40.転生者
「はあ、はあ、はあ」
襲撃から逃げてきた3人は、街の裏通りまで辿り着くと息を吐いた。
1番張り切っていて、誰の事もおぶっていなかった碧斗が1番疲れているところは突っ込まないでくれ。と、脳内で誰に言うでも無く呟く碧斗。
あれから数時間かけて走っていたのもあり、空には朝日が見え始めていた。
「こ、ここまでは、来ない、よね?」
「ああ、おそらく、な」
確信は無いものの、長時間走り続けた事もあり、ここまでは追っては来ないだろうと予想した碧斗は、樹音に向かって弱々しく言い放った。
「だと良いのですが、ひとまず撒けたと考えてよろしいですかね」
「でも、ここからどうする?家も倉庫も駄目って、あの野宿の時と全然状況変わって無いな、」
「そ、そう、だよね。とりあえず寝る場所の確保だけは絶対にしておかないと、」
樹音の提案に頷く2人。だが、寝る場所の確保と言ってもそう簡単に出来る事ではない。現に、今まで自分達の力で安全地帯の確保を達成できた事がないのだ。
故に、頭を抱え3人は唸る。
「とりあえず、水篠さんが起きるまで少し休んだ方が良いかもな」
碧斗の案に皆は賛同し腰を下ろす。
この時間帯は転生者が王城に戻らなければならない時間なだけに、危険性は薄いと考えた碧斗達は1度作戦会議を含めた休憩を挟む事にした。
だがその瞬間、路地裏に差し込む光の先、大通りを横切る何者かの影を目の当たりにした碧斗は、驚きに思わず声を漏らす。
「今の、、転生者じゃ、ないか、?」
「えっ!?」
その声に反射的に反応した2人は、碧斗の見つめる先、大通りの方を凝視した。
碧斗はひっそり大通りへと顔を出し、"その人"の後ろ姿を観察する。あのガタイが良く、黒髪で刈り上げられた髪型、おそらくあれはツーブロックと呼ばれるものだろう。その見た目は、間違いなくあの食堂で修也の胸ぐらを掴んでいた男子の姿だった。
それを確認すると、碧斗は樹音とマーストに向き返り、小声で呟く。
「や、やっぱりそうだ。あの体つきは忘れるはずがない、転生者だ」
「や、やっぱそうなの?」
「ですが、何故こんな場所にいらっしゃるのでしょうか、?今の時間帯は王城に戻っていなければならない時間だというのに」
マーストの問いに頷き、唸る。確かにその通りだ。
今戻っていなかった場合、碧斗達と同じ様に裏切り者と言われかねないので、「普通」の転生者は王城に戻るはずなのだが、むしろその男子は王城と逆の方面へと歩みを進めている。
一瞬、我々と同じく人々から追われる身であるのかとも予想し、話を聞きに行こうかとも考えたが、流石にそれはリスクが高すぎると考えた碧斗はやはりここで身を隠す事に専念する事にした。
「と、とりあえずここにいれば安全なはずだ。水篠さんが起きるまでは下手な行動は控えた方が良いな」
「そ、そうだね。まずは水篠ちゃんの回復が第一、だね」
そう言うと、樹音はバツが悪そうに唇を噛む。すると、その瞬間碧斗の背後から声が上がる。
「う、うぅーん、、ここ、って、?」
声に反応した碧斗達は同時に、発せられた方向へと振り向く。
そこには虚な瞳で、眠たそうにしながら片目を擦る沙耶の姿があった。
「み、水篠さん!」
「よっ、よかった、!」
碧斗と樹音が安心に声を漏らす。マーストも、声こそ出してはいなかったが、安堵している様子だった。
その皆の様子に、首を傾げ「ど、どうしたの?」と呟く沙耶。
そんな半分寝ている状態の沙耶に、現状を説明する。
「へっ!?すっ、すみません!伊賀橋君も、円城寺君も、マーストさんにも、迷惑かけちゃって、、」
3人で交代しながら沙耶を運んできた事を告げると、目が覚めたのか、慌てて謝る。
「いや、全然大丈夫だよ。まあ、俺は全然運んでないけど」
「僕も全然気にしてないし、平気だよ。それに、最初、横になってる水篠ちゃんを持ち上げる時伊賀橋君がいなかったら逃げられなかった。伊賀橋君は全然運んでないわけじゃないし、むしろ凄く助かったよ」
と言い「だから大丈夫だよ」と笑う。相変わらず爽やかな樹音の笑顔に、男であるのに動揺してしまう。
「に、にしても、元気そうで安心したよ、水篠さんには色々苦労かけちゃったし」
「ありがとう。僕のために色々してくれたんだよね?」
「いっ、いえいえ!そ、そんな、苦労だなんて、、感謝される様な事は、何も、」
慌てて両手を振り、否定する沙耶に優しく微笑む2人。
「でも、本当に元気みたいで良かった。今までとは比べ物にならない程に能力を多用に使ったから、相当な負担がかかってた筈だけど、本当に大丈夫?」
「う、うん!ちょっと疲れちゃったけど、大丈夫!」
笑って答える沙耶に「そっか、良かった」と笑い返す碧斗。
「でも、すぐ動くのは体にも良くないし、危険だから、もう少しここで待ってた方が良さそうだね」
「そうだな。じゃあ今のうちに作戦練っとくか!」
樹音の意見に頷いた碧斗は、沙耶の方を見ていた顔を、皆の方へと向かせる。
刹那、目の隅に先程見つけた転生者の姿が、またもや写し出される。
「っ!」
それに驚いた碧斗は立ち上がる。
「どっ、どうしたの?」
「ま、まさかさっきの人?」
不思議そうに眺める沙耶と、何かを察した様に身を乗り出す樹音。
それに無言で頷き、続ける。
「間違いない、さっきの人だ。一体何やってるんだ、?」
疑問に思う碧斗に続き、マーストも同じように目の色を変える。
「可笑しいですね。この時間帯でこの表通りを何度も往復しているというのは、何か理由があるのでしょうか?」
マーストの言う通りである。あの愛華でさえ、この時間は王城に戻っているというのに、確実にあの人には何かあるのだろう。
誰よりも先に修也を止めに入った、勇敢な心の持ち主である事を思い出した碧斗は、自分達と分かり合えるのではないかと考え、冷や汗混じりに呟く。
「つ、つけてみるか」
「「「えっ!?」」」
マーストを含め、3人が驚愕の表情を浮かべる。
無理もない、隠れている身であるのにわざわざ挑戦するかのような行動をしようと言い出しているのだ。
それを理解し、ハッと我に帰った碧斗は笑って訂正する。
「ご、ごめん。冗談だよ、ちょっと考えてただけだから別にーー」
「ううんっ、行こ!」
「「え?」」
沙耶が立ち上がって元気に声を上げる。それに対し、碧斗本人までもがポカンと口を開ける。
「い、いや、今のは、なんていうか、その、勢いで言っちゃった的な、」
慌てて訂正するものの、完全にその気にさせてしまったようで、準備は万端と言わんばかりに沙耶は目を輝かせていた。
そんな中、マーストが小さく詰め寄る。
「水篠様、お言葉ではございますが、今現在の行動は控えた方がよろしいかと。貴方様のお体の状態もございますし、お休みになられていた方が」
「そうだよ。伊賀橋君も、本気じゃ無かったみたいだし、流石にそれはリスクが高いと思うよ」
マーストと樹音は反対派の様で、急いで止めに入る。だが、それに首を振りこちらを見つめる沙耶。
「伊賀橋君、それ冗談、、も、少しは入ってるかもしれないけど、本当の気持ち、、だよね?あの人も、私達みたいに戦いを望んでないんじゃないかって考えたんだよね?」
「えっ!?」
まるで、心を見透かされているかの様な口ぶりに、思わず声を漏らす碧斗。
確かに、危険である事は分かっているが、あの食堂での出来事の時から気になっていたのだ。
あの、"最後に呟いた一言"を。
だが、それを理由にして危険を冒すだなんて、流石に周りを考えてなさすぎる。確信のないものを胸を張って言えるわけもなく、碧斗は諦めるかの様に呟く。
「いや、大丈夫だよ。少し深追いしすぎただけだし、それに、もう話してる間に見失ってるし、追うのは、やめとこう」
優しく言う碧斗に、樹音とマーストは頷く。だが、沙耶は怒ったように頬を膨らませると、碧斗に責め入る。
「駄目だよ!私だってずっとわがまま言ってたんだから、伊賀橋君のわがままに付き合わせてよ!駄目だったら今度は私がなんとかするから、だから、、その、、したい事、してよ、」
徐々に声が小さくなっていってはいたが、沙耶の気持ちは伝わったようで、碧斗は力強く頷く。
「分かった。円城寺君とマーストはここで待ってて。まだ近くにいるかもしれないから俺と水篠さんで探しに行ってくる」
碧斗が2人の方を見てそう宣言すると同時に、背後にいる沙耶も頭を縦に振った。
「じゃあ、行こっか」と小さく笑い、それに笑顔で答える沙耶。2人が歩み始めた瞬間、樹音が呼び止める。
「いや、やっぱりそんな危険な事2人だけにやらせるわけにはいかないよ」
真剣に碧斗の目を見て言うと、少し間を開けて「だから」と続ける。
「だから、僕も行くよ」
「「えっ!?」」
予想外の言葉に、表情を曇らせていた2人は驚く。
それに碧斗はすかさず「ありがとう」と笑う。正直、大怪我を負っている樹音を歩かせるのは気乗りしないが。
だが、こんな自分勝手な意見を本気で受け入れてくれる事が嬉しくて仕方がなかった。
ーまあ、戦う事になったらみんなには逃げてもらおうー
そう心で決めて、碧斗は言い放つ。
「じゃあ頼む。円城寺君」
その掛け合いを目の当たりにしたマーストは、やれやれといった様子で「仕方がないですね」と呟くと碧斗の方へと向かう。
それに笑みが溢れた碧斗はその笑顔のまま声を上げる。
「行くぞ!みんな」
☆
不思議なものだ。少し前まで皆を助けられないと悩み、危険を避けてきたというのに、今では真逆の行動をしている。
今までも変な自信などはあったが、今はあの時の様な自分に酔っているような感覚ではなく、本当にポジティブに物事を考えているといった感じだ。
「やってやる」
今の自分は、そんな力強い意志に満たされていた。
ーもしかして今の俺、結構前向きになってる、、のか?ー
痛さも、辛さも十分理解している。それでもなお、その恐怖に打ち勝とうと前を向いている。
前の自分にはあり得ない光景である。「その時」がきてしまったらまた恐怖するだろう。
それでも宣言できる。
ー今の自分は、前を向いて歩いていけるー
と、脳内で唱えた瞬間、樹音が尋ねる。
「それで、どこに向かってるの?」
「前にだ」
「え?」
丁度同じような事を考えていただけにそのままの事を口に出してしまい、ハッとする。
「いや、その、わ、分からない」
「やっぱり、もう行っちゃったのかな、?」
沙耶が残念そうに俯く。樹音ももう諦めた方がいいんじゃ、といった顔で碧斗を見つめる。
こんな力強く宣言したばかりで呆気なかったが、やはり現実は現実の様だ。見失ったものは仕方ない。
と、碧斗は諦め半分に息を吐く。
「だ、駄目そうだな。やっぱ、路地裏に戻って休んでた方が、、っ!」
そう言い放ち、振り向く。
それと同時に先程の転生者が見え、声を飲む。
「どっ、どうしたの?」
「もしかして、見つけたの?」
「っ!お、おそらくあの方かと、あのお姿はおそらく27番目の勇者様ですね」
驚いた様子の2人を差し置いて、マーストは淡々と話し始める。
完全に見失ったというのに、またもやこの場所に戻ってくる。
ーこれは、確実に何かあるなー
その「どこかおかしい点」が確信に変わったその瞬間、碧斗は目つきを変えて小さく皆に告げた。
「静かに追うぞ。どこに行くのか、徹底的に調べさせてもらおう」




