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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第1章 : 終わりの第一歩(コマンスマン)
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27. 修得

 目を覚ますと、見慣れない一軒家にいた碧斗(あいと)。ここは何処だろうか。来たことがない(はず)なのだが、どこか懐かしい。

 小さい窓から差し込む日差しはオレンジ色で、壁にかかっている時計の針は6時15分を指していた。この時間帯だというのに日が沈んでいないと考えると、季節は夏だろうか。薄れた意識の中、呆然と部屋を見渡しながら思考を巡らせる。



 しばらくして、部屋の奥に人が立っているのが見えた。


「どうしたの?」


 無意識に碧斗は"その人"に声をかけた。その人は顔を上げ、笑顔を作った。


「ううん、大丈夫」


「そっか」


 と、何故か納得する。すると、その人は碧斗に詰め寄る。


「ねぇ、碧斗。もし、もしね」


 その「女性」は神妙な表情で話し始める。


「辛   して、何も      ても、先を見たらきっと          と思うから。だからーー」


 その後を言う前に、目の前の女性が暗闇へと姿を消していく。顔はよく見えなかったが、会ったことがない人だろう。だが何処か、胸の奥が締め付けられる。この感情は一体なんだろう。


「後、最後に1つだけ。これからはーー」



           ☆


「はっ!?」


 薄暗い倉庫の中、声を上げて起き上がる碧斗。止まない鼓動と、手の震え。過呼吸になった様に息が苦しくなる。


「ゆ、夢、か」


 夢。だったのだろう。だが、何を見たかは覚えていない。この尋常ではない身体の状態に、何かしらの「悪夢」を見たのだと察する。


「はあ、やっぱ疲れてるのかな」


 皆には強気に見せてはいるが、突然転生されて転生者から狙われたかと思うと、死にかける。そんな異常なまでの環境変化に、疲労を感じているのは事実である。

 それなら悪夢を見ても仕方がないか。と、自分を納得させて目蓋を閉じる。今が何時であろうと、周りが起きていなければ寝るのが、碧斗の性質なのだ。


           ☆


伊賀橋(いがはし)くーん。起きてー」


「ん?あ、うーん」


 遠くから声が聞こえる。こんな目覚まし音に変えた覚えは無かったが。


「おーい!朝だよー伊賀橋くーん」


「...って!どこだここ!?」


 家だと勘違いしていた碧斗は、声を荒げる。そこにはご機嫌な様子の樹音(みきと)が隣に座っている。


「おー!やっと起きた。朝だよ、伊賀橋君」


ーそうか、そういえば倉庫で寝てたんだったー


 どうせ起こされるのなら沙耶(さや)に優しく起こされたかったのだが、朝だというのにイケメンな樹音の姿に、何も言い出す事は出来なかった。


「さ!起きた事だし、外のシャワーで顔洗うよ」


 ほらほら。と言いながら外へと促される。奥に座っていた、眠そうにウトウトしている沙耶に話しかける。


「おはよう。あの、こ、この人、朝からこんな感じなの?」


「あ、おはよう、伊賀橋君。うん、ずっとこんな感じ」


 「マジか」と呟き、樹音の方を向く。マーストと朝早くだと言うのに仲良く話している様子が見て取れた。碧斗とは真逆の、"朝にテンションが高い人"なのだろう。

 マーストの家の時は別々の部屋で寝ていた事から気がつかなかったが、ここまでハイテンションな人だったとは。


「はいはい!伊賀橋君急いで。水篠(みずしの)ちゃんはもう洗ってきてるよ」


 碧斗は諦めた様にやれやれと、無言で樹音の後をつける。


「いやー!いい天気だねー」


ー今は話しかけるなよー


 心の中で文句を垂れる。朝が苦手な碧斗は話す事も出来ない程に眠いのだ。


「あれ?元気ないね。大丈夫?」


「逆になんでそんな元気なんだよ」


「うーん、朝って清々しい気分にならない?」


「ならない」


 即答した碧斗に「あれ?」と苦笑いを浮かべる樹音。


「俺、いつも朝はこんな感じだから。別に不機嫌なわけじゃないから安心してくれ」


「あ、そうなんだ。僕は逆に夜疲れちゃうかな」


 夜に深夜テンションというものになりがちな碧斗とは、やはり真逆の様だ。朝に体力を全て使ってしまうんだろう。


「そっか」


「...」


「...」


「それだけ!?」


「うおっ、いきなり大声出すなよ、ビビるだろ」


 未だに半分寝ている碧斗は、言葉の意味も今は深く考えることが出来ないでいた。


「あっ、もしかしてまだ寝てるな。起きろー!」


「ああ!うるっさいって」


 機嫌が良くない碧斗には鬱陶(うっとお)しく思えたが、そんな何気ない小さな会話に、幸運を感じる樹音だった。だがその時、少し悲しそうな表情をした樹音を碧斗が気がつくことは無かった。


           ☆


 起床から2時間後、昨日の残りで朝食を済ませて碧斗達は倉庫から足を踏み出した。


「よしっ!今日やる事をまとめよう」


 調子を取り戻した碧斗は、やるべき事を決めるために声を上げた。


「ほ、本当に朝とテンション差が激しいね」


「う、うん。最初はビックリするよね」


 驚いた様に沙耶に耳打ちする樹音。誰だろうと、碧斗の機嫌の変動には驚くだろう。


「今日も住まわしてもらう場所探しですか?碧斗様」


 マーストが横から話に入る。その問いにきっぱりと首を振る。


「いや、折角相原(あいはら)さんが場所提供をしてくれたんだ。今は寝泊りする場所の確保よりも先にこの世界を調べるのが先だ」


 その意見に一同は賛成したのか、相槌(あいづち)を打つ。だが、「でも」と樹音が割って入る。


「食材は昨日の分しか用意されてないんだよね、今日はどうするの?家はまだバレないから良しとしても、食事はまずいんじゃ」


「確かに、そうだな。じゃあ、帰ってきたら魔獣を倒しに行くか。安いピーグーでも、何体も売れば違うだろう、、おそらく」


「か、確信は無いんだ、」


 碧斗の自信のない提案に苦笑いで答える樹音。すると、マーストが小声で碧斗に呟く。


「あの、わたくしが食費は出しますが?」


「いや!?それは悪いからいいよ! ん、いや、でもよく考えるとマーストの家にいた時もご馳走になってたわけか」


「そっか。そう考えると今までとさほど変わらないんだね」


「で、でも、なんだか、悪い」


 碧斗がつい大声を上げると、樹音と沙耶が順にそう言った。対するマーストは


「いえいえ。今更遠慮などなさらずに」


 と言うと、和かに微笑んだ。すると、碧斗達はマーストから離れて何やら話し合い始めた。


「みんな、絶対に働いて返すぞ」


「うん!」


「分かったよ!」


 そんな皆の様子に首を傾げるマーストだった。


           ☆


 その後、図書館に出向き、文字の勉強をする事にした碧斗達は専門の書物を用いて学業に励むことにした。


「ね、ねぇ、伊賀橋君、?これ、どういう意味?」


「えーと、これは"残念だが"とかかな。残念ですが○○、のように文章の始めに使われる単語だよ」


「あっ、そうなんだ、ありがとう!伊賀橋君、本当に頭いいねっ!」


「え、あ、ありがとう」


 文字を多少ではあるが理解している碧斗に、質問をする沙耶。そのおかげで文字の意味を少しずつ分かり出した沙耶は満面の笑顔で碧斗を称賛した。

 その言葉と表情に顔が赤くなるのを感じる。我ながら、相変わらず単純だ。


「伊賀橋君、ここなんて読むか分かる?」


「これは、"本"って意味で名詞だね」


「なるほど!ありがとう伊賀橋君」


 ここまで頼られると思っていなかった碧斗は、褒められるたびに照れ笑いをする。現世でも勉強自体は教えてあげてたはずなのだが、あの時とは違った充実感が心を満たす。人に教える事がここまで楽しい事だったとは思わず、自分でも驚く。


 数時間後、碧斗に教わり、ほんの少しではあるが文字を読めるようになった沙耶と樹音は図書館を後にした。肝心の碧斗はというと、皆に教えていたのもあり、進展はあまり無かったものの、今まで1人で抱えていたものが皆と共有出来た気がした。


ー進展自体は無かったけど、気持ち的な面では大きく変わった、かなー


 そう考えた時、隣から沙耶が本を碧斗に広げて見せる。


「ここまで読めた!」


「おー!凄いじゃん」


「伊賀橋君!さっきの本は最初の3ページいけたよ」


「ナイスだ!円城寺(えんじょうじ)君」


 まるで子供に教えているような気持ちになる。その、少しずつ理解し、成長していく姿が嬉しくて仕方がない。考えた事はなかったが、もしかすると教師に向いているのかもしれない。


 更に、沙耶に関しては、勉強するために1冊の簡単な本を借りてきていた。こんな勉強熱心でとてもいい子である沙耶が、治安の悪い学校に通っているのには何か理由があるのだろう。

 ひと段落したら皆の事を知りたいと、心で思う碧斗だった。



 午後2時、お昼と言うには少し遅れてしまったが、昼食をしに行く事にした碧斗達は、以前と同じ様なレストランに出向く事にした。中に入ると、昼を過ぎていたため人は少ないものの、有名な店というのもあり、賑わっている様子だった。

 カウンター席の近くの4人席に案内され、腰掛ける碧斗達。相変わらずマーストの負担にならぬように、安いものをなるべく注文するようにしているのだが、養う相手が3人に増えた事で、かなりの資金を使わせているだろう。

 そう考えると、罪悪感が碧斗を襲う。なるべく早くこの状況を終わらせなければならない。なるべく重い事は考えないようにしてきていた碧斗だったが、皆の事を守ろうと考えれば考えるほど、自分を追い込んでいる気がした。


「ねぇ、伊賀橋君」


「おっ、あっ、うん、どうしたの?」


 考え込んでいる碧斗に小声で耳打ちする樹音。突然話しかけられたのもあり、声が大きくなってしまった。


「あの人、変わったファッションだね」


「ん?」


 小さく目配りした先にいたのは、カウンター席に座った1人の男性であった。その男の首には銅のように見える物でできた、首輪のようなものをしていた。


「た、確かに変わってるな。でも、この世界では普通なのかもしれないぞ?なんてったって異世界ファンタジーな世界だからな」


「まあ、それもそうだね」


 碧斗の言葉に納得したように首を縦に振る樹音。だが、右隣にいる沙耶は不安な顔で「重そう、痛くないのかな、?」と呟いた。


「うん、重そうだ。見た目は」


「でも、このウエスタンな雰囲気に合ってるって言えば合ってる気がする」


 その呟きを聞き逃さなかった碧斗と樹音は、笑って答えた。が、それとは対照的に、その掛け合いを神妙な面持ちで見守るマーストだった。


           ☆


 それからというもの、聞き込みをして周ったがやはり、それらしき情報は出てこなかった。浮かない顔で歩く碧斗達。すると、俯いてマーストが声をかける。


「今日も不発でしたね」


「ああ。やっぱこの世界に何かあるわけじゃないのかもな」


 とは言ったものの、碧斗には"普通"の世界とは考えられなかった。修也(しゅうや)変貌(へんぼう)がこの世界の異変でというわけではないにしろ、必ずこの世界には何かある。と


「でも、桐ヶ谷(きりがや)君に何か起こったのは、確実なんでしょ?」


「うん。確信、というわけではないが何かあると思うんだ」


「わ、私も、思う」


 樹音が疑い気味に問うと、碧斗と沙耶は強気で宣言する。

 そんな話をしながら、我らの新たな拠点となった倉庫へと向かった。


 数分後、倉庫の前に到着する。


「「「ただいまー」」」


 マーストは無言で会釈し、碧斗達が同時に挨拶をして倉庫へ入る。すると


「えっ!?これって、」


「まさか」


「嘘、」


 碧斗と樹音、沙耶が次々と驚きを露わにする。そこには「今日の分の食材」が置かれていたのだ。


「こんな事、まで、?」


「こんなにしてもらっちゃっていいのかな?」


 碧斗と樹音が罪悪感と感動、感謝などの気持ちでいっぱいになりながら言う。対する沙耶は無言で何やらわなわなと震えている。それに気づいた碧斗は、心配そうに声をかける。


「み、水篠さん?大丈ーー」


「伊賀橋君、行こっ!」


「え!?何処に?」


「その、相原さんのところ!」


「「「!」」」


 その場にいた全員が理解し、目を見開く。


「ち、ちょっと待って。あ、相原さんのところって、王城じゃあーー」


「うん。分かった、行こう」


 樹音が言い終わるより早くに意を決したように碧斗が割って入る。その宣言に沙耶は強く頷く。だが


「な、何考えてるの!?今王城なんて行ったら伊賀橋君と水篠ちゃんが捕まっちゃうかもしれないし、相原さんにだって迷惑かかっちゃうかもしれないんだよ!?」


「確かにそうだよな。でも、感謝は俺も伝えたい。これは俺と水篠さんのわがままだし、きっと相原さんにはまた怒られると思うけど」


 そこまで言って、碧斗は沙耶の方を向く。すると、考えている事を読み取ったのか「うん!」と頷いた。


「伝えたい事があるなら伝えなきゃいけない。なんだか、そんな気がするんだ」


 力強い碧斗の言葉に怯みながら、観念したように嘆息する樹音。


「そこまで言うなら仕方ないね、本当に気をつけてね。もし帰って来なかったら、僕も行くから」


「ありがとう、円城寺君。マーストを、よろしく頼む」


 碧斗が笑ってそう言うと、樹音が静かに「分かった」と呟いた。


「よし。行くか!」


「うん、行こっ!」


 碧斗と沙耶はそう言うと、倉庫を飛び出した。

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