44. 狼狽
食事を済ませた碧斗達は店の外へと足を踏み出す。
「これからが問題だね」
「あ、ああ。マズいな、」
皆での食事で和んではいたものの、現状は何も変わっていないのだ。
「ま、まずは、身を隠せるところ、探さなきゃ」
「当てはあるの?でもまあ、無いから焦ってるんだろうけど」
沙耶が小さく俯いて言うと、呆れ気味に嘆息する美里。
だが正直、先程の転生者がどこに行こうとしているのか確認したのち、もしその場所が皆で住める様な所であるのならば。そこを拠点にするか否かを検討しようと思っていたのだが。
それが出来ないと分かった今、次の拠点を探す当てがなくなり、またもや街へと歩みを進める。
今まで何度も探しているのだが1度も見つけられた試しがないのだ。いや、それが普通なのだが、それを踏まえた上で今から探そうと動いたとしても無駄の様にも感じる。
そう感じた碧斗は立ち止まって皆に振り返りバツが悪そうに呟く。
「あの、その、みんなに言わなきゃいけない事が、あるんだ、」
「どうしたの?」
「伊賀橋君?」
「何?さっさと言って」
皆の視線が刺さりながらも無理矢理その言葉を押し出して話す。
「き、今日は、野宿を覚悟してほしい。今更泊まらせてくれる家が見つかる気はしないし、それなら家探しよりも、寝れそうな場所を探す方がいいと、、思って」
恐る恐る顔を上げると、平然とした皆の顔が映し出される。
「うん、分かってるよ」
「うん!全然平気だよ、伊賀橋君!」
「はあ、そんないちいち気にしなくていいでしょ」
「わたくしは碧斗様について行きますよ」
樹音が和やかに笑い、沙耶も笑顔で返す。美里も呆れた様にため息を吐いたが、あっさりと了承してくれた。それに続く様に、マーストも優しく微笑む。
そうか、ただ自分が大袈裟に考えていただけだった様だ。
皆はもう、とっくにその覚悟くらいしてきているのだ。男子でもなかなか覚悟がいるものだというのに、女子にとっては相当キツいものがあるだろう。
その上、まだ10代の高校生がだ。だが、そんな人達が嫌な顔1つ見せず理解してくれている。
ーああ、やっぱみんな強いなぁ、、本当、ー
自分の劣等感を感じながらも、尊敬の眼差しで皆を見据える。
「何?その顔、ウザいんだけど」
「えっ!?あ、ごめん!」
どうやら無意識に微笑んでいた様だ。ニヤニヤとしていた碧斗にキッと睨んで美里は言う。
「その、みんなありがとう。これからも、その、大変な事ばっかりかもしれないけど、よ、よろしく」
「どうしたの、そんな改まって。当たり前でしょ、伊賀橋君もやっとその気になってくれたみたいだし」
「ありがとうはこっちだよ、、元々は私のせいなのに、」
「あんたこそ、また急にウジウジして逃げ出さないでよ?」
「あの時は本当にごめん。ありがとう、みんな」
こちらの気持ちが伝わったら、それに応えてついて来てくれるのだ。そんな純粋で素直な、素敵な人達だ。
ー俺が、ちゃんとしないとなー
改めて決意を固める。もう後戻りできないところにまで来てしまっているのだ。
それなら、と。最後まで皆で生き残って、この争いを終わらせてやる。
ー絶対に、みんな守ってやるー
「よし!それじゃあまず夜外でも寝られそうな場所探しだな!」
「「うん!」」
「うん」
「はい」
皆が声を揃えて賛同し、碧斗達は足を踏み出した。
☆
その後、一夜を過ごすのに適した場所を探し回る。
森の中や路地裏、山の方へと出向いては安全かを確かめる。しかし、森には魔獣が、路地裏にはチンピラが、山には熊の様な動物がおり、寝ている間の無防備な状態を想像すると、どれもキツいものがあった。
またもや振り出しに戻された碧斗達は、いつもの公園のベンチに腰を下ろす。
「き、きちぃー」
「どこも無いね、もしもの場合は森か山で寝て、誰かが交代で見張りをするのもありかも」
「あ、それいいかもっ!」
「でも、魔獣が出た時に"弱い奴"が見張りだったらどうするの?もしその人が大声で合図を送ったとしても、みんなが起きなかったら皆殺しに遭うかもしれないけど」
「た、確かに、それはリスクが高いね、」
樹音の提案に沙耶は賛同するものの、美里に正論を突きつけられて押し黙る。
美里の言う「弱い奴」と言う人が誰のことかを察してしまい、遠回しに攻撃を受ける碧斗。
「じゃあどうすりゃ、」
「あれ?」
碧斗が落ち込み気味にため息を吐くと同時に、樹音が声を上げる。
「あれって、、さっきの転生者じゃない?」
「「「え?」」」
樹音が指を刺すと、4人はその方向へと視線を送る。
そこには樹音の言う通り、先程の転生者が歩いていた。この時間はこの辺りをうろついているのだろうか。
そんな妄想を膨らませながら、碧斗は樹音に小さく耳打ちする。
「ど、どうする?」
「いや、さっきの今だし、あまり良くない気もするけど」
「迷惑って言ってたのに話しかけるとか意味不明なんだけど」
「う、、そ、そうだよな、」
碧斗が小さく提案すると、樹音と美里に否定されて唸る。
だが、その通りである。
正直、あまりしつこくするのは良くない事だろう。その人を思っての行動ならまだしも、今回声をかけようとしている理由はどこで寝泊りしているのかを知る為での行動であり、自分の為の行動なのだ。
自分達がピンチであるからとはいえ、人様に迷惑をかける事が許されるわけはない。
それなら仕方ないか、と腹を括りその男子が通り過ぎるのを見届ける。
だが
「っ、お前ら、また俺の事、、っ!まさか、やっぱそうなのかよ、てめぇら!」
「えっ!?一体何言ってーー」
通り過ぎる前に向こうに気がつかれた様で、怒りを露わにするその男子。
その瞬間、碧斗の目の前には拳が迫っていた。
「っ!?」
「マズいっ!」
反射的に剣を生成した樹音は碧斗の前に割り込み、剣の側面で止める。
が、それも抵抗虚しく、一瞬にして剣が粉々に砕ける。
「クッ!」
だが、壊れた反動で後ろに体制を崩すその男子。
その隙を狙い、両手に剣を生成して将太の時の様に服を貫いて地面に固定しようとする。
が、
「てめぇ!」
「えっ!?」
そのまま倒れると見せかけ、頭の後ろで床に手をつく。
その体勢のまま足を地面に着けずに、その反動を手で押さえて、両足を前へと突き出す。
気づくと樹音の目の前には両足の裏が映し出される。
既のところでその攻撃を、両手に握る剣を体の前にクロスさせて防ぐ。
「うっ!?」
だが、その威力は凄まじいものであり、防いだものの数メートル先へと吹き飛ばされる。
「ごはっ!?」
「「円城寺君!?」」
その一瞬の出来事に沙耶と碧斗は同時に樹音の名を叫ぶ。
だが、仲間を心配する時間などないぞと言わんばかりに、追撃を行うその転生者。
「っ!やめてぇー!」
碧斗に向かって構えたその男子に追撃を察した沙耶は慌てて岩を出現させる。が
「邪魔だ」
小さくそう吐き捨てると同時に、自分の身長ほどの大きさである岩を粉々に破壊する。
「やっ!?」
「クッ、させるか!」
岩を砕いたその一瞬の隙を見計らい、煙を放出する碧斗。だが
「意味ねぇよクソが」
刹那、煙で覆っていたはずの男子の姿が一瞬で碧斗の目の前に現れる。
「ごはっ!?」
気づいた瞬間には時すでに遅し。
目で捉えた時には既に、その男子の拳が腹に減り込んでいた。
「ぐはっ」
その反動で宙へ吹き飛ばされ地に叩きつけられる。
「伊賀橋君!?」
「碧斗様!?」
「ねぇ、あんた、、迷惑かけたのは完全にこいつらが悪いけど、手が出るんだったらこっちも容赦しないから」
沙耶が声を上げると同時に、美里が両手に炎を発生させて間に入る。
「おめぇらだって最終的には手を出すつもりだっただろうがゴラァぁ!」
「はぁ、ほんと、話になんない」
呆れたように吐き捨てると、転生者の周りを火の輪で囲う。
だが、それも無意味だと言わんばかりに跳躍し、その重力を利用して美里に攻撃を仕掛ける。
「っ!」
「危ないっ!」
それを瞬時に見抜いた沙耶は、岩を生やして砕き、美里の前に飛ばす。
「くっ!?」
丁度パンチを飛んできた岩で塞がれたその男子は、岩は壊したもののその反動でまたもや退く。
「てめぇ、」
「大丈夫!?相原さん」
「う、うん、、あ、ありがと」
「ううん、どういたしまして!」
「ごちゃごちゃ話してんじゃねぇぞ」
今度は今まで何度も攻撃を防いできた沙耶を標的にして襲いかかる。
「っ!」
「無駄なのは、あんたの方!」
美里がそう割って入ると、男子の周りに、またもや火の輪が出現する。
「おおっとぉ、お前おんなじ技しか出来ねぇのかぁ!?」
ニヤリと笑い、またもや宙へ逃げる事により火の輪から逃れようとする。しかし
「何っ!?」
飛び上がったのは良いが、男子の周りには空中にまで火の輪が付いていた。
「私、そんな馬鹿じゃないんだけど」
不機嫌な顔持ちでそう小さく言うと、人差し指と親指をくっつける。
刹那、周りに舞っていた火の輪が狭まり、男子に軽いダメージを与える。
「ぐあっはっ!」
その衝撃に吹き飛ばされた転生者はそのまま地面へ叩きつけられる。
「そんなに火力は出してないから、火傷にすらなんないから安心して。でも、痛みはあるけどね」
意地悪な笑みでそう言い放つと、沙耶がはしゃいだ様子で美里に詰め寄る。
「す、凄いね!相原さん、凄く強いよ!」
「えっ、あ、いや、別に強くない、けど、でも、その、あ、ありがとう」
対する美里は反応に困ったように言葉を濁した。だが、どこか照れている様子も見受けられる。
「勝った気でいるなよ、裏切り者が!」
「「えっ!?」」
起き上がったその男子に、美里と沙耶が驚きを露わにする。マーストも声こそ出していなかったが、驚いたように目を見開いた。
「今度は当てるっ!覚悟しろぉ!」
起き上がると、しゃがんで足をバネのようにして勢いをつけて美里に素早く向かう。
「っ!う、ううっ!」
対抗する暇もなく近づく拳に覚悟を決めたのか、力強く目を瞑る。
「「「相原さんっ!?」」」
背後で倒れる碧斗と樹音を含めた3人が、美里の名を叫ぶ。
だが、その場の人達は声を上げる事しか出来ない。
「これで終わりだ!」
「っっ!」
「...」
「...」
「え、?」
殴られたのだ。
確かに腹には拳が当てられている。
だが、痛みがないのだ。いや、痛みどころかその衝撃さえも感じない。
「な、なんだよ、これ、」
「え、、?」
殴られた事すら分からずにゆっくりと目を開けると、そこには困惑した様子の転生者が立っていた。
正直、こちらが困惑しているのだが。
「いやー、危なかった、手遅れになる前に来れて良かった良かった!」
手を叩いて安心した様に息を吐く声の主は、碧斗達の背後からゆっくりと近づく。
その方向から発せられた陽気な声は、碧斗達にとってとても聞き覚えのあるものだった。




