43.辛苦
「話?面倒事に関わるつもりはねぇぞ」
「いやいや、ちょっと話だけ聞いてくれれば大丈夫だから。簡単な事だよ?」
「あ?やっぱり面倒事じゃねぇか。てめぇと話して何か俺にメリットがあるのか?ないんだったら聞く義理はないぞ」
周りが静まり返っているのをよそに、2人は淡々と会話を続ける。
面倒事だと察した大翔と呼ばれた男子は、踵を返して席へと向かう。しかし、それを止める様にSはわざとらしく大声で言う。
「俺があの人達の事教えてあげようと思ったのに」
「はっ、なんで俺があいつらの事聞かなきゃなんねぇんだ。そんなんで釣れると思うなよ」
それに対して大翔は振り向きもせずに言い放つ。それが予想通りだったと言わんばかりにSは笑う。
「ははっ、いやー相変わらず信用しないねぇ。君は」
返事すらせずに大翔は座ろうと椅子に手をかける。
だが、その瞬間
「そんなに気にしてんの?あの事」
Sから放たれた言葉に肩を震わせ反応する。
「お前、俺の気持ちわかんのかよ!?」
「ああ、分かるよ。裏切られたのがめちゃくちゃショックだったんだろ?」
声を荒げて話す大翔に対し、今もなおニヤニヤしながら答えるS。
そんな見え透いた揺さぶりに乗っかりまいと、聞かないフリをしてぶっきらぼうに言い捨てる。
「出鱈目言ってんじゃねぇよ、俺の事なんか知らねぇくせに」
「だーかーら、知ってるって」
と、そこまで言うと「えーと、なんだっけ?」と呟いて続ける。
「小野寺琴葉、だっけか」
「っ!?」
目を宙に泳がすと、呟く様に言う。それに機敏に反応した大翔は勢いよく振り向く。
「おっ、その反応は、、合ってたみたいだねぇ」
「てめぇ、、その名前、どこで」
「教えてほしい?まー教えてやってもいいけど」
「どこで聞いた!!??」
「こっちの声、届いてないみたいだねぇ」
取り乱した様にSの胸ぐらを掴み、揺さぶる。だが、それも予想通りといった様子で笑う。
「それから人間不信になっちゃってさぁ、いつまでも引きずりすぎだってぇ」
「てめぇに俺の何がわかんだよ!?"あのこと"知ってるだけで、俺の事なんか分かってねぇくせに!」
「はいはいはい、そうムキになんないなんない。そんな人を疑ってばっかりだと、なーんもなくなっちゃうよ?」
「お前にとやかく言われる筋合いねぇんだよ!部外者は黙ってろよ!」
声を更に荒げて我を忘れたように叫ぶ。大翔は胸ぐらを掴んだまま、更に大きく揺さぶる。
「おー怖いねぇ。どーどー、いつまでも殻の中に篭るなよ。俺の事を信用してくれ」
「そんなんで信用出来る訳ねぇだろうがよ!いつまでもグチグチグチグチっ、言ってくんじゃねぇーよ!」
「あれ、図星ぃ?そんな顔真っ赤にして必死になってるの丸わかりぃ」
「てめぇ、言わせておけば調子乗りやがって!」
とうとう我慢の限界を越え、拳を振り上げる。だが、逆にSは大翔に顔を近づけて笑う。
「ほら、どうした、殴れよ。お前も暴力でしかお話出来ない奴の仲間入りしようぜ」
「クッ、おめぇ、」
そこまで言うと、口角を上げて大翔の耳元まで顔を近づける。
そして、Sは周りには聞こえないくらいの声で何かを呟くように告げた。
「っ!」
"それ"に驚愕した大翔は眉を潜めて、反射的に胸ぐらを掴んでいた手を離す。
「じゃっ、後は君次第だから。君がどうするか、見させてもらうよ」
Sはそう笑うと、軽快に店を後にした。
その後、店内にはまたもや沈黙が走り、残された大翔は何を言うでもなく呆然と立ち尽くしていた。
☆
「また駄目だったな、」
「凄く強かったね、」
「私の石、簡単に壊されちゃった、」
「というかまず、向こうが嫌だって言ってるのに、そういう風に関わるの異常だと思うけど」
碧斗を始めとして皆が口々にそう話す。
店を出てから数分、どこに向かうでもなく歩きながら、それぞれの思いを口にしていた。
「やっぱり、迷惑かけちゃってたんだよね、、伊賀橋君、気持ちもわかるけどやっぱこういうのはやめといた方がいいよ」
樹音が恐る恐るそう言うと、碧斗は唸る様に小さく頷く。
やはり調子に乗るとロクなことがない。また、誰かに迷惑をかけて困らせてしまった。
だが、やはり修也が人を殺め、最初の被害者が出たあの時、食堂から去り際に呟いたあの言葉は本音だった様に思える。
ーこっちでもこうなっちまうのかよー
あれはどういう意味だったのだろうか。"こっち"と言うと、現世で何かあったという事だろうか。疑問だけが、ただただ浮かんでは消えていった。
「そう、だよな、気になっても、これは迷惑な事だよな、」
誰に言うでもなく、自分に言い聞かす様に呟く碧斗。
「でも、そしたらこれからどうしよっか」
樹音が皆に振り返ってそう言うと同時に、沙耶のお腹が音を鳴らした。
「う、ご、ごめんなさい、」
「あっ、そうだよね、結局店に行っても食べてない訳だし、腹は減ったままだよな」
沙耶のお腹に反応し、碧斗にも空腹感が襲う。それを見たマーストは優しく微笑み提案する。
「では、改めて食事にしましょうか」
☆
あれから数分歩いた先に、2つ目の「おすすめ店」が現れる。
マーストによると、安くて美味しいらしい。正直マーストの「安い」は当てにならず、高い場合は負担をかけかねないのだが、勧められた店に行かないのも野暮なのでついていく事にした碧斗達。
「こちらです」
マーストに促されて入店し、テーブルを囲む様に設計された5人席に腰掛ける。
お腹の虫が鳴くのを必死に我慢しながら、メニューに目を通す。
相変わらずこの世界のレートが分からないが、数字の桁数を確認してなるべく安そうな物を探す碧斗と樹音と沙耶。
それが日課となっているせいで何も考えずにやっていたが、やはり第3者から見るとその光景は異常な様で、美里は引きながら呟く。
「な、何やってんの?」
「あ、いや、えっと」
「その、実は安い物選んでて、」
「あ、相原さんは、そのっ、何か食べたい物とかは、」
碧斗、樹音、沙耶がバツが悪そうに次々と目を逸らして言う。それに呆れながらため息を吐いて美里はテーブルに肘をつく。
「はぁ、、ほんと、お金の気遣いするくらいなら働きなよ、」
お、おっしゃる通りです。と、その場に居た皆が思った事であろう。だが、それを差し置いてマーストが詰め寄る。
「20番目の勇者様、相原様はお好きな食べ物などはございますか?」
「えっ、いや、だから、私の事は」
「相原さんの好きな食べ物教えてほしい!」
否定しようと手を前に出そうとした美里に、横から沙耶が割って入る。それに抵抗できなくなり、小さく「す、スパゲッティ、」と聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「そうなんだっ!美味しいよね、スパゲッティ!私も好きっ!」
珍しく、あまり話したことが無い相手に好意的に笑う沙耶に、驚く碧斗達。
随分と美里を気に入ったみたいだ。好物を聞き出す事に成功した沙耶は、メニューから出来るだけ安そうなパスタ風の食品を選び、指差す。
「こ、この、パスタっぽいの、お願いします!」
「かしこまりました。パスタ、やスパゲッティがよく分からないのですが、こちらでよろしいですか?」
「はいっ!」
満面の笑みで答える沙耶に思わず口元が緩み、優しく「かしこまりました」と笑うマースト。
その様子が愛らしくて、ただ見ていただけの碧斗と樹音も思わず笑みが溢れる。すると、驚いた様子の美里に沙耶は笑いかける。
「一緒に食べよっ!相原さん」
「えっ、あ、いや、う、うん、、分かった、」
答えに渋ったものの、小さく頷く美里。
数分後、皆が注文し、目の前には食事が並べられる。パスタだと予想して注文したその食品はメニューに載っていた絵と同じく、パスタによく似たものだった。
この世界の良い部分はメニューの写真詐欺の様なものが無いという点だ。現実とは違って、撮影の概念がない為写真は無いものの、とても細部にまで丁寧に描き込まれた絵画は、現世の写真よりも信用出来るものである。
碧斗は焼き魚の様なものの定食を頼み、樹音はサラダの様なものを頼み、沙耶はパスタの様なものを、マーストはステーキの様なものを頼んだ。
マースト以外はなるべく安価の物を頼んだ為、どれも見た目は質素なものばかりだった。
「「「「いただきます!」」」」「い、いただきます、」
声を揃えて皆が言うと、それに続き恥ずかしそうに呟く美里。皆が食事をし始めると同時に、沙耶が自分のパスタを美里へ差し出す。
「え、いや、本当に私は、んぐっ!」
遠慮して手を振る美里に、言い終わるよりも前に一口すくったパスタを口に入れる沙耶。
突然の事に驚きながらも、その後は静かに食べ始める美里。その様子に微笑みながら沙耶は呟く。
「ど、どう?」
「ん、、お、美味しい、、ありがと」
「〜〜〜〜っ!良かったー!」
照れながら小さく言う美里に、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる沙耶。
「でも、これスパゲッティじゃないかな」
「えっ!?違かった!?」
美里の言葉に驚き、沙耶も同じく一口すくっては口に運ぶ。
「あっ、ほんとだ、、なんだろ、お蕎麦っぽいような、」
「確かに、麺の歯応えといい、ほのかに香りが漂う感じは蕎麦っぽいね」
うーん、気になる。
美里と沙耶が楽しそうに話す様子を眺めて微笑みながら、男子禁制と言わんばかりの雰囲気に羨ましそうにパスタの味を予想する碧斗と樹音だった。
☆
「おいおいおいおい。お前ら、、4人全員で居たはずだよな」
「は、はい」
「はい」
「うん」
「はーい」
薄暗い部屋の中で、目の前の男は声のトーンを落として呟く。
それに緊張した様子で返す将太、まっすぐ前を見て言い放つ智也、無表情のままタメ口で言う愛梨、めんどくさそうに爪を見て吐き出す奈帆。
「なら、、」
その男はそこまで言うと途端に声を荒げて叫ぶ。
「どうして負けてんだてめぇらは!!」
「ご、ごめん、なさい」
「ごめんなさい?すみませんだろ竹内将太」
「すっ、すみません、大将様!」
「だからその呼び方やめろって言ってるだろ。せめて隊長とかボスとかにしろ」
顔を将太の顔の目の前にまで持っていき、睨みながら吐き捨てる様に言い放つ「大将」と呼ばれたその男。
その後、めんどくさそうに舌打ちをすると「まあ、いい」とだけ呟き、また背を向ける。
「あっちに"あいつ"がいれば、自動的にこちらの勝ちだ」
と、皆には聞こえないくらいの声で呟くと、皆に向き直って声を上げる。
「次で必ず仕留めるぞ。もう、次の計画は出来ている」
「ハッ!」「わかりました」「うん」「りょー」
4人がそれぞれ返事を返すと、その男子はまたもや背を向ける。
皆から見えないその顔は、不気味に微笑んでいた。




