289.強者
「俺にとってはSは弱かったわけだ。だからこそ、残念だが今回は"正義"に、あいつはなれなかったんだ!まあ、仕方ないよな!弱いのが悪いんだから」
「「っ」」
彼の言葉に、碧斗達は皆目を剥く。いくら弱っているからって、あのSを?と。そう驚く気持ちと共に、兄を殺された怒りが、碧斗の奥底から湧き上がった。
目の前には、岩の壁。それも、その場一帯に広がっている。こちら側に居るのは、碧斗と美里と彼のみ。他の三人は、向こう側に隔離された。そんな中、碧斗は拳を握りしめる。
「お、なんだ?どうしたんだ?何か言いたげな顔してるじゃ無いか」
「当たり前だろ、」
「なんだ、怒ってるのか?...それはまるで、Sを殺されて怒ってるみたいだな?どうしてだよ。お前ら、自分であいつを倒そうとしてたんだぞ?それなのにか?」
「...」
凛の言葉に、碧斗は口を噤みながらも目を細める。
「なんだよその顔。お前らが倒したがってた相手だぞ?そして、奴をどうにかしないと、世界は終わってた。つまり、俺のお陰で今があるわけだな」
「殺さなくても、、良かっただろ、」
「ん?いや、殺さないと駄目だろあれは。あいつの心の奥、根幹は変わらない。闇だ。だからこそ、奴を野放しにでもしたら、変わらず世界の滅亡は訪れる。だからこそ、強者である俺が止めなきゃいけなかったわけだな!」
「そんなのっ、分かんないだろっ、!」
「分かるんだよ。あいつは今まで他の奴を使って殺しをしてた最低のクズだぞ?そいつが、自らの手で世界を終わらそうとしたんだ。それがどういう意味か。自分が動いたら最後。それで、終わりにしようとしてたんだろ?」
「っ」
「そんな奴が、世界滅亡を止めるとは思えないけどな」
「お前、」
碧斗は拳を握りしめた。憤りを覚えた。自分でも分からない。どうして、ここまで怒りが込み上げてくるのか。そうだ。自分だって、彼を。拓篤を倒そうとしていたでは無いか。それなのに、どうして。
碧斗は自身に問い、理解する。
やはり、彼を兄として、大切に想っていたのだということを。
「寧ろ感謝されるべきだぞ?お前ら全員が頑張ったって、、止められなかったんだから。そんな奴を、俺は倒した。また、世界平和に一歩近づいたな。俺の目指す世界に。争いの無い、最高の世界に!」
「っ、、お前、、争いの無い世界を、?」
「ああ。争いがあるから、この世界はクソになるんだ。そうだろ?」
「...それなのに、、あいつを殺したわけ、?」
「ん?」
美里が身構えながら、そう口にする。と、それを耳にした凛はそちらに振り返る。すると。
「でも、、俺達と、、考えてることは、、目標は同じだ、」
「伊賀橋君、」
「俺達だって、、最初は兄ちゃんを殺すつもりで戦ってたし、」
「それは、、そこまでしないと、勝てないからであって、」
「おいおい、何言ってるんだよ?」
「「え、?」」
二人の会話に、凛は心の底から分からないと言わんばかりの表情で首を傾げながら、割って入る。
「それって。まるで俺とお前達が同じみたいな言い方じゃね?目標が同じ。みたいなさ」
「そ、、そう、じゃ、無いのか、?」
「いやいや無い無い。絶対無い。だってお前ら、争い生んでるんだぞ?自分で理解してるか?いや、理解出来てないからそんな感じなのか?」
「そ、それは、っ」
「きっかけもお前ら。それにより争いが始まり、争いを止めるために争って相手を殺してる」
「そんなことっ、!」
「...」
碧斗がそう声を上げたものの、隣の美里が手を出して止めると、視線を落として首を横に振った。
「確かに、、私達も、争いを収めるために争って、戦って、最悪の結果、亡くなった事も、、ある、」
「相原さん、」
碧斗は、先程の美里との会話を思い出し、歯嚙みする。だが。
「ただ、それは貴方も同じでしょ、?さっきの話、、貴方だって、争いを止めるために争って、殺したって事でしょ?それなら、、私達と同じ。それなのに、違うって言い張る気?」
「ん?ああ。違う違う。違うに決まってるだろ。分からないか?」
凛は、どうして分からないんだと言わんばかりに呆れながらそう首を傾げると、改める。
「まず君達って、俺よりも弱いだろ?」
「「...は、?」」
凛の放ったそれに、碧斗と美里が思わず声を漏らす。
「いや、さっき戦った感触で分かったよ。お前らって、弱いよな?」
「...もしそうだとして、、なんで今そんな話してるんだよ、」
「論点がズレてるけど、」
「ズレてないズレてない。いいか?争いはどうして起こるのか。どうして人が死ぬのか。それは簡単だ。自らが一番であると、錯覚している馬鹿がいるからだ」
「錯覚、?」
「ああ!その通りだ。分かるか?自分が弱き者であると認め、弱者は強者に従う。そうする事で弱者もまた生き永らえる。そして逆に強者もまた、弱き者を守り、強者としてプライドを持って対応する。そうする事が出来れば、争いなんて起こらないんだよ。分かるか?」
「は、?」
「なんだ、まだ分からないか?どんな世界でも変わらない。争いが行われるのは、弱者であるのにも関わらず、寄ってたかって自分の主張を図々しく声に出す輩が居るからだ。強者がそれを制し、正す事で、争いは無くなり、それを弱者が受け入れる事で成立する。だからこそ、俺はあいつを殺した。俺より弱いくせに、出しゃばったからな」
「前言撤回、みたいね。あんたと私達は違うみたい」
「当たり前だ。そもそもが違う」
美里が睨みながらそう口にすると、凛は息を吐いて返す。それに、碧斗は少しの間を空けたのち、身を乗り出す。
「お前、、一体どうするつもりだ、?何がしたい、?」
「何がしたいって、、そりゃあ、争いの無い世界の実現だってさっきから言ってるだろ。俺が強者であり、他の奴らが弱者。ならば、する事は一つじゃ無いか?」
「もし、お前より強かったらどうする?」
「はっ、はははっ!はははははっ!お前がか?無い無い。だってお前弱いって。最弱じゃん!」
凛が笑いながらそう放つと、碧斗は歯嚙みし睨みつける。と。
「はぁ、、まあ、もし強い奴が居たとしたら、、それは俺が弱かっただけって事だ。だからこそ、そいつに従うよ。俺よりも何十倍も、その人の方が上に立つ資格がある」
「なら、勝って認めさせれば、」
凛がそう手をひらひらとさせながら放つと、その瞬間。
「「っ」」
突如、凛の背後の岩が砕ける。
「おっと、、思ったよりかは遅かったな」
「ハッ、なんかお話中みたいだったからな!」
するとその中からは、その岩の向こう側に居た大翔を始めとし、涼太や樹音が現れた。
「碧斗君っ、大丈夫、?」
「ああ、、こっちは、特に、、それよりも、」
「僕は大翔君が大内君を押さえてくれてたから、回復は出来たよ、、だから、遅れちゃって、」
「っ、そうか、いや、寧ろ良かったよ、」
「まだ、魔石は残ってるから、」
樹音はそう小さく零すと、碧斗に魔石を渡す。それを見据えた凛は目を細めたのち、浅く息を吐く。
「なんだそれはっ、戦闘中に回復とは姑息なっ!正々堂々と戦わないか!」
「誰が言ってんだよ。俺らが瀕死の時に来たくせによ」
「ん?ヒーローは遅れて来るもんだろ。別にお前らが瀕死だから来た訳じゃ無い。自意識過剰だな。それは狙ってない。タイミングの問題だ。それに、お前らが弱いからそうなる。強ければ、あのタイミングでも瀕死にはなってない」
「ハッ、相変わらず腹立つ野郎だな。樹音、いけるか?」
「うん。大翔君こそ、大丈夫、?」
「ああ。碧斗と相原の回復中は、俺らで持ち堪えるぞ」
「悪いが、一人忘れてないか?」
「っ!」
「チッ」
二人で凛に向かう中、背後から涼太が樹音に触れようとする。それを既のところで剣で防ぐと、そのまま弾く。
「大内君、」
「チッ、めんどくせぇな、、涼太と凛、両方考えなきゃいけねぇのかよっ、!」
「まあ、回復しても、一人勢力が増えても、こっち側の戦況は大して変わらないと思うけどな。そんな事より、俺はそこの大内涼太に興味がある」
「何、?」
凛の一言に、涼太は目を細める。と。
「どういうつもりだ、?お前、まさか、」
「まさかって、何考えてんのか分かんないけどさ。いつから俺はお前らを狙ってると思った?俺は最初から変わらない。貴様を狙ってたんだよ。大内涼太」
凛は、初めこそ碧斗達に放つために振り返っていたものの、それを口にしながら涼太に顔を戻す。
「何、?俺を、?」
凛が微笑み足を踏み出すと、大翔と樹音は身構えながらも後退る。そんな中、凛は涼太の目の前まで到達する。と。
「俺を狙う理由はなんだ。こいつらなら、国王指示だ。理由は明白だが」
「まあ、本人には分からないか。それが当たり前だからな」
「大内君が、、何かしたって言うの、?」
「いや、何かしたわけじゃ無いな。ただ、俺の目的は一つ。さっきも言った通り争いを無くすことだ。そこに、お前の。涼太の能力"毒"が必要なんだよ。それがある事で、、"俺の全てが、完全"する」
「っ、てめっ、そういう事かっ、!」
「君の"盗"の能力、、それで、彼の能力を奪うつもりなの!?」
「っ!お前、、能力奪うのか、!?」
樹音が遠回しに涼太に能力のことを伝えると、目の色を変えて距離を取る。
「おい、今いいとこだっただろ。ネタバレすんな」
「てめぇが何をしようとしてるのかは知らねぇけどよ、、毒をてめぇに持たせたら世界が終わるのは分かる」
「その力を手に入れて、、どうするつもり?」
「選別だ。この世界のな。弱き者を操り、より強い者を選出するための儀式。俺がしたいのはそれだ」
「「「っ」」」
凛がそう口にしたと同時。
凛と涼太の間に炎のカーテンが出来あがる。
「...これで守ったつもり?」
「守るつもりはない。ただ、あんたの方を先になんとかしなきゃいけない相手なのは分かった」
「ならやってみろよ。それで、ハッキリするだろ?」
凛が振り返ると、その先から美里がゆっくりと現れる。それに、一同もまた近寄る。
「相原さん、、ここは僕らが、」
「ううん。今伊賀橋君が回復してる、、その間、私だって何もしてないわけにはいかないから」
「でも、」
「ま、それもそうだな。俺だって相原の立場だったら、動かないで居ろとか無理だもんな」
「大翔君、」
「そういう事だから。それで、一つ確認したいんだけど。あんたのその盗の能力がどういうものかは分からない。でも、あんた、人の能力全部を操る事は出来ないんでしょ?」
「...は、?」
「この間戦った時も思ってた。あんたは煙の能力を吸収したのに、それを一回しか使わなかった」
「確かにな、、ん?でもよ、、岩とか圧力とかは何回も使ってるだろ」
「そう、、基本、あいつの盗む能力は人の能力の一部で、使えるのはその一部の一回分。普通はね」
「普通は、?」
大翔と樹音が興味深そうに美里の話を聞く中、その対面に居る凛は怒りからか、俯き震える。
「そう。分からない?あいつが何度も使ってる能力の、"例外の部分"」
「例外、、っ!それってまさかっ」
「な、何だよ、分かったのか樹音!?」
「うん、あいつが能力を維持して使えてるのはーー」
樹音がそう言いながら、真剣な表情で凛へと振り返る。と。
「亡くなった人の能力だけーーごぶ!?」
「「っ」」
それを告げると同時に、樹音は地面から生えた岩に、貫かれた。




