42. 屈強
「それで、ここからどうするつもり?」
美里がぶっきらぼうにそう吐き捨てる。正直、これからの事を全く考えていなかった碧斗達はバツが悪そうに顔を背けた。
「あんたら、、ほんと計画性ないね」
心底呆れたように息を吐いて言う美里に、樹音が割って言う。
「確かにマーストさんの家も倉庫も無い今、帰る場所も無ければ、話し合うほどの時間をこの1つの場所でしていられるかも心配だから、本当に危ない状況なのは確かだよね」
何も浮かばずに皆が唸っているその時、碧斗の腹が静かな空間に大きく音を響かせた。
「あっ、えと、う、うぅーー?」
それを誤魔化すようになんとか似たような音を口で鳴らすが沙耶は小さく笑い、その様子にすかさずマーストが提案する。
「朝食のお時間でございますね。そろそろ食事にしましょうか」
「賛成!僕も丁度お腹空いてたから」
優しく笑うマーストに、碧斗を庇っての言葉かは分からないが、樹音が声を上げる。
「う、あ、ありがとう」
気遣って言ってくれた事が、逆に碧斗を辱める。だが、恥ずかしそうに俯く碧斗とは対象的に美里は驚いたように目を見開く。
「え、、もしかしてあんた達、お金、持ってるの、?」
通貨を持ち合わせているという驚きと、自分は持っていないという不安感から、顔から血の気が引いていく。
しかし
「いや、持ってない」
言いにくそうにしながらもキッパリとそう言い放ち、反射的に「は?」という様な目つきで美里はこちらを凝視する。
「まさか、そこのマーストさんって人に奢って貰ってるって事?」
「いやー、その、えーと、」
「はい」
「おい!」
人聞きの悪い事を言われて言葉を濁した碧斗達を差し置いて、マーストが自ら返事をする。
慌ててツッコミを入れるものの、時すでに遅し。美里からは白い目で見られていた。
「でも、ちゃんと返すからね!?」
「いや、それ当たり前じゃん」
「はい、」
何故か先ほどから説教ばかり受けている気がするが、全て正論なので慌てて話題を逸らす様に声を上げる。
「そ、それじゃあどうしようか、とりあえず安い場所探してそこで朝ごはんにするか」
沙耶と樹音が元気に頷き、碧斗の意見に賛同する。
話を逸らされたことに腑に落ちない様子で口を尖らしたものの、本当はお腹が空いていた美里も静かについて行くのだった。
☆
マーストのおすすめにより、財布に優しいレストランへと案内される。相変わらず異世界のレストランは居酒屋の様な見た目をしているが、最近はそれに慣れ始めている。
「いやー、お腹ペコペコだね」
「うん、、私も能力いっぱい使ったし、お腹減った、かも、」
「あっ、能力使うと腹減るの?」
「えっ!?いやー、その、体力使うから?かな」
樹音が驚いた様に言うと、遠い目をして沙耶は呟く。
確かに能力を使うと体力を使うので腹が減るのは理にかなっている。だが、沙耶の場合はただ単純に腹が減っているだけだろう。あの反応はおそらくそうだ。
その様子を静かに見守る美里に、小さくマーストが問いかける。
「20番目の勇者様、相原様も空腹でございますか?」
「いや、私は、大丈夫」
「遠慮なさらずにご申し付けください。お金の事は考えなくてよろしいので」
「大丈夫って言ってるでしょ!」
突如声を荒げた美里に皆は振り返る。
マーストもこれには驚き、目を瞬かせていた。それを理解した美里は小さく「ご、ごめんなさい、」と俯いた。それに続いて
「でも、本当にいらないので」
と付け加える。だが、マーストは優しく微笑む。
「そうですか、でしたらわたくしのを少し分けて差し上げますね」
「えっ、だからいらなーー」
「私もあげるっ!」
美里が言い終わるよりも先に沙耶が掻き消すように身を乗り出す。その圧に圧倒されて「え、いや、その」と何も言い出せなくなっていた。
そんな事を話している内に店の前にまで到達し、結局話がつく前に入店する。が、目の前に映し出されたその光景に、皆は声を失った。
そこに居たのはレストランのカウンター席に腰掛け、何やら店員と会話している先程の「転生者」の姿だった。
「なっ!?」
「「えっ」」
碧斗が思わず声を上げると、続いて樹音と沙耶も声を漏らす。対する転生者は気づいていないらしく、美里も首を傾げる。
「誰?あれ」
「あ、そっか。その、実は、相原さんに会う前に転生者と話してたんだ」
「それがあの人って事?」
無言で頷く碧斗。ヒソヒソと話している内に、店員に声をかけられ強制的に席に座らせられる。
ただでさえ同じ空間に居るだけで問題だと言うのに、それに追い討ちをかける様にカウンター席の近くに案内され、転生者との距離が縮まる。
「ど、どうする?話しかける?」
「さっきの話をした後に平然と話しかけるのは難しいものがあるな、」
「そ、そうだよね、」
樹音と碧斗、沙耶が続けて言う中、その話に全くついて行けていない美里はジト目を向けた。
「あんた、、まさか他の人にまで迷惑かけてんの?」
「ちっ、ちがっ!いや、でも、違わない、かも、」
自信なく声をくぐもらせる碧斗。
先程のあれは、正直迷惑になっていたであろう自覚がある。だがしかし、そう簡単に引き下がるわけにもいかない。あの転生者はどこで暮らして何をしているのか、確実に何かあるはずだ、と。
疑っているのでは無く期待しているのだ。我々と同じ考えを持っているのではないかと。だが、それを確認する術は向こうからすれば迷惑である事この上ない訳で。
「やっぱり話しかけよう。さっきみたいに何も言わない方が迷惑だ」
そう覚悟を決めた碧斗は席を立つ。マーストは一瞬止めに入ろうと試みたものの、仕方ないといった表情でそれを受け入れる。
沙耶と樹音も同じ様で、ゆっくりと碧斗の後を追う。
「あ、あの、先程は申し訳ありませんでした、」
「あ?」
碧斗が恐る恐る話しかけると、威圧感を露わにした。体格差が大きくある為、まともに言葉が出て来なかったが、なんとか口を開く。
「さっきは何も言わずに追いかける様な真似してごめんなさい。その様子だと王城には帰ってないみたいだけど、その、何、してる、の?」
恐怖感を覚え、後半は言葉が出て来ず随分と直球な物言いになってしまった。
その後、舌打ちをしたかと思うと、次の瞬間
「しつけぇんだよ!てめぇらッ!」
「っ!」
声を荒げると同時に軽く腹を押される。
軽く。
ほんの軽く、だった。
軽く押されたはずだったのだが、碧斗の体は店の反対側の壁にまで到達し、叩きつけられる。
「ごはっ!?」
「キャァァーーッ!」
店内には悲鳴が響き渡る。
おそらく「何も知らない」客だろう。だが、相手が何者であるかを理解している沙耶と樹音、美里でさえも何が起こったのか分からずに唖然とする。
それは、マーストも碧斗も全く同じだった。
「怪我したくなけりゃ、もう関わってくんなよ」
小さくそう吐き捨てると席に戻ろうとする。だが、それを止める様に沙耶が割って入る。
「ご、ごめんなさい。私達、悪い事しちゃったのは分かってます、、でも、暴力は、だ、駄目です!」
震えながらもその男子の姿を見据えて言い放つ。
「はぁ、お前らが付け回すからわりぃんだよ。お前も吹き飛ばされたく無かったらさっさと俺の前から消えろ」
挑発的に責めいるその男子に、沙耶は頭が真っ白になる。それを止める為にも、途切れ途切れになりながら碧斗は声を上げる。
「ち、ちょっと待てよ。ここに、入った、のは偶然だし、つけてたわけじゃないっ、ぞ」
「んな事どうでもいい。さっさと消え失せろっつってんだ、こっちは」
「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。確かに最初のあれは警戒しても仕方ないけど、僕達は君がどうしてるのか聞きたいだけなんだ。だから、話だけでもーー」
「だぁーかぁーらーーっ!てめぇらに話すことなんて、1つもねぇんだよ!」
そう叫ぶと同時にまたもや拳を振り上げる。
それを見た沙耶はすかさず攻撃を防ぐべく男子との間に岩を出現させる。だが、その拳の勢いは止まることなく岩へと向かう。
そして、拳が岩へと到達する。
"普通"ならばその男子が怪我をしているはずであろう場面である。が、それとは真逆の光景が碧斗の目には写し出される。
壊せるはずのない頑丈な岩を、たった一撃で破壊したのだ。
「「えっ!?」」
目を疑う光景に思わず声を上げる沙耶と樹音。
その後、その男子は手首をスナップさせると、やれやれといった様子で息を吐いてそれを自慢する様に言う。
「見ただろ?お前らには俺と戦う事は出来ない。バトルが始まる前には、戦闘は終わってるんだからな。分かったらさっさと消えろ、何度も言わせんな」
そう言い放った瞬間、その男子の前に西洋の剣の、刃の部分が映し出される。
「危害は加えさせないよ」
沙耶と転生者の間に剣を構えて樹音は声のトーンを下げて言う。
それに対してまたもや歯嚙みすると、その男子は口を開こうとする。
が、刹那、碧斗が割って入る。
「戦闘とか言ってるけど、お前戦いたくないんだろ?王城の食堂にいた時もなんか言ってたと思ったが、本当は争いたくないんじゃないのか!?」
無理にキャラを作っている様に見えたその男子に、図星を突くかのように言い放つ碧斗。
するとやはり図星だったのか、男子は碧斗の前に一瞬で移動する。
その時間、約0.4秒。
何が起こったか分からない。先程まで沙耶の隣を通過していたはずの転生者が、瞬間碧斗の目の前に写し出される。
「なっ!?」
「「「「っ!」」」」
碧斗が思わず声を漏らすと同時に、その場の4人も声にならない嗚咽を漏らす。だが
「言う事聞かねぇからだ。間抜け」
そう言うが早いか殴りに入る。それを見逃さなかった樹音が既のところで割って入り、両手に剣を生成して防御する。しかし、
「くっ!」
能力で生成された、"絶対に壊れない剣"がその男子によって粉々に砕かれたのだ。そこに来て皆はその強さを理解する。
この人には勝てない。と
そう考えた刹那、樹音の腹に軽く触れる。
「忠告はしたぞ」
「っ!」
「軽く」だったはずなのだが、気づくと樹音はカウンター席の方にまで吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。
「俺にはまだここでやる事があんだよ。てめぇらがここから出てけよ」
呆れ半分にそう吐き捨てると、その男子は最初に座っていたカウンター席へと戻る。
これ以上は分が悪いと考えた皆は、マーストが碧斗を。沙耶と美里が樹音を支え、その場を後にした。
「チッ、、お前らも見てんじゃねぇよ、見せもんじゃねぇぞ!」
店内の客にジロジロ見られている事に気づき、男子はそう力強く言う。
その後、辺りは一瞬にしてしんと静まり返った。そんな店内に、容赦なく1人の男子が入店する。
「ここにいたかぁ、探したよ。大翔君」
「誰だ、おめぇ」
「俺はS。Sって書いてシグマだ。裏切り者どもがここから出て行くのが見えたんだけど、もしかしてあいつらとお友達?」
そう名乗りをあげると、そのSと言う男子は詰め寄る。
面倒な事であると察した「大翔」と呼ばれた男子は、Sに息を吐き出すように言う。
「んなわけないだろ。敵みてぇなもんだ」
それを聞いたSはまるで何かを企む様な笑みを、大翔に送った。
「それなら君に1つ、話したい事がある」




