34. 劣勢
「あ、あの、」
静まり返った室内で、恐る恐る声をかける。その場には金髪チャラ男と水色の髪の女子の2人。
現状を告げに行った将太は帰っては来ず、奈帆は窓から翼を広げ何処かに姿を消した。
そんな3人だけになった室内で、冷や汗を掻く沙耶。
「ん?何か言うつもりになった的な感じ?」
チャラ男が振り返る。
「えと、その、伝えに行くって、い、一体、どこに、ですか?」
小さく途切れ途切れではあったものの、なんとか伝えることが出来た。
「どこって、君達の、アジトに、だけど?」
隣の女子が呟くように言う。
「え!?あ、アジトって、まさか、」
「あっれ〜?まさか、自分達の隠れ家バレてないとか思ってた?」
「!?」
ーえ!?ば、バレた?いや、でも、どうしてだろう。さっきの人ってやっぱりこっち側の人だったのかな、?ー
焦りを感じ、身体が震え始める。危ない状況になっているのは、やはり自分だけでは無いのだと理解した。
すると、丁度その時、ドアの向こうから小さく足音が聞こえ始める。
「おっ、来たみたいだなぁ」
「うん、倒す」
「え!?」
鼓動が速まる。この足音は一体誰だろうか。おそらく樹音だろうか?いや、だがどちらにせよ「味方」である事には変わりないのだ。と
「だ、駄目っ!やめて!」
「ははっ、安心しろってー。殺す事はしないからさ」
「そう。"動けなくする"、だけ」
「い、いや、もっと駄目!」
何故そんな拷問のような事をするのだろうか。やはり、他の人達をおびき寄せるためにだろうか。どちらにせよ、止めなければ。神経を集中させ、ドアの前に岩を出そうとする。だが
「おっとぉ、良いのかな?そんな事したらどうなるか、分かってるよね?」
何かを察したチャラ男の、脅すような物言いに肩を震わせる。
ーこ、怖い、でも、私が犠牲になる代わりに誰かが助かるならー
「自分が犠牲になる方がマシ、とか思ってない?」
「!?」
心を見透かした様な言動に冷や汗を掻く。このチャラ男の言う通りである。
だが、だからなんだと言うのだろうか、それを読みとって何になると言うのだろうか。これはただの揺さぶりでしかないのだと予想した沙耶は、岩を出現させようとする。
が、それと同時にチャラ男が声を上げる。
「清宮奈帆。さっきの子だ、その子が向こうに行ってる。今更岩で塞ごうと無駄だよ」
「えっ!?」
慌てて能力の発動を止める。沙耶が岩を出すのを止めた瞬間、その一瞬に生じた隙と同時に、チャラ男は声を上げる。
「今だ!やれっ」
「分かった」
刹那、そう呟いた女子の手から何かが現れ、鋭い何かが放たれる。その行動時間は僅か1秒弱。目に止まらぬスピードで現れた「それ」が何だったのかは分からなかった。
だが、確実にそれは危ないものであると脳は認識した。
「何やってるの!!」
「ん〜?いや、今来た人のみぞおち狙ってもらっただけだけど?」
「そ、そんな、」
「いや、弾かれた」
「何?弾かれた!?」
その言葉を聞いた沙耶はホッと安堵する。弾いたと言う事は樹音だろう。
ーてことは、この扉の前に立ってるのは、円城寺君で間違いなー
「ごはっ!?」
そう考えた直後、ドアの向こう側から声と轟音が鳴り響いた。
「えっ!?」
「はっ、やってくれたみたいだな。将太」
忘れていたが、伝えに行った将太も樹音の隣にいるのだ。そう考えると、今向こう側に居るのは先程の話が本当だとすると、奈帆と将太の2人になるが。
ーも、もしそうだったら、や、やばい、ー
1人で2人相手というのはいくら樹音でもキツいものがあるだろう。
そう考えた沙耶は、再びドアの前に岩を出そうと試みる。もうキツい状態なのは理解の上だが、せめてこの部屋の2人は外に出すまいと、最後の足掻きをしてみせる。
すると瞬間、何故か岩がドアの前に出現する。その「有り得ない光景」を前に、沙耶は頭が真っ白になる。だが、それは紛れもない現実なのだ。
どうして"それ"が出来たのかは分からなかったが、行く手を阻む事が出来たことにホッとする。
と、そんな沙耶を差し置いてチャラ男は笑う。
「おっと、またかぁ。やられたねぇ。でも、もう遅いと思うけどねぇ。多分、今頃は屋上でお楽しみの時間だよ」
「私の出番、終わり、?」
「安心して、君には碧斗という最後の相手を任せるから」
「やった」
普段から静かな声のその女子は、声こそ平坦であったが嬉しそうな顔をした。
ーよ、喜んでるところ申し訳ないけど、、伊賀橋君は来ない気がする、ー
脳内で謎の謝罪をする。そこまで自分の出番が欲しいのだろうか。
「ま、じゃあ、こっちは聞き込みでも始めますか」
「審問開始、」
「え、え?」
何を言っているのか分からずに首を傾げる。
「じゃあ、まずは自己紹介からだね。俺の名前は阿久津智也。そしてこっちの無口な子は神崎愛梨。どうして修也を守ってるのか、君達は今一体何をするつもりか、ちゃんと話してもらうよ?」
ーあ、阿久津君。チャラい見た目と話し方だけど、ちゃんと話聞こうとしてくれてるんだ、じ、じゃあちゃんと話さなきゃー
「えと、実はーー」
意を決した沙耶は、静かに現状を話し始めるのだった。
☆
樹音の真上の岩が、急降下する。その瞬間
バキンッ
「クッ、なん、とか、、止められた」
左手から剣を出現させ、瞬時に降ってきた岩を砕く。
「うわっ!その剣岩まで切れるの!?すごぉ〜」
「はあ、剣が1本だと思わないでよ」
声のトーンを落として言い放つと奈帆はニヤニヤと笑って返す。
「でも、飛んでる相手に剣は届かないでしょ?」
挑発的に笑う奈帆だったが、それとは対照的に真剣な眼差しで樹音は返す。
「僕は君に危害を加える気はない」
そう言うと、「それに、」と付け足して続ける。
「君も僕に攻撃出来ないよ」
「ふーん、随分な自信だね。でも、だいぶ息が切れてるみたいだけど」
図星の言葉を受けて、体勢を整える。フラフラになりながらも立ち上がり、2本の剣を構える。
その姿に樹音の気持ちが届いたのか、奈帆も戦闘態勢へと移る。少し後ろへと下がると、声を上げる。
「じゃあ避けてみなよっ!」
と、それが攻撃の合図かの様に何かが飛んでくる。
「なっ!?」
慌てて顔の前で剣を構え「それ」を防ぐ。よく見るとそれは羽根の様だった。
「えっ、羽根!?」
背中に生えた翼の羽根1本1本を勢い良く飛ばしているようだ。
ー本当だったら驚いてるけど、爪を飛ばしてきた人もいる訳だし、、まあ、羽を飛ばすくらいはいるかな?ー
謎の攻撃方を見ているせいですんなりと受け入れる樹音だったが、それでピンチになっているのも事実である。
高速で飛ばされた羽根を、1本ずつなんとか見極めて弾いていく。だが、体力が削られている分、いつもの動体視力も鈍くなっているのが自分でもわかる。
「いつまで持ち堪えられるかなー?」
「クッ、まずいっ」
「あれぇ?今、まずいって聞こえたけど、流石にまだ終わりじゃないよね?」
ニヤケながら更に樹音を畳み掛ける奈帆。背中の傷が全身に渡り痛みが広がる。
いつもの集中力が激痛によって薄れていくのがわかる。
ーこれは、なんとか策を考えなきゃー
と脳内で思うものの、対策を考える力は残っていない。攻撃を防ぐので精一杯だ。
ーとりあえず避けなきゃー
このまま防いでいたら不利であると考えた樹音は弾いた一瞬の隙を見計らい横にズレる。だが
「甘いねぇ!」
すぐさまそれを追うように羽根を飛ばす向きを変える。
「くそっ!」
ーやっぱり駄目かっ!ー
1体1での奈帆の能力はとても強力であり、このまま押され続けたら確実に負ける。
「辛そうだねー、楽にしてあげるよ」
先程とは違い、優しく微笑むと、突如攻撃をやめる。
「えっ?」
羽を飛ばすのをやめたことに困惑し、一瞬力を抜く。その瞬間、それを狙ったかのように翼をはためかせる奈帆。それによって巻き起こった強風に押されて、樹音は吹き飛ばされる。
「!?」
「バイバーイ」
「やばっ!」
吹き飛ばされた樹音は屋上から飛び出し、落下し始める。慌てて左手に握る剣を壁に突き刺し、しがみつく。
「あっぶな」
能力で生成された剣が折れる事は決してない事から、安心して全体重でぶら下がれるが、それ以前に自分の腕がもたない。
なんとか登らなくてはと考えた樹音は、突き刺した剣を軸によじ登ると、今度は右手に握る剣を壁に突き刺す。だが
ーなっ!?剣が抜けない!?ー
まるでピッケルで崖登りをするかの様に登ろうと考えていた樹音は、左側の剣が抜けない事に困惑する。そう、能力で生成された剣は頑丈で折れない。つまり、抜く事も出来ない程頑丈に固定されてしまったのだ。
「くっ、じゃあ」
不意に何かを閃いたように呟くと、左手を剣から離して「新たな剣」を生成して握る。すると今度は右手を軸によじ登り左の剣を突き刺す。
ーよ、よしっ、これなら登れそうだー
数分後、なんとか登り切り再び屋上に復帰する。
「っと、お、王様ごめんなさい、」
到着した樹音は、登ってきた壁に数本の剣が刺さったままになっている様子を見て、バツが悪そうに呟いた。すると、油断していた奈帆が目を見開く。
「えっ!?なっ、え!?一体、さっき落としたはずなのに」
「言ったでしょ。僕は攻撃を喰らわない」
「くっ」
真剣な声色に押されて怯む奈帆。だが、すぐに取り繕うように笑う。
「へぇ〜、さっすがー!一筋縄じゃいかないってわけねぇ」
「うん。だから、水篠ちゃんを早く助けてあげてーー」
「んー?君、勝ってないよね?」
「え?」
樹音の顔が一瞬歪む。そして更に奈帆は畳み掛けるように責め入る。
「君、なんか勝者の気分なのか分からないけど、別に勝ってないからね?」
そこまで言うと、樹音の「足元」を見て笑う。
「むしろ、負けてるからね?」
「なっ!?」
刹那、樹音の足元から尖ったものが飛び出す。
「!?」
慌ててそれを回避し、飛び出したものをマジマジと見る。それは、よく見慣れたものだった。
「くそっ、もう少しだったんだけどな」
突如現れたその人物、"将太"が悔しそうに口を尖らす。普通は登ってくることのできない屋上に来れたのは、おそらく奈帆の能力を借りたのだろう。
「この尖ったやつ、、やっぱり、"爪"、か」
「ああ。もう諦めろ、、お前の負けだ」
勝ちを確信したであろう将太の表情に初めて本当の焦りを感じる樹音だった。




