


美里が図星を突く様に言うと、それをかき消すかの様に大声を上げる大翔。それに対して樹音は美里に「それは言い過ぎなんじゃ」と呟いた。


「ご、ごめんなさい、、つい、ムッとしちゃって、」


美里にもその自覚はあった様で唇を噛む。その様子を見て、碧斗は何か言いたげな表情をするも、それよりもまずは大翔の事の方が先だと、意識を戻す為にも目線を移す。


「分かった。これ以上迷惑かけられたらたまったもんじゃねぇ、俺の次はジジイまで巻き込んで」


大翔から見たらその台詞はもっともであり反論する言葉は出てこない。皆もその様で碧斗を含めその場の全員が表情を曇らせた。そう、碧斗達は第3者から見れば1人の人間に必要以上に突っかかり、挙げ句の果てにはその人の周りの人間にまで迷惑をかけた酷い連中なのだ。それならそう言われても仕方がないのかも知れないと、皆は縮こまる。すると、そんな碧斗達の姿を目の隅で見据えながら大翔は覚悟を決めた様に続きを言い放った。


「だからここで終わりにしてやる」


「「「「「!?」」」」」


「お、おいヒロト、それってまさか、」


「ああ。いいか?お前らラストルネシアにこい。決着つけてやる」


「ラス?」


「ト、トル、?」


「ネシア?」


「どこ?そこ」


碧斗と沙耶、樹音が途切れ途切れに大翔の発した謎の場所の名所を呟く。首を傾げて声を漏らした美里に、後ろの方で見ていたマーストが割って入る。


「古代から存在していると思われる遺跡でございます。昔はそこで聖戦を行なっていたと言う伝説もございます」


「聖戦、、か。この世界でも宗教的思想は存在していたんだな。宗教的イデオロギーだったりジハードだったり、国や場所によっては神が自ら戦うというものも聖戦と呼ばれたみたいだけど。結局それはつまり、」


そこまで言うと碧斗は冷や汗を掻きながら生唾を飲む。次の言葉を予想した美里はそれに続いて呟いた。


「つまり、戦え。って事ね」


「「っ!」」


それによってとうとう大翔の話している事を納得した沙耶と樹音は目を見開いた。


「分かったみたいだな。時間は7時、全員で来い。1対4でも圧勝してやるよ」


答え合わせをする様に大翔は邪悪な笑みを浮かべ、自信満々に宣言する。何か言いたげに身を乗り出したグラムだったが、今の大翔は止められないと確信したのか黙り込む。そんなグラムを横目に素っ気なく部屋を出ると、大翔は力強くドアを閉めた。


「...」


「ど、どうしよ、、戦うしかないのかな、?」


「でも、もうそれしかないと思う」


「だよな、正直話し合いが出来れば良かったんだが、俺らの第一印象もあって、今はそれも出来る状況じゃないよな」


「話してももう駄目そうだし、やるしか無いでしょ、」


沙耶が不安げに呟くと、樹音、碧斗、美里が覚悟を決めた様に頷く。


「かしこまりました。わたくしは何も手助けする事は出来ませんが」


「いや、もう十分助かってる。だから今回は俺達能力者に任せてくれ」


「へぇー、あんた弱いのにそんな宣言していいの?」


力強くマーストに言ったものの、美里にからかう様に野次を飛ばされる。確かに自分でもそんな強気な発言をしていいのかは分からなかったが、確信していた。


俺達なら、きっと大丈夫だと。


その想いが伝わったのか、はたまた向こうも同じ想いがあるのか、美里もいつもの様にトゲのある物言いではなかったように感じる。一同は皆顔を見合わせて力強く頷くと、意を決して立ち上がる。その様子に驚いたグラムは唖然(あぜん)と碧斗達を見つめる。


「お、お主ら、、い、行くのか?勇者様であるのは分かってはおるが、それでも、、ヒロト相手だとどうなるかわからんのじゃぞ?」


グラムの言葉に碧斗はそんな事かと笑って答える。


「ああ、俺達は行くよ。言っただろ、ここにいる人達は見捨てるような人達じゃ無いって」


碧斗に続いて樹音、沙耶、美里、マースト。それぞれがグラムに振り向いて頷く。皆のその様子を見回した(のち)、碧斗は真剣な眼差しで告げる。


「一度踏み込んだ時点で俺達にはこのまま逃げるっていう選択肢はない。橘君を、止めてみせるよ」


「グラムさんの気持ちも分かるけど、止めなきゃね!」


「それよりもまず、あのままじゃ駄目でしょ。前向かせてやらないと」


「た、橘君の気持ち、う、受け止めてみせます!」


「勇者様方の言う通りです。一度踏み込んだなら、責任を持たなければなりません」


樹音と美里、沙耶、マーストが順にそれぞれの思いを口にすると碧斗はドアを開いた。それを引き止めるようにグラムはすかさず口を開く。


「おっ、お主ら!」


その声に反応した碧斗達は振り返る。するとグラムは、最初は不安そうな顔をしていたものの、直ぐに口角を上げて笑顔を作った。


「ヒロトの事を、頼む!」


その瞳には微かに涙が滲んでいたように見えた。それを聞いた碧斗達はそれに応えるべく一度頷くと、一同は部屋から足を踏み出した。


           ☆


「と、とは言ったものの」


「なんちゃらネシアって、どこだろ?」


「ラストルネシア、、だったか、向こうも向こうだな、場所くらい教えてくれたっていいだろ」


家を飛び出した5人は、先程の威勢はなんだったのかと、力強い宣言を断ち切られるかの如くまたもや壁にぶつかり、ため息を吐く。だが、と。碧斗はそれほど大した問題じゃないといった様子で続けた。


「でも、こっちにはマーストが居てくれてるから大丈夫だ。だろ?」


そう言うと、背後を歩いていた美里も納得した様に頷いて続ける。


「さっきの話だと、あの場所のこと知ってるみたいね」


「はい。ラストルネシアはグランドロブモンテと呼ばれる巨大火山の隣に位置しています。わたくしがご案内しますよ」


「っ!ほ、本当!?助かるよ!」


「やった!これで行けるね!」


樹音と沙耶がぱあっと表情を明るくして笑う。美里と碧斗も声こそ出していなかったが表情を明るくしてホッと安堵する。


「あ、ちょっと待って、その前に、先にあいつの能力をみんな知っておかなきゃなんじゃない?」


「あっ、そっか!伊賀橋(いがはし)君達はその時居なかったよね?」


美里が歩き始めようとする碧斗達を見て、止める様に言い放つと、その事を思い出した沙耶は振り向く。


「能力は、力、、だったよね?ありがとう、俺も一応知ってはいたんだ。その、相原(あいはら)さんの方は(しん)から聞いたの?」


「あ、そう、もう知ってたのね。うん、さっきそれぞれ別行動してた時にね」


碧斗が申し訳なさ気に言い、それに驚く美里。だが、能力以外の事も知っているかもしれないと予想した樹音が割って入る。


「その、それ以外に聞いた事ってある?」


「え、えと、力の能力は、自分自身の力を強くするって話なら聞いた!」


「自分自身?」


「つまり、物にかかる重力とかを調整する能力じゃなくて、自分の力や身体能力を向上させる能力って事」


沙耶の説明を応用する様に言う美里に、「なるほど」と呟く。マーストと話していた事が確信に変わったということだ。相手の能力の詳細を理解した碧斗は、1度美里と沙耶にお礼を言うと、ゆっくり深呼吸をして口を開く。


「能力も分かったんだ。大丈夫、絶対に、、負けない」


「「うん!」」 「はい」


振り返ると沙耶と樹音、マーストが返事をし、美里は無言のまま頷く。だが、その自分の言葉と共に碧斗は重要な事を改めて理解する。今から戦いに行くのだ、と。先の事でもない、すぐそこに迫った事なのだ。今からまた「あの時」の様な戦いをしに行くのだ。今度はどうなるか分からない。向こうも本気でくるかもしれないし、将太(しょうた)の時の様な深い傷を負う可能性だってある。そう考えると情け無い事に、またもや手足が震え始めた。すると


「「伊賀橋君」」


樹音が左から、沙耶が右から顔を乗り出して名を呼ぶと笑って言う。


「大丈夫。絶対無事に帰れるよ!何かあったら僕に任せて」


「うんっ、そうだよ伊賀橋君!今までも戦ってきたんだから、今回も何とかなるよ!」


それぞれが少し冗談を含めて笑うと、背後からため息と共に美里が近づく。


「覚悟決めたんでしょ?ならいつまでもネチネチ言ってないで早く行きなよ」


呆れた様な物言いに、碧斗は「そう、だよな」と改めて覚悟を決める。


ーこんないちいち気にしてちゃ駄目だ。みんなはもう、こんなにも成長してるのに、、やっぱ俺、駄目だな。ほんと、、でも、ダメダメな俺でも、みんなに追いついてみたい。簡単な事じゃないのは分かってるけど、それでもー


そう心で思いを抱くと、一呼吸して顔を上げる。


「ごめん、みんな。よし、改めて行くか」


目つきを変えてそう言い放つと一同は真剣な眼差しで応えた。


ー口だけで、終わりにしたくないー


皆の覚悟に背中を押された碧斗は、皆を連れてラストルネシアへと歩き出した。

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