28. 遭遇
王城の寝室に続く通路を、静かに歩く1人の女子がいた。その女子の名は相原美里。食事の際には必ず碧斗達の分を、皆が部屋に戻ったのを見届けてから倉庫へと運ぶ生活をしている。
正直、危ない橋を渡っているのは分かってはいるが、何故か体が勝手に動いてしまうようだ。
今もこうして余った食材を、厨房から分けていただいては倉庫に置いて来たのだが、碧斗達の姿は無かった。長時間の外出だった場合、食材が駄目になってしまわないか不安ではあるが。
「やっぱり、手助けしてたんだぁ」
などと考えていた矢先、背後から突如声が発せられる。美里は、突然話しかけられた事と、その内容に頭が真っ白になる。
ー嘘、バレた?いや、でも何処から見てたの、?どうしよ、ここはなんとか誤魔化さなきゃー
「え、何言ってんの?あんな奴らに手助けなんてするわけないじゃん」
「そんな照れなくていいのに、大丈夫。俺は別に捕まえたりしないよ」
美里が振り向いた先にいたのは、赤茶色で跳ねた髪が目立つ、1人の男子だった。
「あなた、あいつと一緒にいた、」
そこで少し間を開けて続ける。
「誰?」
「ちょっ」
気の抜けたように体制を崩す目の前の男子。すると、咳払いをして向き直る。
「俺の名前は佐久間進。君は相原美里さん、、碧斗の同級生だよね?」
「え?なんでそんな事まで知ってんの、ま、まさかストーカー?帰ってくださいお願いします通報しますよ」
「い、いやいや!そんなにいきなり引かなくてもいいじゃん!」
慣れない話し方と、そのテンションの高さから露骨に不快感をあらわにする美里。
「ごめん、捕まえたりしないならいいけど、じゃあ用件は何?」
「おお、噂に聞く通りお堅い方だね」
と冗談めかして笑う進の言葉に顔を引きつらせる美里。
「用件はね」
静かに笑って進は間を開ける。ゴクリと唾を飲む。これをネタに卑劣な行為をしようとしている可能性もありえるのだ。その数秒の間で、冷静を保っていながらも、心臓は張り裂けそうだった。だが
「碧斗をよろしくお願いします!」
と叫ぶと、いきなり頭を下げた。
「は!?な、何?」
想像と全く異なる回答に珍しくも戸惑う。何を言われているのか理解するのに時間がかかったが「は、はぁ」と曖昧に返事する美里だった。
☆
「あ、あの」
王城まで続いている道を歩きながら沙耶は小さく呟いた。
「ん、どうしたの?」
「ありがとう、伊賀橋君」
「え!?いきなり改まってどうしたの」
「いや、その、わ、私、ずっとずっとわがまましか言ってないのに、全部聞いてくれてるから」
俯き気味に、声が小さくなっていく。その様子に、思わず口元が緩む。
「大丈夫だよ。俺も、相原さんに感謝を伝えたかったから」
そう言って笑ってみせる。すると、沙耶も泣きそうになったが、満面の笑みを返した。
「でも、これじゃ相原さんに怒られちゃうな」
「そ、その時は私が悪いんだし、私が怒られるよ!」
「ふふっ、ありがとう。じゃあ一緒に怒られようか」
王城に自ら足を踏み入れるなんて正気の沙汰では無い。恐怖に心臓はバクバクと音を鳴らし、手足も正常に機能しない程に震えていた。だが、不思議と碧斗の顔は笑っていた。
2人で話していたのもあり、早くに王城に着く事ができた碧斗達は扉の前で呼吸を整える。潜入口は前回と同じ裏口だ。同じ場所で同じ様に潜入できる気はしないが、それ以外に入れる場所が無いのだ。
「じゃあ、行くよ」
「う、うん」
震えた手をそっとドアノブに移す。碧斗と沙耶は目配りして同時に頷くと、勢いのままドアを開ける。目の前には漆黒の世界が広がっていた。
ーそうだ。前回来た時も光がほとんど無かったんだ、今は日が落ち始めてるし来る時間帯間違えたなー
そんな事を考えていると、後ろから沙耶が袖を掴んでいるのが分かった。
ーそうだよな、不安なのは俺だけじゃないー
そう理解して気合いを入れ直す。数分すると暗闇に目が慣れ始め、壁を伝いながらゆっくりと進む。幸い人の気配は無いが、いつ何処から現れるか分からない恐怖感に足が竦む。それでも行かなくてはいけないのだ。が、階段の前にまで辿り着いた時点で何かを思い出す碧斗。
「ど、どうしたの?伊賀橋君」
「み、水篠さん、」
強張った顔で振り向く。バツが悪そうに碧斗は静かに呟いた。
「あ、あのー、その、相原さんの部屋って知ってたりする?」
「え!?もしかして、知らない、?」
「知らないよ!だって相原さんの部屋になんて、っていうかまず他の人の部屋になんて行く機会無いし!」
声を大きくして反論する碧斗。そうだ、1番の問題は見つかる事では無い。まずこちら側が見つけられない事が問題なのである。
「じ、じゃあどうしよ、」
「ま、マズいな、そこまで頭回んなかった」
俺とした事が。と嘆息する。見つかるまいとしてきたが、こちら側も探しているという事を完全に忘れていたのだ。誤って他の人の部屋をノックしてしまったりしたらひとたまりも無いだろう。つまり、確認する事も出来ないのである。
「1発で相原さんの部屋を引き当てなきゃいけないって事か」
「え!?そんな超能力みたいなこと出来るの!?」
冷や汗混じりに呟いた碧斗に驚いたように返す沙耶。その表情には少し期待も見受けられたが、勿論「煙」の能力にはそんな隠れた機能は存在しない。
「出来ればいいんだけどね」
「じゃあどうしよっか、、あっ!私が能力でみんなを誘き寄せて相原さんが出てきたらそこで言うっていうのは?」
「そ、そんな危険なことさせるわけないでしょ!それに、そしたら水篠さんは相原さんにお礼言えないし」
「あっ、そ、そう、だよね」
階段の前でしばらく沈黙が流れる。このままでは時間だけが過ぎて何も出来ずに帰ることにもなりかねない。現に、1回は目的を達成せずに王城から逃げてきているのだ。
ーこれくらいは絶対成功させなきゃなー
そう覚悟を決めると、小さく息を吐く。
「よし、ここにずっと居ても見つかるかもしれない。とりあえず何処かに隠れよう」
「う、うん、わかった」
沙耶が頷いたのを確認すると、碧斗はゆっくりと階段を上り始めた。
☆
2階の荷物だけが詰め込まれている空き部屋に、身を隠した2人は、ひとまず休息する。
「こ、ここからどうするか」
「運に任せるしかないよっ!うん!」
「運だけにって事ですか、でも正直それしか無いよね」
能力を使ったりしたら自分の首を絞める事になり、使用人に美里の部屋の確認を依頼しに行こうかとも考えたが、国王が碧斗達に目をつけているという事は使用人からも狙われているということだ。そう考えると、王城は本当に地獄のような場所である。何処からも隙がないのだ。
ーはぁ、本当に食事の時間くらいにしか隙なんてー
「あっ!」
「え!?い、いきなりどうしたの?」
「食事だ!」
「え?ご、ご飯がどうか、したの?」
「食事の時間はみんなが1つの場所に集まる。そこで相原さんを見つければ」
「そっか!誰もいない時に相原さんを呼ぶか、後をつけるかすれば、話せるし部屋もわかるね!」
先程まで俯いていた沙耶も顔を上げ、ぱあっと表情を明るくした。
「でも、まだ時間があるね。それまでここで待ってるようだけど大丈夫かな?」
「う、うん、大丈夫、」
静かに頷くと、顔を赤らめる沙耶。その様子から2人だけの空間で数時間を過ごさなければならないのだと悟る。
やばい。
その一言が頭を埋め尽くす。マーストの家ではほんの数分で逃げ出してしまったというのに、こんな個室に1時間2人きりで過ごすなんて事が出来るわけがない。
ーそ、そうだ、久しぶりに方程式でも解くか、そ、そうすれば時間なんてあっという間だー
「ねぇ、伊賀橋君」
「√2÷2√4かける」
「い、伊賀橋君?」
「12√32÷6るーと」
「伊賀橋君!」
「うぇ!?あ、な、何?水篠さん」
「さ、さっきから何難しい事言ってるの?」
「いや、これは、その」
言葉に詰まる碧斗。とても計算など出来る状況ではない。くぐもった声を上げていると、沙耶は不思議そうに碧斗に詰め寄る。
「ち、近いよ!水篠さん!」
「えっ!?あ、ごめん」
碧斗は咄嗟に沙耶と距離を取り、赤く染まった顔を隠すように顔を背ける。その行動を見て、沙耶も顔が熱くなるのを感じた。
ーも、もしかして、私もそういう風に見られてるのかなー
恥ずかしさのあまり、頭がパンクしそうになったが、それよりも自分の容姿に自信のない沙耶には、少し嬉しく感じた。
「あの、伊賀橋くーー」
「水篠さん!」
「えっ、あ、うん。な、何?」
恐る恐る返す沙耶。もしかすると我慢出来なくなった碧斗が要求してくるかもしれないと想像する。正直、相手はもう決まっているのだが不思議と抵抗しようとは考えなかった。もうなんでもこい!と覚悟を決めたその時。
「ち、ちょっと早いけど、食堂の方に行こうか、隠れる場所も探さなきゃだし」
「あ、そ、そうだよね」
その言葉と共に悲しそうな顔をする沙耶。このままここに居ては保っていられなくなると考え、そう提案した碧斗は、何故か予想外の反応をする沙耶に困惑するのだった。
「じゃあ、行くよ?」
「う、うん」
そう言うと、ゆっくりとドアを開けて左右を確認する。
「よし、誰もいないな。静かにね、水篠さん」
「分かった」
ゆっくりとバレないように一歩ずつ進む2人。普通に歩くよりも相当時間がかかってしまったが、なんとか食堂の前にまで辿り着く事が出来た。
「それじゃあ、この近くに隠れられる場所ないか探そっか」
「そうだね」
「そこの角とかどうだろ、誰も行かなそうだし、そっちに空き部屋とかあったら」
と、そこまで言ったところで、例の角へと差し掛かる。が、その瞬間碧斗の頭が真っ白になる。
角を曲がった先、絶対に現実だと思いたくない景色が広がっていた。
目の前には、2日前に碧斗達を襲った張本人である
将太の姿があった。
あちらも向こうから歩いてきた様で、角を曲がるところでバッタリと出くわしてしまったようである。
「ん?あっ、お前!碧斗と水篠」
「えっ、嘘っ」
沙耶が思わず声を上げる。嘘だ、ここまで来たというのに。
こんなところで終わるわけにはいかないのに。そんな思いで頭がいっぱいになる。
「そ、、だろ、」
碧斗はそんな声にならない嗚咽を漏らし、身体の力が抜けるのを感じた。




