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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第7章 : 関わり合いと処罰する者(パニッシュメント)
286/301

286.良記憶

「兄ちゃんっ!兄ちゃん!」


碧斗(あいと)!行くぞ!あいつが、せっかく俺らを逃すために命懸けでやってくれた事だろうが!それを、無碍にすんじゃねぇ!」


「でもっ、あの状態でっ、、兄ちゃんがっ、!」


「クッ」


 碧斗が声を上げる中、大翔(ひろと)は歯嚙みする。と、対する碧斗は、必死に煙を放出させ、そのマントルの壁を乗り越えようと奮闘するものの。


「クッ!?うっ」


 その途中でバランスを崩し、碧斗は落下する。と、それに気づいた大翔は、跳躍し落下する碧斗を回収する。


「っと、、大丈夫か?」


「...なんで、、どうして、」


「あまり無理しない方がいいと思う。...きっと、体力ももう限界なんだと思う。この高さの壁を乗り越えるのは、相当力が無いと無理そうだし、今の伊賀橋(いがはし)君には、」


相原(あいはら)さんまで、」


「今回は逃げるしかねぇよ、、ここで、全滅しても良いのかよ、」


「今はまだ、、僕らの家も、分かってないから、急いで逃げれば、追跡は難しいと思うよ、」


「クッ、、クソッ、!」


 二人の言葉に、碧斗は歯嚙みし拳を握りしめる。


「やっと、、やっと、一緒に、進めると思ったのに、」


「碧斗君、」


「同じ道を、、二人で、償いながら生きていこうって、思ってたのに、、それなのに、」


「碧斗、、悔しいのは分かるけどよ、、このままだと、(たつみ)、、いや、拓篤(たくま)のためにもならねぇ。せっかく命懸けてこの壁用意してくれたんだ。それを、無駄にはしたくねぇだろ」


「クッ」


 大翔は、冷静に取り繕いながらも、焦りを覚えそう促す。今でも尚地面は動き、向こう側からは衝撃が伝う。急いで逃げなくては、本当に意味が無くなってしまう。そう、思い、碧斗は歯嚙みしながら立ち上がった。


「わ、分かった、、行こう」


 その言葉と共に、一同は頷くと、大翔が美里(みさと)を抱える。


「えっ!?ちょっ」


「我慢しろっ!普通に走ったらマズいだろ!」


「とりあえず、空中に均等の幅になる様に刃を浮かせるからっ!それに乗り継いで!」


「ああ!サンキュな!」


 それに合わせて、樹音(みきと)は空中に刃を出現させる。それを行った本人はそれを渡り歩きながら進み、対する大翔もまた跳躍して乗り継ぐ。と、碧斗はそれを見据えたのち、浅く息を吐いて改める。


「俺は煙で行く」


「わ、分かった、、気をつけてね、」


「ああ」


 樹音は不安そうに返し、大翔と美里もまた怪訝な表情で振り返った。恐らく、このまま向こうに行こうとするのでは無いか、と。そう考えているのだろう。だが、と。碧斗は煙で飛躍し同じくそこから逃れた。

 未だに、地面は僅かに動いている。我々を逃す様にだ。故に、彼の意思はそれだろうと、言葉を飲み込む。どうしようもない相手なのも、逃げるしかない事も。これが最善なのも、分かっていた。それでも、その感情は、抑えきれなかった。

 一瞬、彼は兄では無く、ただの極悪人だからと。そう思ったものの、やはり、そう割り切れるわけも無かった。自分勝手かもしれない。忘れていたのは碧斗の方だ。今更、傲慢なのも、分かっているし、もう遅いのも、分かっている。だが、そんな今更のタイミングで、碧斗は気づいたのだ。


ー兄が、大好きだったという事にー


 碧斗は空中で拳を握りしめる。嬉しかった。また、二人で過ごせるのが。確かに、碧斗は彼の存在を忘れていた。忘れようとしていたのも、認める。全て、拓篤の言う通りだ。忘却が救済であり、自らが忘れる事で自分を保っていた。最低な奴だ。

 今まで、新しい家族に満足して、その家庭に染まって、一度も、あの頃の事なんて考え無かった。だからこそ、拓篤の言っていた事は正しい。だが、思い出したこの瞬間。また、あの頃に戻りたいとも、思った。

 悪い記憶だけだと思い込み、蓋をしてきた人生。だが、それを無理矢理思い出された事によって、勿論絶望もしたがしかし。それにより悪い記憶ばかりじゃ無かった事も、思い出せた。悪いことばかり思い出してしまっていたが、あの生活は、碧斗に心配させない様に気を遣ってくれていた母、兄が居たという、かけがえの無い、大切な日々だった。自分が愛されていた、証拠でもあった。だからこそ、碧斗は。

 それを、心のどこかで、待ち望んでいたのだ。

 また兄と一緒に、同じ方向を見て足を踏み出せるのが、嬉しくて、待ち遠しくて。

 拓篤のした事は、勿論許されるものでは無い。未だに、碧斗だって許してはいない。大勢の犠牲者を出したのだ。許される問題では無い。ただ、碧斗だって何も無いわけでは無い。大切な家族を一度忘れたのだ。そして、あのきっかけが無かったら、一生思い出せなかったかもしれない。そんな碧斗によって傷ついた彼は、世界を壊した。壊した彼は勿論だが、忘れた碧斗もまた、罪を背負うべきだと。碧斗は目を細める。共に、罪を抱えながら、償っていきたかった。共に生きて、償うべきだった。


「クッ」


 碧斗はそう歯嚙みしながらも、一度振り返り拳を握りしめる。自分だけは生き残ってみせる。そう、強く思いながら。


ー今まで、、俺は何のために戦ってたんだろ、ー


 碧斗はふと、そう思う。

 沙耶(さや)を助けるため。争いを終わらすため。そうだ。それは、ただの偽善だ。結局は自己満の正義であり、それによって追われる身となった我々は、逃げる事に必死になっていた。この世界の違和感。それを調べながら、この世界で生き抜きたいと、死にたく無いと。そう思っていただけだった様に思える。だが、だからといって、死にたく無いわけでも無い。

 そうだ。


 ただ、忘れたく無い。そう思っていた。


 初めはただ、痛い思いをしたく無いから。それが大きかった様に思える。だが、皆との出会い、そして出来事を繰り返し、絶対忘れたく無いと。そう思える記憶が多くなった。

 碧斗は、思い返す。沙耶や(しん)との事は、今では辛い思い出ではあるがしかし。それでも、忘れたくは無い。無かった事には、したく無い。それに、大翔との掛け合いも。喧嘩も。樹音との、温かい記憶も。裏切られた記憶も。そして、美里との会話も。


「っ」


 ふと、碧斗は目を見開く。


ー今のは、、一体、ー


 一瞬、胸が高鳴った様に思える。理由は分からない。ただ、少し、その記憶を思い出すと心が軽くなった気がした。

 そうだ。みんなとの記憶を忘れたく無いから。美里との出来事を忘れたく無いから。だからこそ、生きたい。


「絶対、、生き残ってやる」


 碧斗は目つきを変えて零す。死ぬわけにはいかない。この辛さも、苦しみも、全て含めて、記憶を持ったまま戻ってやる。そして、現実世界で、拓篤を迎えに行く。そうしてやる。そう、碧斗は強く思った。彼の話を聞いた限り、現実の彼はもう死のうとしていたのだ。だからこそ、それを、止めなくてはいけない。ちゃんと、生きて償わせなくてはいけない。そう、改めた。


「待ってろ、、絶対、迎えに行く」


 碧斗はそう目標を定めて、スピードを上げた。戻るタイミングはこの世界に来たタイミングと同じであると、あの本に書いてあった。故に、記憶を持っていれば、あの瞬間に拓篤を迎えに行けば、あるいは、と。それに、賭けるしかないと。そう覚悟を決めた。


 その瞬間、僅かに碧斗の瞳が、緑色に光った。


 それを振り返り見つめる一方の美里もまた、自分がどこに向かうべきなのか考え、唇を噛んだ。


           ☆


「はぁ、、はぁ」


「おおっ!なんと素晴らしい兄弟愛だっ!その想いが、その絆がっ、俺を止めようと必死に足掻く原動力になっているんだな!?」


「兄弟愛、?」


 一方、マントルの壁の向こう。地は崩れ、マントルで彼を狙おうとした跡が沢山残る中、拓篤は息を切らす。対する(りん)は、浮遊しながら、そう笑って放つ。


「なんだよ、違うのか?なら、その力の原動力は、どこから来てるんだよ?」


「兄弟愛か、、そんな、いいもんじゃねぇよ、、俺は、ずっとあいつを絶望させようとしてきた。あいつ一人を絶望させるのに、全てを賭けたんだ。そして、あいつ一人を狙うために、沢山の犠牲を出した」


「あー、それ長そう?」


「ハッ、そんな長々と話すつもりはねぇよ、、ただな、俺とあいつは、兄弟愛なんて綺麗な言葉で表せられる関係じゃねーって事だ。そうだな、、それに名前を付けるなら、、憎しみ。いや、呪いといった方がいいか、、お互いに妬み、狙い、歪み合った。そんな関係だ。だからこそ、俺の原動力を言うなら、それは、呪う気持ち。それが、俺を動かす理由。そして、あいつにはこの世界で生きて、記憶を持ったまま、死んでもらわないと困るんだよ。だから、俺はお前を止める。それが、理由だ」


「呪いかぁ、、確かに、その歪な兄弟関係を表すのに、最も適した言葉かもしれないなっ!」


 凛はそうニッと笑い放つと、拓篤へと急降下して向かう。そんな彼に、拓篤は手を下にやり力強く踏み出すと、周りからマントルが突出し、彼へと向かう。


「ぜってぇ!いかせねぇからな!」


 まだ、駄目だ。まだ、碧斗は追いつかれる距離に居る可能性が高い。だからこそ、まだもう少しだ。もう少し。彼らが凛に追いつかれない距離を移動するまで、行かせるわけにはいかない。碧斗にはこの世界の出来事を。自分が忘れていた事の罪を。それによって起こった絶望の数々を。覚えていてもらわないといけない。


「そうしないとっ、いけねぇんだよ!」


 拓篤はそう声を上げると、岩の鎧を付けてマントルの柱を避けながら向かって来た凛に殴りを入れた。


『よしっ!今日は俺が本読んでやるぞ!』

『あら。良かったわね〜、碧斗〜』

『え〜、兄ちゃん部屋だから嫌〜』

『なっ!?』


『ん?おい、碧斗大丈夫か?何かあったか?』

『学校で足遅くて置いてかれたの、』

『なんだよ。そんなに足遅いのか?』

『分かんないよ、』

『よっしゃ!じゃあ、一緒に走るか!普段から走ってると足速くなるんだぞ!』

『ほんとっ!?』

『ああ!って事で!一緒に鬼ごっこでもしようぜ!』

『う、うんっ!』


ーなんだよ、これ、ー


 拓篤は、凛と戦いながら、思い出す。碧斗との、記憶を。


ーなんで、、こんな時に限って、こういう思い出ばっかなんだよー


 憎しみしか無かった人生。絶望ばかりの人生。だけど、碧斗が生まれてきてくれた時。弟が出来た時に抱いた感情は、嘘じゃ無い。とても、嬉しかったのだ。碧斗と居ると全てが忘れられた。無邪気に遊んでいる時が。二人で居る時が、一番楽しかった。二人には絶望と憎しみばかりで、呪いと表現する様な関係だったものの、それでも。

 悪い思い出ばかりでは、無かった。


ーはぁ、、ちょっとだけ、忘れたくねぇって、思っちまったな、ー


 拓篤は、息を吐く。碧斗が生きていると聞いた時。素直に嬉しかった。こうして会えて、色々あったものの、話が出来て、こうして歪な関係だが前に進めた。


ー忘れたくねぇな、ー


 拓篤はそう思いながら、必死に凛を止める。


 きっと、彼を止める事は今の拓篤には出来ない。出来たとしても、相打ちだ。故に、拓篤は歯嚙みしながらも、覚悟を決める。


ーなぁ、碧斗。今度は俺が、忘れる番かもな、、一瞬だけど、、それでも、また、一緒に足を踏み出せて、良かったよー


 拓篤はそう心中で思うと同時。


「おらぁ!絶対にっ、行かせるかよっ!」


 彼の目が僅かに、緑色に光った。



 S(シグマ)。Sと書いてシグマは、十九番目のアルファベットである。そして、十九番目のタロットは、太陽(サン)であり、Sから始まるタロットとも言える。


 ーーその、太陽のマルセイユ版とトートタロットには、「双子や兄弟らしき人物」が、描かれているという。


           ☆


「と、とりあえず、ここまで来りゃあ何とか、なるか、」


「碧斗君、」


 皆は、グラムの家にまで戻ると、その中で樹音は碧斗に振り返る。


「...」


 大丈夫?と、まるでそう言う様な表情を向ける樹音に、碧斗は無言で頷く。


「大丈夫だ。俺には、やる事が出来たから」


「やる事、?」


「ああ。記憶を持って、現世に戻る。そして、兄ちゃんを見つけ出す」


「っ」


「そうだねっ!そっか、、そうすれば、いいのか、」


 碧斗の言葉に、樹音もまた納得した様に頷く。記憶さえ無くならなければ現世でまた会える。この世界の続きなんていくらでも出来る。そう考えながら、碧斗は足を踏み出す。と。


「伊賀橋君」


「え?」


 ふと、皆でグラムの家に入る中、美里が小さく声をかけた。


「...最悪、死ぬ時は転生者に殺されなきゃいいって、思ってない?」


「っ」


「違かったらごめん。さっきの言い方、そんな感じしたから」


「...あくまで、、最終手段だよ、」


「っ、、そう、やっぱりそうだったんだ、、でも絶対駄目。死なせたくない、、もう、誰も」


「相原さん、」


「ねぇ、、伊賀橋君は、どう思う、?」


「え、?」


「まだ、言うつもりはないけど、、私、逃げるのは、やめたいの」


「え、」


「あ、別に、諦めるってわけじゃ、無くて、、これ以上、誰も傷ついて欲しくない、、今回ので、大勢の人が亡くなって、、気付いた、、私達が戦う事によって失う命もあるって事に、」


「っ」


「だから、、もう、戦いたくない、、ねぇ、伊賀橋君は、どう思う、?もう、こんなのやめて、向こう側に行ったほうがいいと思う、?その方が、もし他の勢力があっても、分散しないというか、、私達っていう勢力が少なくなって、争いが減る可能性が高まるかなって、」


「相原さん、」


 確かに、それをする事によって、我々を受け入れてくれたグループは更に大きくなり、それに反対した人と交渉すれば争いを減らせる可能性は高くなるだろう。もしそれで我々が死刑などとされても、それでこの世界の人を救えるのならば、と、碧斗は少し考えてしまう。だが。


「...」


 碧斗は、黙ってしまった。突然の事過ぎて、答えが出せないのだ。それに、迷っていると。


「ごめん、、突然こんなの、、忘れて、」


「え、あっ」


 美里は、目を逸らしてそれだけを告げると、奥へと消えていった。その様子に、碧斗は手を伸ばし、声を漏らす。何も言えなかった。だが、こうして直ぐに答えを出せる状況ではないのだ。これは本気で考えなくてはいけないビジョンである。故に、安易に答えは出せないと、碧斗は歯嚙みした。


 それから、皆で回復を一通り行ったのち、碧斗は立ち上がる。


「ん?おいっ、何やってんだ碧斗っ、まだ安静にしてねぇと、」


「え、?何って、、何よりも先に、グラムさんの方だろ、、そっちの方が、、心配だ、」


「ま、まあ、、そうかも、だけどよ、、それでもまだ、いくら回復したからって安静にしてなきゃマズい状況だろ?どうすんだよ、もし道中で他の奴に出会ったら」


「...俺達は、、いくらでも何とかなるよ」


 碧斗は思う。我々はいい。だが、この世界の人間は別だ。そう思うと共に、足を踏み出した。すると。


「あいつっ、、言ったそばから、」


 それを見ていた美里は、そう息を吐く。


「お、おいっ、追いかけんのかよ、」


「当たり前でしょ?あいつだけじゃ、、きっと、誰かに見つかった時に逃げられない。というか、逃げなさそうだから」


「はぁ、ゆっくり回復もしてらんねぇんだな、、仕方ない、行くか」


 美里の言葉により、大翔と樹音がそれぞれ頷き立ち上がると、彼を追うのだった。


           ☆


 その後、碧斗はそのままマーストの家まで向かう。あの後、大翔と樹音によってマーストの家まで案内されたグラムは、こちらに居る筈である。そう思い、碧斗はマーストの家に到着した。

 が。


「グラムさん、?」


 碧斗は小さく零し、家に近づく。電気が付いていない。

 そろそろ暗くなってくる時間だ。つけない事もあるのだろうか。

 そんな事を思いながら、ドアを叩く。


「グラムさん!グラムさん居ますか!?」


 そう声を上げながら、ドンドンと。ドアを叩くと、それにより。


「え、」


 ゆっくりと、ドアが開いた。


「そ、、そんなに強かったか、?」


 碧斗は自身の手を見てそう零す。いや、だがおかしい。中に誰も居ない。それか、中に居たとしても出てきてない。そんな状況で、ノックだけで開くだろうか。それが考えられるのは、グラムが現在どこかに移動しており、鍵を閉め忘れた可能性。はたまた、家に居るのだが、鍵がかかっていない可能性。そして。


「まさか、」


 碧斗は冷や汗をかきながら、嫌な予感を覚え中へと足を踏み入れる。


「す、すみませんっ!入ります!」


 碧斗はそう声を上げて中へと入るものの、そこには。


「グラムさん!?」


「グラムさん!?」


「グラムさん!?」


 全ての部屋を、そう声を上げながら探したものの。


「嘘だろ、」


 彼が出てくる事は、無かった。


 だが、そんな碧斗に。


「あら〜、本当にここに居るなんて、、ふふ。面白いわ」


「っ!」


 誰も居ない部屋を前に、碧斗が絶望を見せていると。


「お前、」


 その、背後からーー


「ふふ、さっきぶりね。伊賀橋碧斗君」


 ーー美弥子(みやこ)に、話しかけられた。

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