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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第2章 : 喪失感と葛藤(アジテション)
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51.大翔(2)



小野寺(おのでら)、ずっと好きだった。お、俺と付き合ってくれねぇか、?」





その言葉と同時に、琴葉(ことは)は反射的に下を向いてクスクスと小さく笑った。


「お、おい!な、何笑ってんだよ、俺は本気でーー」


大翔(ひろと)はその反応に声を上げたが、それを言い終わるよりも前に琴葉が顔を上げる。その顔は耳まで真っ赤になっており、目には涙が滲んでいた。


「え、あ、わ、わりぃ、や、やっぱり今の無しでいいからーー」


「やっと、言ってくれた、」


「え?」


小さく呟いた琴葉の声は聞こえていたのだが、大翔は聞き返した。すると、今度は心からの笑顔を作った。


「はいっ!これからよろしくね!大翔君」



           ☆



あれから何ヶ月も経った。今までで1番質の濃い数ヶ月だ。サッカーの方もそのおかげか活気が出てきた。と、監督やメンバーに言われた。吹奏楽部に所属していた琴葉は、校舎の二階にある音楽室に目をやると、たまにこちらに笑って手を振ってくれた。休憩時間の数秒の間にそんな事をしてくれると、その後の試合はとても(はかど)った。教室では周りの目を気にしてあまり話すことはしなかったが、目を合わせると必ず皆から見えない下の方で手を振り合ったり、密かに手を繋いで帰る事もしょっちゅうあった。そして、そんな大切な人の為に大翔は1つの目標を掲げた。


「その、琴葉」


「ん?どーしたのっ?」


「俺、琴葉と同じ高校行くよ。お前頭いいから大変かもしんねぇけど、俺勉強頑張るからさ」


「えっ、そ、そんなっ、駄目だよ!自分の行きたいとこ行かなきゃーー」


「俺は琴葉の高校に行きたい」


「っ!ほ、ほんと、勉強出来ないくせに強がっちゃってー」


琴葉はそう意地悪っぽくそう言うとそっぽを向いた。髪の間に微かに見える耳は、真っ赤に染まっていた。すると、少しすると琴葉は口を開く。


「なら、また特訓だねっ、今日から毎日、少しずつ勉強だっ!」


「また、教えてくれるのか?」


「う、うん、来てくれるんでしょ、?あたしの学校」


その言葉に「ああ。絶対」と力強く頷いた。この日を境に、大翔は勉強にも力を入れ始めた。彼女のおかげで、全てが変わったのだ。世の中の見方も、考え方も、性格も、何もかも。だからこそ、その分琴葉に返してあげたいわけで。



「あの服欲しいなぁー」


ーん?ああ、9000あたりか、ならなんとかなるかー


「いいぞ、1着買ってやるよ。欲しいやつ選んで来い」


「えっ!?本当?わ、悪いよ!だって、凄く高いんだよ?」


確かに、1万前後の服なんて中学生が買うものじゃないのかも知れない。だが


「いや、それを着た琴葉の姿見られるんだったらそんぐらい出せる」


「〜〜っ!も、もーー!またそんな事言ってーっ!」


恥ずかしそうにそう言うと、パタパタとその店に急ぎ足で逃げる。その姿が(あい)らしく、(いと)おしく、ついつい口元が緩む。そうやって嬉しそうに、楽しそうに笑ってくれるのが嬉しかった。


「どーお?似合う、、かな?」


「ああ。めっちゃ可愛いぞ」


「ほんと!?嬉しー、ならこれにしちゃおうかなぁ」


そんな風に笑顔を見せてくれるのが生き甲斐(がい)だった。買ってあげた後に照れ笑いで呟く「ありがと、」という言葉も大好きだった。その表情(かお)が見たくて、喜ばせたくて、欲しい物がある時は毎回買ってあげた。甘やかしていると側からは言われるかもしれないが、そんなのどうでも良かった。彼女が楽しそうで、嬉しそうなら、自然と自分も嬉しくなった。


ーこの子の為なら、もう何だってー


そう考えていた。そんな時だった。


部活終了後、友達の誘いを断り皆には内緒の場所で待ち合わせをして帰った放課後の事。


「...」


「...?どうした、?なんか元気ないな、なんか、嫌なことでもあったか?」


「う、ううん、いや、大したことじゃないけど、」


普段とは全く違うその落ち込んでいるような姿に焦って顔を覗き込む大翔。いつまで経っても琴葉は何も言い出さないので、こちらから。と大翔は身を乗り出した。


「その大したことじゃない事でもいいから、とりあえず話だけでもしてくれないか?」


「、、」


その後、しばらくの間琴葉は俯いたまま黙り込んでしまった。だが、何か覚悟が決まったのか顔を上げると小さく話し始めた。


「その、今、家の方が厳しくてね、」


家?と首を傾げる。それは両親のことだろうか、それとも。と少し考えてみたものの、中学生である大翔にはなんだか難しい話のように感じた。だが、大翔も何も察せないほど頭が弱いわけではない。なんとなく危ない状況である事を察した大翔は真剣な眼差しを琴葉に送る。対する琴葉は目を逸らしながら更に続ける。


「その、実はあたし、高校、行けないかもしれない、」


「っ!?な、それって、」


驚いて前のめりになり、声を上げる。その一言で理解する。これは「お金」の話だと言うことを。きっと家計が危ないのだ。そのせいで、同じ高校に、いや、それ以前に高校にすら行けない状況になっているのだ。そんなの、辛過ぎる。本来ならば、普通にjkになって友達と笑ったり、部活で頑張ったり、青春という楽しい生活をする筈なのだ。それを、人生で1度しか経験できない様な、そんな時間を奪われてしまうなんて、耐えられるはずがない。彼女の笑顔が見たい。だから、


「分かった」


「えっ、何が分かったの?」


「何円だ?それ」


「な、何円って、ど、どういう事、?」


「高校の受験料とか、入学金とか、」


「なっ、何言ってんの!ま、まさか、大翔が払おうって言うんじゃーー」


「ああ!だって悔しいだろ!今日まで頑張ってきたのに、琴葉だって高校行きてぇのに、そんなの不公平だろ!んなの」


「それとこれとは違うでしょ!これはあたしの話なんだから、大翔がどうこうする事じゃないよ、やめて!そういうこと言うの」


琴葉は今まで聞いたことのない様な大声で大翔の提案を拒否する。こんな事、他人が負担をすることではないのは分かっていた。お金の事なんて、いくら恋人であってもやってはいけない事だということくらい分かっていた。だが、大切だった。ずっと彼女が思い描いていた事が実現できない現実が辛かった。そして、それと同時に琴葉と同じ高校に行けない事が、自分より先に社会人になってしまうのが、なんだか遠い人になってしまう様な感じがしたのだ。それが我慢できなかった。目の前でこうして話してくれる彼女が、変わってしまうのが怖かった。学校という1つの場所から社会という広いフィールドに足を踏み出し、自分が知らない人になってしまうのが嫌だった。


「絶対に同じ高校行くって決めてただろ!」


「だから、それは高校に行く事前提の時の話で」


「いや、俺は諦めない。俺が行かせてやる」


そういうと、少しの間顔を背けた。その間、微かに泣いているかの様な声が聞こえた。その後、落ち着いたのかこちらを向くと、唇を噛む。


「ほ、ほんと?」


「ああ。約束だ」


「あ、ありがと、でも、両方合わせたら10万くらいするけど、」


「任せろ。絶対に持ってくる」


大翔は自分に言い聞かせる様に強く決意を露わにした。


           ☆


「駄目に決まっているだろう。そんなもの」


力強い眼差しを送るものの、キッパリと断られてしまった。父親の、まるでオフィスの様な部屋の中、対面で座り頭を下げる。だが、子供にそんな大金を渡すわけはないだろうし、明確な理由が言えない為、くれるはずも無かった。何度も頭を下げては懇願(こんがん)した。勉強を頑張るとか、サッカーを頑張るとか、そんな小学生じみた目標を掲げては否定され続けた。大翔は甘やかされてきた訳ではなく、今現在も簡単に渡してくれないところから甘い親ではないのは一目瞭然だろう。だが、だからこそ大翔は今まで一度も何かを親に頼む事はしなかった。そのため初めて頭を下げた時の父親は驚いている様子だった。


「それでも駄目なものは駄目だ。そんな大金をーー」


「すみません、お電話が」


「ん?ああ。すまない、今行く。大翔、少し待ってろ」


父が否定したその時、丁度親宛に電話がきたようで席を外す。数分の間沈黙が訪れる。その間、大翔はある事をずっと考えていた。


親父(オヤジ)の部屋の奥の部屋には、いつでも出せるように資金の一部が戸棚にあった筈だけど、、ー


悪い考えが大翔を襲う。だが、そんな事をしてどうなることか分からない。父親がどれほどの権力者であるかよく分かっているがゆえに心臓が飛び出すほどに音を鳴らす。それでも、助けたかった。どんなに危険を冒しても、自分がどんな目に遭おうとも、大切な人の笑顔が見たかった。だからーー


カチャ


気づいたら戸棚を開けていた。そこには子供には驚愕な数の紙幣が束になっていた。そこに印刷されている人物はおそらく、諭吉さんと言う人だったと思った。何をした人なのかは分からなかったが、この人が1番価値が高いという事は理解していた。ゴクリと、喉を鳴らして手を伸ばす。そこにあるもの全てではない。大丈夫だ。と自分自身に言い聞かせてその紙を何枚か持ち出した。


10万、全ては取れなかった。流石にそんな犯罪者のような事が出来る訳もなく、その半分にもならないくらいのお札を抱えてそそくさと自分の部屋へと戻った。直ぐにバレる事も分かっていた。



だが、その日、父親はその事に関して何か言うことはしなかった。



次の日、バレないように鞄に詰め込んで大金を持ち出し、それを琴葉に渡した。足りない分はユニフォームやシューズなどを売ったお金で集めた。


「ほ、ほらよ。その、流石に10万は用意できなかったが、8割は、なんとか用意出来た。後の2割は負担になっちまうかもしれないけど、」


「えっ!?」


目の前で鞄を広げてそう言うと、琴葉は驚愕の声を上げた。それはそうだ。そんな大金を本当に持ってくるとは思ってなかっただろう。そんな驚いた顔も、可愛い。そう考えた途端思わず口元が緩む。


「え、これ、ほ、本当に!?」


「ああ。ちょっと言ってたより少ないかもしれねぇけどな」


驚きと喜びに溢れたその表情に恥ずかしくなり、そっけなく言い放ち目線を逸らす。すると、鞄を持ったまま中をマジマジと見て言葉を失う。だが、すぐに笑顔を作って大翔に笑いかける。


「全然、むしろ本当に持ってきてくれるなんて、、ありがと、、ほんと、なんていったらいいのか、わかんない、、」


いつものように歓声を上げて喜ぶのではなく、今回は静かになんだかしみじみと何かを感じるように感謝を口にした。大翔はらしくないと思いながらも、普通のプレゼントとは違ったこの異常な贈り物を見て、そんな反応になっても仕方ないと納得する。その後、琴葉は黙り込んでしまったが、ずっと大翔に腕を組んでくっついたまま離れようとはしなかった。そんな琴葉とは逆の方向を見て大翔は小さく言う。


「いや、感謝してんのはこっちだから、これくらいさせろ」


それが聞こえたのか、腕を抱きしめる力が強くなった気がした。大翔のその言葉は本心だった。何よりも大切で、琴葉の為ならなんでもしてやれた。それからも、琴葉が求めるものは何でもあげたし、してやった。それで十分だった。彼女の為に何かをしてあげられる。それだけで、十分だった。




だが、そんな幸せな時間を終わらせるかのような出来事が大翔を襲った。

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