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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第2章 : 喪失感と葛藤(アジテション)
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39.追手

「はぁ、はぁー、熱かったぁ、あれは流石に終わったと思ったなぁー」


 焼け焦げた翼を眺めながら独り言を呟く。

 誰からの襲撃だったのかは、木の影に隠れていたのもあり分からなかったが、大体の予想はついていた。

 左の羽の痛みは「左手」に反映される為、右と比べると左手がジンジンと痛むのを感じた。だが、本当だったら完全に燃えていただろう。

 普通に戦闘していたのだとすれば、確実に翼の1枚くらい一瞬で焼き尽くされてしまった筈なのだが、羽の見た目と、腕の痛みが大きいものではないという点を考えると小さい発火だったと言えるだろう。

 それは、つまり


 手加減されたのだと。


 そう考えるとムカムカとした感情が湧き上がった。

 翼を燃やした犯人は大体予想がついている為、余計に腹が立つ。


「ほんと、可愛くないなぁー、あの子はぁ!」


 ゆっくりと浮遊していた奈帆(なほ)は、上空に止まったまま空にそう怒りを露わにしたのだった。


           ☆


 美里(みさと)に助けられた後、他の転生者に見つかると目をつけられてしまうため、碧斗(あいと)は1人でマーストの家へと走り出した。

 先程の美里の顔を思い出すと胸の奥から何かが込み上げてくるのを感じる。これは一体何なのだろうか、だが今は"それ"を考えている場合では無い。一刻も早く家に向かわなくてはならないのだ、と。

 なぜならマーストの家は「向こう側」にバレてしまっているからだ。追ってきていたのが奈帆だけだとは限らないと考えた碧斗は、絶望的な想像をしてしまう。


ーでも、絶対そうはさないー


 そう脳内で覚悟を決めた(のち)、目つきを変えて、碧斗はヘトヘトになった足を無理矢理進めた。


           ☆


「はあ、はあ、なんとか、着いた、」


 息を切らした2人は、家に辿り着いた安心感から息を吐いた。

 扉に鍵をかけたマーストは沙耶(さや)を下ろすと、樹音(みきと)に向き変える。


「では、円城寺(えんじょうじ)様の手当てを、」


「いや、僕は大丈夫だから、水篠(みずしの)ちゃんを先にお願い」


「で、ですが、」


 確かに能力の使い過ぎで、体力に限界がきてしまった沙耶よりも、樹音を優先する気持ちも分かるが、そういうわけにもいかない。

 そう思い首を横に振ると、仕方ないといった様子で「分かりました。なるべく手早く終わらせますので、お待ち下さい」と、真剣に述べた。


「分かった」


 マーストに短く返すと、壁にもたれかかる様に座り込む樹音。その場に居る2人の脳内には、沙耶の心配と同時に、碧斗の安否の心配で埋め尽くされるのだった。


           ☆


 ドンドンと、力強く響いた扉に手をかけるマースト。開くとそこにはボロボロになった碧斗の姿があった。


「あっ、碧斗様!?」


「ま、マースト!みんなは大丈夫か!?誰か攻めてきたりとか、」


「いえ、幸いどちら様もいらっしてはいないようですけど」


 驚いた様に話すマーストに「良かった、」と。息を吐く様に言うと、安堵からその場に座り込む。

 それにすかさずマーストは続ける。


「それよりもボロボロではございませんか!早く治療をしなければ、」


 玄関の前からリビングの方へと目をやると、奥に安静に寝ている樹音が見えた。おそらく皆の治療をし終わった後か、治療の最中なのだろう。

 忙しい中、申し訳ないとも思ったものの、敵が攻めて来ていない事にひとまず安心し、目を瞑るのだった。




 ふと、目を覚ますと、マーストが3人の看病をしながら周りを警戒している姿が目に入る。


ーああ、俺たちを狙ってる輩が来るのを監視してくれてるのか、、そんな事までさせて、俺は、ー


 様々な感情に襲われた碧斗は、立ち上がろうとする。が、身体が重く、言うことを聞いてくれない。

 やはり、相当な疲労なのだろう。現世では50メートル走を2回走っただけでバテてしまう碧斗には、この環境が想像している何十倍も、身体に負担をかけているのだ。

 情け無い、そう思いながらもなんとか奈帆を追い払うことが出来たことへの、多少の達成感を感じていた碧斗。

 ほぼ、美里のおかげだが。


 ふと、目が覚めていた碧斗に気づいたマーストは、慌てて詰め寄る。


「っ、碧斗様。まだ起きてはいけません。完全に回復するまで安静に、」


「だが、マーストに負担をかけちゃってるだろ。俺も、監視すれば、少しは楽にーー」


「いえ。碧斗様は休んでいてください」


 言い終わるよりも早く割って入るマースト。その言い草に怯み「わ、分かった」と呟く。

 だが、夜の間ずっとマーストに頼みっきりというのも問題だろう。第一に、マーストも疲れ切っている事に変わりはないのだろうし。

 なるべく早くに回復して、マーストを手伝わなければ。そう考えた直後、碧斗はまたもや睡魔に襲われ、意識が遠のいた。


           ☆


「クッ、流石に分が悪いかな」


「おっしゃる通りですね。わたくしは碧斗様を担ぎますので、円城寺様は水篠様を」


 遠くから何やら会話が聞こえる。会話の内容までは頭に入ってこなかったが、おそらくマーストと樹音の会話だろう。

 半分、意識の飛んだ状態で思考を巡らせる事数分、ことの状況を飲み込んだ碧斗は起き上がる。


「え、円城寺君!」


「あっ、伊賀橋(いがはし)君!起きたんだ、良かったぁ」


「碧斗様、お体の方はご無事でしょうか?」


「あ、ああ。問題ないが、今、や、やばい状況なのか?」


 2人は焦った様子で、碧斗を見下ろす様な姿勢をしている。その姿に何か良からぬことが起きたのだと察した碧斗は、恐る恐る訊く。


「はい。水篠様が捕まった際に見張りをしていた輩が扉の前に来ています。急いで裏口から避難を」


「なっ!?それ、相当まずいじゃんかよ!こんな話してる場合じゃない、水篠さんはまだ寝てるの?」


「うん、、やっぱり、相当無理してたみたいだね。僕、無理させちゃってたのかな、」


 落ち込んだ様に俯く樹音に、真っ正面から力強く言い放つ。


「いや、水篠さんは円城寺君を助けようとして自らの意思で行動したんだ。むしろ、成長の手伝いをしたんだから、胸張っていいと思う」


 碧斗に力強く言われ、目の奥が熱くなる樹音。反射的に目を逸らすと、代わりに「ありがとう」と笑顔を作った。


「では、水篠様はわたくしが運びますから、皆様は街に降りて身を隠せるところをーー」


「いや、水篠ちゃんは僕がおぶるよ。マーストさんの方が、疲れてるはずだから」


「え、円城寺君は傷大丈夫なのか、?」


「少し痛むけど、助けるのが優先でしょ?」


 樹音の言葉に圧倒され、思わず笑みが溢れる。マーストはまだ何か言いたげにしていたが、それを振り払う様に笑顔を送って、樹音は立ち上がる。

 その様子を見て、心で「よしっ!」と覚悟を決めて立ち上がる碧斗。よろよろと、未だ覚束無(おぼつかな)い足取りではあったものの、少しの筋肉痛くらいで済んだ事に幸運を感じながら、皆に向き返り「よし!行こう」と声を上げた。

 それに力強く2人は頷くと、沙耶をおんぶし、裏口から駆け出した。


           ☆


 コツコツと、静かな廊下に足音が響く。皆が寝静まった暗い道を、先程の事を思い出しながら歩く。

 決して良い事だったというわけではないのだが、その顔はとても生き生きとしていた。そんな「彼女」の前に、今は会いたくない人物が現れる。

 月明かりに照らされた、その黒髪ショートボブで整った顔立ちの女子、清宮奈帆(せいみやなほ)の姿に、一瞬たじろぐ。が、直ぐに取り繕い無言のまま通り過ぎようとする。

 その時ーー


「ねぇ、相原(あいはら)、美里さん?」


 自分の名を呼ばれ、立ち止まる。その瞬間、額からは汗が噴き出し、心臓が脈打つ。

 それを悟られないように深呼吸すると、奈帆に振り返り「何?」と素っ気無く返した。


「さっきの、、相原さんじゃ、無いよね?」


「さっきの?何言ってんの?」


 なんとかこの場をやり過ごすために、(しら)を切る。だが、それに動じずに更に近づく奈帆。


「あっ、いやいやー。別に何でもないからっ!ごめんね、なんか変な事聞いちゃって」


 と笑って手を振る。その様子にため息を吐くと「別にいいけど」と呟き、また歩き始める。

 だが


「ねぇねぇ!相原さん!」


 引き止められて嫌々振り向く。

 すると、直ぐ近くにまで迫った奈帆の顔が写し出された。それに驚き、後退ろうとした瞬間声のトーンを落として奈帆は耳元で呟いた。


「私の翼、"燃やされた"んだけど。貴方じゃ無いって思うと思った?」


「っ!」


 反射的に飛び退くと、王城が燃えない程度の炎を廊下に放ち、部屋へと走る。


「やっぱり、ねぇ。ふふふ、逃げられるのは今だけだからね、あーいはらさーん」


 甲高く笑う声が廊下を埋め尽くす。それに耳を塞ぎ、美里は部屋へと駆け出した。

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