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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第1章 : 終わりの第一歩(コマンスマン)
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37.成長

「助けに来たぞ!円城寺(えんじょうじ)君」


 怖いという気持ちを和らげるために、強気で胸を張る碧斗(あいと)

 その姿に表情を明るくした樹音(みきと)は、来てくれたんだ!と言わんばかりの視線を送る。対する沙耶(さや)も樹音を見据えて、力強く頷く。碧斗と同じで強気に向かおうとしているのだろう。

 いくら2人がかりだったとしても、樹音をここまで追い詰めた2人である。正直、怖くないわけがない。

 それなのに、真っ直ぐと前を向く沙耶の姿は、やはり成長したと言えるだろう。


「まあ、今更来たところで遅いけどねっ」


 そういうと奈帆(なほ)は翼を広げ、空に滑空(かっくう)する。


「なっ!?一体何を」


伊賀橋(いがはし)君!清宮(せいみや)さんは羽根を飛ばして攻撃してくるんだ!」


「羽根!?」


「ど、どうしよっ、伊賀橋君!煙、出さないのっ!?」


「駄目だ!もし煙で目眩しが出来ても、相手は上にいる。つまり、無差別で攻撃されたら勝ち目がない」


 そう、もし煙を出したら、それこそ自分の首を絞める事になるだろう。宙に浮かぶ相手には煙は届かず、こちらの視界が狭まれてしまうのだ。

 もし相手が敵味方関係なく攻撃する人だったとするならば、それこそデメリットしか存在しない。


「で、でも、このままじゃ、」


「何、話しても無駄だよー。羽根を1本ずつ飛ばしてジワジワと(なぶ)り殺してあげるっ!」


 そういうと同時に、羽根を飛ばす。その瞬間、1つの考えが浮かび、沙耶に急いで耳打ちする。


「まだ石を大きくする力って残ってる?」


「えっ!?あ、うん、出し切るまでいけるよ!」


 それでは駄目なのだが、と内心で心配しながらも、他にもう策は存在せず、"ポケットにしまった石"を真上に放り投げる。


水篠(みずしの)さん!これを屋根に出来る!?」


「うん!やってみるっ」


 そういうと、その石は空中で平らで大きな板の様に伸び、攻撃を全て防ぎながら、更にそれを支える(あし)が四つ角に作られる。

 と、それが床に付き、完全に"屋根"のような状態に変形する。


「えっ!?」


 奈帆が驚きで声を漏らす。


「はぁ、はぁ、で、できっ、たっ」


「凄いよ!よく頑張ったね、本当、よく頑張ったよ」


 今まで見た事がないほどに上達した、沙耶の能力を前にし、心から称賛の声をかける碧斗。本当はもう体力の限界に近いはずなのに、ここまで巨大な物に変形させてしまった事に罪悪感を感じる。

 だが、皆で助かるためにはそうするしかないのだ。もう少しの辛抱だから、頑張ってと心で思い、樹音のところまで走って向かう。


「く、くそっ!そうはさせるかよ」


 碧斗に向き返り、構える将太(しょうた)はそう言うと、向かってくる碧斗に爪を伸ばして「あの時の傷」のある足を狙う。しかし


「それはこっちの台詞だ!」


 そう叫ぶと、将太の背後から横腹に峰打ちをする樹音。


「くあっ!?」


 体勢を崩された将太は、2、3メートル付近にまで吹き飛ばされる。樹音は今がチャンスだと言わんばかりの視線を、碧斗に送ると同時に駆け出す。

 碧斗は向かって来た樹音の手を取ると、2人で先ほど登って来る時に使った、縦に伸びきった石の元へと向かう。

 それを阻止しようと奈帆は高度を下げるが、時すでに遅し。奈帆が3人を視界におさめたその時には、碧斗達は石の上に立っていた。それに冷や汗を掻きながらも、余裕の表情を作ってみせる奈帆。


「でも、ここ屋上だよー?飛び降りたりしたらどうなるか、流石に分かるよね?」


 だが、そんな挑発的な言葉を無視し、碧斗は沙耶に呟く。


「いけそう?辛かったら、他に方法をーー」


「ううん、まだ頑張れるよ!みんな、一緒に無事で帰ろ!」


 その力強い言葉には重い意志の様なものを感じた。その瞳に圧倒され、「分かった。じゃあ、その後は俺がなんとかするから」と強く頷き返した。


「なーに、ごちゃごちゃ話してんの?そろそろ諦めた方が、いいんじゃない、、のっ!」


 その掛け声と同時に羽根を飛ばす。だが、碧斗達はそれを避けるように、先程上に伸ばした石を、能力をゆっくりと解除していく事によって少しずつ下に下がっていく。


「えっ!?」


「降りる時の事考えてない訳ないだろ。能力を徐々に解除する事によって、巻き戻しているかのようにゆっくりと地面まで降る事ができる。つまり能力を原動力とした、石のエレベーターって事だ!」


 碧斗の言葉に、状況を理解した奈帆は、それを追いかけようとする。それと同時に、地面に足を着いた碧斗は逃走を図る。だが、しかし


「も、もぉ、だめ、かも」


 恐れていた事態が起こる。沙耶が強大な能力の連続使用により、体力の限界が訪れる。その場に倒れ込んでしまった沙耶を、急いで連れて行こうとおんぶしようとするが、しかし。

 米1(ぴょう)を運ぶのでさえ精一杯な碧斗の腕では、意識が無い状態の、全体重がかかっている沙耶を運ぶのは至難の技であり、持ち上げる事が出来ない。


ーう、嘘だろ、意識のない人って、こんなに重いのかー


 冷や汗が頬を伝う。早くしなければ奈帆が来てしまうというのに、ここで時間をかけるわけにはいかない。

 焦りを覚えた瞬間、碧斗の隣でずっと息を切らしていた樹音が割って入る。


「僕が運ぶから、とりあえず逃げて!」


 全身ボロボロだというのに、力強く言い放つ樹音。罪悪感と劣等感が同時に押し寄せた碧斗は、慌てて言う。


「いやっ、そんな怪我してるのにそんな事させられない」


「じゃあ、伊賀橋君持てるの?」


 半分、悪戯っぽく笑う樹音に押し黙る。だが、すぐに何かを思い立って顔を上げると、1つ提案する碧斗。


「右側だけ、お願いしてもいい、?」


 申し訳なさそうに小さく言うと、最初はよく分からないと言った顔をしたが、すぐに理解すると頷き、右の肩を持つ。

 その後、碧斗も急いで左の肩を貸し、2人でゆっくりと沙耶を運ぶ。




 数分後、森の中にある1本の木の後ろに待機していたマーストが、慌てて向かってくる姿が見える。


「碧斗様っ!ご無事ですか?」


「ああ。色々、大変だったけどな。でもなんとか全員無事だ」


 碧斗が、疲労の混じった笑顔で答えると、マーストは沙耶の肩を取る。


 「あ、大丈夫ですよ」と樹音は慌てて入るが「いえいえ、相当な疲労のようですし、ここはわたくしに任せてください」


 と断られ、軽々と沙耶を持ち上げるマースト。確実に、マーストが戦った方が強いだろうと碧斗は心で思う。

 少なくとも、碧斗よりは断然。


「では、早急に倉庫に戻りましょう。傷の手当てが間に合わなくなると大変です」


 頷き、同意した碧斗達は急いで倉庫へと向かう。

 マーストの助けにより、素早く倉庫に戻ることが出来た。これでボロボロの樹音も、限界で倒れてしまった沙耶も手当て出来るとホッと安堵した瞬間、


「おー、やっと来たねぇ、伊賀橋碧斗」


 倉庫の「真上」から声が聞こえ、反射的にマーストを含め3人は後退りながら空に目をやる。

 そこには翼で宙を舞う奈帆の姿があった。


「くそっ、先回りされたか!?」


「こ、ここは僕がなんとかするから水篠ちゃんを頼むよ!」


 直ぐにそう叫ぶ樹音に、勝手に決めるなと碧斗は割って入る。


「円城寺君だってやばい状況なんだから、そんな事出来るわけないだろ!とりあえず、逃げるぞ!」


 そう言うが早いか、走り出す碧斗。迷いから立ち止まった樹音だったが、マーストに「逃げましょう」と言われ仕方なく走り出す。


「もう逃さないよ?」


「っ!くるぞ、羽根の攻撃だ」


 碧斗が何もしないよりかはマシかと、煙を出してみるが、効果はないようだ。上からの攻撃で、更には1つの場所に全体攻撃が出来る能力は、本当に相性が悪いものだ。


「とりあえずわたくしの家に逃げましょう」


「大丈夫っ、なのか?家、バレてるっ、だろ?」


「どちらにせよ、どこに行ってもバレてしまいます。今は治療が出来る場所に避難する事が最優先です」


 確かにそうだと頷く。樹音と沙耶の2人を安静にしてあげられる場所を確保するのが、今は1番である。そう考えた碧斗は、マーストと樹音を呼び止める。


「少し遠回りではあるが向こうの森林を通って向かうぞ!」


 走っても追いつかれる、更には上からの追撃は確実に当たる。それなら、上から見えなくすれば良いのだ、と。

 木で覆われた森林は、上空からの攻撃は難しいと考えた碧斗。その碧斗の言いたい事を理解した2人は、共に森林へと足を進める。


「クッ、なるほど。上から見えないところに隠れたかー、こりゃ一本取られたなー。でも、私から逃げられると思わないことだねっ」


 小さく奈帆は微笑むと、空高くに飛び上がり森林の抜け場所に先回りする。木の影からそれを目の当たりにした碧斗には汗が浸る。

 木陰で治療に励もうとも考えたが、治療用具を持ち合わせていなかった事により再びピンチが訪れる。


「一回倉庫に戻って治療する?」


「いや、おそらく倉庫に戻る事は予想範囲内だろう。逆にマーストの家に戻る方が時間は稼げるはずだ」


「で、ですが、わたくしの家に行く道にはもう先回りされていますが、どうされましょう」


 樹音、碧斗、マーストが次々と案を挙げるも、どれも良い解決策とは言えなかった。

 だが、このままずっと隠れていても樹音の傷の悪化や、沙耶の状態が悪くなる可能性もある。


「いや、危ないのは十分承知してるが、このままでも危ない。一か八かマーストの家に走って行くぞ」


 その言葉に2人は驚きを露わにするものの、それ以外の解決策も思いつかなかったこともあり、渋々了解する。

 だが、少し間を開けて碧斗は更に続ける。


「安心しろ。俺が違う場所から飛び出して(おとり)になるから、その内に家に行ってくれ」


「「なっ!?」」


 その言葉に更に驚愕する2人。その姿に、バツが悪そうに俯く碧斗。

 また、囮になる事くらいしか出来ないのか。と


「そんな事出来ないよ!僕も一緒にーー」


「駄目だ!」


 樹音が言うより前に、大声でかき消す。


「そんなの駄目だ。マーストは沙耶、樹音は自分を、それぞれ治療しなきゃいけないだろ。"無傷"なのは、俺だけなんだよ」


「伊賀橋君、」


「碧斗様、」


 悲しそうな2人の瞳を、見て見ぬ振りをして振り返る。最後に「絶対に、逃げ切れよ」と告げると、碧斗は外へと飛び出していった。


ー今度こそ、ー


ー今度こそはたとえ役割が囮でも最後まで足掻いてやるー


 意を決した碧斗は、走りながら拳を握る力を強めるのだった。

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