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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第2章 : 喪失感と葛藤(アジテション)
52/300

52.大翔(3)

大切な時間の数々だった。ずっとこのままがいいと、そう毎日祈った。だが、そんな大翔(ひろと)を嘲笑うかの様に現実は、残酷だった。


「ど、どういう事だよ!親父(おやじ)!」


「っ!聞いてたのか」


父の部屋の前、何やら深刻そうに母親と話す姿が見え、こっそりと聞き耳を立てていた。だが、あまりにも衝撃的なその内容に、隠れていたことも忘れて大翔は驚愕(きょうがく)の声を上げた。


「父さんの会社の話だ。お前に話すことじゃない」


「関係ないって言いたいのかよ!?関係ない事ないだろ!家族の話なんだから、ちゃんと話してくれよ!」


その会話は父親の会社が今危なく、倒産寸前だと言うことを話していた。馬鹿な大翔でも、それが大変な事だと言うことは理解した。それは、これから小遣いが少なくなるとか、欲しいものを買ってもらえなくなるとか、そんなちっぽけな不安じゃない。それよりも、いつものこの平穏な日々がなくなってしまうというその恐怖心が、とてつもない勢いで大翔を襲った。その瞬間気づくと大翔は、意図(いと)せず親に口を開いていた。


「俺も精一杯頑張る。俺も働く。バイトでも何でもいい、何かさせてくれ!絶対にやってみせる」


力強く言い放っていた。中学生の大翔の頭では、具体的な事は何も言えず、目標でしかない、まるで戯言(ざれごと)のような妄想を語っていたに過ぎなかったが、その思いは誰にも負ける気はしなかった。どんな辛い事だろうと、どんな苦しい仕事だろうと、あの大切な人との時間を過ごす為ならば、やってやろうという覚悟があった。その意思が伝わったのか、その場にいた両親は微笑んだ。


「そうか、すまんなお前にまで迷惑かけてしまって」


そう笑うと、少し間を開けて父はそれを伝えた。


「なら、大翔、お前には家の手伝いを頼む」


「!」


「母さんはこれから働く事になったし、お手伝いさんを雇うのにも危うくなってきたからな。やってくれるか?」


父のお願いは至って平凡で、子供の大翔にはお似合いの仕事だった。だが、一見簡単そうに聞こえる仕事だが、裕福な家庭であった大翔の家はとても広く、父の言った通り何人もお手伝いさんを雇っているほどである。それを1人で掃除や洗濯などをすると考えると、相当な苦労である事は理解できた。だが、琴葉(ことは)の笑顔を思い浮かべたら、そんな事さえ小さなものに感じた。


「ああ、任せてくれ。全部やっといてやる」


胸を張って自信たっぷりに言い放つ。それに親は「こりゃ頼りになるな」「よろしくね。大翔」と笑った。これから辛く大変な日々が始まるかもしれないが、あいつの事を考えれば苦ではないだろう。そうだ、今週末には出かけよう。高校入試も終わったことだし、気晴らしに水族館なんてのもいいかもしれない。あ、だがお金が厳しいんだった。なら、おうちデートなんかも悪くないかもしれない。そんな事を考えながら掃除をするのは楽しかった。どこまでも続く終わりの無いような廊下も、この幸せも同じく終わりがない様に感じ、鼻歌を歌って軽快に掃除できた。それなのに、




「え、そうなの?」


「ああ。だから、少しの間出かけるとか難しいかもしれないけど、それでもすぐなんとかしてやるよ!それに、親もなんとかしてくれる筈だ。俺の家族だしな!」


次の帰り道、琴葉にその事を伝える。不安そうに聞き入る琴葉を安心させるべく大翔は豪快に笑った。その時


「そっか。それじゃあバイバイだね」


「えっ」


耳を疑うその言葉に大翔は声を漏らして琴葉の方へと振り向く。


嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。


嘘、、だ。


嘘だ、、と信じたかった。



だが、それが現実である事を琴葉は更に突きつけた。


「だって、お金やばいんでしょ?それじゃあ一緒に居ても意味ないじゃん」


「は?」


あー、なるほど。と脳内で理解する。つまり、気を遣ってくれているのだ。お金が危ない今の大翔に私が居ると負担をかけてしまうと琴葉は考えているのだろう。と


「いや、そんな気遣わなくて大丈夫だから。別に無理してどっか行ったり、払うつもりねぇし、近場だったら全然平気だし」


「え、何ぃ?もしかして、勘違いしてない?だから、お金ないんだったらあたしが大翔と付き合う意味無いって言ってるんだよ?」


え?


は?


え?


ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?


その言葉だけが脳内を埋め尽くした。


ーなんて言った?意味ない?それじゃあまるでー


「それ、どういう」


「あははっ、ほんと理解力ないねぇー。だから、大翔んち金持ちじゃん?だから、色々買ってくれるし、言えばお金もくれるし、最高だなぁと思ってさ。でも、もう駄目そうだから別れようって言ってんの」


つまり、金づるだったのだ。お金を出してくれる人。現金製造機。歩くATM。


ああ。そっか、そうだったのか。つまり、琴葉は、一度たりとも俺を見ていた事なんてないのだ。あいつはずっと俺の背後にある、家計の財産を見ていたのだ。


「は、ははは、そっか、そうかよ」


「やっと分かってくれた?こんなはっきり言うつもり無かったんだけど、大翔鈍感だからねぇ。ま、次は慰めてくれる人探しなよっ」


そう言うといつもの笑顔を大翔に向ける。全く変わらないいつもの笑顔が、今は可愛いどころか殺意しか湧かず、だがかといって何か言える訳でもなく。ただただ離れていく琴葉の姿を眺めていた。


駄目だ、死ぬ。生きる希望が消える。明日に向かう意味が無くなる。腹に穴を開けられた様な感覚に陥る。「心にポッカリと穴が」なんて表現を当てにした事はなかったが、本当にそんな気分だ。その日から、食事はあまり摂らなくなり、いや、摂れなくなった。の方が正しいかもしれない。更に家の手伝いをしているのと、シューズなども売ってしまった為、サッカー部には戻れず、毎日生きている実感のない日々を過ごした。家のお手伝いもキツかったのだが、1番辛かったのは教室に居る時間だった。


聞こえるのだ。琴葉が小さく友達と話す言葉が。


「もーほんとあのままだったら良かったのになぁ。ま、でもそろそろ引き時だと思ってたし、丁度いいかなぁ」


肘をついて笑って話すその話題の一つ一つが大翔の心を抉る。


「あいつ本当に自分が好かれてるって勘違いしててさぁ。マジでウケる」


おそらく、高校の学費などの話も嘘だったのだろう。全てが嘘だったのだ。あの笑顔も、好きって言ってくれたのも、高校でも一緒に居たいってのも。


全て、全て、全て。


「うぷっ」


考えると戻しそうになった。考えたくないのに、気がつくとその事を考えている。辛い、苦しい。もう消えてしまいたい。もう忘れてしまいたい。だが、もう高校の入試は終わっており入学は確定していたので、もう他の学校に移ることも出来ない。つまり、一緒の高校なのだ。向こうはもう空気としか思っていないのだろう。だから向こうはそれでも構わないのだ。だが、それでも大翔にとっては忘れられない存在なのだ。こんな状況、耐えられるはずがない。


何も無い生活をする事1か月、とうとう入学式がやってくる。クラスは違かったが、遠くに琴葉の姿が見えた。これから何度も廊下ですれ違ったりするのだろうか。その度に思い出して心を抉られ、絶望するのだろうか。琴葉の隣に、新しい恋人(ぎせいしゃ)がいる姿を見せられるのだろうか。辛い、辛い、辛い、辛い。苦しい、苦しい、苦しい。自分以外の人にあの笑顔を送り、手を握る姿を想像するだけで吐き気を(もよお)す。こんな辛い生活を、高校でも過ごさなければならないのだろうか。そんな事を考えている内に、孤立したまま高校生活が数ヶ月過ぎた。このまま、もう何も無くなるのだろうか。


ー俺には、もう何もないんだろうか、、それなら、もういっそのことー


「君、この学校に居るの辛そうだね」


「っ!」


そんな事を考えながら通学路を歩いていると、突如背後から声が放たれる。聞いたことのない声だ。声の主は男性だった。その人物は不気味な雰囲気を醸し出し、黒ずくめでフードを被っていた。動揺する大翔を差し置いてなおその男は続ける。


「たった1人の大切な人に騙され、ずっと引きずってる、、みたいな?」


「っ、そ、それ、どこで!?」


大声を出してそう言い放つと、その男は1冊の本を差し出した。それが何か分からない為恐怖心が襲ったが、気づいたら大翔はその本を受け取っていた。


           ☆


「はぁ」


だんだんと空がオレンジ色になり、ため息を吐く大翔。一度家に戻って食料を置いて「あの6人」を探した。だが、見失ったというのにそう簡単に見つかるはずもなく、あてもなく彷徨うこと数時間、気づいたら日が暮れていた。あの裏切り者と呼ばれた碧斗(あいと)達を逃すわけにはいかないのだ。"裏切る"という事の重さを、理解させなければならないのだ。また明日にでも探しに行こう。


ー向こうも王城には帰ってねぇみてぇだし、この辺探せば見つかるだろう。そして見つけたら最後、()らしめてやるー


そんな確信のない事を、自信を持って宣言しながら家に向かう。数分後、グラムが所有している畑の様子を通り道感覚で確認したのち家へと到着する。ドアに手をかけたその時、部屋の中から、聞こえるはずのない声が聞こえる。


その声の数はおおよそ3、4人。そんな人数が家にいるはずがない。大翔の頬には汗が伝う。自分が知らない人間が家にいる。そんな恐怖心を振り払ってその声の主を確認するべく、恐る恐るドアに耳をつける。


「この話で更にあの人をほっとけなくなった」


小さく誰かの声が聞こえた。だが、その声を聞いた瞬間、大翔の感情は恐怖から怒りへと変わった。他でもない扉の向こうから聞こえた声は、先ほど聞いたばかりの「あの声」、伊賀橋(いがはし)碧斗の声だったのだ。まさか家にまで?そこまでして俺の事を(おとし)めようと?そう考えると殺意が溢れた。耐えきれなくなった大翔はドアノブを握る力を強め、怒りに任せて力強くドアを開けた。

2日後の日曜、17日でこの作品を書き始めてから1年が経ちます。今まで応援してくれた方、誠にありがとうございます!なんだかとても早かった様に感じます。1話が短めな為、あまり進まない回などもありましたが、これからも続きを創り続けるので応援よろしくお願いします!

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